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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
四章 守護の騎士と北の民
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4-9 撤退戦1

 突然草原に響き渡る遠吠えに、避難民たちが一斉に足を止め、周囲を見回し始めた。

 護衛の兵士たちが足を止めるなと声を上げるが、動揺の広がる避難民たちには届かない。

 そして奴らが現れた。

 なだらかな草原の起伏。そこから突然沸いたかのようにあふれ出した魔物たちの群れ。

 だがあふれ出した魔物たちは避難民や兵士たちの目には入らなかった。

 彼らの視線はその一団の後ろに向けられていたからだ。


「遠吠えは奴か」

「面倒なのが来ましたね」


 他の魔物たちよりも明らかに大きい狼の様な姿の魔物が一団の後ろにいたからだ。

 あの巨大な狼が腕を一振りすれば、魔物の一団は簡単に壊滅するだろう。それほどまでに違いがある。

 小物たちのサイズから比較するに、二階建ての一軒家と同じぐらいの大きさはありそうだ。


「ミラ、腕は大丈夫ですか?」

「ああ。完治している」


 医者のアドバイスの元体内で活性化させ続けた覇気は私の腕をしっかりと直してくれていた。

 あの医者には帰ったら何か送らねばならないな。あの狼の素材など喜ばれるかもしれない。きっと高く売れるはずだ。


「クー、おそらく私はあの狼にかかり切りになる。避難民を雑魚から守ってもらえるか?」

「任せてください。殲滅戦は私の得意分野です」

「頼もしいな。では――」

「参りましょう!」


 ぬっ!? 決め台詞を取られた!?


「一度言ってみたかったんですよね。これ、けっこう気合入りますね」

「そうだろう。では参ろうか!」


 覇衣を展開させると同時に、狼がもう一度遠吠えを放つ。直後、足を止めていた避難民たちが恐怖の声を上げ一斉に走り出した。

 兵士たちが横へと道を防いでくれていたおかげでバラバラに散ることはなく、誘導に従って真っ直ぐに道をたどってアワマエラへと逃げていく。


「虚無へと誘え、消滅の一撃! エクスティングレーション!」


 迫りくる魔物たちに向けて、クーが一撃目の消滅魔法を放ち、光に飲み込まれた先頭の一部が文字通り消滅した。

 だがその穴はすぐに別の魔物によって埋められる。

 私の覇斬はまだ距離が遠いな。

 そう思っていると「斉射!」という声と共に、私たちの頭上を大量の矢が通り過ぎ魔物へと降りそそいだ。

 振り返れば、避難誘導をしながらも一部の兵士たちが弓を空に掲げている。

 魔物が迫ってきていることを伝えた時点で、準備を進めていたのだろう。

 彼らの放った矢は魔物たちの背へと深く突き刺さり、転倒した魔物が後続によって踏みつぶされていく。

 あれだけの数が一直線に向かってきていると、トドメを刺さなくとも勝手に死んでくれるのか。体力の温存にはいいな。

 それに、足を斬るだけなら、ここからでも覇斬は届く!


「ナイトロード流剣殺術! 覇斬!」


 ずっしりと来る反動を腕で受け止めながら、私は覇斬を放った。

 覇斬は距離による減衰をしながらも戦闘にいた数多の魔物たちの足を狩り、転倒させる。そして後方の魔物によって踏みつぶされていく。


「近づかれるまでにできるだけ減らそう」

「ミラはちゃんと余力を残しておいてくださいね。後ろのが見てますよ」

「分かっている」


 先ほどからビリビリと感じているさ。後ろに控えている狼の視線を。

 奴は見極めているのだろう。ここに自分が戦わなければならない敵がいるかどうかを。

 だから教えてやらなければならないのだ。

 お前の相手は私だと!


「覇斬!」

「エクスティングレーション!」

「斉射!」


 再び放たれた攻撃が、魔物たちをほんの少しだけ削る。

 気休め程度にしかならないが、正面が転べば後方は走りにくくなる。今は時間を稼ぎ、避難民が逃げ切ることを優先しなければ。


「クー、避難民の最後尾から離れるな。あの数に飲まれれば一瞬で死ぬぞ」

「はい。ではミラ、お気を付けて」

「ああ」


 走る避難民たちから私とクーは少しだけ置いて行かれた。私はクーに避難民たちの後方に付くように指示してシルバリオンで合流させる。

 まだ距離はあるが、次の斉射後に突撃だな。ちまちま削っていても仕方がない。

 覇斬を放ち、私の頭上を光が走る。その後を追うように矢の雨が飛び越えていき、魔物へと降りそそいだ。


「行くか」


 走り寄る魔物たちに向かって私も駆け出す。

 一気に近づき、覇斬の有効範囲に入った時点でもう一度放つ。

 飛び散る魔物たちの破片と血が後ろの魔物たちへと降り注ぐが、恐れる様子は一切見られない。

 やはり突き動かされている。一つの命令以外の思考は全てそぎ落とされていると考えてもいいかもしれない。

 奴の仕業か?

