3-7 先行制圧作戦開始
トエラへと戻ってから私たちは、シルバリオンのための馬屋を急いで製作し、庭へと設置した。
もともと広い庭を有していたホームだっただけに、一頭用の馬小屋があってもさほど狭くなったとは感じない。
シルバリオンも新築の馬小屋を気に入ってくれたようで、日ごろはそこでのんびりと暮らしてくれている。毎日の面倒は基本的に家にいるティエリスに任せることになったのだが、餌やりだけは主のことを忘れられないために、朝と夜を私やクーができるだけやるようにしている。
そのおかげか、十日ほどだった今もシルバリオンは私とクーに懐いてくれている。
だが一つ解せないことがある! なぜトアに一番懐いているのだ!
部屋の掃除はティエリス、朝と夜の食事は私たち。トアはたまにおやつを上げる程度で、後はティエリスに見てもらいながら軽く背中に乗る程度だというのに!
私たちが馬小屋に入ると「お、ご飯か」といった感じに私たちへと顔を突き出してくるのに対して、トアが小屋に入ると「よく来たな、さあ今日は何して遊ぶ?」といった具合にトアの顔に鼻をすり当ててくるのだ。
おやつか! やはりリンゴがいいのか!
おほん! まあそれは置いておこう。トアに懐いてくれているのは良いことだ。トアも軍馬の様な大きな馬にも怯えずに、むしろ喜んで近づいている。念のためティエリスが一緒にいる時以外は近づかないようには言ってあるが、足掛けにちゃんと足が届くようになったら乗馬も教えよう。
四人で馬に乗ってピクニックというのも楽しいかもしれない。
そんなことを考えながら、遠征の準備を進めていると、夕方に来訪者があった。
「よう。耳よりな情報持ってきたぜ」
風見鶏のリーダー、シェーキだ。
彼には少し前に依頼を出していた。それは王都にいる第二王女ルーテ様の動向と騎士団の動きだ。
ルーテ様の遠征日時はティエリスからの情報で大まかには把握していたが、詳しくは分かっていなかった。それが分からなければ私たちも騎士団に先行することができないため、風見鶏に動きを探っていてもらったのだ。
いつもの緊急な依頼と違い、のんびりと動きを調べるだけだったため料金が安かったのは助かったな。
「動いたのか?」
「いや、まだ動き出したわけじゃない。あれだけ大規模な遠征だ。その準備だけでもばっちり動きは予想できるさ。昨日の時点で馬車が集められた。今日の朝から物資の運び込みが始まってる。今日中には終わるだろうし、出発は明日の朝ってところだな」
「そうか。いよいよ動くのだな。ではこちらも準備しなければ」
「マジでやる気か? 先行して脅威の全排除なんて、普通に考えれば馬鹿げてるぞ?」
依頼するにあたって、風見鶏にはある程度の情報を提供している。というよりも、シェーキはすでに私のことや目的も知っているようだし、今更隠す必要もないと計画を全て話したのだ。
「うむ、だが私たちの実力を示すのにこれほど適したものはない」
「いや、そうだけどよ。もしかしたら、王族狙いなんてことをやらかすような連中がいないとも限らないんだぞ? それを二人だけで対処するって」
まあ、その可能性はほぼないに等しいだろうが、確かにゼロではないな。
王族を排除しようとするような輩ならば、対騎士団を想定して相応の部隊を送り込んでくるだろう。それを私とクーの二人で相手にすることになるのだから、おそらく正面からぶつかれば助かるまい。
「なにも、全てを倒す必要はないのだ。二人だけの行動ならば、逃げることも容易い。それで情報を後方の騎士団に伝えれば、それも十分な手柄さ」
「まあ、そういうことなら強くは言わねぇけどよ。俺の情報から推測すると、あんた突っ込むだろ。騎士は敵に背を見せないとか言って」
