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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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津島大多々良

三人称視点です。


かつて、大内義興が足利義稙を擁して上洛し、政権を握った後、管領、細川高国と共に、幕府の実権を握ろうとした。

しかしその後、高国が義稙を追放し、自らが権力を握ろうとしたため、義興と対立。

この争いに敗れて義興が周防に帰国。

だが、従兄弟の讒言を信じて家臣を討ったため、多くの者が高国に反発。

その隙を、自らが追い落とした、同族であり、義理の弟である細川澄元の息子、晴元に突かれる。

晴元は、三好元長の支援を得て、阿波から畿内へと進出した。


おおよそ五年間の抗争の末、晴元が高国を打倒することに成功する。

しかし、元長の高国との和睦騒動などもあり、晴元と元長も対立。

畿内の元長勢力を一掃するため、晴元は本願寺と結びつき、一向一揆の蜂起を依頼した。


この策は成功し、元長の勢力を阿波に叩き返すことができたが、今度は一揆衆が乱行を行うようになり、畿内が乱れた。

これを治めるために晴元は宗教勢力の対立を利用。

法華宗に法華一揆を起こさせると共に、領内の一向一揆の対応に苦慮していた近江の六角定頼と結んで、当時の本願寺の拠点である山科本願寺を攻め落とした。


だが、一向宗は拠点を石山本願寺に移し反撃。これを抑えることができず、晴元は一時、淡路へと逃亡することになる。

そののち、摂津国の池田城へと復帰した晴元は、元長の嫡男、長慶と和睦して家臣に組み込み、法華一揆と共に山城に入った。

この時、畿内で乱行をはたらく一向一揆に頭を痛めていた、第十二代将軍、足利義晴から、本願寺討伐命令が出されたことで、畿内の諸勢力も晴元の下へと集まった。


そして天文四年、石山本願寺と晴元連合の間に和睦が成立した。

しかし今度は京に入った法華一揆が乱行をはたらくようになったため、比叡山延暦寺を味方に引き入れ、これを壊滅させた。


将軍義晴を傀儡とし、天下を握ったかに思えた晴元だったが、家宰、長慶が同族の三好政長と争い始めてしまう。

影響力が強くなっていた長慶を疎ましく思っていた晴元は政長に肩入れし、対立するが、義晴と六角定頼の仲介により和睦する。


しかし、今度は晴元の畿内帰順を助けた木沢長政が造反。

これは長慶、政長と結んで鎮圧するも、すぐに高国の養子である細川氏綱が和泉で挙兵。

これも鎮圧するも、今度は山城にて、高国派の上野氏、丹波にて内藤国貞らが続々と、晴元打倒を掲げて挙兵した。


「そしてその争いは未だに続いておる」


「それをなにゆえ今、おれに話す?」


信秀に連れられ、津島へとやって来た信長は、半眼を向けてそう言った。

うつけと言われていても、あくまでそれは擬態である。信長とて、近年畿内で起こっている混乱は把握していた。


「弾正忠家は、先代、信定の代に津島を手に入れた。この時、津島には大内義興の影響が及んでおり、鳴海の山口、三河の佐久間が請け負っていたある事業を、弾正忠家が引き継いだのだ」


義興が中央に進出した際、尾張には同族である山口氏がいた。

家臣であり、一族である佐久間氏を派遣し、義興は尾張にてある事業を始めさせた。


話しながら、信秀が信長を案内したのは、津島神社の更に奥にある建物だった。

木々に隠されて遠くからはわからなかったが、屋根からは幾つも煙が天へと伸びている。

建物からは、物々しい轟音が響いていた。


門の前には見張りが四人。信秀でさえ、家紋と花押の入った書状を見せなければ入れないほどの厳重ぶり。


「今度其方にもこれ(・・)を持たせる。失くすのは勿論だが、誰かに奪われるでないぞ」


「一体この中に何があるのだ?」


扉を開けて中に入ると、信長は、自分に向けて熱風が吹き付けて来るのを感じた。

途端に汗が吹き出し、目の前が眩む。


「よぅく、見よ、三郎。これが弾正忠家を支える財力の大元。津島大多々良である」


巨大な鉄の筒が何本も、高い天井に向けて伸びている。

その前では、十人一組の男達が向かい合って、巨大な板に足を乗せ、交互に踏んでいた。

男達が板を踏むたび、板は傾き、床下へと沈む。それに合わせて、巨大な円筒が化け物の咆哮のような唸り声を上げた。


「多々良……製鉄……? ただの製鉄所ならばこれだけ厳重に管理する必要はない。隠さねばならない理由……!! まさか、銭を作っているのか!?」


「その通りよ」


ここがどのような場所であるか信長が気付き、それを信秀が肯定する。


「文亀の頃、日ノ本の商売の主流は物々交換であった。しかし、その時既に、東海道では永楽通宝が商売の中心として存在しておった」


時の今川家当主、今川氏親に先見の明があったと言うのは簡単だが、東海道に流通させる程の大量の銭はどこから来たのか。

永楽通宝は室町時代の日明貿易により、日ノ本に流入した銅銭だ。

ではその銅銭は日ノ本のどこから入って来たのか。

それが、博多湊であり、そこを領有しているのが、義興の大内家であった。


「大内義興は自らの本拠地である周防から瀬戸内を渡り、堺に辿り着いた。そこから日ノ本の中心である京を経由し、六角氏の南近江、高国の娘婿である北畠が支配する南伊勢、同族の山口氏がいるこの尾張、そして三河渥美の細川領を経て、幕府の名門、今川が支配する駿河まで、銭を流通させ、畿内を中心とした経済を支配、安定させようとした」


