3-21 帰還と報告
クーの腕の中で揺られながら三日。私たちはゆっくりと生き物のいなくなった山岳部を使ってメビウス王国へと戻ってきていた。
行きは急いでいたので二日だったが、帰りは私の傷を気遣ってシルバリオンを歩かせていたので、少し時間がかかってしまった。
だが、ようやく戻ってくれたのだな。
まだまだ岩場は続くし、砦までは距離もあるが、今日中には到着するだろう。
◇
第四波を応援部隊の到着もあって無事鎮圧することができたヴェルカエラ北砦。
人が増えごった返す砦内は、むさくるしい男たちの空気に包まれていた。
「おい、タオル置きっぱなしにしたやつ誰だ!」
「いいじゃねぇかタオルぐらい」
「びしょびしょで気持ち悪いんだよ! これ汗だろ!?」
「マジかよ!」
と、どこか男子学生寮を思い出す雰囲気の中、戦えるものたちの間に不満が募り始めていた。
当然だろう。本来ならば、常駐の兵士と稀に来る少数の部隊のための宿舎が併設されているだけの砦だ。防衛の実用面を重視しているため、生活基盤は最低限にしか整えられていない。
そんなところに、騎士団、警備隊、有志の傭兵が大量に集まれば、許容量を超えるのは当たり前というもの。
現状は、全ての部屋を解放し、中庭にもテントを張って仮設の寝どころを作っている始末である。あまり長い期間この状態では、精神的にも肉体的にも戦える状況ではなくなってしまう。
ビルエストとレオンハルトは、一部の兵士や有志の傭兵たちをそろそろ町に戻してもいいのではないかと考えていた。
スタンピードの第四波からすでに丸二日。警戒任務は行っているが、第五波が来る気配はない。
稀に、スタンピードから遅れた魔物が数匹走ってくることはあるが、それに相手に何百人もの兵士はいらない。
「では、今日の偵察部隊が戻り、異常が無ければ明日の朝に応援の部隊を町に戻すということでどうでしょうか? 今日の偵察は国境まで向かわせています。そこまで行っても何も見つけられなければ、ほぼ終息したとみていいと考えますが」
「それが妥当だろうな。その時にルーテ様も町にお戻りいただこう。これだけの規模の兵士が動けば、護衛としては十分でしょう」
「騎士団はどうなさいますか?」
「応援に来た部隊をここに残す。護衛としてきた部隊は、消耗や怪我も少なからずいるからな」
さすがの騎士とはいえど、スタンピード相手に全くの無傷というのは難しい。
剣を追ってしまうもの、盾をなくしてしまうもの、鎧を壊してしまうもの、怪我を負ってしまうもの、そういったものたちもいる。
彼らとて補給があれば戦えないことはないが、貴重な戦力だ、応援が来ている今ここで無茶をさせる必要はない。
「そうですな。警備隊も同様に人員の交代を行いたいと思います。遺族にも、連絡を送らなくては」
死者の出なかった騎士団と違い、警備隊には多くの死傷者が出ている。
幸い、応援部隊は馬車でここまで来ているため、歩けない者たちの輸送も容易だ。
「これ以上、被害が出ないと良いのですが」
「彼女たちの情報しだいだな。情報を探るだけならば、もう戻ってきてもおかしくはないのだが」
彼らが待つのは、二人の少女。
スタンピードの原因調査に向かった彼女たちが戻ってこない限り、第五波、第六波が発生しないとは言い切れないのだ。
原因を調べるだけならば、二、三日で戻ってきていてもおかしくはない。しかしすでに彼女たちが出発してから五日。何かあったのか、それとも何も無さ過ぎたのか。
後者であればいいと思う。原因こそ分からないままでも、何もないことが分かればスタンピードの終息宣言を出せる。
だがもし前者ならば……
「とにかく彼女たちを信じましょう。レオンハルト団長が信頼できるほど優秀なのでしょう?」
「そうだな。実力ならば騎士団に匹敵、いや私に匹敵する」
「ハハハ、それは心強い」
ビルエストはそれを自分を励ます冗談だととった。
レオンハルトは事実なのだがと内心では思うが、到底信じられることではないだろうと曖昧に笑うのだった。
◇
「ミラ、あれって」
シルバリオンを操っていたクーがそれに気づいた。
指さす先にいたのは、馬をかる警備兵の制服を着た者たち。国境付近まで来てはいるが、間違いなくスタンピードの偵察部隊だろう。
彼らもこちらを見つけたのか、真っ直ぐに向かってくる。
「君たち!」
「偵察部隊ですか?」
「そうだ。戻ってきたんだね! 調査は!?」
「無事完了した。原因の対処は完了したので、これ以上スタンピードが発生することはない」
「それはいいことを聞いた! おい!」
「はい、先に戻ります!」
一人が慌てて馬を反転させると、砦に向かって全速力で駆けていく。
速報として伝えに行ったのだろう。
「そちらの状態は? 様子からすると、砦は無事なのですね」
「ああ、第四波以降スタンピードは来ていない。第四波の鎮圧で少し手間取ったが、ヴェルカエラからの応援が間に合って何とか町に魔物を向かわせることは防ぐことができたんだ」
そうか、応援が来ているのか。第五波も発生していないとなると、これで完全に収束だな。
