西条城攻略戦 攻城
夜のうちに伊文神社から出陣し、西条城を目指す。
街燈なんて存在しないこの時代、夜は真の闇と化す。
しかし、元々この闇の中で生きて来たこの時代の人間達なら、月と星の灯りがあれば、前を行く人間について行くくらいはできる。
部隊の先頭を行くのは、安楽達黒祥衆。その中でも、夜目が利く者に任せている。
それを三列縦隊で追いかける。ただただ、前の者を見失わないように進め、とだけ伝えた。
夜の行軍なら篝火でも焚くのが一般的だが、そんな事をしたら、俺達が西条城へ向かって進軍を開始した事がバレてしまうからな。
一応、武士達には脇差を抜いてそれを肩に担いで進むよう伝えてある。
鈍い光ではあるが、後ろからついてくる者の目印にはなる。
西の部隊は、流石に4キロも離れていては、これを見つけるのは難しいだろうし、東の部隊は夜襲の失敗でそれどころではないだろうからな。
西条城はそれなりに大きな城だ。本丸と二の丸の連郭式でこれをぐるりと水堀で囲っている。
矢作川からは少し距離があるから、その水を引き入れるのは難しい。しかし、元々この辺りは土地が低く、少し雨が降ると、簡単に水没し、稲刈りも水に浸かったまま行わなければならない、と例えられる程の有様だった。
だからこそ、水堀を造るのは容易だっただろうな。
本丸は南西にあり、北から寄せると、北丸が侵入を防ぐようになっている。梯郭式になっているので、本丸と北丸を繋ぐ通路は隘路になっていて、迎撃に向く形だ。
大手門は城の東側。南側にも門があるが、どちらも二の丸に繋がっているので、本丸まで攻め込むのは骨が折れそうだ。
石垣はなく、土塁が盛られただけ。それでも、鉄砲も大砲もないこの時代では、堀と櫓の組み合わせだけでも、相当堅牢な造りだと言えるだろう。
まぁ、素直に東側から攻めるしかない。
門の前には篝火が焚かれ、四人の門番が居る。
夜ではあるが、城壁の向こうから篝火の光が漏れており、城内から騒がしい音が聞こえて来る。
戦の準備の途中だな。けど、防衛の準備中というよりは、攻勢のための準備をしているようだ。
「門が開いておりますな」
理由はまさにそれ。
物資を運び入れている人足の姿も見える。
油断しすぎじゃないか?
東西の部隊の足止めにそんなに自信があるんだろうか。
いや、攻勢の準備をしているという事は、いずれこちらへ攻めて来るという事だ。
それはいつ?
決まっている、援軍が到着した時だ。
「殿の慧眼、恐れ入ります」
西尾住吉が小さな声で俺を褒めた。
どうやら住吉も、あのまま伊文神社を拠点に戦っていたら、今川か松平の援軍が参戦していただろう事を理解したらしい。
「よし、これより城内へ突入する。矢盾を掲げよ。儂が許可を出すまで、一言も発してはならぬ」
俺の言葉に、前衛に配置された二百の兵が、矢盾を掲げ、前進を開始する。
突撃の際に上げる蛮声は、敵を威嚇するとともに、死地へと飛び込む恐怖を薄れさせてくれる。
だが、俺はそれより気付かれずに近付けるメリットを取った。
「気付かれました」
城まで二百メートル程というところで、安楽が俺に耳打ちする。
俺ならともかく、まだ弓の射程内じゃないな。反対に、櫓からなら届くかもしれない距離だ。
「儂がまず乗り込みを行う! 続けて突撃! 声を発して良し! むしろ、其方らの鬨の声で、西条城の度肝を抜いてやれ!」
「殿!」
「突撃!」
住吉が何かを言う前に、俺は馬を走らせ、部隊の先頭に出る。無言で堀内公円が続く。
背後をちらっと見ると、二十騎程がついて来ている。
住吉は俺と公円がどちらも飛び出してしまったので、部隊全体の指揮を執るために残ったようだ。すまん。
「て、敵襲! 敵襲っ!」
「騎馬が突っ込んで来る! 門を塞げ!」
「物資を運ぶ人足がまだ……」
「捨て置け!」
途端に騒然となる西条城。こちらに向けて矢が放たれるが、騎馬の機動力には敵わないようで、俺達が通過した後に、矢が飛び過ぎて行く音が聞こえる。
背後の歩兵は矢盾で防いでいる事だろう。
「安祥三河守五郎太夫長広! 西条城に一番槍をつけさせていただく!」
今回の俺の武器は三槍鋒刺。突く、斬る、殴るの三役をこなせるという意味で名付けた、所謂ハルバードである。
