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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第四章:安城の新たなる歴史【天文十四年(1545年)~天文十五年(1546年)】
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西条城攻略戦の終わりに


伊文神社の境内で、俺と降伏した西条吉良家臣が相対していた。


当主義昭が降伏した事もあり、東西に控えていた別動隊はあっさりと降伏に応じた。

西条吉良軍側の領民兵には飯を食わせた後、西条吉良家が約束していた報奨を渡して、先に解散させた。


足軽、足軽大将クラスの身分の武士は、神社の外で待たせ、主だった家臣のみが、俺の前に並んで跪いている。

当然、それぞれ俺の兵で囲んである。


「吉良義昭ならびに、吉良家家臣達よ。まずは其方らの勇戦に敬意を表す」


「勿体無きお言葉」


「三郎義昭には既に伝えてあるが、其方らの城と領地は全て没収。それぞれの立場に応じた俸給で召し抱えるものとする」


「戦に敗れた以上、族滅させられても文句を言えぬところ、寛大な処置に感謝いたします」


「細かい計算はのちほどになるが、三郎義昭には年で三十貫。富永忠元、富永資広、高橋信正は二十貫。他の者には十から十五貫を約束しよう」


「それは……」


「よ、よろしいのですか……!?」


神妙な面持ちで俺の話を聞いていた、中年武士二人が驚き、狼狽える。多分、資広と信正かな。


「戦に出れば手当として金を払うし、報奨とは別に、戦で負傷したならその傷の大きさに応じた金も支払おう。討死したとしても、家族が暫く暮らしていけるだけの金を支払う、年金という制度が安祥にはある」


「それは、どのくらいの期間出るものなのですか?」


「怪我をした、亡くなってしまった者の年齢にもよるが、最長は二十年だ」


「年!?」


「再婚したり、子供が一人立ちして生活できるようになれば停止されるがな。申告せずに貰い続けようとした場合、詐欺として処罰する故、制度を利用するなら気をつけよ」


俺の説明に、資広達だけでなく、多くの元西条吉良家家臣が驚いている。


「城代、代官、奉行などに任命されたものは、それに応じて俸給が上がる。例えばそこな佐崎直勝の場合、基本給で三十貫。佐崎城城代として二十貫。徴税代官として一つの村につき、三百文(約三万円)。三蔵、今管理している村は幾つある?」


