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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第四章:安城の新たなる歴史【天文十四年(1545年)~天文十五年(1546年)】
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未来の英雄との邂逅 元服編

この話は、拙作を執筆するにあたり、「信長だと思った? ざーんねん、信広でしたー」と共に考えついたネタです。信広だった、を最初の掴みとするなら、今回のネタは最初の盛り上がりでしょうか。

これまでの皆様の反応から、受け入れられないのではないだろうか、と思い、設定を変更する事も考えましたが、やはり、ある意味このネタを書くために続けて来た側面もあるので、そのまま突っ切る事にしました。

「織●信奈の野望」「戦●姫」「戦●コレクション」この辺りが苦手な方はご注意ください(作者も苦手だったりしますが)。

では、本編、どうぞ。


年が明けて天文15年。

俺は年始の宴に出席するため、秋に続いて古渡城に来ていた。


俺のお供は米津よねづ四椋よんりょう桜井さくらい親田ちかだ

それと常備兵から警邏衆を二十人ばかり。

大名行列とはいかずとも、ついに俺も家臣から、遠出をするなら護衛をつけろ、と言われるようになってしまった。


独立の事は知らずとも、何かしら感じ取っているのかもしれないな。

信長の元服が新年の宴の後に控えている事は知られているから、そのせいかもしれない。

武功が多い庶子の兄なんて、確かに嫡男の派閥からすれば邪魔者でしかないからな。


こういう時に俺と行動を共にするのは、大体が四椋と、あとは堀内ほりうち公円こうえんなんだが、俺の家臣で軍事の総括だった桜井さくらい新田しんでんが上和田城で討死した事で人事に変化があった。