例によって、部下達には不評だったけどな。
まぁ、そこそこ短めに作ったとは言え、こんなもの片手で振り回せるのは家内で俺だけだったから、仕方ないっちゃ仕方ない。
可能であれば、馬上で戦う際には便利な武器なんだけどな。
馬上で三槍鋒刺を振るって門番を蹴散らすと、俺はそのまま城内に突入した。
そのまま馬を駆けさせ、門を閉めようとしている城兵も同じように薙ぎ払う。
俺の後に騎馬でついて来た者達は、城内に突入すると馬を降り、西の本丸目指して駆けていく。
暫くして、城壁に焙烙玉がぶつけられ、櫓に矢が射かけられ始める。
後方の部隊が追いついて来たみたいだな。
「本丸へ突入せよ! 最早城は落ちたも同然である! 逃げる兵は追うな! 抗う者のみ討て!」
いつも通りに、逃げれば助かる、という事を、周囲に知らしめる。
人足として集められていた領民は勿論、一応は戦うために集められていた領民達も、慌てて城から逃げ始める。
周囲は城壁と水堀で囲われているため、逃げるなら門から出るしかない。
しかし大手門からは俺達安祥軍が攻め寄せている。ならば、領民達は残された南の搦め手から脱出するしかない。
その経路は、途中まで本丸へと繋がる道と同じだ。
この領民達を追いかけるように進むと、慌てて迎撃態勢を整えた敵兵も、迂闊にこちらに攻撃を仕掛けられないんだ。
逃げる民ごと攻撃される可能性も考えたが、それをしてしまうと、この領民兵がまるごと西条城の敵になるからな。
ただでさえ絶体絶命のこの状況で、そんな敵を増やすような真似はしないだろうと判断した。
こういうところが、悪辣だと評されちゃうんだろうなぁ。
追い詰められた相手が何をするかはわからないから絶対とは言えないが、それを考え出したら戦自体ができなくなる。
まぁ、戦をせずに済むならそれが一番なんだが、降伏してくれないなら仕方ない。
これからの展開を考えれば、矢作川の西に潜在的な敵対勢力を残しておくのはよろしくないから、従わない、協力もしないというなら、滅ぼすしかないんだ。
哀しいけど、これって戦国なのよね。
二の丸の制圧は後から来る住吉に任せて、俺と公円たちは本丸目指して突き進む。
本丸と二の丸の間は枡形門になっている。
流石にここを無傷で抜けるのは難しい。逃げる民に紛れる事もできないしな。
「殿、ここから先は流石に難しいですね」
門からはひっきりなしに矢が放たれている。
それから逃れるようにして隠れている公円が俺にそう忠告してくる。
「とりあえず、試してみるか」
俺も建物の陰に隠れながら、一本の矢を取り出し、背負っていた弓を構えて、番えた。
「公円、火を」
「失礼します!」
公円が火打石を打ち合わせ、俺が番えた矢の先についている、筒から伸びている紐に火をつける。
筒には火薬が詰まっていて、紐には油が染み込ませてある。
江戸時代に開発されたと言われる、棒火矢。それの弓番だ。
攻城用に幾つか数を用意したのだが、実は後方から来ている部隊がその殆どを持っている。
俺は最初の一射を行うために、ようは儀式的な意味合いで一本持っていただけだ。
まぁ、俺が突入しようとした時に、住吉が制止の声を上げようとした事からもわかる通り、俺は前線で戦う事を、既に想定されていない。
ハルバードが許されているのは乱戦になった時用だ。
あるいは、敗走の時に敵陣を突破しなければならない可能性があるからだ。
金剛武槍ならともかく、この棒火矢さえも持たせてもらえないという事は、矢の届く距離まで近付くな、という事だな。
火薬の筒の分、通常の矢より射程距離が短くなるしな。
俺が放った矢は、枡型門の上部、櫓の部分に突き刺さる。
数秒後、その位置を中心に爆発が起こった。
しっかりとした造りになっているとはいえ、そこは鎌倉時代に建てられた城。
補修や修復はされていても、土台はやはり古くなっている。
爆発の衝撃に耐えきれず、枡型門は崩れ落ちた。
「結果的に、塞いでしまったな……」
「乗り越えられない程ではありません」
公円はそう言うが、瓦礫の向こうには敵兵が集まってきている。
瓦礫を防壁に見立てて、こちらへ矢を射かけて来た。
「殿、ご無事ですか!?」