「……」
ぐうの音も出ないほどに図星であった。
「やっぱり……まあ、止めはしねぇよ。けど命大事に。傭兵の本質だぜ」
「うむ、忠告は受け取っておこう」
「んじゃ、俺は次の仕事もあるし行くわ」
「そうか。情報感謝する」
「それが俺たちの仕事だからな。またのご利用を」
そう言い残し、シェーキは帰っていった。
私はそれを見送り、早速リビングへと戻り全員に集合を掛ける。
三人がすぐに集まり、ソファーに並ぶ。彼女たちの正面に立ち、私は告げた。
「諸君! ついに我々が動く時が来た!」
「あ、さっきの来客はシェーキさんだったんですね」
「出発準備はほぼ完了しています。後はシルバリオンに乗せればいつでも出発できますよ」
「お姉ちゃんたち、気を付けてね」
「……もうちょっとこう、ない?」
あまりにも淡々とした様子の三人に、私は肩の力が抜けてしまう。
そんな様子にクーが苦笑した。
「今更ですよ。この時のためにいろいろと準備していたんですから」
「ん、薬ばっちり。改良もできた」
「食料の補充も終えています。乾物を中心に、日持ちのするものを選んで多少の水と共に袋に纏めてありますよ」
「それもそうか」
今更気合を入れなおす必要など、我々には必要ないのだな。
何時だって気合十分。どんな困難な課題であろうとも、必ず乗り越えて見せる。
「では明日の夜明けと共に出発する。騎士団と王族に我々の力を見せつけてやろうではないか」
◇
隊列が街道を進んでいく。
先頭を進むのは、騎士団騎兵隊の二十人。その後に続くのは騎士隊の四十名。四十名は五台の馬車を包囲するように陣形を組み、乱れることなく街道を進んでいく。
その後方には騎士団従騎隊の隊員四十人。彼らも騎士隊と同じように八台の馬車を守るように囲んでいるが、その荷物は主に自分たちの食事や寝床である。
最後方には魔法隊の二十名がやや崩れた陣形で付いてくる。彼らは個人色が強いため、下手に隊列を組むと実力を発揮できなくなる者たちだ。故に、あえて隊列を崩して後方の警戒を担っている。
総勢百名が、第二王女ルーテを守る騎士たちである。
騎士隊四十名の守る五台の馬車の中に、ひと際大きな王族専用の馬車があり、それがルーテの乗っている馬車だ。そして他の四台にはルーテの世話係が乗車している。
そして隊列から少し離れ、前方を進む五名の騎兵。彼らは、隊列の先を確認する偵察班だ。
そのうちの一人が、隊列の先頭へと戻ってくる。
「報告! 前方に異常なし。雲行き良好につき、予定通り夕刻には予定地点まで到着可能かと判断します」
「報告ご苦労。引き続き偵察を続行せよ」
「了解!」
報告を受けた騎士団長レオンハルト・クロークスは現状の維持を指示。騎士はそのまま隊列から離れていった。
その様子を受けて、隣から声がかかる。
「団長、今日も何事もなさそうですね」
騎馬隊の隊長であるファオ・ロータスである。
四十を超えたがまだまだ衰えを知らない体に、巨大なランスを持った姿は騎馬兵の見本のような姿である。
「ああ。だがこれほどまでに以上が無いと逆に違和感がある。まるで誰かに御膳立てされているかのようだ」
「確かにこんなことは初めてですからね」
これまでにも何度か遠征や任務で隊列を組んだ移動をしたことはあるが、少なからず魔獣には襲われた。
だが、王都を出発して七日。今だ一度たりとも戦闘はおろか、魔物の影すら見ていない。
動物ならば、これほどの規模の隊列を前に逃げ出すのも分かるが、共謀性も力も増している魔物は逆に興奮して襲ってくるはずなのだ。
「少し偵察範囲を広げさせるか」
「騎馬隊からさらに増やしますか」
「いや、あまり減らしても騎馬隊としての動きに支障が出る。騎士隊から馬を持っているものを出そう」
