《第103話》脱・寝正月
「このみかん、本当に美味しいですね」
まだお正月休みである連藤の家に莉子は居候中だ。
莉子は連藤の父、比呂巳から手土産に貰ったみかんを頬張っていた。
熊本に知り合いがいるということで、そちらから送られてきたみかんだそうなのだが、香りもいいし、何より甘い。和歌山のみかんはよく食べていたが、それよりもオレンジの甘さに似ていて、すっきりしている。
「莉子さん、動かないと牛になるぞ」
「そうは言いましても、なんかぁー、食べることしかお正月ってなくないです?」
「そんなことはない。知識を深めるのに大事な時間になる」
そう言いながら彼は読書中だ。
また分厚い点字の本を熟読中である。
「三井さんと海外に行ってたときはなにしてたの?」
本日4個目となるみかんをむきながら莉子が尋ねると、連藤は整えていない前髪をかき上げながら、軽く上を見上げた。思い出しているようだ。
「なにかなぁ……
基本は読書をしていたかな……
夜はなるだけ美味しいものを食べには出かけていた」
「すんごい贅沢ですね」
「俺はあまり金を使わないからな。
そういうときしか、使う機会がなくて」
「こんなお正月は、私も初めてなんです。
遅くても2日には店を開けてましたからねぇ。
誰と過ごすわけでもないから、お店に誰かが来てくれた方がいいと思ってたから」
ひとりだった頃のお正月を思い浮かべるが、あまり素敵でもない思い出のため、その記憶を一旦しまうと、
「したら何しますか?」
莉子が連藤の手を取り、膝の上に顔を乗せた。
ダイニングの椅子に腰掛け、本を読んでいたため、こんな体制になるようだ。
大型犬が飼い主の顔を見上げているように見えなくもない姿勢だが、そんな莉子の頭を優しく撫で、
「ではこれからの1年のおおまかな予定でも立てようか」
眼鏡のない連藤の笑顔はとても自然で、いつもよりも温かみが増して見える。
莉子の心は跳ね上がり、頬が急に熱くなる。そんな時に限って莉子の頬を連藤が触れ、
「莉子さん、熱が高いのか?」
「いやいやいや、ちがうちがうちがう!
こ、コーヒー入れるね!」
思わず立ち上がっていってしまった莉子に、少し寂しく思う連藤がいる。
まだ自身の膝で寝そべっていてよかった。
彼女が自分に触れてくれることが、何より幸せで安心できるからだ。
────やはり、あの条件を提示するしかない!
連藤の意気込みを知らぬまま、莉子はボタンひとつで出てくるコーヒーを作ると、連藤のとなりの椅子に腰を下ろした。
「さ、連藤さん、今年はどんなことしましょうか?」
「莉子さんはないのか?」
「私?
私は連藤さんとドライブに行きたい。
あと、美味しいご飯も食べに行きたい」
「俺も同じだ。
あと俺は、莉子さんが見たい景色を見に行きたい」
「どういうこと?」
「莉子さんは俺の目が見えないことに遠慮していないか?
俺は水族館でも動物園でも、莉子さんといっしょなら、どこへでも行く気でいる」
「……そんなこと、気づいてたんですか?」
「それはな。
デートスポットの場所が出そうになる度に、言葉に詰まっていたからな」
「わかりました。
今年はなるだけ素直になります」
莉子は熱いコーヒーをすすり、気づかれていた気持ちをごまかした。
申し訳ないような、恥ずかしいような、形容しがたい気持ちだ。
連藤も莉子にならい、同じようにコーヒーをすする。
熱い液体が喉を抜けて行くのがわかる。
胃に落ち着いたところで、連藤は息を吸い、切り出した。
「俺からひとつ、提案があるんだが……」
「なんですか?」
いつもの調子の彼女がいる。
この提案を聞いたら、彼女はどう反応するのだろう────
連藤は想像できぬまま、その提案を言葉に表した。
「できれば、なんだが……
莉子さんの定休日は火曜日だろ?
だから、月曜日に俺のところに泊まりにくる、のはどうだろう?
必ずではなく、なるだけ。
そして、俺も金土日のどれかの日に、莉子さんのところに泊まりに行く」
「なるほど」
「莉子さんに触れる時間を増やしたいんだ」
そう言ったあと、莉子の息しか聞こえない。
なにか考えているのか、黙り込んだままだ。
「なんか変なことを言ったか……?」
「……いや、いえ、えー……
……は、はずかしい………」
莉子が小さな声でそう言った。
「何を今更恥ずかしいんだ?」
莉子の膝に触れ、伝っていくと乗せられていた右手を見つける。
そっと掴むと一瞬莉子の手が引かれそうになったが、それでも連藤が動かす方へと莉子は手を伸ばした。
連藤は莉子の小さく冷えた手に頬を寄せ、指先に自分の唇を当て、吸い付くように唇をのせると、莉子は金縛りにあったかのように動かなくなる。
さらに莉子の顔は放火されたのではと思うほど熱くなっているのに、連藤の薄く柔らかな唇が手をなぞり、手首を伝い、肘まで降りてきた。
慣れない感覚にぞわりと彼女の背中が痙攣する。
「ちょ、ちょ、ちょ!」
腕を引こうとするが、手首が掴まれびくともしない。
色のない目が細く鋭く莉子をみるが、口元は微笑んでいて、まるで悪魔のようだ。
「こういう時間を増やしていきたいんだが」
ずいっと寄せた顔が莉子の正面に寄せられた。
今日もしっかり髭が剃られ、髪の毛はそのままにしろ、いつもの美しく色白の肌が眼下に広がる。
鳥のさえずりのように、莉子の唇を一度だけついばむと、彼は離れ椅子へと腰をかけ直した。
「そういうわけで莉子さん、来週、泊まりに行くから、莉子さんも来て欲しい」
一気にコーヒーを飲み干し、もう1杯欲しいという連藤の声に反応して莉子は動くが、まるでロボットだ。
顔が赤く動きが大変ぎこちないロボットである。
こんなこと毎度されてたら、心臓が保たない!!!!!!
心の中で叫ぶ莉子だった。
料理とお酒は次回に