新田のように全てを一人で任せられる人材はいないので、基本的には全員で仕事を分担。

結果、一番若い親田が俺の護衛に任ぜられることになった。


重要度は確かに高いが、必要とされる技術が高くない仕事だからな。

若手に経験を積ませる意味では丁度良い仕事だと言える。


四椋たちは古渡城に入ることは許されておらず、門のところで新年の挨拶を叫んだ後、城下町に用意された武家屋敷へと向かった。


つまり、古渡城に安祥城の人間は俺一人。


普段でも気を使うのに、今回は尾張中から武士や商人、僧侶に神官など、大勢の人間が集まっている。


俺の体格だと嫌でも目立つからな、ちらちらと、遠くから目線が送られているのがわかるぜ。

近くからあからさまな視線を送っている奴もいるしな。


大広間で親爺の挨拶を賜った後、そのまま宴が開始された。

座る位置は厳格に決められている。上座は親爺。当然、親爺に近いほど弾正忠家での立場が上という事になる。

俺は一門側ではあるが、それほど上座に近い位置ではない。


「昨年は其の方らにも苦労をかけた。今年は憎き斎藤家、今川家を打倒し織田の年としよう!」


親爺の号令で祝宴が始まると、それぞれ立ち上がり、親爺に挨拶に向かう。

これも順番が決まっているので、俺も自分の番が来るまで適当に料理をつまみつつ待った。


「先年の矢作での戦、および緒川城の救援、大義であった」


俺の番となったので親爺に盃と酒の入った壺を持って近づく。

互いに酌をし、親爺からそう労いの言葉がかけられる。


「勿体無きお言葉」


「しかし、上和田失陥は失態であったな」


「申し訳ございませぬ」


昨年の取り決め通りのやり取りが行われる。

わかっている者もいるが、多くは俺達の言葉に聞き耳を立てていた。


「緒川城救援の武勲でもって、上和田失陥の罪を不問とする」


「ありがたく存じます」


酒を飲み干し、土下座のような形で頭を下げて、茶番は終了となった。

俺の武功が大きくなり過ぎないようにするための措置だが、やはりいささかあからさま過ぎたのか。

それとも、もうこの程度では覆せないほど俺の武名は轟いてしまっているのか。

親爺への挨拶が終わると、色んな人間が俺の下に訪れて声を掛けていく。


「昨年は其方も大変であったな! まあ今日は飲め!」


いの一番に来たのは、親爺の弟で、森山城主の織田信光叔父さん。

本人もかつて小豆坂で武功を挙げただけあり、戦で活躍する俺を頼もしい、と笑顔で酌をしてくれた。


「五郎三郎様がいてくだされば、三河方面は安心。美濃攻めに集中できますな」


親爺の家老である寺沢又八、赤川景弘。親爺の従兄弟で馬廻り衆の飯尾定宗。親爺の家臣で戸部城城主の戸部政直。


「弾正忠家から最近回ってくるようになった商品の多くは、五郎三郎様の発案だと聞きます。これからもよろしくお願いいたしますぞ」


津島衆であり、津島牛頭天王社神官の祖父江秀重。津島神社神官の大橋重一。大橋重一の祖父、大橋定広の次男、河口盛佑。元斯波家家臣、堀田正道。


「軍事だけでなく内政面でも明るいとは、弾正忠家の将来は安泰ですな」


熱田衆であり、熱田大宮司を務める千秋季光。熱田加藤家惣領、加藤順光と、その息子の加藤順盛。順光の弟で、西加藤家を分立した加藤延隆。


親爺が今川から那古野城を奪った後、勝幡城を任された、家臣の武藤雄政。

親爺の馬廻り衆であり、鳴海城主の山口教継。


信長の家老として、林秀貞、平手政秀、青山信昌。四家老の一人、内藤勝介は那古野城で留守居だそうだ。


信行の家臣として、佐久間盛重。親爺の馬廻り衆も務める長谷川与次。信行の与力家老でもある山田綱定。柴田勝家。


純粋な好意を向けて来る者、下心がある者、俺を見極めようとする者、警戒する者、対抗心を抱く者、と様々な思惑を抱いた人間がかわるがわる俺に挨拶に来る。

その度に酌をし合うから、俺の最終的な飲酒量はとんでもないことになったはずだ。


いつの間にか部屋で寝ていたからな。

……酔って変なことしてないだろうな。


あと、挨拶はされなかったけど、信元さんを見かけた。

佐治氏の当主も来ていると聞かされたけど、面の皮が厚いのか、それとも改めて親爺と友好的な関係を結ぼうと思っての行動なのか。


俺はこのまま一週間ほど古渡城に留まり、そのまま信長の元服の儀に参列する事になっている。

元服の儀には、新年の挨拶で古渡城へ入る事を許されなかった家臣、小領主なんかも来るらしいからな。

挨拶合戦が凄い事になりそうだ。




予想は当たった。

新年の宴で挨拶をされた人間は勿論だけど、やはりわかりやすい武功のせいか、多くの武士に囲まれて身動きができなくなってしまった。


「五郎三郎様の戦術、戦略には我らも知らぬところが多い。是非ともお話を聞かせていただきたい」


天文11年の小豆坂の戦いで活躍した、小豆坂七本槍の一人である織田信房は、俺に興味深々だった。

織田姓ではあるけど、弾正忠家の一族ではなく、信房さんの祖父の代に織田姓を賜ったらしい。

息子の清長と共に、俺が安祥城を任されてからの戦の話を熱心に聞いて来た。


信光叔父さんからは、親爺の馬廻り衆の神戸市左衛門と永田次郎右衛門を紹介された。


小豆坂七本槍と呼ばれる者は、俺と同年代が多い。

自分達も槍働きで評価されているだけに対抗心剥き出しだった。


「やはり昔から書をよく読んだ方が良いのだろうか」


「しかしそれで知識だけを蓄えても机上の空論にしかならぬ」


小豆坂の武功で親爺の馬廻り衆に抜擢された、佐々政次、成経兄弟に岡田重善。親爺から『古今無双の高名』と賞された下方貞清。信長の家臣となり、弓衆を率いることが決まっている中野一安。

