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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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《第107話》ストレス発散はスパイシーな料理で

連藤さん視点

 大寒波の衝撃波は雪と風となり、この土地を吹き荒らしていた。

 コートの襟を立て、マフラーをきつく巻き付けようとも、心底冷えた気温のなかで生まれた風は、極寒を作り出し、人の頬、手、鼻、喉へと突き刺さってくる。

 今日は莉子が連藤の家に来る日ではあったが、家で暖かく過ごして欲しいと連絡するしかない。

 連藤はいつになく不機嫌のまま仕事をこなすが、彼女と過ごすようになってから、目が見えていたら苦労しない苦労につきまとわれている気がする。

 これも別にタクシーを使えば問題はないのだ。

 自分が電話1本入れさえすれば、彼女を拾え、マンションまで運んで来れる。

 だが、そう安易に動けない。

 なぜなら状況を音でしか判断できないからだ。


 もしかすれと、歩けるぐらいの風になっているかもしれない。

 もしかすれと、自分が迎えにいけるほどの状況かもしれない。

 もしかすると、一歩も外に出てはいけないほどの状況かもしれない。


 だが、その場での状況判断を自分ではそう簡単に下せない。

 見えないことの不便さを分かったつもりでいたが、改めてそう感じることが多い。


「……不自由だ」

 連藤が呟いた声に反応してか、三井がコーヒーを運んできた。


「さっきから何ぶつぶつ言ってんだ?」


「三井か。コーヒー、すまない。

 ……いや、なんでもない」


 言いながらキーボードへ指を滑らすが、彼の指はあまりなめらかに動いていないようだ。


「今日、莉子んとこ行くなら送っていくか?」


「いや、今日は莉子さんが来る番だったんだ。

 だが状況的に、彼女を外に出すのは得策ではないだろう。

 今日はお互い家にこもることにするよ」


「それで機嫌悪いのかよ」

 呆れた声を三井は吐くが、


「……俺の目が見えていればと思ってしまうんだから仕方がないだろ」

 さらに尖った声が返ってくる。


「無い物ねだりだわなぁ」


「それもわかってる……」

 苦虫を噛み潰したような顔である。

 彼自身、よくわかっていることなのだろう。

 よくわかっているからこその、この気持ちなのだ。

 かける言葉が見つからないとは、よくできた言葉だ。


「こういう日、莉子ならどんな料理を作るんだ?」


「……ん?

 そうだな……イライラしてしまう日は、辛いものを食べて、ストレスをストレスで相殺するっていってたかな」


「したら、カレーだな。

 今晩、カレーにしようぜ。定時で上がれるだろ?

 じゃ、よろしく」

 肩を叩いて去っていく三井に、どれほどの殺意が湧いただろう。

 連藤の表情は能面のように固まっていた。




 しかしながら口約束は守ると決めている。

 定時で上がれるよう仕事を調整し、三井にメールを入れた。


『上がりだ。車に乗せろ』


 数分で三井は登場し、彼の車に乗り込み、帰宅となった。

 三井はシャワー浴びてから部屋に行く、とのことで、連藤は本日のカレーの準備に入る。


 本日のカレーは、バターチキンカレーである。

 冷凍庫のストックにタンドリーチキンがあったのを思い出したのだ。

 これを解凍し、トマト缶で煮れば出来上がったも同然である。


 タンドリーチキンはどの部位の鶏肉でも可能なのだが、食べやすさを考えれば鶏もも肉に塩胡椒をし、生姜とニンニクすりおろしとヨーグルト、さらにカレー粉を入れて揉んでから1時間以上冷蔵庫で寝かせれば完成だ。

 今回カレー粉は、以前莉子とスリランカカレーの店に行った際に購入したスパイスだ。

 かなり辛味も強いが、風味もいいものなので、かなり本格的な味に仕上がるだろう。

 ご飯も炊飯器にセットし終えたところで、肉の解凍もすんだようだ。

 深めの鍋に多めのバターを入れ、カットトマト缶を投入して一度火にかける。鍋底からふつふつと湧いてきたらタンドリーチキンを漬けダレごと入れ、鶏ガラスープを加えて弱火でじっくり煮込んでいく。