「十二でございます」


直勝が答えると、西条吉良家家臣たちが指折り数え始める。


「そのような条件であるが、どうだ? 安祥家に仕えて貰えぬか? 勿論、この場に居ない者でも、推薦があれば面談ののち召し抱えよう」


「この場で斬首される事さえ覚悟していた我々に、破格の条件を提示していただき、誠に有難うございます。是非とも、安祥家にて働かせていただきたく……」


「恐れながら申し上げます!」


義昭の言葉を遮って、忠元が声を上げる。

うん、まぁ、お前は言いたい事あるよな。


「申してみよ」


「ありがとうございます。三河守様の心遣いは嬉しく思いますが、拙者は安祥家に仕える事はできませぬ!」


「荒川義弘か?」


「はい。戦国のならいとは言え、左衛門佐殿は我が父の仇。それを忘れて轡を並べる事はできませぬ!」


「それでいかがいたす?」


「許されるならば、三河から去らせていただき……」


「それでいかがいたす?」


「……え、いや……」


俺の質問の意味するところがわからないんだろう、忠元が戸惑っている。


「三河を出ていかがいたす? 遠江か? 伊勢か? どこへ行く? どこへ行ったとしても、其の方が左衛門佐を討つ機会は巡ってこぬぞ」


三河を出る、というのは、流石にこの場で、松平や今川に仕えるとは言えなかったからだろう。

おそらく、この場で解放したならば、こいつは少なくとも、三河の武家に仕える筈だ。


「せ、拙者はそのような……」


「復讐のためでないというなら、安祥に仕えても問題あるまい。そうだな。西条城の城代を任せよう」


「え……?」


「徴税の代官は別の者に任せるし、戦に出ずとも良い。西条城を我らが使う時に、問題無く使用できるよう、機能を維持しておいて貰えば良いのだ」


「あ、それは……」


言ってしまえば、ただの管理人だ。それは、武士ですらない。


「それなら左衛門佐と顔を合わせる事もないであろう。復讐が目的ではないのだろう? ならば問題あるまい」


「拙者は武士でありますれば……」


「武士であるのに、主君が仕官しようとしている家に、仇がいるから、と仕官を断るのか?」


「…………」


忠元は無言のまま地面を見つめている。

うーん、ちょっといじめすぎたか。

折角無傷で捕らえる事ができたんだから、なんとかこっちに仕えて欲しくて、逃げ道塞ぐ事優先しちゃったな。


「伴五郎よ、そもそも武士とはなんぞや」


「武士……ですか……?」


「武士とは主君のために戦う者。土地を治め、その地に住まう者を守る者。そしてなにより、家を守る者であろう」


「!」


俺の言葉に、はっとした表情を浮かべる忠元。


「復讐の念に身を任せ、戦い続ける事もまた、家の名を守る事にはなろう。だが、意地を張り、仇と共に働けぬ、と何の目的もなく放浪して、果たして家を守る事はできるのか? そのような者が新たな主君を見出す事ができるのか? 当然、治めるべき土地なくば、民を守る事も出来ぬ」


銭で雇われる武士を一般化しようとしてる俺のセリフじゃないが、まぁ、俺が治めて、民を守る、その手伝いをしているって事で。


「どうだ、伴五郎。儂の下で、民を守り、主君を守り、家を守ってみぬか? そしてその働きでもって、左衛門佐を超えてしまえば良い」


「それは……」


「其の方の父は、左衛門佐への恨みを残して死んでいったのか? 左衛門佐を決して許すな、と伝えて死んだのか? 違うだろう? 其の方の父は、其の方に家を託して逝った筈だ」


「そ、そうだぞ、伴五郎!」


俺の援護に入ったのは、忠元の叔父である資広だった。


「富永の家を守る事こそが、其方の第一の役割だ。一時の感情に流されて、それを見失ってはいかん!」


「叔父上……」


そして忠元は下を向いたまま、暫く無言。俺も、資広も、何も言わず、ただじっとその様子を見守っていた。


「わかりました」


どれだけ待っただろうか。ぽつりと、忠元が呟く。


「非才の身であるため、どれだけお役に立てるかわかりませぬが、富永伴五郎忠元、三河守様にお仕えさせていただきたく存じます」


「うむ、励めよ。それこそ、富永を、荒川家を凌ぐ程に大きくする事こそ、一番の復讐となり、其の方の父へ報いる事になろう」


「はは!」


忠元が頭を下げたところで、俺は西条吉良家家臣を見回す。


「他に、安祥家に仕える事を望まぬ者はおるか?」


できるだけ声のトーンを落として聞く。脅すのではなく、あくまで、それぞれの意思を確認するのが目的だからな。


全員、無言で跪いたままだ。


「よかろう、其の方らの命、この安祥長広が預かる!」





西条城を攻略して暫くした後、安祥城の評定の間で論功行賞が行われた。

西条城攻略に出陣した者だけでなく、留守居を任せた者も褒め称え、褒美を与える。

勿論、親爺にも感謝を伝える書状を送り、信時を褒める事も忘れない。


そして俺の前には、一人の若武者がいる。

三木重忠から、自分の家臣で、特に武勇を誇った者だ、と推薦されたのだ。


「岸三之丞教明と申します」


そう言って頭を下げるのは、信時や義次と同じくらいの年の若者だった。

体格は良いな。確かに、勇猛そうだ。


「岸教明、其方の上司である重忠から推薦を受けた。調べさせたところ、その武功に何ら疑うこと無し、と判断されたため、ここに表彰する」


「は! ありがたき幸せ!」


俺は主君という言葉を使わず、上司と表現した。

教明は三木家の家臣ではなく、あくまで安祥家の家臣であり、重忠の部下である、という事を強調した訳だ。

伝わっているとは言い難い。けれど、こうした細かいところを訂正していく事で、家臣達の意識改革の手伝いとなるだろう。


しかし岸教明。岸……?