その七本槍に加えて、山口教継の息子の教吉、平手政秀の息子の平手久秀も俺を囲む輪に加わる。

川尻秀隆なんて俺も知ってる程の武士もいて、少し緊張してしまったのは内緒だ。


「五郎三郎様、ちょっと……」


あまりにも大勢に囲まれ、対応に四苦八苦している時、信長の家老である平手政秀に呼ばれた。

あっちもトラブルの匂いしかしないが、このまま囲まれているよりはマシだろうと思い、その場の人間に断りをいれて、政秀に近付く。


「五郎右衛門殿、いかがなされた?」


「実は、吉法師様がまだ到着されておらず……」


俺が尋ねると、声を潜めて政秀が言った。

眉が八の字を描き過ぎて、皺が固定されてしまった政秀の顔には苦労が滲み出ている。


「この事は他の人間には?」


「殿の家臣や坊丸様の家臣は勿論、若殿の他の家老にも伝えておりませぬ」


「賢明ですな」


恐らく、俺にも伝えるつもりはなかったんだろう。

けれど、どうにも一人では対処できなくなって誰かを頼らざるを得なくなってしまった。

それで俺を信頼してくれたのは嬉しいけどな。


「流石のあいつも、自分がいなければ始まらない元服の儀をすっぽかすほどではないはず」


自分がいなくても進行する、父親の葬儀とかは遅れてやって来るかもしれない、なんてことは言わない。


「時間ぎりぎりに来ることで、煩わしい思いをあまりしなくて済むようにしているのかもしれません」


そう言って、俺はさっきまで自分を囲んでいた一団をちらりと見る。


俺の事を褒め讃えながらも、信長の悪口を言っていた人間も多い。

遠回しに言うだけでなく、直接口にする者もいた。

中には讒言のような形での俺への進言だと思える者もいたが、多くは、信長の悪口を言えば俺が喜ぶだろう、と思い込んでいるようだった。


信行もかつてそんなことを嘆いていたが、実際経験するとほんと胸糞悪いな。

流石にこの場で暴れるのは憚られたからなんとか我慢したけどさ。


正直、愛想笑いを張り付けたままだったので、顔の筋肉が疲れている。


「となると近くにいるかもしれませんな。探してまいります」


「人手は多い方が良いが、人を使うわけにはいかないでしょう? 拙者も手伝います」


「かたじけない」


まったく、信長は何をしているんだ。

普段うつけていても、こういう時にきちんとすれば、周囲の評価も変わるだろうに。


敵味方を選別するための手段だと言っても、中立勢力まで敵に回すのは良くないと思うぞ。




結局信長は、城の外で悪ガキ軍団と遊んでいるところを政秀に見つかり、連れて来られた。


着物を気崩し、帯の代わりの荒縄に瓢箪と火打石をぶら下げたいつものスタイルなうえ、泥だらけだった。

まぁ、この時代に外で遊べばこうなるな。


「本日は特別な日故、正装でお越しいただくようお伝えしてあったはずですな!?」


声を荒らげてこそいないが、信長を問い詰める政秀の声には激しくはないが、熱く滾った怒りが滲んでいるのがわかった。

それを右から左に受け流すように、涼しい顔をしている信長の胆力に感心するやら、呆れるやら。


「ふん、おれとて きょうのひに おくれるような ばかなまねはせぬ。しかし おれはどこにあろうと おれのままだ。げんぷくのぎ には このままででる」


「それが通るわけがないでしょう!? ただでさえ、普段の言動から後継者としての素質を疑われているのですぞ! 今はまだ、殿が若を後継者に指名しているからこそ、多くの者はそれに従っておりますが、殿から見限られたらそれこそ終わりでございますよ!」


