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ミラベルさん、騎士めざします!  作者: 凜乃 初
二章 国境なき騎士団と涙の宝石
36/86

2-15 メビウス月例会議

「ぬぅ」


 重いため息が漏れた。

 机の上にあるのは退職届。

 まさかティエリスがミラベル側に付くとは……いや、その可能性は考慮していた。ティエリスはミラベルの側にいることができれば満足なのだ。むしろ、今のミラベルの周囲の環境は、ティエリスが存分に腕を振るうことのできる状況と言えるだろう。

 だがここまで簡単に辞められると、ナイトロード家の価値とは何なんだろうかと……


「旦那様、お茶のご用意が出来ました」

「すまんな、セルバ」


 いいタイミングで私の専属執事で屋敷の筆頭執事でもあるセルバがティーカップをテーブルの隅に置く。相変わらず、私の欲しいタイミングでお茶を用意してくれる。


「ふぅ」


 紅茶は良い。この香りが心を落ち着けてくれる。酸味と苦みが頭をスッキリさせてくれる。

 悩んだ時には紅茶で休憩をとる。それが私のスタイルだ。


「お悩みのようですね」

「ティエリスが退職した。我が娘の元に行ったよ。配置的に影響がないとはいえ、優秀な人材を失うのは辛いな」


 もともとミラベルの専属だったため、ミラベルが屋敷にいない今ティエリスのやれることは少ない。他のメイドたちを手伝ってもらっていたが、ナイトロード家に仕えるメイドたちはみな優秀で、手が余ってしまっていたのだ。

 結局は私付きの臨時メイドとしたが、私にはセルバがいたからな。


「お嬢様がお戻りになれば、ティエリスも必然的に戻ってまいりましょう。さほど気にすることではないのでは?」

「それが問題なのだよ。移動許可は結局降りなかった。ダイアと国境なき騎士団が解決したという結論は報告書で正式に出てしまったからな。騎士団で解決できなかった以上、移動許可を出すことはできないそうだ」

「まこと残念です」

「まあ約束を守れなかったのはこちらだからな。それでどうこう言うつもりはない。ダイアからは貴重な情報も得た。騎士団の損得でいえば得になっている」


 ソーマの報告書に添付されていた資料は、騎士団にとって大いに有用なものだった。

 多くの犯罪組織の隠れ蓑があらわになり、同時に国の内側に潜む腐敗も発見することができた。これらを切り取るのも騎士の仕事。今後はそちらの対応に追われることになるだろうが、それでこの国が少しでも綺麗に健康になるのならば、私たちは喜んで働く。


「ミラベルを連れ戻す方法を考えなければならないが、目下やらなければならないのはこの後の月例会議の準備だな」


 メビウス月例会議。それは月に一度陛下と柱貴族と呼ばれる国政に係る貴族たち、そして騎士団の様な実力で選ばれた者たちの計57名が集まり会議を開くものだ。

 内容は多岐にわたり予算の分配や国家事業の進行度、行事の準備や国防の問題など様々なことが話し合われる。

 今回の主題は再来月に行われる第二王女ルーテ様の視察準備と護岸工事の進行調査だ。だがこの情報も、情報が情報だけに話題には上がるだろう。

 前者二つは騎士団側への質問状もすでに届いているため回答を準備できているが、犯罪組織の資料はティエリスが持ってきたものだ。すでに陛下にはお渡ししているため各部署にも回っているだろうが、質問は予想がつかんな。とりあえずありそうな物に差しさわりなく答えておくのがいいか。

 質問の回答自体は騎士団長であるレオンハルトがやるのだが、準備は私の領分だからな。正直言って面倒くさい。私も事務仕事より剣を振っているほうが好きなのだ。一騎士だったころが懐かしいな。