しかし、それには明からの貿易分だけでは足りない。

足りない分を義興は国内で生産させようとした。

その生産場所が、堺から駿河までの流通の中心となる、尾張国である。


「畿内での政争に明け暮れていたせいか、すっかり忘れて周防に帰ってしまったがな」


そう言う信秀も、その事業を引き継ぐだけでなく、しっかり弾正忠家で利用しているあたり、抜け目ない。


「家督を継いだのちは其方が管理せよ。今はまだ詳しい場所は言えぬが、美濃と三河の国境に、原料を産出する鉱山がある」


「では、美濃と争い、三河へ進出しているのは……」


「この鉱山の安全を確保するためだな。佐久間は元々、三河の鉱山を管理するために山口氏から離れて三河に残ったのだ」


しかし、どこで途切れたのか、信秀が佐久間全孝と結んだ時には、既に三河の鉱山は彼らの手を離れていた。


「今川氏親の尾張侵攻も、これが目的だったのかもしれんな」


「では義元は……」


「その後の尾張支配を見るに、津島の多々良のことは氏親も知っていたであろうな。駿河でも銭の流通による経済活動が行われておるから、義興が周防に引き上げた後、自らの下でも銭を私鋳するために、三河の鉱山も狙ったのであろう」


周防に引き下がった義興が、堺に銭を流す意味は無い。その時に流れて来る永楽通宝の数が減ったのは想像に難くない。

既に永高制という貨幣を基準とした流通が確立されていた駿河において、銭の流入が止まる事は死活問題だった。

義元の代に入り、幕臣から独立した戦国大名へと転身し、三河、尾張へと支配地域を伸ばしているところを見ると、今川領内での私鋳に成功しているのだろう。


「しかし、義元の家督相続の経緯を考えると、鉱山のことは知っておっても、津島大多々良の事は知っておらんかもしれん」


義元が家督を継いだのは、本来継ぐべきだった兄たちが相次いで亡くなったからだ。

それまでは寺にいた義元が、この情報を知っている可能性は低い。


「そもそも美濃も三河も、あれほど深入りするつもりはなかった。三河は信広、今は長広か。アレが想像以上の出来物だったから任せているだけに過ぎん。三河は良い意味で想定外だが、美濃は悪い意味での想定外だな。まったく、あの蝮めが……!」


斎藤道三に追放された美濃守護、土岐頼芸が信秀を頼ってくるまで、信秀の美濃との戦いは、あくまで国境付近での小競り合いに終始していた。

それはつまり、そういうことだったのだろう。


「守護の斯波や守護代の大和守家の機嫌を取る必要は確かにあるが、それだけの理由であれほど戦えるものか」


言う信秀の額には青筋が浮かんでいた。

仕方ない事とは言え、やはり彼らの無理難題には思うところがあったのだろう。


「……この事を兄上は?」


「知らんよ。知るはずもない。あれほどの才覚があれば、津島と熱田の商売のみで弾正忠家の財力を支えられぬとわかりそうなものだがな」


気付いているが、敢えて黙っている可能性もあるが、と信秀は心の中で続ける。


「だが、知らずとは言え、あやつが領内で貨幣を流通させようとしていると知った時は驚いたものよ」


「では、安祥の開発にあれ程の銭を渡したのは……」


「領民が銭を持っておらんでは、そこで商売などできん。安祥と熱田、津島はそれほど遠い位置ではない。安祥で銭を得た領民が、両湊にて銭を落とす事を期待したのだ」


そしてそれは、期待以上の結果を生んだ。

安祥を中心に独自の商業圏を確立し始めたばかりか、湊を整備し、東三河とを繋ぐ結果となった。

これで、義興の失脚によって一度途切れた、尾張から駿河までの銭の道が、再び繋がるようになった。


「さて三郎。ここの事を教える事も大事であったが、本題はこれからよ」


「まだなにかあるのか……?」


思った以上に弾正忠家が抱える秘密が巨大であったために、信長は面食らっていた。

若干、怯えている。


「先に述べた、ここの歴史が関係しておる。ここは畿内での権力基盤を築こうとした者が造り上げた富を産む施設であるが、それ故に、政争に敗れて捨て置かれた場所でもある。だが、最近この場所を思い出した者がいる」