騎士団の中でも、騎馬隊は当然全員が馬を持ち、それに乗っている。だが、騎士隊の中にも数名自らの馬を持ち、隊列に参加している者たちもいる。
彼らは戦闘となれば馬からおりて剣を振るうが、移動の足として馬を持っているのだ。
それ故に、運用としては騎馬隊と大きく異なるが、偵察程度ならば彼らの馬でも十分可能だ。
レオンハルトは、騎士隊の隊長へと指示を出し、馬を持った五名を新たに招集した。
「お前たちは偵察班と協力して広範囲の索敵に当たれ。何かを発見した場合、接触は控えこちらに報告せよ」
「「「「「了解!」」」」」
「では行け」
騎士たちの馬が一斉に駆け出し、隊列から飛び出していく。
そして彼らが持ってきた報告を聞き、目を丸くすることになるのだった。
町に付いた騎士団とルーテ王女。だが、大規模な町でもない限り百人単位の騎士を止めるような宿などあるはずもない。
その為、ルーテの身の回りの警護をする騎士だけを残し、他のものたちは町の外で野営を行っていた。
彼らは定期的に町の中と外を巡回し治安の維持に努めるのが仕事だった。
だが、それ以外の時間は自由であり、行進の疲れを癒す大切な時間だ。
たき火を囲むように数人の騎士が集まり、翌日に響かぬよう一杯だけ振舞われる弱めの酒を、持ち込んだ摘まみでたのしんでいた。
「にしても今回の任務は楽だな。俺たち歩いてるだけじゃないか」
「確かにな。魔物が一匹も来ないなんて、近場の町の兵士隊が動いたのか?」
「いや、兵士隊は別件が忙しくてとてもそんな時間はないらしい」
訓練で稀に兵士隊が町の外に出て魔物狩りを行うということがある。町の中を巡回した際にそれとなく探ってみたが、魔物狩りをしたという話は聞こえてこなかった。
「団長が偵察増やした時に何か分かったみたいだけど、こっちには情報降りてこないんだよな」
「流石に騎士隊つっても俺たちと上じゃ違うからな」
騎士団の騎士隊。総勢八十名の隊だが、その数であっても中には差というものが生まれる。
ただ剣の実力で騎士隊に入った者、政治的なものが絡み騎士隊に入った者、上に立つために騎士隊に入った者、理由は様々だが確実にそれらの間で差は存在する。
代表的な例が、騎士隊にいるフィエル・ナイトロードとルーカス・ナイトロードの兄弟だろう。
幼いころから騎士になるために訓練を続け、将来的には隊を率いることを前提として教えを受けている彼らは、騎士隊の隊員からしても特別な存在だ。
ただ、そこに不満はない。指揮するものとただ剣を振るうもの。その違いが分からないほど、彼らも愚かではない。
指揮するものたちがしっかりとしているからこそ、自分たちが思う存分戦えるこということを理解しているのだ。
「聞いたら教えてくれると思うか?」
「どうだろうな。教えてくれそうな気もするけど、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだしなぁ」
教えてあげたから協力してね。そんな風に求められたら、断れなくなってしまう。
知らないほうがいいことも世の中にはごまんとあるのだ
だが人とは好奇心には抗えないもの。ちょうどよくそれを知る人物が通りかかってしまえばなおさら――
「あ、おいフィエル! ルーカス!」
今の話題のちょうど知る人物たち。偵察に出た騎士隊五人のうちの二人ナイトロード家の兄弟が、偶然にも彼らのたき火の近くを通りかかったのだ。
騎士の一人が彼らに声をかける。
「なんだ!」
「おおぅ、どうしたんだよ」
フィエルが怒りをぶちまける様に声を荒げたため、たき火に集まっていた騎士たちは全員が呆気にとられた。
これほどまでにフィエルが怒りを露わにするのは珍しいのだ。