「セルバ、私はこいつに関して来そうな質問を考えておく。出発時間が来たら教えてくれ」

「承知いたしました。昼食はいかがなさいますか?」

「摘まめるものを頼む」

「ではサンドイッチでも用意させましょう。失礼いたします」


 セルバが退室し、執務室の中に静寂が戻ってくる。

 私は資料を広げ、内容を確認しながら紅茶に手を伸ばすのだった……あちっ


 纏めた資料を持って扉の前に立つ。


「バラナス・ナイトロード様、入室!」


 扉番の兵士が私の名前を告げ、扉を開けた。

 室内には中央に巨大な円卓。すでに半分程度の席が埋まっており、私に視線を向けている。

 注目されるのは当然か、あんな資料を今朝配布したのだから。

 中へと踏み込み、私のために用意された席へと座る。同時に、右隣に座っていた警備隊の総隊長が小声で話しかけてくる。


「バラナス殿、凄い爆弾を放り込みましたな」

「こちらも慌てております。なにせ昨日の夜に届いたばかりの情報でしてな。直に警備団の上にも報告書があげられると思いますが」


 こちらはティエリスが早馬を使って戻ってきたため一足先に情報を手に入れることができたが、警備隊本部にも近いうちにトエラの町の警備隊から情報が上がってくるだろう。


「大雑把な報告なら上がっているがね。お互いしばらく忙しくなりそうだ」

「そうですな。こちらは団長がもう少し事務仕事にも気を使ってくれると楽になるのですが」

「うちももう少し部下たちが使えればなぁ」


 警備隊は町中に巣くう犯罪組織の摘発。騎士団は町の外の摘発に動くことになるはずだ。それに加えて騎士団は第二王女様の視察護衛があり、警備団は視察先の安全確保がある。

 すでに騎士団も警備隊もそのための部隊編成を組んであったのに、この情報を調べるために大幅に人員が必要になる。必然的に部隊編成を見直す必要が出てきてしまった。

 二人が事務仕事をしない自分の回りに付いて愚痴をこぼしていると、扉番が新たな入場を告げる。


「レオンハルト・クロークス様、入室!」


 入ってきたのは私よりも一回りも体の大きな男。レオンハルト・クロークス、現騎士団長であり、ミラベルに勝つことができる二人のうちの一人。貴重な存在だ。

 残念ながら、事務仕事に関して壊滅的なのがたまにきずだが。

 レオンハルトは入室すると周りに見向きもせず私の左隣の席へと座る。


「レオンハルト、今朝届いた資料は読んだか?」

「読んでおらん。内容は?」


 当然のように私に尋ねてくるレオンハルトにため息が零れる。


「違法奴隷商を潰した際に横のつながりを示す資料が見つかった。表向き善良な商売をやっている連中の名も上がっている。ルーテ様の警護と合わせて、こちらの調査も行わなければならない」

「ふむ、人がいるな」

「そうだ、部隊の編制をやり直す必要がある。警護の数を減らして少数精鋭に変えるぞ」

「分かった。そちらに任せる」


 威厳たっぷりに頷いているが、部隊の編制は本来お前の仕事だからな! さも当然のように私に任せてるんじゃない!

 まあ分かっている。それで受けてしまう私も甘いのだ。だが嫌なのだ、こいつが編成した無茶苦茶な部隊を指摘して逐一直していく仕事は。

 騎士団長の了承を得たところで、私はまだ途中になっている配置案の資料を取り出し続きを考えていく。

 しばらくして、室内にラッパの音が反響した。

 顔を上げると、いつの間にか席は一つを除いて全て埋まっている。全員の集合が完了していたようだ。そしてラッパが曲を奏でているということは、最後の一人が入ってくる合図。

 私はすぐに資料を置くと、立ち上がる。他の全員も同じように席を立ち、視線を部屋の奥へと向けた。

 そこにあるのは一枚の扉。


「メビウス王国国王、クリフォード・ベイル・メビウス陛下入室!」


 扉番の声と共にその扉がゆっくりと開かれ、陛下が入室された。

 今年で三十八になる陛下は赤いマントに身を包み、国王の証である王釈を手に部屋へと入ってきた。

 私たちはそろって頭を下げ、陛下が着席されるのを待つ。


「皆、席に着け。これより月例会議を始める!」


 陛下の声で私たちは頭を上げ、素早く席に着く。ここからは進行係が予定表を見ながら司会を行う。

 基本的に私たちが報告し、それを陛下が聞く形だ。


「ではまずは国家事業である護岸工事の進捗から。現在の進行度は――」


 ふむ、護岸工事の進行は問題なく行われているようだ。警備隊が工事現場周辺の警備を行っているおかげか、害獣や魔物の被害も発生していない。

 給金も当初の予定内に収まっているとか。国家事業にしては珍しいほどに順調なようだ。大抵は金が足りなくなるものだが。


「では次に再来月行われる第二王女ルーテ様の視察に関してです」


 司会が読み上げていく内容に、目立った問題はない。視察の日程やルートは予定通り、既に先方には連絡済みで受け入れ態勢の準備を進めているとのこと。

 宿泊場所は町一番の宿を貸し切りにし、周辺の建物への入場すら制限する。

 二カ月間の視察は、ルーテ様にとっても慣れたもので、さほど負担にもならないだろう。

 やはり問題は――


「ルーテ様の護衛に関して、騎士団長レオンハルト様、お願いします」


 レオンハルトが立ち上がり、手元の資料を見ながら説明していく。


「うむ、護衛に関してだが多少編制の変更がある。騎士の人数を減らし、その分実力を重視した少数精鋭を配置することとなった。理由に関してだが、既に知っていると思うが犯罪組織の横のつながりを示す証拠書類が入手できた。こちらの事実関係の把握にも騎士を裂かなければならないためだ。部隊編成の詳細は追って連絡するが、視察には私が同行することは明言しておく」