「ははは、おわりだけにな」


「吉法師様!」


「まぁまぁ、五郎右衛門殿。元服の儀が始まるまでまだ時間はございます。正装の予備は用意されておりませんか? 体格が近ければ、城に勤める武士の正装を借りるとか?」


「予備は用意してございません。肩衣には通常家紋が入っておりますれば……」


「父上の予備はないだろうか? 少々大きいが、この際仕方ありますまい。それに、父上の肩衣を着て現れたという事は、改めて弾正忠家の後継者であると周囲に知らしめることができましょう」


「おお、そうですな。すぐに侍女に言って持ってこさせましょう」


「いやじゃ。おれは このままでよい。おやじどのの ふくなど もってのほかじゃ」


言って逃げようとする信長の襟首をガッシリと掴む。

こいつ、時間ぎりぎりに来れば、今のような対処ができないと思ってわざと城に来ずに時間を潰していたな。

だがまだまだ甘い。普通こういう大事な行事なら、政秀や近習が探しに来るに決まっているだろうに。


「うわ、なにをする あにうえ、はなせ!」


「儂は先にこの子猫の汚れを拭いておく。五郎右衛門殿はその間に服を準備なされよ」


「お願いいたす。この部屋ならば、今は誰も使っておらぬはず」


「あいわかった」


俺はひょい、と信長を肩の上に担ぎ、政秀に指示された部屋に入る。


「うぬぬ、はなせ! あにうえ! というかおろせ!」


「降ろしたらそれこそ猫のようにするりと逃げて行ってしまうだろう? そこで少し大人しくしておれ」


俺の肩の上でジタバタと暴れる信長に構わず、俺は信長の服を脱がせていく。


しっかしこいつもほっそいなー。

身長だけは年相応にありそうだけど、体重の軽さは俺に力があるからってだけじゃ説明つかないぞ。


ふむ、筋肉はそれなりにあるようだな。

水練や相撲に明け暮れていたというから、体は鍛えられているんだろう。

けれどやはり栄養不足と栄養の偏りは否めないな。弓も引いているはずなのに、胸筋があまりついていない。

薄いだけでなく、ぜい肉がついている。


「う、はっは。こ、こら、あにうえ、どこをさわって、うひゃぁ!」


「ふむ、このまま体を拭くのは無理か」


服こそ上手く脱がせられたが流石に片手では限界がある。

しかしだからと降ろしたら間違いなく逃げられる。

普段から水練に相撲にと、裸で過ごしていることが多いそうだから、このままでも気にせず逃げるだろう。


「ああ、そうか」


「ま、まて! あにうえ!! そこはだめだ!! さすがにだめだ!!」


俺が褌に手をかけたので、信長が慌てた。これまでのようなただ暴れるだけの騒ぎ方じゃない。

本気で嫌がっている。

くくく、いかに信長とは言え、マルダシで外を出歩くことはできまい。

十三歳は前世で言えば思春期真っ只中。上半身の裸を見られる事すら恥ずかしがる年齢だ。

同性は勿論、特に異性に裸を見られる事は我慢がならないだろうな。


「観念せい! 其方は弾正忠家の後継者! 妙な恰好で元服の儀に出られたら困るのだ!」


そして俺は力任せに褌を剥ぎ取った。

途端に、俺の肩の上で大人しくなる信長。

やっと観念したか。というか、泣いてる?


あ、やりすぎたか? いや、でもこんな格好でこんなギリギリにやってくる信長も悪い。

うん、信長()悪い。

罪悪感半端ねーな。声を押し殺して泣くんじゃない!


男には人生で泣いて良い時が三回しかないはずだろ!?

あれっていつの時代の概念なんだろうな?

パターンも幾つかあった筈だし。


まぁ、兄に無理矢理すっぽんぽんにされた時は泣いて良い時かもしれない……。

俺は信長をゆっくりと床に降ろす。


「いいか、吉法師。其方は今兄に無体を働かれて心が痛いかもしれぬが、儂とて心が痛いのだぞ? 弟の元服の儀の当日に、その弟をひんむく……」


とりあえず誤魔化す、否、宥めようと信長にそれっぽい事を言おうとして、俺は動きが止まってしまう。

信長の体が目に入り、それ以上の言葉を紡げなかった。


透き通るような白い肌。細く、しかし肉付きも程好くある四肢。

腰から尻にかけての曲線は、未熟ながらも魅惑的であり、胸にはわずかな膨らみがある。

そしてなにより……。


は え て な い !!


