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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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未来の英雄の始まり 初陣編


新年の宴も終わり、冬の空に暖かい日差しが混ざり始めた頃、俺は6000の兵を率いて安祥城の西、福釜城へと向かった。


事前の情報では福釜城の城兵は300程度。周辺の村からかき集めても2000にも届かないだろうという事だった。

那古野城から信長が500を率いて山崎城に入ったというし、山崎城でも600を用意していると言う。


数の上では圧倒的。

というか、俺がちょっと多めに動員し過ぎたと思う。

万が一にも攻略失敗はもとより、信長に怪我をさせる訳にはいかないと思ったら、これでも少ないくらいだ。


なんて言ったら、西尾義次や古居ふるいに呆れられたけどな。


正直、降伏を促す書状を送って、この兵力で囲めば、普通に降伏してくれるんじゃないかと思える戦力差だ。


しかし、今回は信長が初陣でわかりやすい手柄を立てる、という目的がある以上、安祥の兵力で強引に降らせる訳にはいかない。

そういう意味では、福釜松平家は丁度良いのかもしれない。


こちらが降伏を促せば別だが、松平分家一の武闘派である彼らなら、いかに戦力差があろうとも、囲まれたくらいでは降らないだろうからだ。


気が滅入る……。要らない損害が出るのが確定だからな。


「殿、大変です!」


山崎城へ先触れを出しに向かっていた兵が慌てた様子で進軍中の俺達の元へ駈け込んで来た。


「どうした!?」


その様子に尋常ならざるものを感じた俺は、思わず叫んでしまった。

びびる兵士。いい加減、俺の体格の迫力に慣れてくれないか。いや、最近入隊したばかりの新人か?


「お、織田の若様が……!」


「三郎の身に何かあったのか!?」


「ふ、福釜城下にて焼き働きを……!」


うつけと噂とは言え、主家の後継者に何も無かった事に、周りにいた武士達が安堵の溜息を漏らす。


「いかん! 三郎兵衛さぶろべえ、騎馬隊の中から馬術が巧みな者を編成し先を行かせて止めろ! いや、儂が行く! 三郎が儂の家臣の言葉に従うとは思えぬ!」


「と、殿、いかがなさったので!? 確かに初陣で焼き働きなどあまりない事ですけど……」


「福釜城は攻略後、棄却され、その領地は安祥と山崎城とで分割する事になっている! その領地で焼き働きなど行えば、今後の統治に禍根を残す事になる!」


今回に限らず、兵らには焼き働きや乱捕りを禁止しているからな。

その点は下級兵士の方が過敏になっているのかもしれない。


「ああ、言われてみればそうですね。安祥に来てから、乱捕りや焼き働きをしておりませんでしたから、すっかり忘れていました」


確かに、通常の戦であれば、籠城する相手に対し、刈り働きや焼き働きをする事は当たり前の行為だ。

初陣でありながら、抜け目なくそれを行える信長の将器に喜ぶところだが、事情が事情だけに今回ばかりは具合が悪い。


「殿、焼き働きが行われているという事は、それを阻止しに福釜城兵が出撃する可能性があります。そこへ少数で向かうのは危険では?」


公円こうえんの言葉に俺ははっとする。

そうだ、俺は何て大事な事を見落としていたんだ。


「三郎が危険ではないか! 尚更急がねば!」


「え?」


「三郎兵衛、儂は先に行く! 騎馬隊を追随させよ! 与四郎よしろうも進軍をできる限り急がせよ!」


「え? いや、殿……!?」


「そうだ、殿は織田の若殿を大事になさっていたんだった!」


「あれ? ひょっとして、殿って今、激しく冷静じゃない?」


「へたをすると、城を出てからずっとそうだったかもしれん」


「殿が言うところの、てんぱっている、という状況ですね」


「言っている場合か、小左衛門! 考えて見れば、この部隊数も過剰だ!」


「む、無人斎殿はいずこだ!?」


「三郎義昭殿と共に京の都だ」


「ひょっとして、無人斎殿を京に遣わしたのも、今回の中隊長以上が、小左衛門を除けば全員尾張時代からの家臣で構成されているのも、殿の計略なのでは?」


「そんな所を冷静になられても困る!」


「あ、殿、殿ー!!」


後ろで家臣達が何か言っているが、今は構っている時間が無い。

俺は馬の腹を思い切り蹴り、全速力で駆け出した。


待っていろ、信長、お前に危害を加えようとする者は、全員俺が薙ぎ払ってやるからな!



