4-6 ノーザンライツ捜索
モーリスのくれた案内図をもとに、リバーボートという名の宿へと向かう。
そこは、この町の中でも比較的大きな宿のようだ。
五階建ての宿は、正面玄関に警備員も立ち、安全面へと配慮もうかがえる。
「ここだな」
「ミラ、とりあえずいるかどうかだけ確認お願いできますか? 私はシルバリオンを見ていますので」
「了解した。では少し行ってくる」
私だけシルバリオンから降り、警備員たちの視線を浴びながら宿へと入る。
止められなかったのは、この服がある程度良いものだったからかな?
中は受付だけの空間となっており、よくある食堂などとの併設ではないようだ。
「いらっしゃいませ」
「すまない、少々聞きたいことがあるのだが」
「はい、なんでしょうか?」
「この宿に傭兵団風見鶏は泊っているだろうか? シェーキという個人名でもいいのだが。私は風見鶏の依頼で応援に来た傭兵団国境なき騎士団のミラベルだ」
「ギルドカードと、何か風見鶏からの依頼だと確認できるものはございますか?」
「これだ」
私は自分のギルドカードと依頼書を受付に渡す。
男性はそれを確認し、カードと依頼書を返してくれる。
「確認しました。風見鶏の皆様でしたら、当宿をご利用いただいております」
「連絡を取れるか?」
「承りました。少々お待ちください」
男がカウンターの奥の部屋へと入ろうとするところで、私は慌てて声をかける。
「外に仲間を待たせているんだ。馬を繋いでもいいだろうか?」
「では馬はこちらでお預かりします。お連れの方も中でお待ちください」
「頼む」
改めて一礼し、男は奥へと消える。
しばらくすると、玄関からクーが入ってきた。
「ここの従業員さんがシルバリオンを預かってくれました」
「うむ、風見鶏もここにいるようで今連絡を取ってもらっている。このままここに泊まれるといいな」
ロビーは清潔に保たれており、待合用の椅子も綿が詰められており柔らかい。
これならば部屋も期待できるだろう。何より、風見鶏と連絡を取るのに、いちいち相手の宿まで向かう必要もない。
「後で聞いてみましょう」
「そうですね。今回は全部ギルド持ちですし」
そう、嬉しいことに今回の依頼で発生した費用は全てギルドが立て替えてくれるのだ。
それだけ重要な依頼でもあるということなのだが。
と、階段から駆け下りる音が聞こえてきた。人数は二人か。
私たちがそちらに視線を向けていると、階段から飛び出してきたのはやはり二人。シェーキとピエスタだ。
「ミラベル!?」
「久しぶりだな、二人とも」
「お前たちが応援に来てくれたのか」
「うむ。トエラに残っていた傭兵だと、私たちが一番実力があると判断されたようだな」
「まあ、あんたらなら実力的には申し分ないだろうな」
情報専門の傭兵だけあって、私たちが化身級を討伐したこともすでに知っているのだろう。
一応情報統制はされているらしいが、噂に戸は立てられないからな。ある程度流れてくる噂から物事を推測することもできる。
「そちらはだいぶ大変だったようだな。ロスレイドが矢を受けたと聞いたが」
「ああ、一応一命は取り留めたけどな。今は治療院でユイレスが面倒を見てくれてる」
「相手はノーザンライツの可能性があるという話だが」
「ちょいストップ、そのあたりの話は部屋でしたい」
シェーキが視線だけを横に向ける。そこにはいつの間にかカウンターへと戻ってきていた男の姿があった。この店が安心できる店とはいえ、あまりこの町の人間に聞かせられる話でもないか。
「分かった。では先にここの宿を取れるか確認だけいいか?」
「おう。この宿はいいぞ。連れ込みは禁止だし、飯も美味い」
カウンターで空き部屋を確認すると、いくらでもあるということだったのでツインルームを取ることにした。
そのままシルバリオンは預かってもらうことになり、シルバリオンに積んだままだった荷物も部屋へと運び込んでもらうことにする。
そして鍵を受け取り、風見鶏の部屋へと向かう。
元は三人部屋のその部屋は、ベッドが一つだけ寂し気に整えられたままだった。あそこがロスレイドの使う予定だったベッドなのだろう。
ユイレスは一人部屋を確保してあるそうだが、今はロスレイドに付きっ切りで病院だ。
シェーキとピエスタの二人はここを拠点にできる範囲で情報収集を続けているらしい。だが、やはり自分たちで行動できないと信頼できる情報は少ないようだ。
「適当に座ってくれ」
「散らかってる部屋でごめんね」
「いえいえ、綺麗な方だと思いますよ。傭兵が使った後の部屋って凄く汚れてるって宿の人に良く聞きますし」
「まあ、がさつな連中も多いからな。うちはユイレスがいるから汚いと怒られるんだよ」
会議は主にこの部屋でやっているらしく、ユイレスが入ってきた時に散らかっていると怒られるそうだ。その姿がありありと想像できるな。
「とりあえず今俺たちが持ってる情報を渡すな。んで、今後について話したい」
「頼む」
