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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
三章 騎士と兵士のアイドル
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3-12 姫ライブ

 ミラベル達がオガートスの討伐へと向かっている最中、騎士たちの警備隊に囲まれ、ルーテ第二王女もヴェルカエラから北の砦へと向かっていた。

 岩場をなんとか整地し、馬車を通れるようにした道はとてもいいものとは言えず、ガタガタと揺れる馬車に、体をゆすられる。

 お付きの者たちは、既に顔色を悪くしている。

 だが、ルーテの表情に変化はなかった。むしろ、そんなヘロヘロな付き人を見て、楽しそうに笑みを浮かべている。


「ルーテ様はお強いのですね。私はもう……」

「乗馬で鍛えてますもの。あなたたちも少しは運動しなさい。休暇はちゃんとあるのでしょ?」

「やっぱり休暇は体を休めたくて。ねぇ」

「そうですね。気づくとお昼だったりして、ご飯食べているともう十五の鐘なんてこともよくありまして」

「あなたたちはまだいいわよ。私なんて、前日に少し飲んだら休日がなくなってるのよ? 起きたら仕事の日だった恐怖、分かる?」

「ふふ、それは怖いわね」


 やがてガタガタと揺れる馬車が止まった。

 そして扉が開かれ、付き人が先に降りる。

 最後に扉からルーテが顔を出すと、無骨な砦が視界に飛び込んできた。


「ここに来るのも久しぶりですね」


 前回の視察から二年。当時と変わらない様子の砦に懐かしさを覚える。


「お待ちしておりました、ルーテ様。わたくし、ヴェルカエラ北砦警備隊長のビルエストと申します。以後お見知りおきを」

「今日からよろしくお願いしますね、ビルエスト隊長」

「こちらこそ、砦の兵士たちもルーテ様のご到着を心待ちにしておりました。さ、中へ」

「ええ」


 砦の中へと足を踏み入れる。

 廊下は綺麗に清掃され、花瓶に花が生けられている。普段はこんなことをしないことなど、ルーテも百も承知だ。

 自分のために屈強な兵士たちが必死に準備してくれていると思うと、クスリと笑みがこぼれる。

 と、そんなルーテ達一行の横を、数人の兵士たちが早歩きで通り過ぎる。

 いつもならば、廊下の端に立ち止まり、ラッキーとばかりにこちらを凝視するのだが……

 思わず彼らを視線で追うと、ビルエストが謝罪する。


「騒がしくて申し訳ありません」

「何かあったのですか?」

「最近、国境の向こうからやけに魔物が流れてきているのです。巡回の兵や数を増やしてはいるのですが、その分あの様に慌ただしくなっていまして」

「向こうで何かあったのでしょうか」

「こちらには特に何も言ってきていません。対処できると判断したのか、その暇もないのか。とりあえずこちら側では、常駐兵全員に待機命令を出して、いつでも動けるようにしております。そんな中でのルーテ様の視察ですからな。兵士たちも喜んでいるのですよ」

「そうでしたか。喜んでいただけるのなら嬉しいですが」


 常に砦の中で待機する兵士たちにとって、暇つぶしというのは最大の問題だ。

 そんな時にルーテが来たのだから、盛り上がるのも当然だろう。おかげで、いつもはギリギリになってしまう会場の設営もすでに完了し、掃除も隅々まで行き届いているのだ。


「ルーテ様の待機部屋はこちらにご用意させていただきました」


 ビルエストが案内したのは、砦の貴賓室。他国の重鎮や軍の上層部も迎えられる程度には整えられた部屋だ。それを今回はルーテの視察に合わせて、色々と身支度ができるように模様替えしてある。


「ありがとう。時間は予定通りで大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」

「分かりました。では私は準備を始めますので、後のことは付き人に言付けてください」

「承知しました。私もこの砦に配置されてからルーテ様の舞台は非常に楽しみにしておりました。よろしければ、舞台の後にでもサインをいただけますか? 砦の者たちの見えるところに飾りたいと思いますので」

