4-17 防衛戦1
町に警鐘が鳴り響く。
外壁から見える光景は、一面の魔物の群れ。
黒い影が唸りを上げて近づいてくる。圧倒的な物量に、大砲とバリスタの準備をしていた兵士たちにも動揺が走っていた。
そしてその後方に構える一体の狼。
「ウォルリル」
私が奴を睨みつけていると、奴の意識がこちらに向いた気がした。
さて、私を見つけたのか。それともたまたまか。
奴との決着を付けに、今からでもここから飛び出したいところだが、気になる存在はもう一体。
「あの鳥が例の」
「大きいですね。ウォルリル以上です」
ウォルリルの上空を旋回する巨鳥。その後には炎にも似た光の尾を引いて空を優雅に泳いでいる。
奴が外壁に大穴を開けた化身級であるとすれば、捨て置けない相手である。
「さて、まずは外壁内に留まれということだったが」
魔物たちが町に接近したところで、総指揮から全部隊の外壁内待機が命じられていた。
何か作戦があるのだろうと、私とクーは外壁からその様子を確かめているところである。
私以外にも、クローヴィスとヴァルガス、そしてヴァルガスのお伴である変態が外壁の上に見えた。
そして、グリモアスが指示を出す。
「砲兵、射角調整! 狙いは狼型巨大魔獣!」
最大射程を誇る大砲部隊が砲の角度を調整していく。
「てぇ!」
ダダン!っとわずかなズレを残しつつ、一斉に大砲が放たれた。
山成に飛翔する砲弾は、精度の甘さもあるのかそのほとんどがウォルリルには飛んで行かず手前の魔物たちを引きつぶしたり、そのまま頭上を越えて行ったりした。
だがそのうちの一部がウォルリルの胴体へと当たる。
まあ、そんな攻撃で化身級がどうにかなるわけないがな。
ウォルリルも平然としている。毛皮に受け止められたせいか、反動すら感じなかったのだろう。
だが、こちらが明確な攻撃意思を魅せたのだ。相手が攻撃してこないわけがない。
ウォルリルは大きく遠吠えを放つと、両足を地面に凍り付かせるあの構えをとった。さらにその上空では大鳥が大きく羽ばたき、その場で静止している。
そして二体の口に白と赤の球体が出現する。
一つはウォルリルの氷壁砲、そしてもう一つが大鳥の灼熱砲だろう。
その兆候を確認したグリモアスは即座に命令を出す。
「観測班、射角は!」
「狼はこちらを! 鳥は中央門を狙っています!」
「魔法隊! 補強開始! 射角に対して平面は作るなよ!」
魔法隊が指示に従い門とここに魔法を使う。それは土の壁を作るもの。あらかじめ想定していたのか、みるみると出来上がっていく土の壁は、先端が鋭くとがり、いくつもの面が少しずつ角度を変えて広がりを見せるものだった。
あれが攻撃を防ぐ秘策と言うことか。
観測班が即座に相手の射角を割り出し、そこにピンポイントで防壁の強化を行う。
威力を分散させてしまえば、外壁の通常部分でも防ぎきれると判断したのだろう。
そしてその判断は正しかった。
放たれた二つの攻撃は、先端にぶつかりその威力を多方面へと分散させていく。
こちらに放たれた氷壁は外壁と補強壁を凍り付かせながらも壁の内側までは届かず、さらに高い氷の壁を作り出した。
そして中央門の灼熱砲はその熱を分散させられ、外壁の外面を焦がす程度に終わる。
熱気と冷気の残る中、グリモアスが次の指示を飛ばす。
「バリスタ隊攻撃開始! 狙いは適当でも当たる! ありったけぶち込め! 門開け! 魔法隊攻撃開始! 歩兵隊は近づいてきた奴を刈り取れ! 門から離れすぎるなよ!」
バリスタと攻撃魔法が魔物に降り注ぎ、それを掻い潜ってきた魔物たちを門の前に待ち構えていた兵士たちが殺していく。
ウォルリルや大鳥は少し後ろからその様子を確かめていたが、魔物たちだけでは不利と悟ったのだろう。遠吠えを一つ上げ、こちらに向かって駆けだしてくる。同時に、大鳥も大きく羽ばたき進路を町に向けた。
先ほどから見ていると、大鳥はウォルリルの指示に従っている気がする。ウォルリルほど賢くないのか、それとも命令系統が確立されているのか。
まあいい。私はウォルリルの相手をするだけだ。
「クローヴィス! 鳥は任せてもいいか!」
「俺は良いぜ。ヴァルガスのおっちゃんはどうする?」
