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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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111/218

《第111話》大雪の朝

 朝6時に莉子の携帯アラームが鳴った。それで起き上がったのは連藤である。

 だがアラームをセットした張本人は、しっかりと体に毛布を巻きつけ直し、引き剥がそうにも、ビクともしない。


「あと、5分っ」


 莉子は目を瞑ったまま、毛布にしがみついて唸っている。

 連藤はいったん手を離し、またもぞもぞと巣作りを始めた彼女に近づいた。

 丸くタオルから切り抜かれた莉子の顔は、二度寝の至福を感じてか、なんとも幸せそうだ。

 連藤は莉子の顔が見えないためそっと指でその表情を読み取り、莉子の顔の場所を確認すると、さらに一気に距離を詰めた。


 莉子の頬を両手で固定したかと思うと、連藤は彼女の唇に吸い付いた———


 莉子は声にならない悲鳴をあげながら毛布の中でもがくが、自分で巻きつけた毛布が自分の動きを奪うことになるとは。焦る莉子の視界には、美しく整った鼻筋がしっかりと見え、幸せそうに緩んだ目元もわかる。

 だがそれは唇という自由を奪われているからだ。

 「ん」という音しか発せられないが、拒否していることは目が見えなくてもわかるだろう。

 だが、連藤には関係ない。

 実際昨夜は、莉子の手すら触れられず、酔いつぶれて眠ってしまったのだ。


 

 ガタガタと下で騒ぐ音で目が覚めた三井は、全く起きる気配のない巧と瑞樹を小突いてから立ち上がると、身をかがめたままロフトのヘリに手をかけ、体を前転するようにするりと回し、床へと着地した。


 ———やはり物音は莉子の部屋から聞こえる。


「おい、なんかあった……」

 言いながら三井は扉を開けたが、見えた光景は、ただの()()()()()()である。

 そっと扉を閉めて、洗面所へと向かって行った。



 三井が洗面所から戻ってくると、いつになく髪が乱れた連藤がエプロン片手に立っている。さらに奥では莉子が昨夜の食器を片付けているのだが、ガチャガチャと大きな音が響いている。苛立っているのがよくわかる音色だ。


「よう、朝から騒がしいじゃねぇか」


「三井か。なにも普通だろ?」

 答えた連藤を鋭く莉子が睨んだ。だがその視線に連藤は全く気づいていない。こういう時、盲目が羨ましくなる一瞬だ。


「莉子、そんなにカリカリするんじゃねぇよ。減るもんじゃねぇし」


「……もしかして、部屋覗いた……?」


「うるさかったからな」


 膝から崩れ落ちた莉子をようやく起きて来た巧と瑞樹が声をかけるが、小さく顔を振り、

「除雪をお願いします……」


「だってよ。お前らいくぞ!」

 三井の掛け声ですぐさま上着を羽織り、外へと飛び出していく。


「莉子さん、そんなに落ち込まなくても。

 三井にとっては見慣れた光景だ。問題ない」


「あんたたちはどんな生活してんのよ!

 ……はぁ……

 朝食、準備しましょうか……

 あの3人は、パン派? ご飯派?」


「パン派かな……

 今からパンを焼くのか?」


「いや、それは無理なので、食事クレープを作りましょう。

 昨日のうちに生地は作っておいたから。

 あとは生ハムとかチーズを準備。

 連藤さんはコーンスープ作ってもらえますか?」


「ああ、任された」

 連藤は答えると玉ねぎをみじん切りにし始めた。

 それをバターで透明になるまで炒めると、そこにある程度溶かしておいた冷凍コーンも炒めていく。

 火が通ったところで小麦粉をスプーン1杯加えて混ぜた後、牛乳を加えた。

 沸騰する直前で鍋を上げると、それをブレンダーで撹拌していく。

 もう一度鍋に戻し、コンソメ、塩胡椒を加えて味をみてみる。


「間違いない」連藤が自信ありげに呟いた。

 仕上げに生クリームを入れて温めなおしたら完成である。

 その間、莉子はクレープにのせる具を仕上げ終わったようだ。


 コーヒーの準備も整ったところで、騒がしい声が上がって来た。

 窓から外を覗くと、それは綺麗に雪がはけられている。


「莉子さん、ただいまー! 暑いー!!!」


 雪をはける作業は重労働と言っていいだろう。

 外は激しく寒くても動けば熱い。

 騒がしい声に合わせて冷えたお茶を莉子は渡した。


 一息ついた3人にテーブルに着くように手をのばし、 

「今、食事クレープ焼きますから待っててください」

 さらにスープを配り、飲んでいるようにすすめる。

 その間に連藤と莉子は2人並んでフライパンを回し始めた。

 生地を流し込み、軽く焼きあがった時点でひっくり返し、細切りピザ用チーズをのせ、溶けるのを待つ。

 しっかり溶けたところで皿に出し、生ハムとスモークサーモン、クリームチーズをのせれば完成!