 そうしたところで三井の登場だ。

 適当なナイロン袋にビールが数本詰め込まれている。


「やっぱカレーにはビールだろ!」


 連藤は笑いながら受け取ると、冷蔵庫へとしまい込んだ。


「あとは15分ほどで出来上がる。

 米もそろそろ炊けるだろう。

 先にビールでも飲んでいるか?」


「いいな、それ」

 声と同時にしまったばかりのビールを取り出しにいき、


「連藤、サラダも食っていいのか?」


「もちろんだ。

 チーズもあるから、それをつまみにビールでも飲もう」


 ビール用のグラスを取り出し、三井が泡の比率に気をつけながら注ぎ終えると、連藤に手渡し、

「寒波だが、カレーで乗り切ろうぜ。乾杯」

 小さく呟き連藤のグラスへカチリと当てた。


「ああ、乾杯」

 連藤も一気にあおり、半分ほど飲み干したところで、タイマーの音が鳴った。


「カレーの仕上げだ。待っていろ」


 エプロンをかけなおし、鍋の前に立った連藤はカレーの中に牛乳を注ぎ込んだ。そこから弱火で10分ほどさらに煮込むと完成だ。

 10分の間に、ズッキーニのチーズ焼き、冷奴のオリーブオイルかけを作り、テーブルに運ぶと、三井は新たなつまみを口に運びながらビールを飲み干していく。


「三井、できたぞ。

 テーブルへ運んでくれ」


 魔法のランプのようなソースポットには、艶やかに輝く赤いカレールーがなみなみと詰め込まれ、平皿にはサフランライスが盛り付けられている。

 湯気がまとうカレーの香りは本格的でありながらバターの甘い香りもしてくる。


「旨そうだな!」

 待ちきれないと叫ぶ三井に笑いながら、

「冷めないうちに食べようか」

 連藤も席に着いた。



 さっそくとルーを口に運ぶが、トマトの酸味が一瞬広がるが、そこにバターのコクと甘みがきて、飲み込んだあとに、じわりと鼻頭が熱くなる。

 さらにヒリヒリと舌が痺れてくるが、それが刺激になってもうひと口と誘ってくる魔性のカレーだ。

 大雑把にいえばトマトカレー。だが、スパイスが本格的なものなだけに辛味に深みがある。

 香りも様々なスパイスの香りがたちのぼり、香辛料の力をまじまじと感じる。

 この辛さだけではない、旨さは、本場のスパイスだからこそできる技だろう。


「これ、飯、とまんねぇな」

 三井はカレーを口に放り込み、さらにご飯、飲み込んだ後に辛さをごまかすためかビールをあおる。

 さらに口休めにサラダも頬張ってはいるが、やはりカレーへと進むスプーンは止められないようで、再び辛い辛いと言いながらも口の中へ迎え入れていく。


「病みつきになる辛さだな」

 連藤もまた、止められないスプーンに悩みながら吹き出す汗をぬぐいつつ、ひたすらに頬張り続けている。

 水分補給にビールを流すが、全て汗になって出ている気がするほどだ。


「おい、連藤、これなら体の芯から熱くなるな」


「間違いない。外の寒さなど、気にならなくなるな。

 しかし、このスパイスがこれほどのものとは思っていなかった」


「どういう意味だよ?」


「旨すぎるだろ。

 あとですぐに莉子さんに連絡しておこう」


「本当にお前はりこりこりこりこ……」

 言葉を飲むようにビールを流し込むが、連藤は微笑んだままだ。


「なんだよ、ニヤニヤして」


「確かに俺は莉子さんでいっぱいなんだな、って思ったんだ。

 バカみたいだが、羨ましいだろ、三井」


「言ってろ」


 三井は呆れたようにビールを飲み込んだが、連藤はなぜか笑ったままだ。

 見えない瞼に莉子を写しているのだろうか。


 なんともいえない表情でいる三井に、 

「そうだ、ビール終わったらロゼでも飲まないか?

 辛口のがあるんだ」


「いいな、それ」


 弾んだ返事に、連藤は再び微笑んだ。


 そう、連藤は、男だけの食事は久々だと、それに笑っていたのだ。


 お互いの気持ちはすれ違いのまま、今日も終わるのだろう。

 目が見えないからこそ、伝えられない気持ちもあるし、理解できない気持ちもある。

 だが、見えないからこそ伝わる気持ちも、理解してしまう気持ちもあるものだ。



 ———人間は誰だって不自由なのだ。



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