フィリモリス王国では大きな被害が出ているが、メビウス王国でも同じようなことが起きなくて本当に良かった。
「そっちは大丈夫なのか? 酷い怪我だが」
「うむ、魔物との戦闘で少し苦戦した。だが、命に別状はないし後遺症も残らないので気にしないで大丈夫だ」
「そうか。とりあえず砦に戻ろう。スタンピードの心配がないなら、俺たちが巡回する必要もないしな」
「そうだな」
偵察部隊をともなって私たちは砦を目指す。
その間に、砦側の状況を聞いていたが、さほど問題は出ていなさそうだ。むしろ、応援が多すぎて砦が窮屈になっているのが問題になっているぐらいか。平和なものだ。
だが、その平和を獲得できたと思うと、この両腕の怪我も無駄ではなかったかもしれない。
そして砦が見えてきた。やけに賑やかだな。
外壁の上から兵たちが手を振っているし、門の前にも大勢の人だかりができている。
「あれは?」
「何でしょう?」
二人で首を傾げていると、隣にいた兵士がプッと噴き出す。
「なにいってんだ。あんたらの出迎えだろ。ほら、重要な任務を果たしてきたんだ。手を振り返してやれよ」
「む!?」
「ああ、そういうことですか」
私は腕を振ると激痛が走るので、クーが大きく腕を振る。すると、兵士たちの歓声が一回り大きくなった。
本当に出迎えなのだな。それにしても多すぎないか? あんな数の兵士がいれば、そりゃ砦が手狭にもなる。
「戻ってきたのだな」
「そうですね」
門の下までくると、大勢の兵士たちに囲まれ動けなくなる。
口々に私の腕を心配するが、ただの怪我で後遺症もないと伝えると安心したようにホッとしてくれた。
そして門へと道を開けるように頼み、偵察部隊が盾となって私たちを中へと誘導してくれる。
気分は超有名人だ。いや、この場においてはすでにそうなのか。
外壁を潜ると、やはり大量の人だかり。中庭にはテントが張られ、生活感のある洗濯物が干されている。
そして、砦の入り口の前に、彼らが立っていた。
レオンハルト団長、ビルエスト司令官、そしてルーテ第二王女様。
私たちは彼らの側まで行ってシルバリオンを降りる。
「傭兵団国境なき騎士団、調査依頼よりただいま戻りました」
「ミラベル、クーネルエ、ご苦労様です。良く戻ってきてくれました。ヴェルカエラへ戻る前に一目見れて良かったです」
「もったいなきお言葉です
「偵察部隊の一人が慌てて戻ってきたときはスタンピードが発生したかと思ったぞ。彼から大まかに話は聞いているが詳しく聞きたい。疲れているだろうところ悪いが、早速話を聞かせてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
団長と司令官に続いて私たちが砦へと入る中、ルーテ様とその側付きは外に残ったままだ。
どうやらすでに出発準備を整えているらしく、階段を上る最中に窓から馬車に乗り込むルーテ様の姿が見えた。
「お前たちが戻る前から、ルーテ様と一部の兵士を町に戻す話が決まっていたんだ。準備を進めているところに、お前たちが戻ってきてスタンピードが発生しないことが判明した」
「そうだったのですか。調査が遅れて申し訳ありません」
「いや、構わない。もともと期限は決めていなかったしな。それに――」
会議室へと入りつつ、レオンハルト団長が振り返る。
「その怪我、化身級と戦ったのだな」
その表情は真剣そのものだ。
「はい、個体名称はヴォルスカルノ。二足歩行の炎を纏ったトカゲでした。ヴェルン山脈のうちの一つの山から出現、そのまま南下し、フィリモリス王国内の町を蹂躙していました」
「なぜ戦った。依頼は調査だけだったはずだ」
「国境なき騎士団として、助けを求める者の声を無視することはできませんでした」
「――」
「――」
無言の中、私たちの視線がぶつかり合い意見を主張し合う。
まあ、レオンハルト団長としては当然戦ってなど欲しくなかっただろうし、確実に情報を持ち帰るなら戦う選択肢はあり得ない。
だが、私は騎士を目指すもの。そしてメビウス王国で国境なき騎士団を名乗るのならば、騎士としての行動を捨てることはできない。
「はぁ……分かった分かった。そう睨むな。とりあえず無事に帰ってきてくれたのならそれでいい」
「感謝します」
「で、化身級はどうなった? メビウス王国に来そうか?」
「いえ、私とクーで退治しておきましたので、問題ありません」
「……は?」
素っ頓狂な声がレオンハルト団長から聞こえた。団長でもそのような声を出すのだなぁ。
「今退治したと聞こえたが、対峙したの間違いではないか?」
「いえ、間違いなく退治、対象の息の根を止め、塵も残さず消滅させてきました」
クーの消滅魔法でな! まさか私の覇斬や乱舞が通用しない相手だとは思わなかった。
私ももっと鍛えねば。とりあえず傷を治さなければ何もできないが……
「そうか……化身級を倒すまでになってしまったか……バラナスが泣くだろうな」
「父に感動してもらえるのなら、誉ですね!」
「そういうことじゃないんだよなぁ……」
なぜがガックリと肩を落とす団長。私変なこと言ったか?
