《第108話》雪が積もる夜に
相変わらず、芯まで冷える寒さは続いている。
時折垣間見える太陽も、冷えた空では熱を伝えることはできないようで、ただひたすらに寒さが地面を這っている。
雪が舞い、刺さる風を避けるようにコートの襟を立ててカフェへの扉を開いたのは連藤だ。
続いて肩の雪を払い、三井も素早く入ってくる。
「莉子さん、ただいま」
「おかえり、連藤さん。
三井さんも、お疲れ」
2人のコートを預かりつつ、カウンターをすすめると、2人して手を擦り合わせながら席へと着いた。
すかさず温めてあったおしぼりを手渡すと、思わず笑顔を浮かばせる。
「相変わらず閑古鳥か?」
空席が目立つ店内を見ての三井の声だが、莉子はそれを鼻先であしらった。
「今月は小さめの新年会が毎週、しかも複数入ってるんで、平日の夜の営業は縮小してます」
現在20時なのだが、すでにカフェはクローズの看板が出ていたところだ。
おかげで店内のテーブル席側は照明が落とされている。
「莉子さん、やはりもうそろそろバイトでも雇ったほうがいいんじゃないか?」
心配そうに見つめる連藤の手を取ると、
「1人のほうが気が楽です。これだけ長く1人でやってると、1人のやり方しかわかりません」
ぽんぽんと手を叩き、厨房へと引っ込んでいった。
「連藤は心配性だな」
「そういうなよ、三井。
ここの混み具合はわかるだろ?」
「まあな。だが莉子が1人がいいって言ってんだ。
そのままやらせておけよ」
「だが彼女の体が心配なんだ」
「それを言うなら私の方ですよ、連藤さん。
連日の残業の状態、あまりよくはないんじゃないんですか?」
そう言いながら莉子が準備したのは、卓上フライヤーだ。
「今日は3人で串揚げパーティしましょ」
「それを言うなら、在庫処分な」
「うっさい」
三井に言葉を吐き捨てるが、言うとおりで食材は多種多様で少量ずつだ。内容としては、ウィンナー、ジャガイモ、うずらのゆで玉子、ミニトマト、マッシュルーム、ブロッコリー、豚バラ肉、豚ロース、ミートボール、固形チーズ、エビ……どれも1つか2つであることから、在庫で間違いないだろう。何かで使うかもと取っておいた1週間分の在庫のようだ。
「衣とパン粉をそれぞれ用意したので、好きなのを串に刺して揚げて食べましょう」
追加で出されたソースはこれは莉子のお手製のようだ。
醤油とおろし玉ねぎが加えられたニンニク風味のソースから、オーロラソースにトンカツソース、塩胡椒のシンプルなものもある。
それぞれ好きな食材を串に刺すと、天ぷら衣を具材につけてパン粉をまぶして油へ浸した。
じゅわりといい音が鳴り、小さな泡が食材を包んでいく。
「さ、今日のワインはフランスワインにしました。久々な感じ」
莉子は栓をすでにぬいてあったらしく、それをグラスへと注いでいく。
色は鮮やかなルビー色で、グラスの中で煌めき揺れて、伝う雫もきれいな涙を描いている。
「これ開くのに時間がかかるんで先に開けておきました。
グルナッシュ主体のシラーやカリニャンでブレンドされているので、醤油味にもソース味にも似合うかと思います」
3人でグラスをかちりと鳴らすと、ひと口、舌の上に乗せてみる。
果実味があり、タンニンがほどよく舌に絡んでくる。酸味があるようにも思うが、鼻から抜ける香りは少し革の香りと枯れ葉の香りがあるようだ。だがしっかりとした黒ベリーの香りもあり、ほどよい飲みごたえのあるワインだろう。
揚げなくても食べられる食材でワインを飲みつつ、ようやく揚がった串カツを各々の好みのタレでいただくが、やはり、美味い!
揚げたて、というだけで美味しさが何倍にもなる気がする。
「串揚げにすると、何本でも食べられる気がする」
連藤はミニトマトを器用に刺し、パン粉をつけて油へと入れた。
三井は豚肉を刺し直すと油へと入れ、ブロッコリーをつまみつつワインを飲み込んだ。
「このワイン、醤油の味に合うな」
「そうなんですよ。和食系にも馴染むんです」
「莉子さん、できたらエビを串揚げにしてくれるか?」
「わかりましたよ。私もエビを食べよう」
莉子は答えながらエビを串にさし、殻の姿のまま油へと入れた。
「莉子、おま、それ、絶対うまいやつだろ」
「あー残念、エビ2本しかないんですよー」
「お前、嫌がらせだろ、それ……
あーあー殻ごとのエビ……」
言葉にならない声で三井が不満の声を上げるが、その声があまりに聞き心地が良いため、莉子は満面に笑顔を浮かべ、エビをくるりと回していく。
「ないのかよ、エビ」
「ないんだな」
「三井がそんなに食いつくとは……
今日のエビは間違いなく美味しいな」
「そうですね、連藤さん」
「お前らぁ……」
悔しすぎてか、唯一の牛肉の塊を串に刺し、揚げ始めた。
「あ、その肉!
私が食べようと思ってたのに」
「エビをよこさねぇからだ」
お互いに顔を引きつらせながら、数少ない食材の奪い合いは続いていく。
時にはスピードで、時にはじゃんけんで、時には泣き落としで、それぞれの手札で戦っている。
隙をついて盗むのも問題はない。
ペアを組んで共闘しても構わない。
お互いに、奪い、奪われ、串揚げを作っていく————
そう、今日もカフェは平和です。