「あほう」


馬で全速力で駆け抜け、信長、信時軍の本陣へ到着した俺を待っていたのは、信長によるわかりやすい罵倒だった。

解せぬ。


しかしなんというか信長、暫く見ないうちに成長したな。

元服の頃は、まだ紅顔の美少年といった雰囲気だったのに、今は細面で切れ長の怜悧な目が特徴的な美人へと成長している。

これ、女性だと知っている人間にとっては、もう男子には見えないな。


女性だと知らなくても、大分やばいだろう。

衆道が当たり前にある武士の社会において、この外見はかなりまずいんじゃないだろうか。


いや、見た目も君主を選ぶ際には大事な要素らしいからな。

この一見すると、気品漂う姫にしか見えない信長に惹かれて、忠誠を誓う者も居るかもしれない。


……土田御前に似てると言ったら怒られるだろうか。


「そんなことで軍の総大将が、ひとりで駆けてきたのか?」


「一人で駆けて来た訳ではない! 他の家臣がついて来れなかっただけだ」


「あほう」


それは部下を置いてけぼりにした俺への罵倒か、不甲斐ない部下への罵倒か。

きっと後者だろう。


「兄上は安祥家の当主であろうが。しかもまだ子供が幼いのだろう? 何かあったらどうするつもりだ」


前者だった。解せぬ。


「そもそもおれへの援軍をなにゆえ兄上が率いてくる? 誰か家臣に任せるのが普通であろう」


「其方への援軍を他の誰かに任せる事などできるものか! 部下も、かつての弾正忠家の家臣で固めるのが当然であろう!」


「後者はともかく、前者はないわ。はぁ、迂闊だった。安祥に援軍を頼めば兄上がでてくるにきまっておるではないか……」


頼れる兄が援軍に来たというのに、何故か額を揉みながら溜息を吐く信長。

解せぬ。


「というか三郎。この地は攻略後、安祥と弾正忠家で分けるのだぞ。焼き働きなどしてなんとする?」


「いまは敵である。敵に容赦するような甘さはもちあわせておらぬ」


「それでは統治に支障が出るだろう」


「どのみち弾正忠家に忠誠を誓ったばかりでは信用できぬ。税を重くする、賦役を課すなどの試しが必要となろう。冬の焼き働きですむならやすいものだ」


「それはその通りかもしれぬが……」


「初陣であるからこそ、おれはいろいろと試したいのだ。火のめぐりがどのようなものか、見ておけば今後に役立つであろう」


「しかし焼き働きなどしては、福釜城の兵士が迎撃に出て来るかもしれんだろう。那古野と山崎の兵だけでは、福釜の兵とそう変わらぬはず……!」


「福釜松平は戦上手なのだろう? ならば、城という有利な場所からわざわざ出てきて野戦にはのぞまないであろうよ。万が一にも出てきた場合にそなえ、陣と城の間の田畑を焼いたのだ。炎が壁になってくれるわ」


「……色々と考えているのだな」


「もう元服したゆえな」


まぁ、勢いと思い付きで行動している訳じゃない事がわかっただけでもよしとするか。

陣幕内に居た家臣らも、何か感心してる様子だしな。結果オーライ。


「まぁ、兄上、すわれ」


「うむ」


信長に促され、俺は床几に腰を下ろす。

改めて陣幕内を見ると、上座に信長。信長のすぐ隣に俺が座り、その対面に平手政秀。

信長とは反対の俺の隣に信時。信時の対面には政秀の嫡男である平手久秀。

あとは若武者が座っている。


「それに、冬のせいもあって、大して焼けなかったわ。効果もそうだが、おれの気晴らしにもならんかった」


「其方は何をしておるのだ」


微妙に信長、不機嫌だな。

俺の行動に呆れているだけじゃないみたいだ。


「おれが初陣を命じられて、那古野をたつまで十日かかっておる。初陣のために準備が特別にかかっていたとしても時間がかかりすぎだ。間者がいれば相手に準備を整えられてしまう」


