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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-21 賭け

 その光景をただ茫然と見ていることしかできなかった。


「ミラ……」


 その名を呟くも、答えてくれる人はいない。

 大きな穴が開き、二人が消えた。

 そして戻ってきたのはただ一人。それが意味するものは、ただ一つ。


「ミラベルが……喰われたのか……」

「そんな……」

「俺が確認に行く!」


 フィエルはそう言って駆け出し、倒れている父親の元へと向かう。


「父上!」

「くっ、フィエルか」

「ご無事ですか!? ミラベルは!?」

「私を庇って蛇に」

「そんな……」


 父親から突き付けられた事実に、フィエルはそう呟く以外の言葉が無かった。

 絶望感が周囲を支配する。だが、蛇は待ってくれない。

 自身の作った大穴から顔を出し、次の得物を定めるように二人を見下ろす。


「くっ、父上、ここは引きます」

「だがミラベルが」

「我々まで喰われますよ!」


 フィエルは強引に父親の腕を掴み立ち上がらせ、蛇から逃げるべく後退する。

 それを補助するように、後方から大量の魔法が放たれた。

 外壁付近にいた騎士団の魔法隊だ。こちらの状況が拙いとみて独断で動いたのだ。

 その魔法は、蛇が口を開けると同時に全て吸い込まれ吸収されてしまう。

 だが、時間は稼いだ。

 二人はその間に後退し、クーネルエとルーカスが待機する場所まで戻った。


「兄さん、ミラベルは」


 ルーカスの問いに、フィエルは首を横に振った。


「そんな、ミラベルが食べられるなんて……」


 ルーカスは、剣を握る手が震えているのに気づく。

 それは恐怖か哀しみか分からない。ただ、ミラベルすら敵わない相手に、自分が何ができるのだろうかという諦めがあることは確かだった。

 自分が今、どうすれば生き延びることができるのかを考えていることに気付き、ルーカスはそっと顔を伏せる。

 蛇は、そんな四人を次の得物と定めた。

 穴から完全に這い出し、その巨体には想像できないほど俊敏な動きで四人に迫る。


「くっ、覇斬は喰われる。ルーカスはクーネルエさんを連れていけ! 私は父上を連れていく」

「あ、え、あ」


 兄からのとっさの指示に、ルーカスは狼狽えるばかりだった。

 ルーカスはまだ身近な者の死を目にしたことが無かった。騎士団に入って以降も、その力量により難題と呼ばれる任務すら死人を出さずにクリアしてきたのだ。

 それが裏目に出た。妹の死に直面し、思うように体が動かない。思考が働かない。

 そんな中、まだ戦う意思を持ったものが二人いた。


「エクスティングレーション!」

「捕縛激衝!」


 蛇の正面に立つクーネルエから放たれた光は、蛇の進む地面を大きく消滅させ、上空から突如として伸びてきた包帯が蛇の体に巻き付く。

 そして続けざまに放たれた強烈な拳が、蛇をできたばかりの穴の中へと叩き落す。


「おうおう、騎士団の連中がそろいもそろって湿気た面してんなぁ! 嬢ちゃん、なにがあった」

「ミラが蛇に食べられました。今から救出します」

「ハハハ! そりゃ面白れぇ! 協力するぜ。あいつは強くなる奴だからな!」


 ヴァルガスを安全な場所まで退避させ、戻ってきたクローヴィスが崖の上から奇襲をかけたのだ。

 そしてクーネルエはひたすらに考え続けていた。

 ミラの救出は不可能なのだろうかと。

 ここにいるメンバーは蛇が飲み込んだものを即座に栄養に変えている姿を見てしまっている。

 だからこそ、ミラも飲み込まれてしまった以上もう間に合わないと思い込んでいた。

 だが、クーネルエは考える。

 あのミラがそんな簡単に吸収されてしまうだろうかと。

 ミラが何度も挫折しそうになってきたことは知っている。自分が励ましたことも何度もある。

 その中で、ミラは必ず最後は自分の足で立ち上がった。新しい目標を見つけて、そこに向かって進んできていた。そして今、やっと騎士である父に認められ始め、騎士と共に戦うことを覚え始めた。

 ミラにはまだ目標がある。それなのにこんなところで終わってしまうものなのだろうかと。

 きっと今も、ミラはまだあがき続けている。

 そう信じて、クーネルエは自分のするべき行動を決めた。


「ではクローヴィスさんは時間を稼いでいてください」

「なにするつもりだ?」

「あの蛇のお腹の中に飛び込んで、ミラを直接助け出します。私とミラがそろえば、内側からでも蛇を撃破することは可能でしょうから」

「おいおい、随分無茶すんな。あの消化液の中に飛び込むってことだぞ?」

「私の魔法の特性なら、消化液にも耐えられます」


 消滅魔法のデメリット。全身を覆う膜のように発生する消滅魔法の効果を使えば、あの酸に触れずに蛇の中を進むことができるはずである。

 それを見越しての提案だった。

 クローヴィスは、真意を確かめるようにクーネルエの目を見つめる。

 そしてそこに強い光を見た。にやりと笑みを浮かべる。


「いいぜ、その話乗った。俺が足止めしといてやるから、さっさと引っ張り出してこい」

「ありがとうございます」

「んで、そっちの呆けた騎士様たちはどうするんだ? 呆けたままなら、邪魔だし帰ってもらっても構わねぇぜ。ま、そうなりゃメビエラ王国最強の称号は俺の独り占めだけどな」


 なははと声を上げて笑うクローヴィスは、明らかに三人を挑発していた。


「父さま、兄さま、僕はやらせてもらいます」


 最初に声を上げたのは、ルーカスだった。そしてそれに続くように兄のフィエルも立ち上がる。


「私も協力させてもらう」

「フィエル、ルーカス、お前たち……」

「父さま、僕もまだチャンスはあると思っています。騎士としての判断であれば間違いなのかもしれませんが、もしミラベルが蛇の中でまだ生きているのであればクーネルエさんの作戦に賭けてみたい」