「儂もあの鳥じゃな。燃える鳥の焼き鳥っちゅうのは酒に合いそうだしのう。変態、付いて来いよ」
「ヴァルガスの旦那の行き先が俺の行き先だ。ぴったりついて行くから安心しな」
「つう訳だ。犬っころはそっち二人に任せるぜ」
「承知した」
「頑張ります!」
クローヴィスとヴァルガス、そして変態が外壁から飛び降り大鳥に向かって走っていく。そして注意を引き付けるようにヴァルガスが持っていた斬馬刀で地面を叩く。すると、舞い上がった土柱が一息に大鳥を飲み込んだ。
大鳥は煙を嫌って強く羽ばたく。そこにクローヴィスの包帯が伸び、その首へと巻き付く。
巻き付いた包帯はジリジリと焼け焦げながらもなんとか大鳥を繋ぎ止め、地面へと引きずり下ろしていく。
流石は制限解放者だ。手の届かないところにいる敵であっても、しっかりと戦い方を確立している。
さて、私たちも彼らを見習いあの犬っころを倒すとしようか。
「クーはここから援護を頼む。隙を見て魔法を叩き込め」
「分かりました。ミラも巻き込まれないように気を付けてくださいね」
「もちろんだ」
「では」
クーがそう言ってこちらを見る。私は一つ頷き、いつもの言葉を放った。
「参ろうか」
◇
覇衣を纏い、外壁から飛び出す。
落下しながら覇斬をウォルリル目掛けて放った。
この距離ではダメージにはならないだろうが、相手はこちらを敵と意識してくれている。向うからやってきてくれるだろう。
放たれた覇斬を見た瞬間、ウォルリルが予想通りこちらに向かって駆けだした。
私は着地と同時にもう一度覇斬を放つ。
放たれた覇斬はウォルリルの牙によって砕かれ、間近まで迫ってきた奴の爪が振り下ろされる。
だがあの時とは違うぞ。
「エクスティングレーション!」
外壁から放たれる光。それはウォルリルの背中目掛けて降り注ぐ。
ウォルリルはその光からとっさに逃げた。それはもう見事なぐらい全力で後退した。
獣の本能が死を感じたのだろう。
グルルと唸り声を上げながら、光の発生源であるクーを睨みつける。
ヴォルスカルノやあの大鳥と違い、ウォルリルは個体としての範囲が分かりやすい。つまり、クーにとってみれば相性のいい相手と言うことだ。
あの時は小物と完全に分断できずクーには避難民の護衛を頼むしかなかったが今回は違う。
国境なき騎士団の最大火力、その力を存分に発揮できる。
「ウォルリル、お前を殺すのは私たちだ」
「厄介な者がいるな。だがそれはもう見た。当たることはない」
「ならば動けなくすればいいだけだな」
剣を持ったままウォルリルへと駆ける。
奴は右利きであり、獣の動きを理解して、その隙を狙う。クローヴィスから習ったこと、一人でも実践してみせる。
左側へと回り込みながら、振るわれる腕を回避。奴の背中に上るならば、腕か足を伝うのが一番か。
なら足だな。四足の動きだしは後足が起点になる。つまり、一番地面と接している時間が長いということ。
その分筋力は強いが、それは蹴りだし。つまり後ろへと伸ばすときだけだ。前側に捕まれば激しい動きはない。
走って後足へと向かうと、ウォルリルはステップで私から離れようとする。
足元にまとわりつかれるのを嫌ったのか。だが私とて逃がすつもりはない。
覇気で脚力を強化し、一息に懐へと飛び込む。
何度か同じような動きでウォルリルとの間合いを攻め合っていると、私を呼ぶ声が聞こえた。
クーからの合図だ。
「覇斬!」
私は地面へと覇斬を放ち、その衝撃を利用して一気に後退する。その直後、光がウォルリルに向かって走った。
クーの完全詠唱の消滅魔法だ。
その範囲は普段とは比べ物にならない。あれならば――
そう思った光は、遠吠えと共に生み出されたウォルリルの氷壁にぶつかり、お互いを消滅させることで無効化させられてしまった。
「簡単にはいかないか」
最初の光を避けた時点で、あれが魔法の起点だと気づかれたのだろう。
別の物に光をぶつけて強制起動させる。消滅魔法に対する最適解だな。
「やはり私がある程度弱らせる必要があるな」
どちらにしろ、奴の標的を私から外させるわけにはいかない。クーを狙われるのも問題だし、他の魔物たちと戦っている兵士たちを攻撃されるのもまずい。
私から目を背けられないように、ひたすら攻める!