聞いた事があるようなないような……。


まぁ、わからないなら気にしても仕方ない。

信長が歩む歴史ならともかく、もう三河周りの歴史は史実と大分違っているだろうからな。

彼が史実でどのような運命を辿ったにしても、それと同じ道は歩まないだろう。


勿論、表彰だけで終わりじゃなくて、感状の他に、銭、刀、茶器、紙なども贈った。



その後は安祥城のお白州へ移動。


「安祥三河守様のおな~~~~りぃ~~~~~」


言葉と共に鼓が叩かれ、俺が入室する。

玉砂利の上に茣蓙が敷かれ、その上に数人の武士が座っていた。


「儂が安祥三河守五郎太夫長広である。各々方、面をあげい」


俺に言われて、顔を上げた武士たちは、中々濃い顔をしていた。

日焼けした肌に無精髭、月代にもまばらに毛が生えていて、体毛が濃いのか、眉毛が繋がっている者もいる。


驚くなかれ、これでも彼ら的には身なりを整えてきたつもりなんだ。

確かに、着ている着物は中々良いものだし、汚れなどはなく、清潔だ。

だからこそ、顔とのギャップが生まれるんだけどな。


安祥家では、俺が専用の剃刀で髭や月代を整えているから、家臣達も真似して、短刀で剃る者も多い。

けれど、この時代の武士の多くは、髭や髪を手で抜いていた。

前世のようなはっきりと映る鏡も無い時代だからな。多少の抜き残しがあっても仕方ないよな。


「お目通りが叶いまして、恐悦至極にございます。拙者、三河国碧海郡米津郷に生まれました、米津左馬助勝政と申します」


「お目通りが叶いまして、恐悦至極にございます。拙者、三河国碧海郡六つ名郷に生まれました、細井勝宗と申します」


「お目通りが叶いまして、恐悦至極にございます。拙者、三河国幡豆郡小島郷に生まれました、伊奈半左衛門忠基と申します」


「お目通りが叶いまして、恐悦至極にございます。拙者、三河国碧海郡藤井城城主、松平利長と申します」


それぞれ、一族や家臣だろう。背後に数人の武士を従え、代表して挨拶をする。


彼らは安祥城や西条城の周辺に領地を持つ、豪族、地侍だ。一人、無視できないくらいの大物がいるけど、気にしてはいけない。

俺が安祥城の城主となり、親爺に切り取り次第の許可を得たのち、調略を続けていた者達でもある。


「よく参られた。時に米津勝政」


「は!」


「其の方は先の矢作河原の戦いで、息子を失くしている筈だ。それに思うところはないのか?」


「恐れながら申し上げます」


第二次安城合戦、あるいは安城包囲網で、彼の息子の米津常春は広忠に従軍していた。

そして、そこで討死したんだ。


「むしろそれ故に、でございます! 我ら米津党、息子を失ってまで松平宗家に尽くしましたが、彼らはそれに報いてくださいませんでした故!」


これがこの時代の武士の一般的な考え方なんだろうな。

譜代の臣ならともかく、当代から仕える豪族、地侍は、沈みゆく泥舟をあっさりと見捨てるんだ。

武士は食わねど高楊枝、なんてのは江戸時代の話だ。矜持では飯を食えないからな。


御恩があって奉公があるのが、鎌倉時代からの当たり前の概念ではあるしな。


「成る程、其の方の考えは理解した。伊奈忠基」


「はは!」


「其の方も松平広忠に仕えていたな。これまで何度か降伏を促す書状を送っていたが、今になって儂に仕える気になったのは何故か?」


「拙者は、先の三河守様の西条城攻めの際に、西条吉良側として参加いたしました」


それはあとで義次から旗を教えられて知った。神社での取り込みの際には居なかったから、領民兵を解散させる時に、うまく紛れて逃げたようだ。


「鎌倉の時代より続く、名門吉良家の居城を一夜で落としてしまう安祥家の力を間近で見た事で、我が仕えるべきお方が定まったのでございます!」


「そうか、ならば再び其の方らに主君を鞍替えされぬようにせねばな!」


「有り難く!」


俺が遠回しに、彼らを受け入れる事を了承したのを理解し、忠元は頭を下げる。


「細井勝宗、随分と歳若いようだが?」


「はい、今年で十一になります!」


若いなんてもんじゃなかった!


「父勝政が討死したため、細井家の家督を継ぎました。先年までは米津様の領地にて養育を受けておりましたが、元服を機に独立し、安祥家に仕える決意をいたしました!」


「そうか。我が安祥家にも若い者は多い。歳が近い分相談もしやすかろう。励めよ」


「身命を賭しまして!」


まだ声変りもしてないぞ。小姓として養育した方がいいんじゃないか?