 私が狼を睨みつける。すると、奴が笑みを浮かべた気がした。

 そして三度目となる遠吠えを上げる。


「来るか」


 魔物たちが私を避けるように左右にずれ、狼と私の間に一本の道ができる。

 やはりこの魔物たちを指揮しているのは狼だ。ならば、あの狼を倒せば、少なくとも真っ直ぐに避難民を襲ってくることはなくなるはず。


「貴様を狩る!」

「グルァァアアア!!!!」


 正面から突撃してくる狼に対し覇斬を放つ。

 狼は腕を一振りし、覇斬を打ち砕いた。

 そのまま突撃し、私にその牙を突き立てようと巨大な咢を開いた。

 それだけで馬車すら簡単に飲み込めそうな咢は、到底人の動きでは回避しきれない。

 だから私は上空へと逃げる。

 覇衣を足元で爆発させ、勢いよく飛び上がる。

 足元を狼の牙が通り過ぎ、私はその狼の頭へと飛び乗った。


「この私を踏むか、人間!」

「貴様、喋れるのか!?」


 あまりの驚きにバランスを崩しそうになるが、狼の毛を掴むことで何とか落下を回避する。

 あくまで一方的にこちらの言葉を分かっているような魔物ならばいないこともないが、人語を話すことができる魔物など、私は聞いたこともなかった。


「悠久を生きる我らには造作もない! 降りろ、下等な種族!」


 狼が勢いよく頭を振る。私は捕まるのを諦め、狼の頭から飛び降り剣を構えて再び対峙した。

 グルルと唸り声を上げつつ、狼は私を睨みつける。


「貴様があの集団の要のようだ。貴様を潰せば、後は魔の者たちで十分であろう」

「私は簡単にやられるつもりはない。それがたとえ化身級であってもな」

「化身――ああ、我らを崇める奴らも我らのことをそう呼んでいたな。化身級吹き荒ぶ白銀ウォルリルと!」

「やはり化身級か」


 人の言葉を解し、魔物の中でも比較にならないほどの巨体。そして体から溢れる威圧感。それはヴォルスカルノと対峙した時以上のものを感じていた。

 ウォルリルは間違いなくヴォルスカルノよりも強い。

 奴さえ、明確な弱点を突いてようやくクーと共に倒すことができたほどだ。だが今は私一人しかいない。勝てるか、化身級に一人で――

 いや、勝たなければ後ろの民が殺される。こいつの目的は間違いなく避難民だ。

 ならば勝たなければならない! 騎士として、守る者として!

 ドクンと心臓が一際強く鼓動を放つ。

 体が熱くなるのを感じる。あの時と同じだ。

 ウォルリルがドンッと前足で地面を叩く。瞬間、叩かれた地面が凍り付き、一気に私の足元まで迫ってくる。

 私はバックステップで氷の範囲から回避しつつ覇斬を放つが、覇斬は咢によってかみ砕かれた。これでもかなり覇気を込めて放ったのだが、奴には意味がないらしい。

 奴の足元から広がった氷は半径百メートルほどを凍らせて止まる。


「氷、吹き荒ぶ白銀、雪と氷の化身か」


 今日やけに気温が低かったのも、昼に近づくにつれて気温が下がって行っていたのもウォルリルが原因か。

 溶岩の化身であるヴォルスカルノとは正反対の存在だな。


「クーに魔法を頼むか。しかし、ヴォルスカルノと同じになりそうな気もするな」


 氷を操れるということは、霰や雹を作ることもできるはずだ。となれば、クーの魔法はヴォルスカルノの炎と同じように細かい氷によって防がれてしまう可能性が高い。

 高温のマグマにでも放り込めば一時的に無効化できるかもしれないが、そんなものはこの近くにはない。

 面倒だな……

 明確な弱点もなく、かと言って無視することもできない。

 他の魔物たちは私を完全に無視して避難民を追っている。こいつにいつまでも足止めを喰らうわけにはいかない。

 せめて手傷だけでも負わせられれば引かせることはできるか?


「まあいい。どちらにしろ、全力で戦うまで!」


 そうしなければ守れない!

 ドクンと再び心臓が高鳴る。

 来た。あの感覚。押さえられないほどの覇気! 