「私も賛成です。相手はすでに常識の外にいる存在です。であれば、勝てる可能性も常識の外にある存在だけかと。私の知る中で常識の外側にいたのは、祖父とミラベルだけでした」


 バラナスは二人の子供たちの考えを聞き、それぞれに正しく成長しているのだと嬉しく感じる。それと同時に、いまだに親としても騎士としても決断出来ていない自分を恥じた。


「ミラのお父さん」

「クーネルエ君だったか」

「ふふ、ミラと話し方がそっくりですね」

「あの子は私をよく追いかけてきていたからな」


 幼いころから自分のじい様や父さまのような騎士になると言い、家にいるときはいつもバラナスの背中を追いかけていた。

 父親の姿を手本に、騎士とは何かを学ぼうとしていた。

 そして今、力と心を培ったミラベルは、バラナスの隣に立ち騎士として戦い、父を守った。

 バラナスの目に映ったミラベルの最後の姿は――


「あの子は――諦めてはいないのか」


 自己犠牲でも、達観でもない。バラナスを穴の外へと投げ捨てた時のミラベルの瞳には、まだしっかりと闘争心が宿っていた。

 生き残ることのできる者の目だ。


「さ、相談はそこまでだ! 蛇が出てくるぞ!」


 クローヴィスの注意に全員の注意が穴へと向かい、バラナスが立ち上がる。


「ルーカスはフィエルの援護だ。お嬢さんの道は私が開こう。傭兵よ、奴を三秒だけでも止められるか?」

「十秒だって可能だね」

「なら任せよう。お嬢さん、少々乱暴な突入になる。魔法はいつでも発動できるようにしておきなさい」

「はい!」

「では参ろうか」



 飛び出してきた蛇は怒りに任せて酸を吐き出す。

 辺り一面におびただしい量の酸が飛散し、地面を激しく溶かし始めた。

 そんな中、兄弟が蛇の右側へ。クローヴィスが左側へと回り込み、バラナスとクーネルエが正面に立つ。

 バラナスは吐き出される酸を覇斬の応用で防ぎつつ機会を窺う。

 蛇が酸を吐く瞬間、喉が動いているのが分かる。だが、何かを飲み込む瞬間喉が動いていることはなかった。つまり、あの飲み込む行為はただの物理的な飲食ではない。

 故に、クーネルエが飛び込むタイミングは、何かを吸い込もうとしているタイミングで無ければならない。

 その為に、段取りを組む。


「今だ、フィエル!」

「はい! ルーカス、後は任せたぞ。ナイトロード流剣殺術・覇斬!」


 フィエルは、自身の覇衣を全て込め、未完成ながらこの場で初めて覇斬の刃を形成させ、それを放った。

 だが未完成の覇斬はコントロールも甘く、蛇はそれを体を捻って躱すとお返しとばかりに酸を吐き出す。

 覇気を使い果たしていたフィエルはすぐには動けない。そんなフィエルの前に立ったのは、弟のルーカス。


「本当は覇衣を覚えるまでは使うつもりはなかったんだけど――本邦初公開、世にも珍しいナイトロードの魔法だよ。ウィンドブラスト!」


 それは魔法の才能が皆無だと思われていたナイトロードに置いて突発的に発言した才能。

 家柄と伝統に縛られ、大っぴらにすることのできなかったルーカスの秘密。


「お前、魔法が使えたのか」

「僕、オールラウンダーみたいなんだよね。突出した能力はないけど、平均的に高め? みたいな。全部使えば、兄さまとも意外といい勝負するかもよ」


 初めて見る、家族の魔法に驚くフィエル。その様子にルーカスは得意げに笑みを浮かべるのだった。



 酸を防がれた蛇が苛立ちながらもう一度喉を動かす。

 その前兆を見逃さなかったクローヴィスが包帯を飛ばした。

 包帯は喉へと巻き付き、その動きを妨害する。

 さらにクローヴィス自身がもがく蛇の顎下へと飛び上がる。


「吐きにくいだろ。寝れば楽になるぜ! 包擁魔拳術極点、地縛り」


 腕から離れる無数の包帯。それはまるでそれぞれに意思を持つ可能用に独立して動き、蛇の体へと巻き付いていく。さらに、その一端を地面へと伸ばし、地中深くに潜り込んでいく。

 まるで地面と蛇を縛り付けるようにきつく締めあげ、蛇を大地へと強引に寝そべらせた。


「これでいいんだよな! お父さんよ!」

「貴様に父と呼ばれる筋合いはないが、上出来だ」


 地面に縛り付けられた蛇。その目の前には構えるバラナス。その剣には覇衣が込められている。

 この刃を防ぐ手立ては一つしかない。それが、同時にチャンスとなる。


「では行きなさい」

「はい! お父さん!」


 クーネルエが蛇へと駆け出す。同時に、バラナスが技を放つ。


「お嬢さんにも呼ばれるいわれはないのだがな。覇斬、二式!」


 伸ばされた刃。それを防ぐために蛇が予想通り口を開き世界を喰らい始める。

 クーネルエの横を通り過ぎた二式が蛇の口へと到達し、分解されながら飲み込まれていく。

 その光景にクーネルエの足が一瞬速度を落とす。だがすぐに、いやさらに速度を上げた。


「ミラ、今行きます!」


 ゴマ粒ほどの最小の消滅魔法を発動させ、クーは自身の周辺に消滅魔法の余波を生み出す。

 そして、巨大な蛇の口内へと飛び込んでいった。

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