「すまん。少し気が猛っていた」
「まあなんだ。そういう時は酒でも飲んで寝るに限るさ」
「そうだな。そうさせてもらう」
そういってフィエルはすたすたと自分のテントへと戻って行ってしまった。
残されたルーカスが、たき火へと近づき軽く手を上げ謝罪する。
「ごめんね。兄さんちょっと今イライラしてるんだ」
「何かあったのか? まさかまた令嬢たぶらかしてるのがバレたとか?」
「ハハハ、それだったらどれだけ楽か」
フィエルが父親のように硬派に育ったとすれば、弟のルーカスはそれを受けて軟派に育ったと言えるだろう。
ただ軟派と言ってもナイトロード家の中でという注釈が付く程度だが。
ルーカスは、持ち前の甘いルックスを生かして名家の令嬢と知り合い仲良くなることが多いのだ。騎士として一線を越えることはしないものの、フィエルからすれば十分に注意すべき行為であり、これまでにも何度か口頭で注意を受けたことがあった。
だが、今回はその程度では収まることではない。
「偵察で何かヤバいものでも見つけたのか?」
「ヤバい――ああ、確かにヤバいかも。まあ危険ってわけじゃないんだけど、ある意味危険かなぁ」
ルーカスのパッとしない返答に、騎士たちは首を傾げる。
「そうだね、ナイトロード家としてはかなり危険かも。まあ、団長がいれば何とかなるかもしれないけど」
「団長が出るレベルって危険ってレベルじゃないだろ……」
それはすでに国家の一大事だ。
「まあ、ナイトロード家と団長以外は関係ないと思うから心配はいらないよ。いつも通り、きっちりやることをやれば任務は完了さ。じゃ、僕ももう寝るよ。明日は忙しくなりそうだからね」
「そうか、なんかよく分からないがまあ頑張れよ」
「うん、ありがと。じゃあお休み」
ひらひらと手を振ってルーカスも自分のテントへと戻っていった。
それを見送り、騎士たちは再び首を傾げるのだった。
◇
早朝。日が昇ると同時に私たちは町の門を抜ける。
今日は街道を直進し、危険な魔物を全て排除したのち、近くにある森の中を一掃する予定だ。そして街道に戻り次の宿場町で待機する。このペースならば、さほど急ぐ必要はないはずだ。
今のところ、作戦は順調に進んでいる。王族の行動に合わせるため、騎士たちはこんな早くから出発することはない。せいぜい八の鐘か九の鐘が出発時刻だ。それまでに私たちは先行して戦闘の時間を稼ぐ。
「クー、準備は良いか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「では行こうか。シルバリオン!」
手綱を振ればシルバリオンが勢いよく駆け出す。
上ってきた朝の陽ざしに照らされながら私たちが街道を進んでいくと、その道を塞ぐ人影が現れた。
すぐに速度を落とし、その影へと近づく。そして朝日に正面から照らされた二人の正体に気付く。
「ミラベル、半年ぶりだな」
「やあミラベル、元気にしてた?」
「フィエル兄さま、ルーカス兄さま」
私たちの道を阻んだのは、半年ぶりに再会した上兄と下兄だった。
tips
騎士団の全部隊内訳
騎士隊 約80名 騎士の花形 正面突撃や直接の戦闘を行う。剣や槍が主流
従騎隊 約140名 騎士隊の補助 騎士隊の動きに合わせて弓などで遠距離攻撃を行う
騎馬隊 約30名 少数部隊 最も人数の少ない部隊で、敵隊列の粉砕を行う
魔法隊 約40名 異色 個人の個性が最も強い部隊であり、長距離からサポートするものもいれば、騎士に混じって突撃するものもいる。割と自由な風潮。
それぞれの隊に隊長副隊長がいる。従者隊のみ副隊長が二人。その上に団長副長がいる。
ストックが切れています。更新は一日おきになりますので、よろしくお願いいたします。