「ふふ、分かりました。では紙とペンを用意しておいてください」

「ありがとうございます。では失礼いたします」


 ビルエストが退室すると、側付きたちが慌ただしく動き出す。

 予め運び込まれていた荷物の中から、ルーテ用の化粧道具や衣装を取り出し不備がないかをチェックしていく。

 ルーテはその間、席に座って自分の喉の調子を確かめていた。


「あー、あー、あー。今日は良い感じね」

「ルーテ様、こちらを向いてください、化粧を行います」

「分かったわ」


 ルーテが振り返った途端、ドンッという衝撃音と共に砦がガタガタと揺れた。


「きゃっ」

「道具を押さえて!」


 側付きたちが、道具を押さえて落ちないようにする中、ルーテは窓の外にちらりと砂埃が立ち昇っているのに気づいた。


「何が起きたの!?」

「ルーテ様、窓に近づかないでください!」


 側付きが止めるのもきかず、窓際から外を覗く。そこには、砦から少し離れた位置で激しい土煙が立ち昇っていた。

 と、扉がノックされる。


「ルーテ様、ご無事でしょうか?」

「こちらは大丈夫です! 何かあったのですか?」

「現在確認中ですが、近くで傭兵と魔物が戦闘していたとの情報があります。おそらくその影響かと」

「人があれ程のことをできるというのですか!?」

「できる人もいるかと思いますが、相手も魔物ですのでそちらの可能性も」

「ああ、そうですね。すみません、取り乱しました」

「詳しいことが分かりましたら、後ほどお伺いさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 兵士が扉の前から去り、再び静けさが戻ってくる。