 あとは塩胡椒はお好みで。蜂蜜をかけてもよし、オリーブオイルをかけてもよしな食事クレープだ。


「朝から豪勢だなぁ」

 小さな子供のように目を輝かせながら瑞樹は皿を受け取り呟いた。

 何をかけようか悩んでいるようで、蜂蜜の瓶を取り上げて見たり、ブルーベリージャムの瓶を取り上げて見たりしている。


「追加も焼けるから言ってくれ」

 先に巧、瑞樹に渡し、次に三井の分、最後に2人の分を焼き上げて、連藤と莉子はテーブルについた。

 ヨーグルトとフルーツも出し、かなり内容も賑やかな朝食である。


「みんなで食べる朝食って美味しいね!」


「そうだな! ひとり暮らしじゃこんなご飯食えないしなぁ」


 巧と瑞樹はかけるものに悩むのも楽しいらしく、ひと口ひと口違う具材に変えて食べ比べている。

 どの食材だとこんな味と2人で評価しながらの食事はかなり騒がしい。

 それを呆れながらも楽しんでいるのが、三井と連藤だ。

 2人は特にこだわりがないようで、オリーブオイルと塩胡椒をかけ、そのまま食べている。

 莉子は蜂蜜をかけての食事だ。この甘みと生ハムの塩味がたまらないのである。さらにクリームチーズの酸味がよく合う。

 

「莉子さん、もう1枚食べたい」

 巧の声に立ち上がったのは連藤だ。


「私焼くよ?」


「いいんだ。たまにはゆっくりしたらいい」


「ありがと」


 連藤の申し出を素直に受け取ると、莉子は先ほどあらかじめ落としておいたコーヒーを注いで回っていく。

 やはりどちらも座ってはいられないタチらしい。


 莉子はコーヒーを注ぎながら、

「今日の皆さんのご予定は?」


「オレは一応出社。瑞樹は?」


「おれも出社。でも急ぎはないから様子みたらのんびり帰ろうかなぁ」


「お前らいいな。俺なんか今日はスカイプで会議だぞ」

 熱いコーヒーを飲み込みながら、くしゃりと表情を崩す。

 

「おい、連藤、お前は?」


「俺か? 俺も今日は、スカイプの会議には参加するが、ここからにする。

 路面が危なく、会社まで歩くのは困難だ」


「俺の車があるが……?」


「止める場所は屋外の駐車場だろ?

 歩くのは危険だろう。

 ということで、莉子さん、今日も、俺は、泊めて欲しい。

 で、莉子さん、自身の店は?」


 俺はのフレーズに力がこもっているのに引っかかりながらも、莉子は答えた。


「今日は臨時休業。

 店の中の整理とか、在庫作ったりして過ごすよ。

 こんなときに歩いてここまでくる人なんかほとんどいないしね」


 それぞれの予定を確認し終えると、食後のコーヒーをゆっくり飲み干し、皆それぞれに支度を始めた。

 シャワーを浴び、髪の毛を整え、シャツの襟をただし、ネクタイを結ぶと完成だ。

 連藤はジャケットは羽織らず、ネクタイとベスト姿で完成のようだ。


「おい連藤、今日の13時の会議、忘れんなよ」


「わかっている。全て管理してあるから問題ない」


「「じゃ、莉子さん、行って来まーす」」

 声を揃えて飛び出したのは、巧と瑞樹だ。

 氷の地面に革靴で、早速転びそうになっている。


「足元、気をつけてね!」

 莉子が声をかけるが、滑る地面も楽しそうだ。

 三井の車にしがみつき、積もった雪を丸めてお互いにぶつけ合っている。


「またヤバかった泊まりにくるわぁ」

 にやりと笑うが、連藤の冷たい視線には勝てなかったのか、すぐさま莉子を見やり、

「マジ13時の会議、連藤いないとヤバイから、ナニしててもいいが、会議には出せよ」


 その言葉に頭を傾げながら莉子は返事をするが、去っていく車を見送りながら、ようやく気づいた。

 殴りたいやり場のない気持ちを抱えながら振り返ると、満面に笑顔を散らした連藤がいる。


「ようやくふたりきりになれた」


 連藤にしっかりと抱きつかれ、息のできないほどの力強い抱擁に驚きながらも、こんなに幸せそうな連藤を見るのは久しぶりだと思ってしまう。

 まだ13時ではない。朝の10時だ。

 少しぐらい、こんな時間もいいかもしれない。


 それにしても……

 ベストにネクタイ姿の連藤さんも、カッコ良すぎ……!


 にやけ顔が止まらない莉子だった。

 

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