まぁ、俺はそれを利用させて貰っているから、何とも言えない。


「兄上のように常備兵を多く備えていれば、すぐに軍事行動が取れるのでしょうが、領民兵の多い我々では中々……」


「信時兄上、ならばおれたちも常備兵を備えればよいのだ」


「それには金がかかりましょう」


「どのみちこれから国を大きくしていくなら金がいるのだ。あわせて商業政策を行えばよい」


「出陣までに時間がかかったため、其方は不機嫌なのか?」


「うむ。那古野から福釜なら半日だ。戦の準備を合わせても一日あれば到着する。であれば、相手は兵も物資も集まらず、ろくに抵抗できまい。戦が早く終わるのでこちらの損害や消費は少なく、相手の領民も死なせずにすむ。いいことづくめだ」


「不満はわかるが、今回は仕方あるまい。今後、其方が変えてゆけば良い話で……」


「おれの家臣たちなら半日で集まる。那古野の兵が集まる時間がかかるなら、やつらをつれていくと言ったのに、じいが反対しおった!」


「あのような者達を引き連れて初陣に臨めば、それこそ弾正忠家の恥となります!」


例の悪ガキ軍団か。

そう言えば、昔に見た感じだと、毛利某や服部某は元服していてもおかしくなさそうだが、陣幕内には居ないな。

外の雑兵に混じっているのか? それとも連れて来れなかったのか。


後者の可能性が高そうだな、信長の不機嫌さを見ると。


「おれと家臣で山崎城へ赴き、福釜の準備が整う前に攻撃をする。別にそれでおとせなくてもよいのだ。相手が兵や物資を集められなくすればよいだけなのだから。その間に準備していた那古野の兵をじいがつれてこればよかったのに……!」


「そういう問題ではございません。初陣は儀式的な意味合いが強いのですぞ。真っ当な手順を踏んでいただかなければ困ります」


「初陣で城をおとせなどと言うのが真っ当か!」


流石にそれを言われれば、政秀も黙るしかない。


「そのくらいにしておけ、三郎」


あまり政秀との間に禍根を残されても困るので、俺は二人の間に割って入る。


「もう二刻もすれば安祥の兵が着く。そうしたら包囲しつつ、安祥の兵を主力にして城内への突入を……」


「二刻か。丁度よいな。信時兄上、じい。すぐに準備をいたせ。城へ攻撃をしかける」


俺の言葉を遮り、そう命令をくだす信長。

待て待て待て。人の話聞いてたか!?


「安祥の兵を待ってからでよかろう。城の周囲は見張らせているのだろう? これ以上城兵が増える事はあるまい」


「兄上、これはおれの初陣だ。安祥の力を借りるだけならともかく、安祥におんぶにだっこで城をおとしても意味がない」


「ならばせめて、安祥の兵が包囲するのを待ってから……」


「相手の気持ちになって考えてみよ、兄上。安祥の兵が到着してから城攻めをはじめたのでは、相手はその数を確認できる。覚悟を決めることができてしまう。だが、最初に千の兵が攻め寄せてきて、それに対抗していたところへ安祥の兵が援軍にきたならば、それは相手の覚悟の量をこえてしまうだろう」


ああ、どちらがより相手の心を折りやすいか、って事か。


「理屈はわかるがな、三郎。やはり危険だ。この初陣にて其方の力を見せねばならない事も承知しておるが、それ以上に、初陣で怪我でもすれば、それこそ家の内外から侮られてしまうぞ」


「そのときは、そのていどだったという話よ」


潔いのは良いんだが、もうちょっとお前を心配する俺の気持ちを汲んでくれないかね?


