2-7 予告の夜
予告状を貰った翌日。ユイレスは約束通りダイアの最近の行動などをまとめた情報を持ってきてくれた。
それによれば、ダイアは魔法も使えるらしく、固有魔法に強烈な光を放つものがあるらしい。暗闇の中でいきなり光を浴びせられ、目がくらんでいるうちに逃げられるということが何度もあったそうだ。
最初は何かしらの道具による光と考えられていたが、王都での最後の事件の際に隊員の一人がその事実に気付いたらしい。
それまで全く気づけなかったというのも問題の気もするが、ダイアも魔法だと気づかせないための対策を組んでいたということだろう。
対魔法使いと対一般人では、対処は全く違うからな。魔法使いよりも一般人だと思われているほうが対処は楽なのだ。
だが、その情報のおかげで、私たちの想定していた侵入経路も大幅に見直しが必要になった。魔法を使えるということは、それだけ戦略の幅が広がるということだ。魔法の使えない私は、クーにどのようなことならできそうかを尋ねつつ、経路を確認していく。
その結果、やはり問題となったのは地下の通気口だ。一般人ならば鍵を掛けておけば大丈夫だが、魔法使いならば鍵を破壊することはたやすい。それを考え、明日は庭周辺の警戒を強化することとする。
同時に、ウェーダ殿からも明日は夜間警備に警備員も配置すると連絡が来た。これのおかげで、死角は完全になくなったことになる。
そして新月の夜である今日。国境なき騎士団の二人と警備員五名による厳重警備の中、ウェーダ宝飾店は物々しい雰囲気に包まれていた。
店の中には警備員が三名、外に私たち二人と残りの二人の計四名が警備を行っている。
時刻は二の鐘。新月により月の明かりは一切なく、手に持ったランプだけが周囲を薄く照らしている。
「東、異常なし!」
「南、異常なし!」
「西、異常なしです!」
「北、こちらも異常ない!」
定期的な確認もこれで何度目か。
異常がないことを知らせるために、四方に分かれた私たちは定期的に確認を取り合っている。東にいる警備員が時計を持っており、彼が一定の時間で最初の声を上げる。それに南の警備員、西のクー、最後に北の私が声を出し異常がないことを知らせるのだ。
もしダイアの襲撃があり、気絶などさせられていればその時点で気づける。まあ、気絶すれば気配が薄れるから、その時点で私が気づけるだろうが。
そんなことを考えていると、道の向こうから楽し気な鼻歌が聞こえてきた。
「ふむ、いつもの娼婦か」
警備を開始した初日から毎日、だいたいこの時間になると楽し気に鼻歌を歌いながら道を歩く娼婦を見かける。
これが彼女の日課なのだろうと思っていたのだが、ダイアの予告があった後では彼女すらも怪しく見えてしまうな。
そんな風に娼婦のことを目で追っていると、わずかに娼婦の体に緊張が走った。
「今のは――」
私の視線に気付いたのか? いや、だが仮面を付けている私の視線などこの距離では到底分かるはずがない。それこそ、戦闘訓練を積んだようなものでなければ!
「クー! カバー任せるぞ!」
「え、ミラ!?」
私が声を上げクーにここのカバーを任せる。同時に地面を蹴って娼婦に向かって一気に加速する。
だがそれと同時に娼婦も地面を蹴っていた。
「待て!」
裏路地へと駆け込んでいく娼婦。その速さは明らかに娼婦のものではない。ヒールを履いてなお私から逃げられるほどの速度を出すなど、どう考えても普通ではない。
当たりか!
娼婦の後を追って路地へと飛び込む。剣の柄に手を当て、いつでも風切が使える状態にする。
「くっ、どこに」
視界内に娼婦の姿はない。気配は――上!?