二重の意味でな!


生えてないということはつまり男子ではなく女子ということで。

女子であるということは弟ではなく妹であるということで。

俺の弟が妹だった!?

俺の弟は織田信長。その弟が妹だったという事は、織田信長が妹だったという事だ。

つまり織田信長は女だった!!!???


肌が白い。

髭も生えない程体毛が薄い。

甲高い声。

現実主義者。

合理的。

感情の起伏が激しい。

短気。

下戸。

甘党。

流行りもの好き。

派手好き。

女物の服装を好む。

女子供に優しい。

他人を渾名で呼ぶ。

恋愛物の書物を好む。


こうして列挙してみると、確かに女性だと思えなくもない。

確かに、『信長が男性である』なんて書かれた歴史書なんて無いしな。俺が知らないだけかもしれないが。

嫡男であるという事と、戦国大名は特別な記述が無い限り、男性のはず、という思い込みから、信長を男性として扱っていただけだ。


だが待て、落ち着け。

前からもしやと思っていたが、この世界は俺の知っている戦国時代とは細部が違っているんじゃないだろうか。

それも考えないといけないが、今は他に考えることがある。

というか、そんなものは考えたところで答えは出ない。

答えが出たところで、俺がこの世界で生き抜かなければならないことに変わりはない。

だから、そんな世界の外枠のことなんて、今はどうでもいい。

いずれ暇な時に宇宙の事を考えるように適当に思い耽ればいいだけだ。


今考えないといけないのは、信長の事。


信長が(・・・)女性だと(・・・・)知っている(・・・・・)のは誰だ(・・・・)


これまでの周囲の反応から、親爺の家臣は信長を男子だと思っている。

この歳になっても水練や相撲の鍛錬をしていれば、件の悪ガキ軍団は知っているか?

いや、昔から上半身裸で「俺は男だ」と堂々としていれば、そういうものだと思う可能性が高いな。


この時代、姫城督、女城主は何人かいた。

けれど、女性の記述が極端に少ない歴史書に、敢えて書かれるくらいだから、それはやはり特別な事例だったのだろう。

ならばやはり、この時代で女性が家督を継ぐという事は、非常に稀なことなのだ。


つまり、信長が女性であるという事は、隠されていた事だったのだろう。

信長が産まれる前から、信長を後継者と決めていない限り、産まれた信長が女性だったら、普通に次の子供に期待するはずだ。

仮にその時、信長に後継者としての教育を施すと決めても、二年後に信行が産まれているわけだから、その時点で後継者候補が交代しているはず。

しかし、変わらず信長が後継者のままだ。


ここで最初の疑問に立ち返る。

信長が女性であることを知っているのは誰だ?


親爺は確定だ。

理由は不明だが、そもそも親爺が、信長が誕生前から後継者と定めていないならこのような事態にはなっていない。

……ひょっとして、親爺も俺と同じ転生者だったりしないよな?

けど、転生者だったら、俺の行動にもう少し違う反応があるはずだから、考え過ぎか?


次に平手政秀。

他の信長付家老はどうかわからないが、親爺から教育係として任命された政秀はこの事実を知っている、というか親爺から知らされているだろう。


そして土田御前だ。

親爺が産まれる前から信長を後継者と決めていたというなら、確かに出産の段階から隠していた可能性は高い。

けど、それを母親にも隠すだろうか?

今でこそ、土田御前は反信長派の筆頭だが、出産前にそんな事わかるはずがない。

普通に考えれば、最も味方になってくれる人間だ。


信長が女性であることを知っているから、反信長になったのだとしたら?