あと、家督を継げなくなって尾張から逃げて来た信長と一緒に暮らすのもいいか、とほんの少しとは言え、思ってしまってすまん。


「五郎右衛門殿……!」


「殿のお言葉も一理ございます。殿の身と立場を案じておられる五郎太夫殿の心遣いには感謝いたします」


政秀にも反対してもらおうと話を振るが、やんわりと拒否されてしまった。


「喜六郎!」


「弾正忠家の総大将は三郎様にて」


不承不承という感じではあるが、信時も信長を支持する。

他の家臣らを見回すと、皆気まずそうに目を逸らした。


どうやら、皆政秀と同じ思いみたいだな。


「……ふぅ、ならば仕様がない。今は兵のおらぬ儂が、これ以上意見する事はできまいよ」


「では兄上、本陣はおまかせいたす!」


そう宣言して信長が立ち上がる。


……え……?


「待て、三郎。其方、城攻めに加わる気か?」


「さきにものべたが、これはおれの初陣であり、おれの力をしめすための戦だ。おれが先頭にたたなくてどうする?」


「その志は立派だが、総大将が先頭に立つなど許されるものか!」


盛大なブーメランが刺さっているが、気にしてはいけない。

人は誰だって、自分の事は棚上げするものなんだ。


「そ、そうですぞ、殿! せめて戦況が把握できる位置でお待ち下され!」


流石にそれは想定外だったのか、政秀も慌てて信長を止めようとする。


「先頭には立たぬ。寄せ手部隊の指揮を執るだけだ」


「相手は『戦において超える者なし』と謳われた、福釜松平の者だぞ! それを狙っておるかもしれんだろ!」


「そうです、三郎様、ここは拙者にお任せくだされ!」


「待て、喜六郎、其方も駄目だ!」


「いえ、拙者はあくまで弾正忠家の家臣として、城一つに見合う武功を挙げねばなりません」


「兵を率いて参加すれば、それは主君たる其方の手柄になる! 喜六郎も三郎も、本陣でおとなしくしておれ!」


「いいえ、一番槍とは言いませぬが、せめて首の一つでも取らねばならぬのです」


ええ? 信時、お前そんな武闘派だっけ? どっちかっつったら、文治派じゃなかった?

あ、そのためにも舐められないように、武功を挙げたいって事か?


「そう言えば、喜六郎様にも婚礼の話が上がっておりましたな」


「なるほど、それをたしかなものにするために、ここらで武士として手柄がほしいと」


政秀が思い出したように言い、信長が唇の端を吊り上げる。

信時は頬を赤く染めて俯いてしまった。


そうか、信時ももうそんな年齢か。色気付きやがってこいつめ。

政秀の言い方からするに、まだ本決まりじゃないんだろう。ここで手柄を立てて、嫁を貰いたいと?

まぁ、古来から男子おのこが頑張る理由なんて、女子に良い所を見せたいって理由が殆どだからな。


「兄上、せめて何か言ってください」


無言で笑顔を浮かべて信時を見ていたら、そんな抗議を受けた。

いかんいかん、あまりの初々しさについにやけてしまった。


「ならば余計だ、喜六郎。無理をして怪我でもしたらどうする」


「それはそうですが……」


「だから二人共、ここは強くてでかくて頼りになる儂に任せておけ。弟二人の未来くらい、軽く守ってやるわ」


「それが一番だめだ、たわけ!」


「兄上に何かあったら、父上の戦略が根本から覆されてしまうのですよ!」


俺が自分の胸を叩いてそう宣言すると、弟二人が同時に抗議の声を上げた。

むぅ、そんなに俺が頼りないか? 弟たちの独立を嬉しく思う反面、寂しくもあるな。


ふと目線をやると、政秀を始め、信長の家臣達が疲れた表情で溜息を吐いていた。


正直すまん。でも、これは兄として譲れないんだ。

必ず説得するから、もう少し待っていてくれるか?

信長は、初陣で色々と試したいし、わかりやすい手柄を立てたいと思っている(安城包囲網の時とは心境が真逆)。

信時は、一つの城を任されている武士として、それに見合った武功を立てたい。

長広は混乱している。


船頭多くして船山に登る……。

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