 まるでレオンハルトが考えたようなしゃべり方だが、あの資料実は私が来る前に製作したカンペである。レオンハルトは騎士を代表したような脳筋。奴に何かを説明させるなど、できるはずがない。このような場でできることは、カンペを音読させることぐらいなのだ。

 騎士団長の同行と聞いて、数人から「おお」と声が漏れた。本来は王都の守りの要であり、国の守護神だからな。それがルーテ様に同行するというだけで、人員を減らし安全性の確保を蔑ろにしたわけではないと証明できる。


「分かりました。視察まであまり猶予はありませんので、二日以内の提出をお願いします」


 司会の言葉にレオンハルトがちらりと私を見る。私はそれに小さく頷いた。

 二日あれば騎士の選定は問題ない。騎士全員のデータ、とまではいかないが優秀なものたちのデータは私の頭の中にそろっている。そこからすでにある程度のピックアップは終えているため、後は適材適所に振り分ければいい。


「了解した」

「では次に視察場所の警備に関して、警備隊総隊長レッツバルト様、お願いします」


 レオンハルトが座ると同時に、私の右側にいたレッツバルト警備隊総隊長が立ち上がる。

 話す内容は騎士団とほぼ同じだ。人員が足りなくなったため、一部部隊の変更を行うと。だが、もともと大量の隊員を確保しているのが警備隊なので、そこまで大幅な変更は行わないようだ。こちらも二日以内に改定案を提出するようだ。

 その後、ささやかな確認事項のチェックを行い、順調に月例会議は進んでいく。

 そして二刻ほどで最後の議題となった。


「では最後に、緊急議題として騎士団から、犯罪組織の調査についてです。レオンハルト様、お願いします」

「うむ。まず緊急議題の提出を謝罪する。ただ、情報が情報だけに来月の会議では間に合わないと判断し提出させていただいた。議題の資料に関してだが、既にここに出席している皆さまにはお渡ししてあると思うのだがどうだろうか?」


 レオンハルトが一つ問いかけると、声こそないものの肯定するように頷くものたちが続く。

 届いていないという声がないことから、レオンハルトは話を続ける。


「では読んでいただいたという前提で話を進めさせていただく。この資料はトエラの町にある私設警備団ドレッドノータスという団体が有していたものだ。ドレッドノータスは違法奴隷の売買を行っており、紆余曲折あって団体は壊滅、その際に拠点から持ち出されたものだと把握している。資料の信頼性は極めて高いと判断でき、資料に名前の挙がっていた大小三十を超える団体の調査を行うつもりでいる。現状、調査が始まってすらいないため、あまり報告できることが少なくて申し訳ないが、来月か再来月の月例会議にはいい報告が出せると思う。以上だ」


 紆余曲折を説明すると長くなるうえに我がバカ娘のことも話さなければならなくなる。社交界ですでに噂が飛び回っているとはいえ、こんな国政を支える者たちの前で堂々と晒すつもりはない。

 ただ、さすがに陛下にお渡しする資料には全てを記載した。こればかりはごまかすことは許されない。


「その件に関して、警備隊からも一つある。いいだろうか?」

「どうぞ」

「警備隊も配布された資料から小規模な協力団体の摘発に動くつもりだ。これに関しては騎士団と連携をとり、小規模をうちで、大掛かりな捕り物になる場合は騎士団で動くつもりでいる。場合によっては協力体制を敷く可能性もあることを頭の隅に入れておいてもらいたい。警備隊からは以上だ」


 こちらとしても協力体制を敷く可能性はもともと考えていたことだ。ここで警備隊から提案があったことは助かるな。

 視線を向けると、レットバルトがにやりと笑みを浮かべた。


「感謝する」

「なに、仕事は早く少ない方がいい。お互いやることが多いからな」

「そうだな」


 いくつかの質問に対して、用意しておいた回答を行う。おおむね予想していた通りの質問が来たため、困った場面は訪れなかった。

 そして全ての報告が終わり、陛下が月例会議の閉めを行う。


「皆、報告ご苦労。私もこの後詳しい資料を確認させてもらうが、対処方針として問題ないと感じている。これからも皆の働きに期待する。これにて月例会議を終了とする!」


 陛下が立ち上がり部屋を後にする。私たちはその背中に頭を下げ完全に扉が閉まるのを待った。

 バタンと閉まる音が会議室に響き、それを合図に全員が顔を上げ各々に関心のある話題を話し始める。

 当然私はレットバルト総隊長に声を掛けられる。


「この後空いているか? どうせならこのままどこを調べるかぐらいは決めてしまいたい」

「こちらは問題ない」

「では私の執務室へ」

「分かった。レオンハルト団長、そういうことですので私は今後の打ち合わせをしてきます」


 警備隊の副総隊長と戦闘談義を繰り広げていたレオンハルトに一言告げ、私とレットバルト総隊長は会議室を後にするのだった。


   ◇


 月例会議が終わったお父様の元へ向かう。今回の会議は私に係ることも話し合われていたはずなのでその確認のためだ。

 お父様の執務室へと入ると、何やら真剣な表情で書類を読んでいる。

 お邪魔しちゃったかしら?