「覇斬!」
再び近づきながら覇斬を放つと、ウォルリルは爪で覇斬を砕き氷の牙で噛みついてくる。
牙を剣で受け止め、剣に覇斬用の覇衣を纏わせた。
さらに、纏わせる覇衣の量をひたすら増やしていく。するとどうなるか――
膨れ上がった剣は、私が扱える覇衣の安定領を超え不安定にぶれ始める。
それが合図だ。
ズドンっと激しい爆発が発生し、私とウォルリルの口内にその衝撃が襲い掛かる。
覇衣の爆散。覇気を扱えるようになり、覇衣の練習を始めたものがよく起こす現象だ。
自信の扱える覇衣の量を見誤り、不安定になった覇気が爆ぜる現象。その時の爆発はなかなかの威力がある。
私はそれをあえて引き起こした。それも、ある程度まで覇衣を使える私が対応できないほどの量を込めた爆発だ。
それは新人が起こすそれとは比べ物にならない。
「ぬぅ……」
私自身は身にまとう覇衣で衝撃を緩和したが、それでも腹になかなかの衝撃を喰らった。
ウォルリルはどうだ?
「グルル……」
ウォルリルも結構なダメージを喰らったようだな。数本の牙が折れ、口から血が垂れている。
だが、その傷口はすぐに氷によって閉ざされてしまった。
流血による弱体化は期待できないな。
と、突然上空に影が落ちた。
「危ないぞー」
「なっ!?」
見上げると、すぐ目の前にあの大鳥がいた。
その羽根は包帯によって縛り上げられ、羽ばたくことを許されずに真っ直ぐに地面目掛けて落下してくる。
その落下地点にいるのは、私とウォルリル。
とっさに脚力を限界まで強化してその場から後退する。
ウォルリルも素早く後退し距離をとった。
直後、激しい揺れと共に大鳥が地面へと激突して悲鳴にも似た泣き声を上げる。
「クローヴィス!?」
「よっと」
クローヴィスは、落下した大鳥の上から飛び降り、私の側に着地する。
「よお、そっちはどんな調子だ」
「少しずつ削っていたところだ。そちらは――だいぶ有利なようだな」
「鳥なんて縛っちまえばこんなもんよ。まあ、苦労はしたけどな」
コキコキと肩を慣らしてそんなことを言うクローヴィスに疲労の色は見えない。
だがよく見れば、その額にはびっしりと汗が浮かんでいた。
「あの野郎、大量に包帯燃やしやがって。俺の魔力もほとんどなくなっちまった。まあ、これでトドメだけどな。おっさん!」
「変態、合わせろよ!」
「へい、おっさん!」
外壁の上から飛び出すヴァルガスと変態。ヴァルガスの斬馬刀が高々と掲げられ、アーマメントによって強化された腕力によってそれが振り下ろされる。
「鳥を絞めるにゃ、まず首落とさんとなぁ!」
ダンっと振り下ろされた斬馬刀が、大鳥の首へと食い込みそのまま振りぬかれる。
斬馬刀は大鳥の首に半分までめり込んだ。だが、完全に切断には至っていない。そこに、少し遅れて飛び降りてきた変態が拳を振るう。
叩かれたのは、斬馬刀の分厚い背。その衝撃に、一度は止まってしまった斬馬刀が再び食い込み、骨を断ち、肉を切り、皮を切断し、そして地面へと到達した。
ゆっくりと体からズレて落ちる大鳥の首。
あふれ出した血が地面を染め、咽かえるような臭いを放つ。
「これで一丁上がりじゃな。今夜は上手い焼き鳥が食えそうじゃ」
「もう焼けてるけど、焼き鳥にできるんかね?」
まだメラメラと炎を放つ大鳥の体。
こうも呆気なく化身級すら倒しきってしまえる制限解放者の力に、私が感動すら覚えたその時――
「ぬっ」
「おっと」
先に気付いたのは、やはりクローヴィスとヴァルガスの二人。それから少し遅れて私と変態も理解する。
大鳥の体が膨らんでいる。
そしてその体の向こう側でウォルリルが不気味な笑みを湛えていた。
「ヤバそうじゃな」
膨らみ続ける胴体はやがて光を放ち始め、巨大な球体となる。
「これは――ウォルリル、どういうことだ!」
「貴様らが切ったのは北の太陽の化身。フェリクスの死は夜の訪れと共に新たな朝を確定させる。さあ、輝きを増して蘇るのだ!」
直後、膨れ上がった球体の爆発と共にその中からフェリクスが再誕する。
フェニックスと言ったら再誕だよねぇ