「最後に松平利長。其の方は松平宗家五代当主、松平長親の五男であり、松平宗家現当主、松平広忠の大叔父に当たる筈。何故降って参った?」


「はて? 拙者の記憶では、三河守様より降伏を促す書状をいただいた筈ですが?」


などととぼける初老の武士。


「それに、岡崎三郎の大叔父なら、他にも裏切っておりますれば」


「それは確かにその通りだがな……」


利長と俺の目線は、この場に同席している松平清定に向けられた。

彼の父である信定も、広忠の大叔父でありながら、広忠を岡崎城から追い出し、松平宗家を乗っ取ろうとした。


そう考えると、利長が可愛く見えるな。


「松平分家と言っても、それはつまり、宗家から独立した家であるという事。そもそも、分家は宗家が絶えた時に、これに代わる存在であります。ならば、宗家を見限り家の存続を図るのもまた分家の在り様でございましょう」


にやりと笑って俺を見る利長。

それは俺と弾正忠家の関係も皮肉っているのか?


「矢作の西側に領地を持っているならば、安祥家に抗おうとする者は最早おりますまい。三河守様が岡崎松平を如何なさるおつもりかわかりませぬが、それが絶えた場合に備え、安祥家に仕えておくのも分家の役割でしょう」


「既に佐崎松平、三木松平、桜井松平が仕えておるが?」


「ならばもう一つくらい増えても問題ございませんでしょう? なに、松平の分家は十八もあります。三つや四つ宗家から離れたとて、誰も気にしますまい」


それは無いと思う。

うぅむ、流石に老練。本音を引き出そうにも全て躱される。

勿論、本音を語っているんだろうけど、腹の底で何を考えているかわからんな。


とは言え、利長の言う通り、矢作川の西側に領地を持っているのだから、対立するより取り込んでしまった方が良いのは確かだ。


「其の方らの領地と城は一旦没収。全員をそれぞれの立場に応じた俸給で召し抱える。詳細は、既に文書で通知してある通りだ」


「勿論、それを受け入れたが故に、我らはここに参った次第でございます」


「ならば何も問題は無い。藤井城の城代は利長の息、松平勘四郎信一とし、利長は西条城城代を命じる」


西条吉良家自体は、あとで東条吉良家とも話さないとだが、西尾義次に継がせるつもりだ。けれど、もう暫くは安祥城で働いて貰いたい。

ていうか、吏僚として優秀過ぎて、手放しにくい。


「「はは!」」


利長と、その後ろに座っていた若武者が応じる。というか、まだ十にも満たないように見えるんだが、諱があるから元服してるんだよな?


「幡豆郡の一部の徴税代官に米津左馬助勝政。米津郷、六つ名郷の徴税代官に勝政息の小大夫政信を命じる」


「「はは!」」


「小島郷、および幡豆郡の一部の徴税代官に伊奈半左衛門忠基を命じる」


「は!」


「他の者の配属は追って指示する」


ひとまずは、警邏衆と作事衆に配属して教育し、その後、軍事衆に振り分ける事になるだろう。

内政に才能があるなら、城代、代官、奉行、と仕事は多い。こちらもいずれ、台所衆、みたいな感じで部署を分けないとな。


代官は勿論、徴税だけが仕事じゃありませんが、何をするのかわかりやすくするために、徴税を頭につけております。長広に代わって、任された村、郷の治安を守り、徴税を行うのが主な仕事ですね。街道整備や農地の開発などは公共事業なので、長広からの指示を受けて代わりに命じるくらいです。


岸教明は三河一向一揆の一揆側参加者であり、賤ヶ岳七本槍の一人、加藤嘉明の父親です。同じ一揆参加者と比べて資料が少ない教明ですが(息子が豊臣方の家臣だから?)、松平信孝に仕えていたという資料を見つけたので、本文のようにさせていただきました。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、岸教明って誰だっけ?って思ったんだけど、加藤嘉明の親父さんか‼️
[気になる点] 読んでいて疑問が。 西条城の城代は結局、松平利永?それとも富永忠元?
2020/12/12 21:15 退会済み
管理
[一言] 伊奈って伊奈忠次の伊奈……? あの、利根川曲げた人。
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