 時間を改めてまた来ようかと考えたところで、お父様が手元から視線を上げる。


「ルーテ、丁度いいところに来てくれた。今呼びに行かせようと思っていたところだったんだ」

「そうでしたか。何か今度の視察に変更でも?」

「うむ、警備隊と騎士団の編制と配置が少し変更になるようだ。後日変更後の予定配置が届けられるはずだ」

「何かあったのですか?」


 警備隊と騎士団、そろって配置が変わるということは、何かしら大きな事件があった可能性が高いですね。


「騎士団が犯罪組織の情報を入手した。かなり規模が大きいようで、それなりの人数動員しなければならないようだな。これは入手経緯の報告書だが、なかなか面白いことが書いてある」

「面白いこと?」


 情報の入手経緯でそんな面白いようなことなんてあるのかしら? 大抵は騎士団や警備隊が突入して、資料を押収した程度の話しか書いていないはずですが。


「読んでみるかね?」

「ぜひ」


 私が興味深げに資料を見ていることに気付いたのか、お父様がその資料をこちらに差し出してくる。私はありがたく受け取り、内容を確かめる。

 ――へぇ、傭兵と怪盗ですか。

 確かにこれはなかなか面白い報告書です。

 最近王都を騒がせ、警備隊では手に負えないと判断されていたダイアが、まさか違法奴隷の関係者を狙って盗みに入っていたとは……これまでにダイアが潜入した貴族はもう一度調べなおす必要がありそうですね。ああ、新たな情報に加えてこれもあるから忙しくなるのですか。

 それにこの国境なき騎士団という名の傭兵団。我が国で騎士団の名を付けるなんて。その上不意打ちとはいえ騎士団を出し抜くだけの力を有している。いったい何者なんでしょうね。

 代表者はミラベルという名の女性――はて、どこかで聞いたことがあるような?

 まあ、私の知り合いに傭兵なんていませんし、きっと気のせいでしょう。

 私は資料を返しながら感想を述べる。


「確かに面白い資料ですね。警備隊や騎士団が足取りを掴めていなかった情報を有し、騎士団よりも早く動く。実力ははっきりとはしませんが、この怪盗も傭兵も、騎士の皆様とそこまで差があるとも思えません」

「そうだな。情報の収集能力もそうだが、これほどの実力を持ったものたちがまだ平民の中にも隠れている。彼らを登用し適材適所に配置できれば我が国はより発展することもできるだろう」

「そうですね。来年の登用枠を増やすのですか?」

「いや、あまり平民から上げ過ぎるのも問題だ。登用枠はそのままに、個人の質を上げたい。専門の調査委員を作ろうと考えている」


 なるほど、多く登用して質の悪いものも良いもの纏めて懐に入れるのではなく、原石の鑑定を厳しくして懐には質の良いもののみを残す方針ですか。

 我が国の国庫も無限ではありませんし、妥当なところですね。


「いいと思いますわ。調査委員はどこが?」


 だいたいこういうことは市民とのかかわりが深い警備隊が兼任するものだが、これから忙しくなるみたいですし、これまで任せるのはさすがに酷だと思います。


「警備隊も騎士も無理だろう。引退して暇している連中に召集を掛けてみるか。孫へのこづかいで悩んでいると相談が来てたからな。よし、そのように指示を出すとしよう」


 孫へのおこづかいを稼ぐために仕事をするんですか……まあ志願制ならいいんですかね?

 お父様の提案に賛成の意味も込めてニッコリと笑顔を浮かべていると、執務室の扉がノックされました。


「父上、失礼します。ん、ルーテも一緒だったのか。邪魔したかな?」


 入ってきたのはクリーブお兄様でした。お兄様は皇太子としてすでにお父様の政務のいくつかを請け負っています。きっとそれに関することでしょう。

 なら私は下がったほうが良さそうですね


「いえ、もう終わったところですわ。私はこれで失礼しますね」

「そうか。父上、いくつか確認したいことが」


 お父様とお兄様が話し始める中、私はそっと執務室を後にする。

 ふふ、国境なき騎士団――女性でありながら騎士の名を求める人たち。面白いかもしれませんね。


tips

月例会議の参加者

柱貴族47家+騎士団や警備隊などの代表者10名に陛下を含めたの計58名

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