俺も建物の陰から矢を放って応戦していると、住吉が追いついて来た。
「矢盾構え! 火焔矢、用意!」
俺の号令に、矢盾を持った兵が前に出て飛来する矢を防ぎ、その背後に、先程俺が使った、火薬筒つきの矢、火焔矢を番えた弓兵が並ぶ。
「ひょっとして、あの門はこの矢のせいで?」
「爆発する前に放てよ」
住吉の疑問に、俺は遠回しに肯定を伝えた。
「火が点いたなら、時を待たずに放て! 狙いは大してつけずとも良い! 向こうに届けば、十分な威力を発揮する!」
そして、火焔矢が放たれる。
幾つかは空中で爆発してしまったが、数本の矢が敵兵や、敵兵近くの地面に突き刺さり、それと同時に大爆発を起こした。
爆発だけでなく、その衝撃で土砂が噴き上がり、近くの兵を生き埋めにしてしまう。
「改めて、火薬の爆発力とは凄まじいものですな……」
「まぁ、使っている量が違うからな」
あまりの光景に住吉が呆然としている。
鉄砲一発に使う火薬は約一匁二分くらい(信長情報)らしいが、火焔矢に付けられた火薬筒に詰められた火薬は三十匁。
これは半径十メートル内なら、建物の柱を歪ませたり、時には折ったりする事もできるだけの威力がある。
ちなみに、俺は匁をg単位に変換できないので、すまんね。
そんなものが、何本も近くで爆発したら、そりゃ阿鼻叫喚の地獄絵図になるよ。
撒き散らされた炎で火事も起きてるしな。
「敵は混乱している、一気に押し通るぞ!」
「「「おお!!」」」
とは言え、この瓦礫をなんとかしない事にはどうしようもない。
公円は乗り越える事ができると言ったが、やっぱり足場としては不安定だ。左右は水堀だからな。
甲冑着けたまま落ちたら溺死しかねん。
という訳で、矢盾で防ぎながら、瓦礫の撤去作業開始。基本は堀に落としてしまえばいい。
石とか木材とか、でかすぎてどかす事ができないものは、火焔矢から火薬筒を取り外して、爆弾として使い、爆砕して撤去しやすくする。
当然、その間にも敵兵は迎撃にくるから、これを排除しなければならない。
まぁ、火焔矢の二、三本も撃ち込めば、蜘蛛の子を散らしたように逃げていくんだけどな。
勿論、敵兵が来る度に、降伏勧告を行う事も忘れない。
西条吉良家はうちに反抗した訳じゃなくて、こちらから攻め込んだ家だからな。
当主の命ともども、降伏するなら許してやるのは問題じゃない。
一度、降伏条件を記した紙を矢に結び、矢文として相手に渡してみた。
しかし、それを持ち帰った彼らの返答は、数本の矢だった。
まぁ、義昭は隠居し、うちの西尾義次が西条吉良家を継ぐ事を条件にしているからな。中々飲む事は難しいだろう。
義次は確かに東条吉良の出であるんだが、それを言ったら今の東条吉良家の当主は西条吉良家の出身だ。
まぁ、前にも推測した事だが、これは吉良家の本家が西条吉良家であるから許された措置であるから、その逆、東条吉良家の者を西条吉良家の当主にするのは許されないんだろうな。
けれどまぁ、その辺りを知らない人間からすれば、同族で争っている吉良家の抗争を止めるために、東条吉良家から西条吉良家の当主を出し、西条吉良家から東条吉良家の当主を出す、って言うのは、和睦の条件としてはおかしなものじゃない筈だ。
ようはお互いに人質を出し合うって事で、平等だからな。
しかも、義安は西条吉良家の次男だが、義次は東条吉良家の長男だ。
平等どころか、むしろ西条吉良家に配慮しているとも言える。
やはりここは、義昭に強制的に退場して貰うしかないか。
東西吉良家の家臣は、同族で東西に分かれているだけの者達も多いから、説得は容易いだろう。
それこそ、東条吉良家に統合してしまっても良い訳だし。
何度も言っているが、義安は西条吉良家の出身だから、彼を惣領にするなら、家臣達も納得するだろう。
結局義昭が泥をかぶる形になるのは避けられない訳だけど。
そこはそれ、戦に負けたんだから、それなりの責任は取って貰おう。
ちなみに義次を西条吉良家の当主にする以外は、義昭含めて、西条吉良家の人間は全員不問とする、とも書いたんだがなぁ。
城内突入から一刻程が経過した頃、遂に瓦礫の撤去が終わり、本丸への道が開けた。
「相手はこちらの再三の降伏勧告を無視した。どうやら族滅が望みのようだ!」
