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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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《番外編》寒い日のふたり

 窓から差し込む日差しは白く濁りがない。

 床も日差しで切り抜かれ、白く色づいた部分だけほんのりと暖かい。今日は公園から見える木々の揺れがないことから、風も吹いていないのだろう。

 ひと肌程に暖まった床に、彼女はなんとなく寝そべり、窓を見上げた。

 天井は暗く、だが眼前は輝かしい。小さなチリが煌めいている。昼間の星のようだ。


 反射する窓から空が透けて見えた。

 青いはずの空だが、いつになく水で色がのばされたかのように透明だ。

 牛乳の膜のように張り巡らされた雲のおかげもあるかもしれない。

 それは冬の空らしく澄んでいて、そして、冷徹な色だ。

 

 今感じているまどろみは連藤も感じられるものだが、白く抜かれた床の色や跳ねるチリや色のない空を彼は見ることができない。


 彼と何かを共有していても、どこかが欠ける。


 そう、欠けたものを共有している———


「莉子さん、」


 連藤はあてもなくふらふらと歩いていたように見えたが、どうやら莉子の場所を探していたようだ。

 つま先に当たった服の感触に、連藤は疑問と小さな苛立ちを混ぜて莉子の名を呼んだ。


「ねぇ、連藤さん、」


「なんだ、莉子さん」

 その場にしゃがみ込み、そっとつま先に当たるものに彼は触れ、左から右へかするようになぞると、それが莉子の腕に当たる部位だと知り、一番右端にある手を取り上げ握った。指の1本1本を確かめるように握っては撫でてみている。


「私たちって、すごくイビツだと思いませんか?」


「イビツ? 何がだ?」


 熱を帯びた莉子の服に触れ、日当たりの良い場所で寝転んでいるのだと知った連藤は、莉子の横に同じように並んで横たわった。だが自分が寝転んだ場所は影の部分なのか、少し背中がひんやりとする。

 莉子はすぐに光の先へと移動し、握られたままの手を引いた。こちらへ来てという意味だ。背中と足で器用にずれながら彼女が寝転んでいたであろう場所に来るとじんわりと背と腹が温まるのがわかる。 

 意外と冬の日差しも侮れない。春のような陽気さはないが、凍ったものを溶かそうとする強い熱を感じることができる。

 

「イビツでもいいじゃないか」


 莉子の手を握ったまま、彼は自分の胸に抱え込んだ。両手で包んだ冷え性の彼女の指も、冬の日差しで少しは溶けてたようで、心地よい冷たさだ。


「きっと莉子さんはお互いに与えている情報が、お互いが思っている通りに伝わらないって言いたいんだろ?」


「そ」

 呼吸を吐くのと同時に莉子が声を返した。

 だがそれはたったの一文字で、その声で何かを理解するのは難しいことだ。

 だがそれを補助するものがひとつある。

 

 彼女の握力だ。


 何かを言いたい、伝えたいのだが、それが形にならない。

 そのもどかしさが彼の手の中で拳になり、固まっていく。

 それが彼女のイラつく原因でもあり、悲しみの原因でもある。

 それは時間とともに硬く大きく膨れ、塊となって彼女の心に沈殿していく。

 いつか何かが破れ溢れるときが来ると思うが、その溢れるものが何かは知らない。

 だからこそ、莉子は恐ろしくなるのだ。

 そう、怒りであるならまだ対処はできるだろう。

 それが絶望であるならどうしたらいいのだろう。


 パンドラの箱のように、希望だけが残る、なんてことはない。


 絶望は、絶望しか与えない。


 ———それは私がよく知っている


「また莉子さん、面倒なこと考えてるな」


「面倒って、そんな言い方しないでよ」


 尖る声が聞こえてくるが、それにすら鼻で笑って返し、

「莉子さん、イビツでいいんだ。

 目が見えていようとも、伝わらない事の多さを知っているだろ?」


「……でも、でもさ」


「見えていても、伝わらないことは伝わらない。共有できるのは所詮、大まかなことだけなんだよ。

 そうだな、この床が暖かいことぐらい、だ。

 きっと莉子さんにはもっとキレイな景色も見えていることだろう。だがそのキレイという感性も、人によっては違うこともある。だが、ここが暖かく、昼寝に適しているというのはお互いに共感できる。

 それで俺は充分だ」


 違うかな? そういいながら覗き込んできた瞳に色はない。だが目尻の先が緩み、微笑んでいる瞳であることは分かる。灰色の目なのに、冷たさなどない。優しい眼差しだ。


「莉子さん、見えているものは意外と正しくはないんだ。

 触れたり感じたりしたものを共有するほうが、何倍も素晴らしいと思う」


 莉子の手で床を触り、「どう感じる?」

「あったかい」「では、ここは?」指先が当たる場所は連藤の鼻先だ。

「ひんやりしてる。猫みたい」くすくす莉子が笑うすきに、連藤は器用に莉子の首下に左腕を差し込み、莉子の手を握ったまま体を滑らせた。

 鼻の先がくっつき、お互いの息が頬にかかるほどの距離である。


「莉子さん、今どんな気分だ?」


 吐息のような問いかけに、莉子の息遣いも浅く、細かく、そして囁く声で応えた。

「すっごくドキドキしてる……」

 莉子の手を通しても、心臓の音が響いてくるほどだ。


「実は俺もドキドキしてる」

 言いながら連藤は莉子の手を自身の胸に引き寄せた。

 彼女の薄い手のひらに彼の激しい鼓動がしっかり伝わってくる。


「目で見えない感じるものの方が、お互い、理解が深いだろ……?」


 より近づいた連藤の瞳が自然につむり、莉子もそれに合わせてゆっくりとまぶたを下ろすのだった———— 

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