「嵐覇」


 赤黒い覇衣が渦を巻き、私の回りに嵐を巻き起こす。


「やはり貴様は危険だ。ここで殺す!」

「やらせない。私には守らなければならないものがある!」


 嵐覇から覇気を纏わせ剣を強化すると、ウォルリルも自らの爪に氷を纏わせた。あれが奴の武器か。

 そして同時に踏み込む。

 ウォルリルが腕を振るう。私は強化した剣でそれを受け止める。

 衝撃が重い。体ごと吹き飛ばされそうになるのを耐え、爪を逸らせる。

 直後、頭上から噛みつきが来た。バックステップで躱しながら、覇斬を放ち目を狙う。

 覇斬は頭突きによって破壊されるが、私は即座に嵐覇から覇衣を回収し連続して覇斬を放つ。

 するとウォルリルが初めて下がった。連撃はさすがにダメージがあると判断したのか、それともただ鬱陶しいだけか。

 だが、距離ができた。その間に体勢を立て直し、私は両腕に意識を集中させる。


「アーマメント」


 嵐覇から回収した覇衣を武器だけでなく両腕に纏わせ物質化させる。

 小手のように変化した覇衣は、私を守る防具であると同時に、動きをサポートしてくれる強力な武器だ。


「威力が足りないのならば、さらに威力を上げればいい」


 覇斬十本分の覇衣を剣に纏わせ、私はウォルリルへと振り下ろす。

 ウォルリルが爪で地面を叩き、目の前に巨大な氷壁を出現させた。

 覇斬が氷壁をガリガリと削り、ウォルリルが吠えるたびに壁が補強されていく。

 一進一退の攻防が続き、そして先に砕けたのは――覇斬の方だった。

 ガラスが砕け散る様に覇斬が破壊され氷壁が一気に修正されていく。


「チッ、これでも無理か」

「その力、人間とは思えんな」

「私の後ろには守るべき民がいる。たとえ他国の民であろうと、私が守ると決めたならば、それは確実に実行する。その為ならば、人だって辞めてやろう」

「なるほど、それが貴様の力の源か。ならばこれをどう防ぐ!」


 ウォルリルが前後の足を氷によって地面へと貼り付けた。

 そして巨大な咢を目一杯に開く。


「何をする気だ!」

「知れたこと。守るべき民とやらを先に消すまで」


 口に生み出されたのは白銀に輝く球体。途方もないエネルギーを蓄えているのか、ウォルリルの口元さえ凍り付かせていた。


「まさか!」


 奴の視線の先には、逃げて行った避難民。

 ここから狙うというのか!?


「させない!」


 嵐覇を全て剣へと集束させる。


「消え失せろ!」

「世界を断て! 覇断!!」


 ウォルリルから放たれた白銀の光は、山脈の様な氷壁を草原へと生み出し、覇断が生み出された氷壁を砕いていく。


「くぅ……」


 両腕が痛む。だが、耐えられない痛みではない。

 アーマメントのおかげだろう。骨や筋肉へと負荷がこれまでとはくらべものにならないほど軽い。


「私は――」


 光が威力を増す。それに合わせて、私も心の底から覇気を絞り出し覇断へと込めていく。


「私は!――

 私は守って見せる!」


 剣を振りぬく。

 覇断がほんの一瞬だけ光を凌駕し、ウォルリルの顔へと触れた。

 直後、覇断が砕け白銀の光が草原を横断する。


  ◇


 遠くで覇衣の渦が巻いている。それを見てクーはミラが嵐覇を使っているのだと理解した。

 不安はある。完治したとは言っているが、それは無理な方法を使っての強引な完治だ。体が正しく治ったわけではない。

 医者は治癒力の促進だからおそらく大丈夫だと言っていたが、無茶は必ずどこかに負荷をかけるものだ。

 促進させたことがどのような影響を与えているか分からない以上、無茶はして欲しくはなかった。

 ましてあの技はミラの両腕を破壊した技だ。


「ミラ……」


 不安そうに嵐を見ながら、しかし魔法を放つことは忘れない。

 マントの隙間から腕だけを出し、迫りくる魔物たちを消滅させる。

 避難民たちは全力で逃げていた。この速度ならば半日程度でアワマエラにたどり着くことができるだろう。

 それまで魔物たちに追い付かれないようにする。

 危険な魔物と対峙するために、ミラに託された役目だ。すぐにでもミラの元に駆け付けたいが、託された以上ミラの期待を裏切らないためにも、全力で避難民たちを守る。

 そう決意し、マントの下が裸である羞恥心を押し殺して魔法を連発する。

 周りの兵士たちも必死に矢を放ち魔物たちの速度を落とそうとしているが、やはり数が圧倒的に足りていなかった。


「後退するぞ! 戦線を引き直す!」


 一人の隊長の声によって兵士たちが逃げた避難民の後を追う。

 クーネルエもシルバリオンと共にそれに合わせて後退する。

 そして戦線の立て直しラインまで来たところでシルバリオンを降りるとふと気づいた。

 嵐覇が無くなっている。


「何が」


 一抹の不安がクーネルエの胸に過った瞬間、視界が眩いばかりの白銀に染まる。

 直後に衝撃が襲い、クーネルエはマントを押さえてその場にしゃがみ込む。

 周りの兵士たちも立っていられず、同じように草原へと伏せていた。

 数秒後、光と衝撃が収まり、最初に感じたのはひんやりとした空気。

 今までも寒かったが、それとは比べ物にならない、まるで氷の側にいるような感覚だった。

 だがそれはただの感覚などではなく――


「うそ……」


 クーネルエのすぐ真横。そこには多くの魔物と兵士たちを中に閉じ込めた氷壁が生まれていた。


tips

ウォルリルの白銀砲のイメージは荷電粒子砲



シリアスな場面なのに、クーの中が素っ裸なせいで緊張感が霧散する……別の制約にすべきだったかと今更ながら後悔

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