《第113話》アメリカン ディナー! 中編
確かに三井は彼女を連れて来るとは言っていたが、星川とは聞いていない。
反射で思わず連藤の背に莉子は隠れる。
「ちょっと莉子ちゃん、そんなに怯えないでよ。
一緒に食事もしたでしょ?
忙しそうだし、お手伝いするわ」
「あとお肉を焼くだけなので……」
連藤の背に張り付く莉子を彼はなだめるように肩を撫でるが出て来る気配はない。
「仲良くなったと思ったんだけど」
ため息交じりに呟く星川に莉子も首を傾げながら、
「私もそう思ってたんですけど、なんででしょう?」
2人で疑問符を掲げるが、
「わかったわ!」
星川が莉子の手を取り言った。
「私が莉子ちゃんとシてみたいって思ってるからかも」
小さな悲鳴をあげながら手を引き抜くが、
「女同士も気持ちいいのよ」
彼女には普通のようだ。
莉子は大きく深呼吸し、意識を料理へと向け直すと、
「……さ、今日はステーキパーティです。
打ち合わせ通り、ステーキを焼くグリルは外に用意しています。
風除けに植木、さらにカセットガスストーブも完備!」
「よしきた!
連藤、グリルの火、おこしてこようぜ。
お前は莉子と料理の準備しろよ」
三井は星川にそう言い、彼女を置いていってしまう。
星川は何か手伝おうかという空気を醸し出すが、さて何をしてもらおうか……と思いながらも妙な緊張感がある。
「ほ、星川さん」
「なぁに、莉子ちゃん?」
「そこの皿とかテーブルに並べてもらえますか?」
「それぐらいできるわ」
手入れの行き届いた指先だ。
真っ赤なジェルネイルが光っている。
赤いネイルなどあまり見かけることは少ないが、マットな色で塗りこまれた指先は彼女らしく妖艶だ。
1枚1枚置いていく指先に見とれながら、莉子も料理の盛り付けを進めていく。
「ねぇ莉子ちゃん、莉子ちゃんはネイルとかしないの?」
莉子の視線に気づいていたようだ。
驚きながらもはにかみ笑うと、首を横に振った。
「飲食店に入った時点でそういうのは諦めました」
莉子の年齢であればおしゃれを楽しみたいものだろう。
だが濃い化粧も行き届いた手の手入れも、それは飲食店には求められていないのだ。
現に星川からは素敵な香りが漂っている。それも莉子に求められている香りではない。
「一度女性らしいおしゃれ、してみたいですけどね」
「したら莉子ちゃん、今度私とデートしましょ! お店3連休くらい取って」
「……え……」
露骨な表情に星川はため息をつくが、
「何もしないわよ。同意がないものに手は出さないわ。
ね、行きましょ?
エステ行って、お洋服買って、ヘアセットして、たっかいお店でお食事するの」
「すごいですね……」
「これが私のストレス発散の仕方。誰も付き合ってくれないから、一度くらい付き合ってよ」
そう笑った星川は少し寂しそうだ。キャリアウーマンというものは、孤独なのだろうか。
「私はそれだけの資産がありませんから、たっかいお食事をご準備いただけたらお付き合いいたしますよ」
「莉子ちゃん、それぐらいおやすい御用よ!」
はしゃぎながら莉子の手を取り、にっこり微笑んだ。
この笑顔は反則だ。
女性の腰もくだけさせる魅力がある。
「やっぱまだ寒いな、外は」
そんな声が後ろから流れてきた。連藤と三井が戻ってきたようだ。
「こちらの準備は問題ないか?」
連藤の声に星川は莉子の手を取り駆け寄ると、
「準備は問題ないわ。
それと連藤くん、莉子ちゃん、今度借りるわね」
「……どういう意味だ?」
連藤の額に眉間がよる。彼も警戒しているのがありありとわかる。
「エステに行って、お洋服買って食事をする、それだけよ?」
「本当にか……?」
「なんで連藤くんまでそんな怪訝な顔するのよ……
あ、ねぇ、連藤くん、莉子さんの手って当てられるの?」
「どういう意味だ?」
「たとえば手の甲を触ってみて、莉子さんってわかる?」
「間違いなくわかる」
自信ありげに彼が言うので、パーティー開始まであと20分はある。ならばと一度乾杯を済ませた4人は酸味の強いスパークリングワインを飲みながら星川が言い出したゲームをすることになった。
それは星川が持っているハンドクリームを手の甲に塗り、連藤が莉子を当てられるかというゲームだ!