現状、風見鶏は主に山岳部の情報収集を主として行動しているそうだ。
他のメンバーを戦線近くにも送っているらしいが、そこでは最低限の戦況や物価、人の動きなどを調べている程度らしい。
そして、現在一番注意しなければならないのが、風見鶏を襲撃した部隊。風見鶏の発見以降では、まだ発見報告のない部隊。
王国の偵察隊や近くの町の兵士たちも偵察に出ているようだが、その姿は確認できていないらしい。
巧妙に隠れているのか、それとも見つからないように動き回っているのか、はたまた撤退したのか。
シェーキたちは動き回っていると考えているようだ。その理由は彼らが発見された時の状況。
上空から鳥の鳴き声がしたと同時に彼らが気づいたらしく、動物を使役している可能性が高い。人では到達できない高所からの見張りがあれば、偵察の動きをあらかじめ発見し隠れることも可能だろうとのことだった。
確かにそれならばルートを変更しながら進み、警戒網を抜けることも可能だろう。
だとすれば気になるのは一つ。
「彼らの目的はどこだ」
侵攻してきた以上、どこかの土地を求めているということだ。
山岳部ではまともな生活はできないだろうし、となれば平原かどこかの町を求めていることになる。
早くその部隊を見つけるか防衛の準備をしなければ大きな被害になるぞ。
「俺たちの予想だと、ワラエラ、セジュエラ、そしてここクルシュエラの三つだと考えてる。この三つは他の町に比べて兵士が少なくなってる。あいつらが国として占領することを考えているんなら、守るための壁は欲しいはずだ」
「なるほど」
「ワラエラとセジュエラに関しては攻められてもすぐに落ちることはないはずだ。壁がしっかりしてるからな。けどここは」
「化身級の爪痕がまだ残ったままですからね。防衛機構もほとんど死んでいるのでは?」
「そうなんだよなぁ」
シェーキは悩まし気に頭を掻く。
つまり、ここが一番狙われる可能性が高いということか。
「俺たちもできることならここから移動したいんだけど、ロスレイドがあの状態だからな。馬車での移動もなるべく避けたい」
「ロスレイドは大丈夫だって言ってるんだけどね。傷口が開く可能性を考えると怖いよね」
風見鶏は情報収集専門の傭兵団だからな。なるべく戦闘に巻き込まれる可能性は避けたいだろう。
「だいたいの事情は分かった。それで、今後はどうするのだ?」
「とりあえず例の部隊を探す。ミラベルとクーネルエの二人には俺たちの護衛を頼みたい。場合によってはまたあいつらの攻撃に晒されることになるからな」
こちらが相手を発見できる状況は、相手がこちらをすでに発見している可能性が高い。その状況で情報だけを回収するのは困難だろうと風見鶏では結論付けていた。
私たちの仕事は、彼らを護衛しながら情報収集を手伝うことになるわけか。
「明日以降でこの町周辺の調査と、別の町から来た連中に聞き込みをしていく。ミラベルは俺と外でクーネルエはピエスタと町中を担当してもらいたい」
危険性を孕む外は私が担当し、比較的安全で防衛戦向きのクーが中か。妥当な配置だな。
「こちらとしては異存はない」
「じゃあそんな感じで頼む。九の鐘で一回のロビー集合でいいか?」
「分かった。そちらの足はどうなっている? うちは一頭しか連れてきていないのだが」
シルバリオンを使うとなると、クーの足がなくなってしまう。町中だから大丈夫だとは思うが。
「うちらは歩くから大丈夫だよ。市場とか回るのに馬は不便だしね。クーネルエちゃんもそれでいいよね?」
「ええ、大丈夫です」
「了解した。では明日からよろしく頼む」
「おう、こっちこそよろしく」
シェーキと握手を交わし、私とクーは自分たちの部屋へと戻るのだった。
翌日から私たちは例の部隊の捜索を開始した。
シェーキと私はまず最初の発見地点である山岳部とここを繋ぐ街道を重点的に調べ上げ、部隊の移動した痕跡がないかを確認する。
しかし、そのような跡はなくシェーキが想定する移動ルートを一つずつしらみつぶしに捜索していくこととなった。
その間、ピエスタとクーが町中で情報収集を行い、それらしき部隊や大規模な移動があった跡などがないかと聞いて回ったそうだが、それらしきものは誰も見ていなかったそうだ。
捜索開始から三日目。手がかりの見つからないまま、私たちは町へと戻ってきた。
シルバリオンもやや疲れを見せ始めている。今日はたっぷりの水と果物をあげるとしよう。
「クソッ、どこに行きやがった」
焦る様子のシェーキが小さく悪態をつく。
「ここまで情報が無いのもおかしな話だ。部隊が動けば必ず跡が残る」
それはたき火だったり、動物の死骸だったり、テントを張った跡だったりといろいろだが、それを全て消すことは本来できるはずがない。
「何か、重要なことを見落としていないか?」
「分からねぇ。ここまで痕跡が無いと、本当に撤退したと判断したくもなる」
けどそれはあり得ない。何も得ないまま撤退などすれば、その不満は全て支配者側が受けることとなる。そんなことを粛々と受け入れられるはずがない。