そして、土田御前が信長の正体を知っているなら、信長を落とすにはそれを公表するのが一番簡単だ。

それをしていないのは何故だ?


口止めをされているからに決まっている。


信長は赤子の頃に、乳母の乳首を噛み千切ったと言う逸話があるけど、それが口封じの粛清の隠喩だとしたら?


だとしたら、今一番ヤバイのは俺なんじゃないのか……?


「!!?」


などと考えていると、背後で障子が閉まる音が聞こえた。

振り向くと、表情を無くし、幽鬼のような雰囲気を纏った政秀が立っていた。

その手には、抜身の大刀が握られている。


「ご、五郎右衛門殿……」


「吉法師様、色々と苦労がありましたが、貴方にお仕えできて拙者は幸せでした。貴方の行く末を見届けたかったのですが、最後の奉公となることをお許しください」


「……すまぬ、じい……」


やばいやばいやばいやばい。

師弟二人で完結した世界を創ってる!

これ、俺を殺して政秀切腹ってことだろ!?


やっぱり秘密を知ると口封じをされるんだな。

だが、この状況ならまだ逆転が可能だ。


俺が信長の正体を知っている事を知っているのは、信長と政秀のみ。

つまり、この二人を説得すればこの場は乗り切れる。


「まて! 話せばわかる!」


あ、これはフラグっぽい。


「儂は吉法師の味方だ! 家督を奪う気もなければ、吉法師を廃嫡するつもりもない! それは、今も変わらぬ!」


俺の言葉に政秀は無言。

しかし、その動きは止まったままだ。

一応口にしている内容は本心でもあるからな。本気の想いは伝わるって、借金執事の作者も言ってたし。

ここが勝負所!


「そ、それに吉法師! 儂は以前に言ったな!? 儂を殺せば其方の立場がまずい事になると! あの頃に比べ、儂の弾正忠家内での立場や発言力は相当上がっている! ここで儂を殺せば、どのような理由があったとしても、儂に家督を奪われる事を恐れた其方が、政秀に命じて儂を殺させた、と思われてしまうぞ!」


「む……」


「状況から父上も関わっている、というか、父上主導なのはわかる。故に、この場で儂を殺して政秀が自害したならば、全て政秀の責任として処理されるだろう。だが、その後に家内で其方の排斥運動が間違いなく起きるぞ。父上はそうなっても其方をまだ後継者にしてくれるか!?」


「そうはなりませぬ。全てはこの平手の責任。この平手が全てを引き受けましょう」


「周囲はそうは思わぬと、吉法師には以前話したな! 事実がどうあれ、周囲がどう思うかが大事であると! 五郎右衛門、其方もだ! 本当にそれですべてが丸く収まると思うか!? 邪魔者を殺しただけでなく、手を下すのも自分でなければ、責任も部下に取らせるような者に、家臣がついていくと思うのか!? 元服の後に残るのは、其方という最大の味方を失った、弾正忠家とその関係者すべてから疑念を抱かれた吉法師だけだぞ!」


「そ、それは……」


「土田御前とて、そのような状況に吉法師が置かれた時、今まで通りに秘密を守ると思うのか!?」


「うぐ……」


信長の反応から、やはり土田御前も知っていて、そのうえで秘密にしていたことがわかる。

つまり、今の俺はガチ口封じ一歩手前の状況なわけだ。

まぁ、流石に本気で政秀が切り掛かってきたら反撃するけど。

政秀の剣の腕前は知らないが、特に優れているという話も聞かないから、老いた政秀よりは俺の方が上だろう。

けど、それは最後の手段だ。

流石に、政秀を斬ってしまうと、今後、信長からの信頼を得るのはほぼ不可能になると言って良いからな。


「儂を斬った方が多くの者に秘密がバレる。そのうえで、吉法師廃嫡の可能性は高まる。挙句、吉法師の命すら危うくなるぞ!」


「…………」


「…………」


「…………」


沈黙がつらい。

もうちょっと言葉を重ねた方が良いか?


