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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
37/86

2-16 ファッションショー

 長期休暇。それは心と体を癒し、次の戦いに備えるための大切な期間である。


「ふっ、だがここまでくつろいで良いものだろうか」


 私は庭に設置したビーチチェアに寝そべり、空を見上げる。

 手元のテーブルには屋台で買ってきた何が入っているのか分からないカラフルなジュースが置かれ、新聞が優しい風にあおられパラパラとめくれた。

 一面を飾るのはトエラでも有名だったドレッドノータス私設警備団の施設爆発事件と、その片隅にひっそりと書かれたウェーダの逮捕。

 優良団体で知られていたドレッドノータスの違法奴隷関与は、民衆にとって衝撃的な事件だったのだろう。大々的に取り上げられ、いくつもの情報誌がこぞって事件の経緯を掲載した。

 そこには私たち国境なき騎士団と涙の怪盗ダイアの名前はない。

 警備隊と騎士団そして一部協力者の一斉突入により、悪党を一網打尽にしたことになっている。

 だが人の口には戸が立てられないもの。

 建物が爆発した際に、私が五階から飛び降りてきたのは野次馬たちの多くが見ていた。特徴的な服と仮面は、彼らの目にしっかりと焼き付いたことだろう。

 ドレッドノータスの事件には、私たち国境なき騎士団が関わっているという噂は、もはや公然の秘密となっている。

 この噂は、ゴシップ記事が好きな情報誌に取り上げあれ、トエラのみならず周辺の町まで広がっているほどだ。

 一通り買って読んでみたが、国境なき騎士団を激しく貶めるような書き方をしているところはない。さすがに、警備隊の行動を妨害した可能性や騎士団と対立しているのではないかなどという憶測は飛んでいるが、騎士団たちが私たちに対して何も動いていないことが、その憶測を打ち消していた。

 おかげで町ではちょっとした有名人状態である。仮面を付けて町を歩けば、噂が事実かどうかを確かめたい市民や記者が私を追いかけてくる。流石に家まで押しかけてきた連中には、警備隊に連絡して連れて行ってもらったが。

 それも相まって、私は庭でひたすらのんびりしているのだ。

 ティエリスがいたらこんなだらけた姿は見せられなかっただろうな。彼女も、なんだかんだ言って私に貴族の長女としての姿を叩きこんだ張本人だ。家出しているとはいえ、あまりだらしない姿は叱られる。

 ずぞぞ~っと謎ジュースを飲み干したところで、玄関に気配を感じた。


「ただいま戻りましたー」


 どうやらクーが戻ってきたようだ。私が外に出られないから、買い物は全てクーに任せてしまっている。

 まあ、もともと買い物はほとんどクーがやっていたので、状況はさほど変わっていないが。ただ、重いものをもってやれなくなったからな。それだけは悪いと思っている。


「お帰り!」

「ミラ、庭にいたんですねって、何ですかその格好」


 部屋から庭に出てきたクーは、私の格好を見て苦笑を浮かべた。


「バカンス気分をイメージしてみた」


 ビーチチェアに寝そべるなら、やはり水着姿だろう。ただ、私は水着を持っていないため、下着姿となっているが。

 初夏を迎えたこの時期、庭の回りにはしっかりと生垣が生い茂っているため外から見られる心配もない。まあ、もともとみられて恥ずかしい体はしていないが、むやみやたらと見せるほど痴女でもないからな。

 さて、ジュースもなくなったことだし、そろそろ室内に戻ろう。


「クーは何を買ってきたんだ?」


 部屋に戻ってみると、居間のテーブルに大きな紙袋が二つ。どちらもパンパンに膨れている。


「一つは食材ですね。今晩は熱くなってきましたし冷しゃぶです。奮発してキュウリも買ってきちゃいました」

「ほうほう、それは楽しみだ」


 きゅうりと言えば、腹も膨れず味もしない、けど食感だけは割といいと有名な野菜じゃないか。そういえば父さまもきゅうりと卵のサンドイッチをよく食べていたな。


「それともう一つは布です。時間があるので、今のうちにストックを作っておこうと思って。後トアちゃん用の服も何着か作りたいなって」

「消えてもいい服とトアの服か」

「はい。どんなのにしましょうかねぇ」


 クーは普通の服屋で買うこともあるが、傭兵仕事の時に着ている服は下着から全て自作だ。

 布の量を減らしつつ、なるべく簡単に作ることで出費を抑えているらしい。

 子供様の服は自作が当たり前だからな。売っている店などほとんどない。トアもギルドに通うようになっておしゃれも気に掛ける年ごろだろうし、服に種類があるのは良いことだろう。


「バリエーションがあるのか? いつもはスカートとTシャツだろう?」

「それが一番動きやすいですからね。けど、時間があればちょっとおしゃれな服を作ったりもするんですよ。見てみますか?」

「うむ、ぜひ見てみたい」


 こうしてクーのファッションショーが始まるのだった。


 魔宝庫から取り出され、テーブルの上にずらりと並べられたクーの服は、優に十着を越える。

 こんなにあるんなら、増やす必要自体に疑問が浮かぶが、クー曰くちょっと頑張って作っちゃった消えてほしくない作品なのだそうだ。なかなかに本末転倒である。

 そして台所で着替えていたクーが、戻ってくる。


「まずは一番シンプルな、いつも着ているものですね」


 マントはないが、見慣れたシャツとミニスカートだ。クーの言う通りシンプルなもので、カラーは一色、スカートにも特徴がないのが特徴と言わんばかりのデザインだ。動きやすいようにフレア状に広がっているぐらいか?