「とりあえずクーたちと合流しよう。向こうが何か情報を仕入れているかもしれない」
「そうだな」
いつもの宿へと戻り、馬を預ける。
係りの者に水と果物を多めに上げるよう頼み、その分のチップも弾んでおいた。
そして風見鶏の部屋に戻ると、ピエスタとクーがテーブルの上に屋台の料理を並べて待っていた。
「お帰り」
「ミラ、お帰りなさい」
「うむ、今戻った」
「ピエスタ、そっちはどうだった?」
「めぼしい情報はないねぇ」
ピエスタはポテトフライを摘まみつつ、お手上げといった様子で肩をすくめる。
「それらしいものを見たことはない。特におかしいと思ったことはない。戦争中だし、移動も多いせいで不思議に思わないことも多いみたい」
「どれもこれも裏目に出てるな」
普段ならば異常であったとしても、戦争中だからということで見逃されがちになってしまっているようだ。
「ただちょっと気になる話も聞いた。噂程度だけどね」
「なんだ」
「商人グループがいくつか消えているって話。戦争を避けて別の町に行ったって言われればそれまでなんだけど、それならこの町を通ってもおかしくないのに、この町には立ち寄ってない」
「消えた商人か」
確かに少し気になる話だ。だが商人たちからすれば、今のこの町には魅力が少ないし、通り過ぎてアワマエラ方面に急いでいてもおかしな話ではないということだった。
納得のできる理由ではあるのだが、だからと言って無視をしてもいい情報ではないだろう。
今はどんな小さな可能性でも掴んでおきたい。
「ピエスタ、その商人の足取り追えるか?」
「難しいかな。時間が経ちすぎてるし、具体的にどの商人がそれなのかが分かってない。そこから調べるとなると、別の町とか行かないといけないし、時間がかかりそう」
「なら後で周辺の迂回路を教えてくれ。明日からはそっちを探す。ピエスタたちは引き続き情報収集を頼む」
「はいはーい」
ピエスタは「まあいつまでも立ってないで」と言って私たちを席につかせ、買ってきた料理を前に置く。いい匂いに空腹を刺激される。
ずっと走り回っていたからな。昼食も最低限だったし、すきっ腹にこの匂いはたまらない。
「ミラ、この肉まん、美味しいですよ」
「いただこう」
クーに勧められた肉まんは、まだ暖かく噛み締めるたびに肉汁があふれ出すのだった。
◇
早朝。朝日が昇ると共にクルシュエラに警鐘が鳴り響いた。
「何が起きた!」
「風見鶏と合流しましょう」
慌てて着替えを済ませ、戦闘装備を持って風見鶏の部屋へと向かう。その途中に部屋から駆けだしてきていたシェーキ達と合流した。
「この警鐘は」
「敵襲の合図だ。けど音がおかしい」
宿の階段を駆け下りつつ、シェーキが言う。
「魔物の襲来と人の襲来、二種類の警鐘が交互にならされてる!」
「交互だと!? 同時に来たということか」
「普通ならあり得ねぇが、そういうことだろうな!」
宿を飛び出し門へと向かうと、既に兵士たちが集まっており、門の外を睨みつけていた。
私たちは近くの屋台の屋根へと上り外の様子を確かめる。そこには大量の魔物がこちらに向けて駆けてくるのが見えた。
そしてその後方から歩調を合わせて迫ってくる人の集団。
本当に人と魔物が同時に襲撃してきたようだ。
「魔物の数はスタンピードほどではないな」
「けど多すぎる。今の兵士たちじゃ守り切れない。まして後ろのあいつら、あの服は俺たちが探していた連中だ!」
「間違いないよ!」
シェーキとピエスタが断言した。
つまり、あの連中が魔物たちを操っているということか。
「あれがノーザンライツか。数は少ないのだな」
迫ってくる人の数は魔物の半分にも満たない。規模を考えると三百程度か。
本当に少数の部族が集まってできた部隊のようだ。しかし問題は魔物だな。ここの戦力で押さえられないとなれば、私とクーが出るしかないか。
出来れば風見鶏の護衛として彼らからあまり離れたくはないのだが、この町が落ちてしまうと本末転倒だ。
「シェーキ、私たちで対処する。いいか?」
「できるのか?」
「ざっと見たところ、面倒な魔物はいない。私とクーならばまとめて屠れる」
「分かった。俺たちはロスレイドと合流する」
「治療院だな。では終わったらそちらに向かおう。クー、外壁の上からまとめて消してやれ」
「分かりました。ミラは片方に寄ってくださいね。じゃないと巻き込んじゃいますよ」
「気を付けよう」
相談している間にも、魔物たちはすでに目と鼻の先まで来ていた。
兵士たちはこの門で道を狭くして押し止める気なのか、外に出る様子はない。まあ、ここの兵士たちだけではそれが限界だろう。
シェーキたちが治療院へと駆けていく。クーが外壁に登れる箇所を探して町中へと消えていった。
「では、参ろうか」
私は覇衣を活性化させ、兵士たちの上を飛び越し一撃目の覇斬を魔物の先頭集団に向けて叩き込むのだった。




