《第116話》本日のランチは?
「今日のランチはなんだろう?」
いつもの通りに、いつもの席についた連藤は莉子に尋ねた。
連藤の向かいに腰掛ける三井も、片手ではメニュー表をいじってはいるが、今日のランチに興味があるようで莉子を覗きあげてくる。
「今日はコロッケっぽいの」
「「は?」」
男性ふたりの声が重なる。見事な不協和音だが、音並みに2人の顔も疑問で歪んでいる。
「だから、コロッケっぽいの」
「意味ワカンねぇんだけど」
ツッコミをいれたのは三井だ。
だが莉子が指差したメニューボードにも『コロッケっぽいの』と書いてある。その下のコメントには、『食べたらコロッケになるアレです』と続いている。
「2人とも知らない? 有名料理研究家の人がやってた、食べたらコロッケになるよって料理」
「「知らん」」
「したら食べてみて!」
莉子は勝手に2人のメニューを決めると厨房へと戻っていった。
すぐさまカトラリーが運ばれるが、そこにスプーンが入っている。
「連藤、コロッケ食うのに、スプーン使うのか?」
「……わからん。なにせ、ぽいの、だからな」
頭をひねり続ける2人に対して、莉子は作業を進めていく。
ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うのだが、知らない方に説明すると、ようはコロッケの中身とコロッケの衣を分けた料理と表現できるかもしれない。莉子はそれを少し小ぶりのグラタン皿で作成していく。
まずはコロッケの中身だが、これはコロッケ同様、芋を茹でていく。莉子はコーンコロッケが好きなので、今回は茹で上がる5分ほど前に冷凍コーンを入れ、一緒に茹でていく。
湯切りした芋を素早く潰し、味を整えていくのだが、今回は塩胡椒とコンソメ、さらにバターを加えた。多めのバターを加えると風味が良くなるのはもちろん、もったりとしたタネとなって美味しいのである。
次に衣だが、これはとても簡単だ。
パン粉に粉チーズを加え、オリーブオイルをふりかけて混ぜるだけ。パン粉がオリーブオイルでしっとりすれば問題ない。
さぁ、役者は揃った!
グラタン皿に芋タネを平らにならすようにヘラで移すのだが、ここで一工夫。
ならした芋タネの上に乾燥バジルをかけ、その上に先ほどのパン粉をのせていく。のせ終えたあと、さらに小さくちぎったバターを落とし、あとはオーブンへ。
芋タネが温まり、パン粉が小麦色になったら出来上がりとなる。
莉子はトレイを取り出し、そこにコンソメスープ、ランチサラダ、さらにコロッケぽいのと、それ用のトマトソースが添えられる。炊き込みシーフードピラフも付いて、今日のランチは完成だ。
2人の元へと運んでいくと、三井は目で確認できたようだ。
「なるほどな。連藤、食えばわかるわ。グラタン皿だからスプーンのほうがいいな」
「なるほど。では食べてみるか」
「連藤さん、器もそうですが、コロッケっぽいのも熱いので、大変気をつけてください」
「問題ない」
連藤はさっそくスプーンを取り上げ、グラタン皿へ手を伸ばしていく。
莉子はカウンター越しに連藤の様子を伺うが、連藤は器用にコロッケっぽいのをすくい上げた。
だが遠目からわかるほど、湯気の量が半端ない。
連藤も口元に運んだ際に温度がわかったのだろう。一度口元から離し、少し様子を見ている。
息を3度吹きかけ、再び挑戦するようだ。
なんとか口に入るが、あまりの熱さに一瞬目を見開いた。
水で素早く鎮火しているようだが、火傷は確定だろうか……
だが納得したようだ。
もう一口頬張りながら数回頷いた。
食べたらコロッケになる『コロッケっぽいもの』は、芋の層とカリカリのパン粉の層を一緒に食べることで完成する料理だ。
今回の芋は、バターの風味がよく際立ち、甘さもある。さらに衣の食感がさくさくと心地いい。
さらにバジルの香りがスプーンですくうたびに漂ってくるところに、このトマトソース!
ケチャップでもいいのかもしれないが、あえて手作りのトマトソースは野菜の食感が楽しめるように大きめのみじん切りになっており、ベーコンの旨味もにじみでていて、それがとてもコロッケっぽいものに合う。
口の中はまさしく洋風ポテトコロッケ・トマトソース添えだ!
さらにシーフードピラフとの相性もいい。シーフードの旨味と芋の甘さ、さらにトマトソースがそれらを繋げてくれている———
連藤は声を発することはないが、顔全体から美味しさがにじみでているようだ。
口角の緩み方が半端ない。
氷の仮面と呼ばれるほど無表情に近い連藤だが、料理を頬張るたびにそれが溶けていくようだ。
それを見つめ、三井は思わず鼻で笑うが、連藤が満足するのも納得だ。今日のランチはいつになくまとまりがいい。
食後のコーヒーを運んできた莉子に、
「今日のランチ、味、よくまとまっててうまかったぞ」
三井が言うと、
「それは俺が言おうと思ってたんだ……」
ふてくされる連藤がいる。
「まあまあ、連藤さん。
でも2人ともそう思ってくれたんだ。嬉しいです」
莉子は声を弾ませながら2人の食器を片付けに手を伸ばし、2人はそれを眺めながらコーヒーに口をつけた。
「では、今日の夜はなんになるのかな、莉子さん」
連藤は満足げに微笑みながら莉子を見上げてくる。
これほどのランチなのだから、夜も素晴らしいコンビネーションのディナーになるはずだ。
視線から発せられる期待の声を莉子はきれいに聞き流し、そしてはっきりと告げた。
「ランチと同じ」
「「は?」」
再び男の声が不協和音を放つ。
いや、不協和音を作らされたのか。
固まる2人を尻目に、莉子は続けた。
「同じ。まだタネ余ってるから。今日はこれで白ワイン飲もうよ。シャルドネのいいのがあるんだよぉ」
一瞬にして大の男が固まるが、莉子は在庫が片付くと喜んでいるようだ。
鼻歌交じりで厨房へ戻っていった。弾む足取りから、よっぽど余っているのだろうか。
2人は莉子の背中に視線を投げながら、
「さすが、莉子だな」
「俺もそう思う」
2人は静かにコーヒーを飲み込んだ。