とっさに見上げると、両側の家の壁を交互に蹴り屋上へと昇っていく娼婦の姿。
「逃がすか!」
逃がすまいと、私も壁を蹴って上へと昇る。と、屋上へと逃げたはずの娼婦が頭上からナイフを構え飛び降りてきた。
「くっ」
とっさに風切を放つが無茶な体勢のせいで威力が乗らない。
放たれた覇衣はナイフによって切り裂かれ、娼婦の膝が私の顔を狙う。
膝蹴りは手で受け止めたが、私たちはそのまま重力に引かれ地面へと落下。体勢を崩しながらも、娼婦を引き離し何とか着地に成功する。
娼婦も丁寧に着地し、すぐにナイフを構えた。戦うつもりか。
「地上ならば負けることはない」
覇衣を纏い、娼婦と切り結ぶ。
踏み込まれ振るわれるナイフを躱し、剣を振るう。紙一重で躱され、さらに間合いの内側へ入り込んでくる。
バックステップで距離を稼ぎながら、横に振るってこれ以上の侵入を拒む。
娼婦は踏み込みを止め、その場に止まってナイフを構えた。
「今度はこちらから!」
刃走を放ち、同時に踏み込む。相手は横に最小のステップで刃走を躱し、私の剣に備えた。
だが私は、手首を捻ってもう一度刃走を放った。
刃走二連。
ナイトロード流剣術刃走を発展させた私だけの技だ。
一回目の刃走を最低限の覇衣で放ち、手首を返してさらにもう一度、今度はいつも以上の覇衣を込めて放つ技。
最低限の覇衣のため一撃目の威力は必然的に弱く見た目も小さなものになってしまうが、そこを私の振り抜きの速度でカバーし元の刃走と同じ威力にまで高め、二撃目の強引な振りで弱まった威力を、覇衣を多く乗せることでカバーした連撃。
父さまやじい様にすら見せたことが無いこの技、逃れられまい!
だが迫る二撃目に、娼婦は丸で来ることが分かっていたかのように対応してみせた。
一撃目が通り過ぎた後の線へと回避し、驚いている私に向かって距離を詰めてくる。
振るわれたナイフを剣で受け止めると、そのまま鍔迫り合いとなった。
先ほどまでは必要に鍔迫り合いを拒否してきていた娼婦が突然の行動変更。何かある。
警戒する私をよそに、娼婦の視線が私の視線とぶつかる。
「ミラベル様ですね」
私の名前を知っている!? ダイアはこちらの情報を握っているということか。
「この声を聞いてもまだ気づきませんか……」
「むっ」
そういえばこの声、どこかで聞いた記憶が――
!?
「ティエリスか!」
「やはりミラベル様でしたか」
娼婦――いや間違いなくティエリスだ。ティエリスはバックステップで私から離れつつナイフを下す。そういえば刃走二連を練習しているときは、ティエリスが水やタオルの準備をしてくれていたのだったな。
「ティエリスがなぜここにいる。それにその格好はなんだ」
「それは私のセリフです。ミラベル様、なぜそのような面妖な仮面を付けているのですか。今日はお祭りではありませんよ」
「いや、これは周りが付けておけと五月蠅くてな」
仕方がないだろう。これを付けていないと、傭兵たちが私を私だと気づかないのだから!
私の答えに、ティエリスは「はぁ」と一つ深いため息を吐き、ナイフをスカートの中へとしまう。そして首筋に手を掛けると、ビリビリと一気に顔の皮をはいだ。
「うわ、気持ちわる」
「酷い言い草ですね。まあ、否定派しませんが」
変装のために被っていた皮をはがし、破けて一部残ってしまった皮を丁寧に取りつつティエリスも同意する。
あれは騎士団用に用意された変装マスクだな。自分の顔にぴっちりついてしまうため蒸れやすく付け心地は最悪であり、おまけに剥がしにくいと人気はいまいちだが変装の能力だけは最高峰の代物だ。
「それを付けているということは、騎士団の依頼か」
「ええ、最近この町や周辺で多発している行方不明事件を追っていました。怪しい仮面を付けた傭兵が警備している怪しい宝飾店があるということで警戒はしていたのですが、まさかミラベル様だったとは……」
「ではダイアとは無関係なのだな?」
「ダイア? 最近王都で噂になっていた怪盗ですね。この町に来ているのですか?」
ティエリスはダイアのことを知らない? 予告状が来たことぐらいはウェーダ殿から警備隊にも知らせが言っているはず。それをこの町で動いている騎士団が知らないというのはおかしなことだ。
まさかウェーダ殿は警備隊に予告状の件を知らせていないのか?