 窓の外を覗くが、既に砂煙は晴れてしまっていた。


「ルーテ様、化粧の続きを」

「そうね」


 ルーテはもう一度だけ窓の外を見ると、側付きが待つ席へと戻るのだった。


   ◇


「ふぅ、凄い爆発だったな」

「ミラがやりすぎなんですよ」

「うむ、どうも覇衣の調子が良くてな。前の様な覇衣自体の増加は感じられないが、圧縮による威力の増加が大きいのだ。おかげで、威力の調整に苦労している」


 ここに来るまでにも、覇衣を使った技を用いた場合、魔物をバラバラにしてしまう威力が出てしまうことが何度かあった。

 これでは、以前のクーを笑えない。

 早く、現状の覇衣を使いこなせるようにしなければ。


「そうだ、オガートスの甲羅は無事か?」

「ええ、刃走は地面を抉ったようですから、両足だけ吹き飛んだみたいですね。まだ息がありますよ」

「ほう、ではクー、トドメを頼む」

「分かりました」


 クーが魔宝庫から短剣を抜き放ち右手に持つと、左手に小瓶を握る。そして両足を失い苦しそうにもがくオガートスへと近づいていく。

 足側へと回ると、オガートスがクーを警戒するように顔を向ける。だが、足がないせいで思うように体勢を変えられず、苦労しているようだ。

 手で体を引っ張りながら、なんとか向きを調整しようとしているが、今のクーは反撃の猶予を与えるほど優しくはない。

 小瓶の蓋を開け、オガートスの両足の断面へと振り掛けた。

 少しすると、オガートスが胸を押さえて苦しみだす。

 小瓶の中身は毒だ。オガートス用に調合されたもので、体内に入ると数秒で死に至る強力なもの。

 硬い甲羅と筋肉に守られたこの魔物を、甲羅を傷つけずに倒すにはこの方法しかない。そのため、ギルドでも販売されている毒だ。

 やがて、オガートスが完全に動きを止め、その両腕を地面へと投げだした。

 クーが慎重に近づき、その首元に剣を突き立てる。反応はなく、完全に死んでいるようだ。


「大丈夫みたいですね」

「うむ。後は剥ぎ取りだな」

「それが一番大変そうですね」


 巨体から手足を切り落とし、服を脱がせる感覚で頭から引っ張り出さなければならない。

 二メートルを超える巨体だけあって、甲羅だけでも相当な重さなのだ。女二人組の私たちではなおのことである。


「とりあえず少し休憩してからにしませんか?」


 死体を前に、クーが魔宝庫から水稲を取り出す。

 私が頷いてそれを受け取り、乾いた喉に水を流し込んでいると、少し離れた位置から掛けてくる気配を感じた。


「誰か来るな」


 私とクーが警戒していると、現れたのは警備隊の鎧を纏った男たちだった。


「こちらはヴェルカエラ北砦警備隊だ。何があった!?」

「魔物と戦闘した。すでに魔物は殺したので問題ない」

「そうか――ってそれオガートスか? よく狩れたな」

「これでもそこそこの実力はあるのでね。ただ、力は乙女と変わらないのだが、紳士な警備隊はちょっと手伝ってくれないだろうか?」


 ここで彼らに甲羅を剥ぐのを手伝ってもらえれば、グンと楽になる。

 私は即座にクーへとアイコンタクトを送った。色仕掛けは私よりもクーがいい。


「あの、協力お願いできないでしょうか?」


 見上げるような目線と、胸の前で手を握る仕草。胸のふくらみを強調する姿は完璧だな。

 実際、効果は抜群だったようだ。

 男たちは、仲間うちで何度か視線を合わせた後、こちらへと近づいてくる。


「たく、しょうがないな。この後ルーテ様の舞台があるんだ。手早く済まさせてもらうぞ」

「ルーテ様が来ているのか?」

「ああ、二年に一度、この砦とヴェルカエラの町で歌を歌ってくれるのさ。俺たちの癒しだぜ」

「そういうことだ。手早く済ませるぞ、そっち持っててくれ」

「うむ」


 私も少し色香を身に着けたほうがいいのか? いや、騎士たるもの、常に堂々としていなければ。


「ふんぬ!」

「嬢ちゃん、もう少しお淑やかにした方が良くないか?」

「……えい! これでいいか?」

「まあ……そうだな」


 警備隊とクーから苦笑を受けつつ、私たちは甲羅を剥いでいった。


   ◇


「みんなー! いつも、私たちのために頑張ってくれてありがとー!」


 特設舞台の上。ルーテは煌びやかな衣装を身にまとい、魔石を使ったライトを一身に浴びて観客に向かってにこやかに手を振る。

 それにこたえるのは、野太い声。砦の警備隊の約四分の一だ。

 午前の部と午後の部に分かれているルーテの舞台は、砦の兵士たちを四分の一ずつ交代で入れ、二日間に渡って行われる。


「じゃあさっそく一曲目! 恋する乙女は無敵だもん! 行ってみよう!」


 アップテンポなオーケストラをバックに、ルーテが舞台を所せましを駆けまわる。

 兵士たちは、ルーテが目の前に来れば興奮して声を上げ、投げキッスを飛ばせば奇声を上げる。もはやサルに近い存在となった兵士たちを前に、ルーテは次々と持ち曲を披露していった。

 さらに、二曲目三曲目と続けていき、衣装替えも二回行い、三の鐘もが経過する。


「はぁ、はぁ、じゃあ次が最後の曲!」

「「「「「えー!!」」」」」

「あはは、みんなありがとぅ! 最後の曲だけど、落ち込まずに思いっきり盛り上げてね! 最後はこの曲、王女様はアイドル!」


 自らの初めて人前で歌った曲で最後を締めくくり、ルーテ最初の舞台は大盛況のうちに幕を閉じるのだった。


   ◇


 甲羅をクーの魔宝庫へとしまい、私たちはギルドへと戻ってきた。

 時刻は昼過ぎ。結構早く片付けることができたな。

 そのままの足でミレーユのいる受付へと顔を出す。


「依頼を完了してきたぞ」

「お帰りなさいませ。その様子だと、上手くいったみたいですね」

「うむ、ほぼ傷なしで回収ができた。どこに出せばいい?」

「では裏へ。案内しますね」


 さすがにギルドの受付にオガートスの甲羅を出すわけにもいかないので、私たちはギルドの裏手にある倉庫へと案内された。

 そこには、一時的に預かっている素材や、ギルドが買い取った素材が山のように積まれている。


「凄い量だな」

「これでも週末にあるギルドの競売でほぼすっからかんになってしまうんですがね。あ、甲羅はこちらにお願いします」

「では出しますね」


 クーが魔宝庫から出した甲羅を見て、ミレーユも「ほう」と感心したようにため息を吐く。


「汚れはありますが、傷はほぼなし。綺麗なものですね。これなら追加報酬も期待できそうですよ」

「うむ。では楽しみにしておこう」

「では完了手続きをしますので、受付に戻りましょう」


 三人で再び受付へと戻ってくる。

 手続きを手早く済ませると、ミレーユが尋ねてきた。


「明日はどうしますか? ご希望があれば何か探しておきますが」

「ふむ、どうしたものか」


 毎日魔物狩りというのも面白いが、明日は夕方にルーテ様がこちらに戻ってくるはずだ。その時間に戦闘で鉢合わせてしまうと、向こうにも迷惑をかけかねない。

 まだこの町に来てから町の観光はしていないし、明日は休暇にするのもありだな。


「クー、明日は休暇にして町を散策してみないか? 貿易品も多く入ってくる町だ、面白いものが見つかるかもしれない」

「そうですね。せっかくここまで来たんですし、観光もしたいです」

「ではミレーユ、明日は依頼は受けないことにする。明後日以降受ける場合は、前日に伝えに来よう」

「分かりました。ではお待ちしております」

「うむ」


 基本報酬だった七十万エルナをチームの金庫へと預け、少しだけの現金をもって私たちはギルドを後にする。

 まだ昼過ぎだ。今からでも十分観光できるが、その前にご飯だな。


「クー、ご飯を探そう。さすがにお腹が空いた」

「そうですね。ここの屋台街が今から楽しみです」


 ちょっと遅い昼食をとるため、私たちは屋台街へと向かうのだった。


tips

第二王女ルーテ

持ち前の美貌と美声によって、多くのファンを持つアイドル王女。

視察を兼ねて二年に一度士気上げにライブを行っている。

熱狂的なファンも多く、ルーテの彫刻を部屋に飾る兵士も少なくない。


次回の更新は十五日になります。夏コミ3日目に参加していますので、興味がある方はTwitterからどうぞ。短編のオカルトものです。

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