《第100話》ふたりだけの大晦日
莉子は28日を仕事納めとし、翌日の29日、一日掛りでカフェの清掃を終えた。
それこそ棚の整理から窓ガラス一面を吹き上げるまでだ。
巧や瑞樹も手伝いを申し出てくれたが、これだけは毎年独りですることにしている。
何故なら自身の整理でもあるからだ。
使わなかったものは捨て、新たな補充のものを考える良い機会なのである。
その清掃日を終え、翌日、一週間分のお泊りセットを携えて、連藤の家へと向かった。
彼の家の窓拭きからトイレ、お風呂の清掃など、目が見えない彼があまり掃除ができない箇所を丁寧に仕上げて行こうと思っていたのだが、彼がマメなのもあるし三ヶ月に一度清掃業者を入れていることもあり、それほど大掛かりで片付けるものもなく、気合を入れていたぶん空回りしてしまった。
だがそれでも30日は断捨離の日とし、2人で衣類の整理やキッチン周りの整理をして過ごした。
その間、彼は黒豆を煮て、さらにきんとんを作り、なますも準備完了。
あとは明日の31日に伊達巻と田作り、筑前煮と数の子、あとは彩りに煮海老を作れば完成だろうか。
───そうして迎えた31日だが、朝の7時にはアラームが響いた。
「さあ莉子さん、起きたらさっそくお節のつづきだ」
張り切ってるなぁ……という莉子の感想はおいておき、朝食を食べたあと、のんびりとお節の続きが始まった。
莉子も出来うる限り手伝うが、連藤のサポートに徹する。
というのも、お節が作れないのである。
筑前煮やきんとん、なますぐらいならなんとか出来そうだが、伊達巻に田作りなんぞ出来合いですませてきた。
だいたい伊達巻用巻きすだれの『鬼すだれ』があること自体がすごい。
そういえば生わさびを下ろすための鮫皮おろしもある家だった……
慣れた手つきで料理をこなす連藤を眺めながら、
「お節作るの久しぶりなんですよね?」
「そうだな。何年ぶりだろうな……
それこそ、目が見えなくなってから初めてぐらいなような、そんな気もする」
「その割には手馴れてらっしゃいますね」
「お節だけは昔から手伝っていたこともあるからかもな。それほど難しいものではないな」
「そういえば、連藤さんって、お父さんしかいないんですっけ?」
「そうだが」
その後に続く言葉もなかったが、ちょうど鬼すだれの出番がきたため、話はそこで切れてしまった。
お昼頃にはひと段落し、おにぎりと味噌汁でお昼を済ますと、あとは盛り付けにかかる。
大きな重箱にバランスよく詰めていくのだが、あまりに的確な動きに驚いてしまうが、いつもの位置にいつもの料理を詰めているだけようだ。
「連藤さん、ロボットのようです」
「正確に入れないと、料理が入りきらないからな」
細かな調整は莉子が行い、ポイントポイントに生菊や生麩、人参など様々なもので飾り付けていく。
そうして出来上がったのは16時を回ったところだ。
「ちょうど出来ましたね!」
莉子が言うと、連藤は首をかしげた。
「今日の夕食に食べるでしょ?」
連藤の目が大きく開く。
常識がない、かわいそうな人と言わんばかりの目つきである。
「……お節は、元旦に、食べるもの、だぞ?」
一語一語が聞き取れるように、ゆっくりと区切りながら言われた。
だがその衝撃は莉子の口を塞ぐのには完ぺきなものだった。彼女の表情は絶望に満ち、青ざめている。
今までの常識が覆された瞬間だ。
無言になった莉子に、連藤は声をかけるが返事がない。それほどまでにショックだったようだ。
今の今まで、お節は大晦日に食べるものと思っていた莉子にとって、あまりに非常識な家であったのだと突きつけられたようなものだ。
逆にいえば今の今までそれで通じていたのが不思議ではあるが。
「……うちの家、大晦日に食べてたんだ……
おかしかったんだ」
あまりの落ち込み具合に連藤は慌ててネットで調べた結果、
『北海道民は大晦日に食べることが多い』
ということがわかり、莉子が変ではないことが証明された。
「大晦日に食べるものが多いな、北海道は」
連藤が笑って言うが、確かにと莉子も思う。
「お節食べて、お蕎麦食べて、翌日はすぐ雑煮食べてって続くから、だから太るんだよねぇ」
「うちの年越しはなぜか天ざる蕎麦と決まっているんだ。
さらに今年は冷おろしの日本酒を飲みながらとする予定だ」
「素敵な年越しですね!」
莉子の声が弾んだのがわかり、連藤も微笑んだ。
お節は涼しいところに運ばれ、明日の開封を待つことになり、莉子たちは早速少し早めの今年最後の晩餐に取り掛かった。
お刺身の盛り合わせを皿に移し、莉子は銀杏と海老が入った茶碗蒸しを作り終えた。
すぐに連藤が天ぷらを揚げ始め、莉子が蕎麦を茹でていく。
阿吽の呼吸でキッチンを動く2人はダンスを踊っているかのように軽やかなステップで料理が完成していく。
2人が席に着いた時刻は18時。
いつもの夕食よりだいぶ早い時刻だ。
ガラスのお猪口に酒を注ぎ掲げるが、
「今年は大変お世話になった」言いながら連藤が頭を下げた。
驚きながらも莉子も同じように頭を下げ、
「こちらこそ、大変お世話になりました。
連藤さんのおかげで、たくさん、いろんな経験ができたこと、感謝してます」
「「どうぞ、来年もよろしくお願いします」」
2人で声を合わせ頭を改めて下げると、お猪口を口に運んでいく。
飲み込むと冷たい酒が喉を走り、鼻の奥から甘い香りが登ってくる。
やはりアルコールの度数が強いため、そうガブガブとは飲めないが、少しずつ、喉越しを楽しみながらの食事は日本食ならではで、思わず2人から笑みがあふれてくる。
「日本酒もいいですね」
減ったお猪口に酒を注ぎ足して莉子が言った。
「そうだな。やっぱり年越しのときぐらいは日本酒が日本人らしくていいかもしれないな」
注ぎ足された酒を少し飲み込み、連藤も笑う。
さっくり揚げられたエビ天を抹茶塩をつけ頬張ったとき、連藤が思いついたように顔を上げた。
「莉子さん、明日初詣に行ったついでに実家に寄ろうと思う」
「そうだね。挨拶は大事だよね」
「そういってくれるとありがたい。
父に莉子さんのことを話しをしたんだ。とても喜んでいたよ」
優しく微笑まれたが、この胃の痛みはどこから?
あなたの笑顔から!!!!
「……お蕎麦食べきれるかな……」
莉子は逃げられない予定に怯えながら、レンコンの天ぷらに箸を伸ばす。
大晦日は始まったばかり。
ゆっくりと更けていく夜に、ゆっくりと今年を振り返るにはいい時間だ。
2017年最後の更新となります。
今日までお付き合いいただけましたこと、感謝!!!!!
本当にありがとうございます。