隣のクーを見るが、クーはアハハと曖昧な笑みを浮かべるだけだ。むぅ……
「まあいい、とりあえず詳しい報告を頼む」
「了解しました。まずは国境を越え、山岳地帯の道を進んでいったところ――」
私たちは化身級の動きを発見したところから、それを追って山を下り、町を襲っている化身級と逃げ延びてきた人たちがいたことを説明、その後化身級との戦闘を行い、嵐覇を使って化身級を誘導、近くの川に落とし火が消えたところでクーの消滅魔法を使い、完全に対象を消滅させたことを話す。
その後、意識を失ってしまった間のことをクーが話すが、それほど大きなことはない。向うの兵士たちに匿われ、病院で私の看病をしていてくれただけだった。
私が意識を取り戻した後は、フィリモリス王国に誘われたが断り紋章入りのナイフを渡したことで事なきを得て戻ってきたことを説明する。
途中から団長が頭を抱えビルエスト司令官はポカンと口が開きっぱなしになっていたが気にしない。口が乾きますよ?
「そ、そうか。両腕の状態は?」
「一カ月は絶対安静、その後通常の状態に戻すには三カ月ほどのリハビリが必要との診断です」
「そうか……無理をさせたな」
「いえ、こちらの判断で使ったまでの話です。団長の責任ではありません」
数カ月訓練ができないことの影響を知っているからこそ、団長は気にしたのだろう。
だが、腕の負荷は団長からも注意を受けていたこと。団長が気をもむ必要はないのだ。
「そうか。では国境なき騎士団への依頼はこれで完了とする。事後処理で悪いが、落ち着いたらギルドから君たちに成功報酬が支払われるはずだ」
「楽しみにしています」
「成した事が事だ。ボーナスも期待しておいてくれ」
「ありがとうございます」
報告を終え、会議室から出ると見知らぬメイドが立っていた。
「ミラベル様に、クーネルエ様ですね」
「うむ、そうだが君は?」
「私はルーテ様の側付きでございます。ルーテ様より、お二人にこの手紙を預かってまいりました」
差し出された手紙を受け取る。裏を見れば、確かに王家の蝋印で封がされている。これを使うことができるのは、王家の人間だけ。今ならばルーテ様以外にはあり得ないだろう。
「ここでは意見しても?」
「はい、お返事を聞いてくるようにとのことでしたので」
「では失礼して」
蝋印を解き、内容を確認する。
「ミラ、どんな内容なんですか?」
「ルーテ様からお茶会のお誘いだ。いわゆる非公式な会談という奴だな」
「ミラ、それって」
「うむ。チャンスが回ってきたな。ルーテ様にお伝えいただきたい。是非にと。私たちも後ほどヴェルカエラへ戻りますので、日程は傭兵ギルドへ手紙を出していただければ確認できます」
「かしこまりました。ルーテ様もお喜びになると思います。それでは私はこれにて」
メイドは音も立てずに廊下を歩いていく。
それを見送り、私はクーを顔を合わせた。
「ミラ、チャンスですよ! 直談判チャンス!」
「うむ、ルーテ様も今回の私たちの活躍を見ていてくださったということだろう! これはお茶会が楽しみになってきたな!」
「お茶会――はっ! 私たち、お茶会に来て行ける服なんてありません!?」
「ぬっ!」
そうだ、もともとここへは別の依頼で来ているだけであってドレスなど持ち込んでいない。
王族のお茶会だ。王城で行われずとも相応の格式があるものだろう。ドレスコードも相応の者でなければならない!
これは先ほどのメイドに相談する必要がある!
彼女を探せば、ちょうど廊下の角を曲がるところだった。
「クー! 彼女を追いかけるぞ!」
「はい!」
私たちは慌てて廊下を走り、彼女の後を追うのだった。
tips
生活感溢れる砦。
各所に紐が伸ばされ、至る処に洗濯物が掛けられた砦。
男物ばかりなので、平然とパンツも干してある。ミラは見慣れているが、クーには少し刺激が強い。