「これだから中途半端に力を残した名門は」
住吉の評価は辛い。
「武器を捨て降るならば見逃せ、武器を持って抗うならば討て! 全軍突撃! 総掛かりである!」
「「「おおおおおおお!!」」」
そして大手門と搦め手の封鎖。二の丸の制圧に回した兵を除いた、総勢二千が本丸へと殺到する。
相手からは碌な抵抗もなく、俺達は吉良義昭の館へと乗り込んだ。
「館の中、もぬけの空でございます!」
中を改めた公円がそう報告する。
「探せ! そう遠くへは行っておらぬはずだ!」
義次からある程度西条城の構造を聞いていたが、抜け道の類は無いようだった。
東条吉良家の人間だから詳しく知らないのもあるだろうし、義安もわざわざ伝えないだろうしな。
抜け出されていると厄介だな。
野に下った名門はどこに潜伏して、どこで蜂起するか知れないからな。
本丸のみならず、北丸、そして、奥方や女中たちが暮らす、姫丸まで探すが、義昭を発見する事はできなかった。
これみよがしに、家臣が何人も守っている場所があり、降伏を促しても抵抗したので、全滅させて中を探ってみたが、人っ子一人居ない、なんてトラップを仕掛けている事もあった。
逆に言えば、こんな手の込んだ事をしているのなら、この城の中に義昭はまだいるんじゃないか?
「それはまたどうして?」
「抜け道があるなら、小細工せずにさっさと逃げ出してるだろう? 通った後で道を崩してしまえばいいんだし」
「なるほど」
俺の言葉に、住吉は納得したようだった。
「探せ! 義昭は必ず城内に居る!」
そして、義昭が城内に居る事を確信した住吉のやる気が俄然上がった。
大手門や搦め手門は封鎖しているから、そこから逃げる事も難しい。
ならやはり、本丸より奥にいるはずだが……。
夜明けの前に決着をつけないと、神社に本隊が居ると思っていても、城の騒動を聞きつけて、別動隊が戻って来るかもしれないからな。
「殿、吉良義昭、発見しました!」
俺が内心で焦っていると、公円が報告して来た。
「でかした! どこだ!」
待ちに待った報告に、若干声が弾んでしまったが、いいよね?
「本丸奥の、炭小屋でございます!」
「……そうか」
きっと偶然だろう。だって義昭は西条吉良家で、あちらとは系譜が違うのだから。
偶然のはずだ……。
「吉良三郎義昭殿に申し上げる! こちらが先にお伝えした条件を受け入れるというなら、三郎義昭殿を含めた、一族家臣一同、全てをお助けいたす! 事ここに至っても尚、名門の矜持に縋るというなら、炎と共に歴史から消えていただく!」
俺が現場に駆け付けると、小さな小屋を俺の兵士が取り囲んでいた。
包囲の中で俺は大声をはりあげ、最後の降伏勧告を行う。
「返答やいかに!?」
「あいわかった。降伏する。但し、儂の切腹が条件だ」
返って来たのは意外な返答。いや、これこそが鎌倉時代から続く、武家の名門としての最後の意地なのだろう。
これを突っ撥ねる事は簡単だが、結局討死するか、切腹するかの違いでしかない。
「ここまで逃げて隠れておきながら、あっさりと生きるのを諦めるのか!? 其方の吉良家復興の想いはその程度なのか!?」
「吉良家を復興? 吉良家など、歴史が長いだけの武家の一つに過ぎぬ。三河一国さえ支配した事がないのだからな! 復興も何も、隆盛した時期などないわ!」
そうなの? と俺は住吉や公円に顔を向けると、二人は首を横に振った。
知らない、という意味だ。
義次を連れて来るべきだったな。
「吉良の名も、そもそも地名由来でさえない! 雲母が産出する故の、駄洒落だ!」
再び住吉と公円を見るが、二人とも、やはり首を振った。
「そんな家に何を執着すると言うのか!? しかも降ったところで、儂は隠居、家は儂の子でさえない者が継ぐのだろう!? 尚更降る意味は無いわ!」
そう言われてしまうとぐぅの音も出ない。
義昭の事をよく知らないのが大きいな。何かこだわりがあるんなら、そこを突っついてやる事もできるんだが。
「儂の家臣で働くのも無理か? 給金は出す。土地は無いが、その分、管理や、徴兵などの面倒がないぞ」
「殿、さすがにそれは……」
とりあえずダメ元でそう誘ってみる。