「細川高国派の勢力か? それとも大内?」


「厳密に言えばこの場所そのものではない。大内義興が造り上げた、博多から駿河へと続く銭の道の存在だ。その者は、このあまりに強大な銭の川に阻まれ、父の仇を討つことが長く叶わなかった」


「管領、細川晴元……!?」


流石に、そこまで言われればその名に思い至る。


「畿内での混乱は未だ続いておる。しかも最近では、自らが擁立した将軍、義晴とも対立しておるようでな。義晴は足利家の幕臣の家に度々書状を送っておるそうだ。逆臣晴元、誅すべし、とな」


「ふん、自らが造り上げた傀儡に背かれるとは、随分と追い詰められているのだな」


「だが、多くの幕臣はその力を落としており、精々自分の領土を守るので精一杯。だが、日ノ本にはまだまだ力を持った名門も残っておる」


そしてその中で、京へと攻め上るのに、最も適している大名など、最早一つしかない。


「義元が上洛するのか?」


「どうかな? 北条との火種は残ったままであろうし、松平も取り込みきれておらん。渥美から船を出しても、知多や伊勢湾を無事に渡れるほど簡単な話ではあるまい」


「なら何が……」


「それでも不安なのだろうよ、管領殿は。今川家が上洛できないよう、押さえつけよ、と言ってきおった」


そう言って、信秀は懐から一枚の書状を取り出し、信長に手渡す。

それは管領、細川晴元から信秀に出されたものだった。


「今川を抑えるなら、立地的におれよりも兄上に伝えるべきではないか?」


「其方は先程何を聞いていた? 尾張から駿河の間に誰がいる?」


「……ああ、渥美の細川領か」


「その通り。確かにその領地を当時所有していたのは今の管領殿ではなく、敗れ去った高国の方だ」


だが、京から遠く離れた三河に置かれたその家臣は、守護代の地位を与えられていても、高国にそれほど忠誠を抱いていなかった。

高国が討たれ、彼の生家であった、細川京兆家の家督を晴元が簒奪すると、そのまま晴元に仕えたのだ。


「渥美田原城城主、戸田弾正少弼康光と結ぶ、異論ないな」


「今はまだ(・・)弾正忠家の当主は親父殿だ。おれが生まれる前から続く因縁に、口を挟むことなどできぬ」


「長広と戸田を結ばせろ、などと言い出すかと思ったのだがな?」


「それが可能であるなら、親父殿から提案しているであろ?」


「まったく。うつけのフリをしていた方がまだ可愛げがあったわ。最近は顔も土田御前に似て来ておるしな」


「ぬ……」


思わず、両手で頬を触って確認する信長。

それを見て、信秀は一つ溜息を吐いた。


「これまで以上に仕草に気をつけよ。顔つきだけでなく、体つきまで土田御前に似て来ておるぞ」


「……助平親爺め」


言われて、信長は襟元を正す。頬が赤い。


「先だって田原戸田から報告があった。松平宗家が、今川への臣従の証として、嫡男を駿河へ送るらしい」


「それを討つのか?」


「それに何の意味があるのか。もう少し考えて口を開け。考えれば思い至るだけの頭を持っているのだから」


「むぅ……」


「田原戸田はこれの護送を命じられたそうだ。渥美の港から、海路で駿河へ向かうそうだ」


「陸よりは早いし安全であるかもな」


「しかし海は機嫌が変わりやすい。うっかり、風を読み間違えて、方角が変わってしまう事もあるだろう」


「そこまで言っておいて、そこだけぼかす必要があるのか?」


「風情がないな、其方は。平手から何を学んでおるのか」


信長の即物的な物言いに、信秀は呆れた様子で問いかけた。


「外交の書状でいちいち一首詠むような風情は必要ないと思っておる。大体、それは親父殿も同じであろう?」


「何を言うか。儂は歌も蹴鞠もそれなりに嗜むぞ」


「どうせ武略に必要だっただけであろう」


「つまり何が役に立つかわからん故、身に付けておいて損はないという事よ」


「ふん……」


これ以上言葉を重ねても、信秀の口を封じる事はできないと判断し、信長は鼻を鳴らして顔を背けた。


この時期の明は鎖国をしていたと言われていますが、あくまでその対象は東南アジア各国の小王国や、反目していた豪族、部族であって、日本は中立的な立場でその仲介を中心に貿易を行っていたそうです。


竹千代の誘拐は、弾正忠家と田原戸田、今川だけでなく、細川と三好による中央の争いの余波だという説もあるそうです。


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― 新着の感想 ―
更新されないまま日数が大分経ってるので、所々気になる箇所を読み返してるんだけど、 この津島大多々良の件も、信秀が死んで家督相続する上で重要な要素となるんじゃないかな。 長広本人がこれの存在を(その後の…
[気になる点] あらすじは無駄に長かった
[気になる点] たたら製鉄と、銅銭が、どう繋がるのかが最後までわかりませんでした。 鉄と銅では融点がかなり違うので、銅銭を鋳造するのに、たたらは不要(というか、たたらの高温が必要なのは、鉄の還元反応…
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