空きっ腹のスパークリングワインは食欲を促進させてくれる。
思わずクラッカーに手を伸ばしつまむが、空いた左の手の甲に星川が丁寧にクリームを塗り込み始めた。
それは三井にも施し、そして最後に自身の手も塗りこんだ。
「さ、連藤くん、どの手が莉子さん?」
三井、莉子、星川の順で拳にした左手を突き出し、三井が連藤の手を取ると、3人が並ぶ甲まで運んで来る。
早速触れた途端、眉が中央に寄った。
「……なんで三井も参加してるんだ」
「え、わかるのかよ?」
「当たり前だろ。この厚みと大きさは間違いなく男だ」
言いながら三井の手をさらりと触れていく。
次は莉子だ。
上下に指をこすり当てた後、すぐに隣へと移動した。
が、やはり難しいようだ……
小さく首を傾げた連藤がしきりに2人の手の甲を撫でている。
なぜなら女性の手の大きさに大きな差はなく、さらにクリームを塗りこんでいることから、莉子の手にも血色が戻り、いつもの冷たさはない。
それでも確信が得られたようで、少し時間がかかったようだが、正解と思う手を握りあげた。
「……正解です」
本当に小さな声で莉子が言うが、若干引いている。あまりすばらしい笑顔だったからかもしれない。
星川は当てられた連藤に感動の眼差しを向け、
「ね、連藤くん、どこでわかるの? ね? どこ?」
にんまりと連藤は笑顔を作ると、
「莉子さんのここ。ここです!」
そう、莉子の手をさする場所は、ちょうど浮き出た中指の骨のラインである。
「莉子さんは手の肉が薄いので、ここがしっかりと出る。
星川の手は少し厚みがあるな。そこの違いだな」
自信にあふれた発言だが、そこまで手を記憶していることに驚く莉子に、
「俺にとっては触れられるものでしかその人と見分けられないからな」
呟くように言った連藤に、目が見えない人であることを再度告げられた気分になる。
「ね、ね、莉子ちゃん、やっぱり連藤くんすごいねぇ。
そして愛されてるわぁ」
星川は連藤が当てられたことに感動し続けているようだ。
すでに乾杯のグラスは空になり、2杯目にいくようである。
「さ、もうすぐ巧くんたちもきますから、ワイン、準備しときますか」
コルクを抜き、重めのワインのため時間を置くことにすると、改めて乾杯用のスパークリングワインを準備し、人数が揃うのを待つ。
今日は天気も良く、風も少ない。気温は低いが足元は危なくないだろう。
パタパタと整えたところで、ドアベルが鳴らされた。
「デザートは任されたぞ!
ステーキ食べようぜ!」
言いながら入ってきたのは、巧と奈々美、そして瑞樹と優である。
男の手にはケーキの箱がぶら下がっている。
「莉子さん、遅れてごめんなさい」奈々美が申し訳なさそうに頭を下げた。
「並んでたら時間がなくなっちゃって」優が付け足しそう言うと、
「このケーキはなんと! あのカフェ・ロロのケーキなんだからぁ!
1時間待ったけど、その価値があると信じたい!」瑞樹が熱弁を振るう。
「さ、メンバー揃ったので、乾杯しましょうか」
莉子の一声でグラスが配られ、テーブルを囲み、パーティーが始まった。





