《第109話》しんぱい なんです【前編】
「莉子さん、生きてる!?」
そうチャイムが鳴ったのは3度目だ。
一番最初は連藤と三井。
次に瑞樹。最後に巧だ。
「あんた達さ、生きてる確認なんてついでで、ここに来れば食べ物の心配ないとでも思ってる?」
ひきつる笑顔で莉子は尋ねるが、
「いや、この雪じゃ、絶対自宅に帰れないし、泊まるなら三井ん家って思ったんだけど、三井がこっちに来いっていうから」
巧が携帯画面をかざし、そのやり取りを印籠とばかりに莉子に掲げた。
それをもぎりとり、しっかりと確認すると、
「お前だったのかぁぁー!」
莉子の怒号が飛んだのは言うまでもない。
三井はケロリとした顔で、
「こいつら人数分の寝袋は用意してきてるから安心しろって」
だが、それはなだめる言葉になっていない。
イライラと歩き回りながら莉子はなにを考えているのだろう。
連藤がそっと莉子の手を掴むと、莉子は立ち止まるので、そのまま肩へと手をかけた。
「莉子さん、少し落ち着いたらどうだ?
カフェの除雪は三井たちが率先してやるから問題ない」
唐突に飛び出した除雪の言葉に3人は無言で固まるが、
「そんなことは当たり前だけど、」
莉子の言葉の切り出しにおののく3人を尻目に、さらに言葉が続いた。
「3人の寝場所がないですよ。流石に居間でごろ寝は可愛そうだし…」
連藤は安堵した顔で微笑んだ。
「問題ない。この家にはロフトがあるじゃないか」
その言葉に莉子の表情がはじけた。
小さく手を叩きながら向かった場所はリビングの壁である。△のマークがついたボタンを押すと電動音と一緒にリビング上にあったロールカーテンが巻上がり始めた。さらにロフトと書かれたボタンを押すと明かりが灯る。
「こんなとこにあったんだぁ」
瑞樹が驚くのも無理はない。
いつも天井の壁かと思っていた場所が開けたのだ。
莉子自身、在庫の食器などを置いていた場所であったため、意識がなかった。
「おい、莉子、懸垂でよじ登れってのか?」
三井や連藤くらいの身長であればできなくはないが、瑞樹は少し小柄だ。巧は身長ば多少あるが、懸垂など1回もできないのではないだろうか。
「巧、お前、懸垂できねぇだろ」
「なんだと? できらぁ!」
言うと同時にスーツ姿で飛び上がると、ロフトのヘリに掴まり、力一杯体を持ち上げた。
だが、持ち上がりはしたが、体を乗せるのにはコツがいるようだ。何度か体を振り上げ、乗り上がった。
「できたぞ、三井!」
肩から息をしながらロフトの上で胡座をかいてみせる。
胡座をかいても多少頭に余裕があるようだが、立ち上がるには低い天井だ。
「まぁ、そんなことする必要はないんだがな」
連藤がいいつつ、別のボタンを押すと、電動音とともに金属音が響いた。
天井のロックが外れ、ぱっかりと天井に穴が空いた。
そこからハシゴが滑り出てきたではないか。
「わぁ……忍者屋敷みたいだね!」
瑞樹ははしゃぎながらハシゴを上がり、巧の横に腰を据えると胡座をかいた。隠れ家のような雰囲気があるのだろう。満足そうに笑顔を浮かべながら、ワクワクとした興奮を抑えられないようだ。体に落ち着きがない。
「ご飯できるまで、そこで基地を整えてていいよ!
今日はこんな大雪の日なので、火鍋にします」
莉子は今晩のメニューを言い切ると、準備に取り掛かった。
その動きを読み、連藤も持参のエプロンに腕を通すとさっそく鍋を取り出した。
カウンターキッチンを挟んで、男3人はロフトで寝袋を広げ、LEDランタンを灯し、キャンプ気分だ。
壁に切り抜かれた窓からはシンシンと雪が落ち続け、並木道も真っ白に染まっている。
いつも道路を削る音が止まないが、雪がすべての音を吸い上げているのか、今日は別の場所にいるようだ。
「ねね、夜は怪談話でもする?」
「なんだよ、瑞樹、そう言うの得意だっけ?」
「そういう巧は苦手だったっけ?」
「おうおう、山男の俺を差し置いて怪談話とはいい度胸だな」
「じゃ、夜はここで怪談トークしよう!
ね、莉子さんも参加するでしょ?」
「え? 怪談話? したらキャンドルも用意しようか!」
手を動かしたまま答える莉子に、
「やめといたらどうだ……?」
心配そうに顔を歪める連藤がいる。
「連藤さん、苦手?
……うそ? 現実主義なのに?!」
呆れたように顔を横に振るが、実際苦手なのだろう。
莉子は連藤の苦手なものが手に入った喜びに鼻歌が混じってしまう。
「さ、あとは煮てしまえば出来上がりですね!
じゃ、カバ、出してきます!」
ダイニングに鍋が出され席が用意されると、瑞樹はハシゴから、三井と巧はぐるりと前転する要領で縁にぶらさがり、床へと着地した。
スーツでのこの動きは大変見ごたえがある。
体は細くしなやかであるのに、俳優のSPのような動き、さらにスーツ姿なのがポイントを上げている。
さらに着地をしたときに崩れた前髪をかき上げる姿など、ため息が出るほどだ。
「莉子さん、どうかしたか?」
「……いえ……カバ取ってきます」
今日の火鍋には、カバが絶対欠かせない。
なぜなら、とても辛い鍋だからだ!
さぁ、煮えれば完成である。
次回、食べますよー。