いや、今はそんなことよりも持ち場に戻ることを優先しよう。ダイアがいつ現れるのか分からないのだ。
「話は後だ。店に戻りながら説明する。付いてきてくれ」
「分かりました」
私はティエリスを伴って、店へと戻るべく駆け出すのだった。
◇
あら、一番厄介そうなの仮面付きが突然駆け出したわ。それにあの娼婦もタダの娼婦じゃないわね。
五階建ての建物の屋上。そこで気配を消して今日の獲物を観察していた私は慌ただしくなる店先を見下ろしていた。
「これはチャンスね」
仮面付きが突然抜けたことで、残りの三人が警備位置を変更している。もともと抜ける可能性は想定していたみたいだけど、あの女の子は移動中まできっちり周りを警戒するのができていない。
あの穴、突かない理由はないわ。
トンっと屋上を蹴って空へと飛び出す。急激に速度を上げながら落下し、地面へと叩きつけられる直前で魔法を発動、風で体を受け止めた。
「サササササーってね」
足音を殺しながら店へと近づき、壁を越えて庭の植え込みに入り込む。この暗闇ではランタンのわずかな明かりだけで黒いマントに身を包んだ私を見つけることはできない。
女の子が近づいてきた。身の丈ほどの杖にマント。いかにも魔法使いの見た目だ。
「ミラ、無事だといいんですけど」
先ほどの仮面付きを心配しているのかもしれないけど、本当に心配しないといけないのは自分よ?
「いただき」
茂みから飛び出し少女の前へと躍り出る。
「なっ」
少女はとっさにマントの中から短剣を取り出した。予想よりもいい動きだ。けどまだ私には追い付かない。
素早く少女の背後へと回り、口を塞いでその首筋にナイフを当てる。
「静かにね。涙の怪盗ダイアは人殺しはしない主義なの。だからお休み」
口に加えていた針を、少女の首筋へと軽く刺す。針の先端に塗られた毒は、殺しこそしないが一時的に意識を朦朧とさせる効果がある。
即効性の強い毒で、その分解毒も早いのが欠点だけど、毒を塗った針を数か所に刺しておくことで徐々に毒を取り込ませその効果を継続させることもできるのだ。
あの子が考え出した技だけど、これが本当に便利で助かっているのよね。
「くっ」
少女の体が崩れ落ちる。私は抱き留めたままゆっくりと芝の上に寝かせ、あの子の指示した場所に適格に針を刺しておく。
位置がずれると効果が強すぎたり、逆に弱すぎたりすることもあるそうだから、刺す場所には細心の注意を払って――あら、この子もなかなか胸が大きいわね。私と同じぐらいかしら?
針を刺す場所は左肩甲骨の上に一本、おへその横に一本、そして――
「ちょっとお邪魔しますね」
少女のスカートを少しだけたくし上げ、股関節のラインに一本。ショーツの紐で押さえつけ、変に動かないように固定しておく。
「ふふ、綺麗な肌。羨ましいわ。どんな方法なのかしら?」
「くっ、あう」
「あら、まだ意識があるのね。結構強力な薬なんだけど――まあ動けないみたいだし、そこで待っててね。すぐに片づけて帰るから」
「まっ」
少女は必死に体を動かそうとするが、薬がそれを許さない。
私は立ち上がり、裏口から周囲を警戒しつつ部屋へと入る。
中を進んでいくと、店側の入り口に一人、そして目当ての部屋の前に一人警備兵が立っているのが見えた。
ここは強行突破しかないわね。とりあえず背中を向けてくれている入り口の警備兵から。
ベルトにしまってある吹き矢を取り出し、針を一本その中へと挿入する。
そして吹き矢に口を当て一気に息を送り込めば、飛び出した針が男の首筋へと突き刺さった。
即効性の薬はすぐに神経を麻痺させ、男はその場に崩れ落ちる。
「どうした!」
扉前の男が駆け寄る。そのタイミングに合わせて私も駆け出し、走る男の横から脇腹に拳を叩きこむ。
「ぐっ」
「お休み」
うずくまる男にも針を刺して意識を奪い、私は扉の前に立った。
鍵は――五個か。この男たちじゃ持ってないだろうし、自力で開けるしかないかぁ。魔法聞くかな?