「じゃあ次ですね!」


 クーはさっさと戻っていって次の服に着替えてくる。

 肩ひもが布をリボン状に結んだタイプの袖口が大きく広がっているシャツだ。下もホットパンツに変えている。


「これは肩ひもをリボンにしたタイプです。ちょっと布の形がTシャツに合わなかったのでアレンジしたんですが、なかなかいい感じになりました」

「涼し気だな。これからの時期に合いそうだ」

「そうですね。ただこれ、脇も思いっきり開いちゃってるんで、手を上げると胸元が危ないんですよ」


 クーが片手を上げると、脇の下はシャツの半分ほどまで空いている。そこがクーの胸の大きさのせいで盛り上がり、脇下を紐で縛っているが押し上げた胸が横から見えそうになっている。


「基本的にはマントを羽織っているし大丈夫じゃないか?」


 そもそも足だってむき出しだし、今更恥ずかしがるほどの露出でもないだろう。最終的には魔法を使えば全裸だし。


「むぅ、ミラは私の胸が誰かに見られてもいいと思ってるんですか!」

「そうではないが、今更じゃないか? もともとかなり露出度が高いと思うのだが」


 私の騎士服改造版の露出は太ももぐらいしかない。シャツのボタンは首元まで閉じてしまうし、長袖だ。スカートこそ移動を阻害しないようにミニにしているが、オーバーニーソックスを履いてしまうから足の露出もほとんどない。


「布代を安く抑えたいからなるべく少なくしてるんです。これは後で手直ししておきましょう。次に着替えてくるのでちょっと待っててくださいね」


 クーはパタパタと台所に戻り、新しい服を着て出てきた。

 それは前面が全て空いたタイプのシャツだ。本来ならば、私のシャツのようにボタンで留めるタイプなのだが、そこにボタンはなく紐が結ばれている。


「これなんか、紐一本を交差させながら通してるんです。紐を引っ張ると前がきゅっと閉じる仕組みなんです。ボタンの代金を浮かせるために、スカートやホットパンツのボタンも全部紐なんですよ」


 シャツの裾をめくると、そこにはリボン状に結ばれた紐があった。


「そうだったのか」


 どうりで挑発的な恰好をしているわけだ。すべては安く抑えるための工夫だったのだな。


「体張り過ぎじゃないか?」

「そうしないといけないほどカツカツだったんですよ! 最高にお金がなかった時の服も見ますか?」

「ちょっと怖いが、逆に見てみたいな」

「いいでしょう。この際です。私の全てを見てもらいますよ!」

「全てってなんだ!?」


 クーは返事せずに台所へと引っ込んでいく。そしてごそごそと音を立てながら着替え、戻ってきた。

 私はその姿に絶句する。


「ふふふ、凄いでしょう。これを着て依頼を受けたこともあるんですよ」

「よく襲われなかったな……別の意味でだが」

「マントで必死に隠していましたからね」


 それはマフラーサイズの布を首にかけ首元でクロスしながら胸を隠し腰裏へと流す、まるで水着のような服だ。しかもミニスカートと一体になっており、スカートの前がローレグすぎて下着の上部とサイド紐が見えてしまっている。


「これはスカート分しか布を買うことができなかった時に作った服です。本来はお腹周りになるスカート布を切って継ぎ足して胸だけでも隠せるようにしたんですよ。下着がちょっと見えちゃってますけどね」


 それはちょっとで済ませていいレベルなのだろうか。

 こんな服で町を歩いたら、警備隊がすっ飛んでくるぞ。


「大変だったんだな」

「ええ、本当に。宿だけは安くし過ぎると問答無用で襲われるので、服と食事を必死に切り詰める日々。ですがもうそんな日々とはおさらばですよ。そして目指すは対抗魔術繊維(マギラクトファイバー)製の下着と服! それがあれば私は最強です!」

「うむ、そのためにももっと名を上げて騎士を目指さねばな」

「はい、頑張りましょう!」

「ただいまー」


 クーが着替えを持ってじゃあそろそろ元の格好にと言っているところで、トアが部屋に入ってきた。


「あ、トアちゃんお帰りなさい」

「お帰り。今日はいつもより早いのだな」

「ん、ルレアさんが今日は用事があるって」

「そうだったのか」

「クーお姉ちゃんは、どうしたの?」


 トアは派手な恰好のクーを見て首を傾げる。


「新しい服を作る話の流れで、昔私が作ったの服をミラに見せていたんですよ。トアちゃんの服も何着か作る予定ですからね」

「んっ、私の服もそんなのなの?」


 トアが心配そうに指さすのは、下着が見えているクーの服。さらに机の上に広げられているのは、脇が大きく開いた服、手に持っているのは、正面を紐で閉じるタイプの服。

 そう考えちゃうのも仕方がいないな。


「そんなことはありませんよ! ちゃんとした子供用の服を作りますから、安心してください!」


 顔を真っ赤にするクーに対して、トアはホッとしたように息を吐くのだった。

 


二章はこれにて終了です。

三章、騎士と兵士たちの崇拝者アイドルは一カ月後に開始の予定。

次章ではバトルメインの話にしたいなと。

詳しい日程は、決まり次第Twitterで連絡させていただきます。


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