「ほんとうじゃな?」


俺が何か言葉を考えている間に、信長が口を開いた。


「ほんとうに、あにうえは おれの みかたなのだな?」


「うむ。勿論だ。これまで儂が其方に不利になるような事をしたか?」


「……しんじよう」


「若殿?」


「じいも かたなを しまえ。あにうえは うらぎらぬ」


「よろしいのですな?」


「うむ。ここで あにうえを うしなうほうが いたい。あんじょうが まるごと てきになる やもしれぬ。そなたを うしなうことも そんしつだ。だが、そなたの ちゅうぎに かんしゃを」


信長が政秀の問いかけにそう答えると、政秀は刀を鞘にしまった。

ようやっと、政秀の瞳にハイライトが戻って来る。


「何度も念を押すが、儂は家督を狙う気も、吉法師を廃嫡する気も無い」


言って俺は濡れた布を持って信長に近付く。


「なにをしようと している?」


「体を拭くところだっただろうが?」


「おれは おんなだぞ?」


「妹に欲情する兄はおらぬ」


恥ずかしいのはわかるが、今は時間も無いことだしな。

おい、赤くなるな。意識しちゃうだろ。

ひょっとして、こいつそっち方面の知識に疎いんじゃないだろうか?


「着替えは儂が手伝う。五郎右衛門殿は外を見張っておられよ」


「手伝いなら拙者が……」


「儂を今外に出すよりは、安心できるのではないか?」


俺の言葉に、政秀は一瞬呆けたような表情を浮かべるが、すぐに苦笑し、溜息を一息吐いた。


「それでは、若殿をよろしくお願いいたします」


「うむ、任された」


どうやら危機は脱したようだ。

あとは、この話が親爺に伝わるかどうか。伝わった親爺がどういう行動に出るか、だな。


もしも俺を排除しようとするなら、その時は覚悟を決めないといけないかもしれない。


死ぬ気は毛頭ない。

親殺しの汚名を被る覚悟だ。

そしてその汚名を被った時、弾正忠家は間違いなく俺のものになっているだろう。

信長は俺の下につく事をよしとしないだろうから、親爺との訣別は、そのまま信長との訣別にもなるわけだ。


負けたら討死か切腹か斬首だろうからな。どのみち信長と良好な関係を築く事はできなくなるわけだ。

そんなことにはならないことを切に願う。


政秀が親爺に報告しないことにも期待したいが、恐らく無理だろうな。


つまり、勝負は信長元服後の、俺の分家確立の時か。

大丈夫。この日のために考えた名前なら、はっきりと弾正忠家を乗っ取る気も、弾正忠家に取って変わる気もないことが分かって貰えるはず。


しかし、信長が女か。

信長が俺の妹か……。


色々リスクを比べても、純粋にその事実を喜んでいる俺がいる。

弟も可愛いが、やっぱり可愛い妹は嬉しいよな。


信長ネタバレについては、活動報告「織田信長のネタバレが解禁されました」をご覧ください


作中に出ている大勢の人間は、拙作を執筆するにあたり、調べていた信秀、信長の家臣たちです。恐らく今後一部のキャラを除いて登場しない、登場しても台詞がない、台詞があっても一言二言だけ、であろうから、勿体無い精神でとりあえず登場だけさせてみました。

拙作の設定に合うよう、年齢や経歴をいじっている(そもそも生没年不詳の人間も多い)者もいますので、ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
先に言ってもらいたかったなあ… これは受け入れられない読者多いやろ…
漫画版から来ました 信長が女の子にしか見えなかった、というか嫁さんに作画がクリソツレベルだったのはそういう事だったのか… つまり女の子として描いてもらっていた〜と これ信長も嫁にもらうのかな
そ、そう来たかぁ 正直忌避感強いけどここまで読ませて貰ってるんでこのまま読ませて貰います コミック版の最新刊まで読んで続きが気になったので原作の方に来ましたがこの流れは読めなかったな〜
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