やはりこの時代の武士の一番の報奨は土地だからな。仮にその土地と同じ値段の俸禄を貰えると言っても、迷いなく土地を選択するのがこの時代の武士だ。
土地より茶器が欲しい、と重臣に言わしめるまでには、まだまだ時間がかかりそうだな。
「……それは本当か?」
「……え?」
その返答に、耳を疑ったのは誰あろう俺だった。
「本当に、土地ではなく、銭で俸禄が貰えるのか?」
「あ、ああ、うむ。吉良殿なら、まぁ、いきなり侍大将というのもあれだから、足軽大将からだが、年で三十貫(約三百万円)といったところであろうか。能力を示して貰えれば、立場が上がり、俸給もその分……」
「降る! 今すぐ降伏する!」
「ええ!!? いいのか!? 名門の矜持は!?」
「そんなものはそこらの野良犬にでも食わせておけ! そもそも、そんなものは持ち合わせていないから切腹させろ、という話だったであろうが!」
それは確かにそうだったけど。
「よおし! これでもう言う事を聞かぬ民に悩まされる事も、隠し田や年貢米のちょろまかしに神経を尖らせる事もしなくていいわけだな!? 戦のたびに、あの家臣はこれだけの土地を有しているから、これだけの兵士を用意させて、なんて計算しなくていい訳だ!」
あー、こいつ文官向いてないのか……。
「そもそも儂は西条吉良家の家督を継ぐ人間ではなかったのだ! だから兄の助けになるよう武芸を戦術を磨いていたというのに、あの兄が突然死ぬから!」
しかもそれ流れで言えば、義昭の兄である義郷の死亡時に、西条吉良家を継ぐ筈だったのは、現在東条吉良家の当主である吉良義安だ。
しかし、すぐに東条吉良家の吉良持広が死んだので、義安が元の約束通りに東条吉良家を継ぎ、西条吉良家を義昭が継いだ訳だな。
あれ? 持広の死因って討死だよな? 荒川義弘に討たれたんだよな?
やっぱり一族で争うのってデメリットしかないな。恨み辛みが近場で濃縮されてて、円満解決が難しい。
「まぁ、うむ……。三郎義昭殿、降伏し、安祥家家臣となっていただけるか?」
「うむ、任せよ。自分で言うのもなんだが、槍働きならそれなりに活躍してみせるぞ!」
まぁ、一応は複数の城と領地を領有した大名だからな。慣れればすぐに侍大将を任せられるだろう。
「なんなら、外の西条吉良軍の説得もお願いできまいか? 士分格の登用に成功したら、その謝礼金も払おう」
「任せよ! 銭は弾んで貰うぞ!?」
ウッキウキだな。まだ炭小屋の中に引きこもってるのに。
「う、うぉっほん! 吉良三郎義昭殿の英断に敬意を表す! 安祥三河守五郎太夫長広の名において、西条吉良家の降伏を受け入れる!」
咳払い一つして、それっぽい言葉でこの場を締める。
住吉と公円を始めとして、俺の兵士は皆疲れた顔で肩を落とした。
まぁ、ここまで大掛かりな城攻めの最後がこれだと、疲れがどっと押し寄せても仕方ないよな。
暫くして義昭が、数名の家臣と共に炭小屋から出て来た。
俺の家臣達と同じく疲れた様子の家臣と違い、義昭は晴れ晴れとした表情をしていた。
「では、よろしく頼みますぞ! 我が殿!」
その溌剌とした言葉に、俺も疲労感を覚えてしまう。
東の空からは朝日が昇り始めている。
黄色い朝日が眩しいが、俺達の戦はまだこれからだ。
伊文神社を東西から挟む、西条吉良家残党の対処が残っている。
義昭は説得に自信満々のようだが、失敗する確率の方が高くないか? この主君の説得だと。
とりあえず、旗を立て、狼煙を上げ、陣太鼓を叩きながら、俺達は西条城を出る。
勿論、降伏した西条吉良家の一族と、吉良家家臣とその一族と共にだ。
東西どちらからも土煙があがっていないところを見ると、どちらもまだ動いてはいないようだな。
伊文神社へ向かいながら、俺は両方の陣へ、降伏の使者を向かわせたのだった。
一匁は3.75gで計算しています。
西条城の縄張りは、西尾市が掲載しているものを参考にしています。
ただ、それは1560年以降に、徳川支配下になってから増築されたものですので、それらの施設を省いて想定しています。実は水堀も後に追加された施設なのですが、防御力の高さを表すために、この時代からある事にさせていただきました。ご了承ください。
こんな名門の当主がいてもいいよね。