大抵大切なものを守っているところの鍵のパーツには、マギラクトファイバーが使われているからなぁ。魔法を使っても要の部分は壊れずに逆にあかなくなっちゃうこともある。
とりあえず一番簡単そうなナンバー式の鍵をいじり、解錠。このタイプは独特の癖があるから開けやすい。
開けた鍵に小さく衝撃の魔法をぶつけてみると、内部構造まで完全に壊れた。どうやらマギラクトファイバーは使っていないようだ。
となれば――
残り四つの鍵も布に包んで音を漏らさないようにしつつ衝撃の魔法で破壊していく。
全ての鍵が壊れ扉が開いた。
奥へと続く階段を進み、暗闇の中もう一つの扉へと到着する。そこの鍵は念のためにピッキングツールを使って解錠し、慎重に扉を開ける。
中には誰もいない。
ここは加工部屋かしら? 表向きしっかり宝飾店をやってるだけあって、道具は充実してるじゃない。あ、金庫はっけーん。
本命はこれではないが、軍資金になるからしっかりともらっていきましょ。
少しだけ手こずるも何とか解錠に成功。金庫の中から加工済みの宝飾品数点とエルナ硬貨の詰まった袋を拝借する。
「さて、後は」
本命を。そう思ったところで扉の奥、私が入ってきた階段の上から足音が聞こえてきた。それは軽快に階段を降りてきている。
もう仮面の傭兵が戻ってきたの!? あの娼婦なら簡単には捕まらなと思ってたのに!
まあいいわ、入ってきたところを針で仕留めてやる。
扉から少し距離を取って吹き矢を構える。
そして勢いよく扉が開かれ、マントを翻しながら人影が飛び込んできた。
私は躊躇なく吹き矢を放つ。
「そこまで っく、また……」
針に刺されその場に片膝を突いたのは、さっき丹念に針を刺したばかりの少女だった。
なぜか裸マントと私以上に過激な恰好をしているが、そんなことよりも動けることに私は驚く。
さっきの足音は紛れもなく一段飛ばしで降りるような軽快なもの。意識が朦朧としているはずの少女ができるはずがない。
「あなた、どうやって回復したの?」
私は少女に近づきながら問いかける。あの毒から逃れる手段があるのなら、しっかりと把握しておきたかったからだ。
だが迂闊だった。逃れる手段があるなら、彼女は刺された今の状態でもすぐに動くことができるのだから。
「虚無へと誘え、消滅の一撃……エクス、ティングレーション!」
ふらふらとしながらも構えた杖から魔法が発動する。
聞いたことのない詠唱だ。
即座に固有魔法だと判断し、持っていた吹き矢を魔法の光にぶつける。
発動がその場でないものは、適当なものをぶつけて様子を見るのは魔法対処の常識だからだ。
そしてそれは正解だった。
杖先から出た光に吹き矢が触れた瞬間、その吹き矢は光の粒子となって消滅する。
消滅させる魔法ってことね。体に当たるのは拙いわ。
けど相手はすでにふらふら。避けるのは容易い。そう思っていた私の体に衝撃が走る。
気づいたとき、私は少女にタックルを食らっていた。そのまま押し倒され、マウントを取られる。
「ふふ、捕まえましたよ」
少女の言葉は滑らかなものだ。とても毒で朦朧としているものではない。
毒の症状が完全に消えているのだ。
「最初は不意を打たれましたが、どうやら私とは相性が悪かったみたいですね」
得意げに語る少女。だがマントの開けた少女はシミ一つない前面が上から下まで全開だ。
これではまるで――
「私、痴女に襲われてるわ。犯されちゃうのかしら?」
「なっ!?」
いつもは私が押し倒してるけど、積極的な子も悪くないかもしれないわね。
少女の体がみるみる間に真っ赤に染まる。私の動きを警戒しながらも、マントを手繰り寄せて前面を隠すのだった。
tips
クーネルエの消滅魔法は、体表二センチまでの全ての異物を消滅させます。これは体内の異物も含まれ、消化前の食べ物なども消えます。風邪もひかない便利魔法、ただし脱げる。




