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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第四章:安城の新たなる歴史【天文十四年(1545年)~天文十五年(1546年)】
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しし丸


古渡城から安祥城へ戻った俺は、親爺から貰った褒美の確認を行っていた。


基本は銭、刀、茶器、紙。

それに火薬と硝石。


うん、これは有り難い。

必要だったとは言え、やっぱり減税は厳しいからな。


「さて、次は今川からの贈り物か」


こちらも茶器、それから刀。

変わり種で短歌集や蹴鞠の毬なんかも入っていた。


俺に雅になれとでも言うんだろうか?

そう言えば、蹴鞠ってルール知らないな。

休み時間に数人でやる、ボールを地面につけずにパスを回すサッカーみたいなもんかな?


「うぅむ、さっぱりわからん」


茶器はさっぱりだし、歌も、尾張時代に少し習ったけれど、一度も褒められた事は無かった。

信長の家老である、平手政秀は、外交の書状に和歌を一首記すような風流人だったらしいけど、俺にはどうも向いてないらしい。


刀もそうなんだよな。

有名な刀剣と言えば、天下五剣と呼ばれるものだろうけど、俺はそれを目の前に差し出されても理解できないだろうな。


有名な刀は美術品。無銘の数打ちは首狩りの道具って認識しかない。


前世のフィクションでは、刀、あるいはカタナと言えば、結構強い武器ってイメージだったんだけどな。

俺も随分と戦国時代に慣れたもんだ。


「お、おお……」


一振りの刀を抜いて、刀身をしげしげと眺めていたら、検分に立ち会っていた安城あんじょう的栄てきえいがそんな呟きを漏らした。


「どうした?」


「刀身は二尺五寸五分。反りは九分。鎬造の庵棟、鎬高く幅広く腰反り高い、かます切先で地刃に平安期大和物の強い特色……!」


的栄の目が怪しい。

じりじりと俺ににじり寄り、手に持つ刀を食い入るように見つめている。


「黒漆塗の糸巻き拵えは、鎌倉時代に補修されたものですかな!? 鞘も足金物(佩刀のために帯取りの革緒を通す金具。二ヶ所一対のものが多い)の一の足と二の足の感覚が大きい、独特な様式!」


とうとう俺の手を掴む的栄。正直、刀を手放して渡してしまいたかったが、あまりの迫力に体が動かなかった。


「間違いありません! この刀の銘はしし丸! 『田村三代記』では、鈴鹿御前が形見として坂上田村麻呂に残した大通連・小通連が天に登り、三つの黒金となったものを、坂上田村麻呂が箱根の小鍛冶に打たせたものの一つ! 『平家物語』では京都に現れた鵺を退治した源頼政に朝廷から下賜されたとされる名剣ですよ! 『源平盛衰記』では獅子王とも呼ばれています!」


へぇ、しし丸か。今の俺には丁度良い名前だな。


「頼政の子孫である美濃の土岐家に伝わったと言われていましたが……それが何故ここに……!?」


この刀は親爺の報奨じゃなくて、今川からの貰い物だ。

一色家を通した縁から、譲り受けていたんだろうか?


「ひょっとしたら、駿府に移り住んだ公家が持ち込んだのかもしれません」


そう説明すると、的栄は自分の見解を口にする。

ようやっと落ち着いてきたみたいだな。


「荒廃する都から、貧困を嫌って脱出する公家は後を絶ちませんからな。大体は、かつての名門を頼るわけですが、駿河の今川、越前の朝倉は特にその傾向が強いようです」


「つまり、今川家に保護して貰おうとした公家がこの刀を献上したと?」


「義元からすれば、刀を貰った、という事実が重要なのであって、刀そのものは気にしていなかったのではないですかな? そのまま蔵にでも仕舞われていたのでしょう」


「ふぅん」


気の無いような返事になったが、内心俺はこの刀に運命のようなものを感じていた。

二代目ではあるが、征夷大将軍の代名詞とも言える、坂上田村麻呂が打たせたとされる刀。

それが俺の嫡男と同じ名前。

これは最早必然だろう。


「ところで、刀にあまり興味がないようでしたら、拙僧にいただけませんか?」


「……その三つの刀、他の二つはなんと言う?」


「え? はぁ、あざ丸と友切丸ですが……?」


「そうか。そのどちらかなら譲ってやっても良かったのだがな。流石に我が子の名前がついた刀を他人には渡せぬ」


「それは……仕方がございませんね」


子供の名前を理由にされて、流石に的栄も引き下がった。




年の瀬も迫るある日、俺は城下町の郊外にある工房を訪れていた。

金剛武槍、金剛抜頭など、俺が考案した武器、兵器の試作品を作っている場所だ。

ここでとりあえずの第一号が作られ、試験運用を経て、改良されたものが市井へと発注され、大量生産が行われる仕組みだ。


今までの兵器は技術的には大して難しいものではなかったから、情報が漏れても問題が無かったけれど、これからは気を付けないといけない。

特に、鉄砲の量産にかかるようになったら尚更だ。


一つの工房では一つの部品だけをひたすら作らせる事で、効率と練度を上げつつ、機密が守られやすいようにするとか考えないとな。


さて、俺は職人に進捗状況を尋ねたのだが、あまり芳しくないらしい。


「弩ですかな?」


この手の視察を任せてもいる、碧海へきかい古居ふるいがふと顔を出した。

そして、俺達が囲んでいるものを見て、そう声を掛けて来た。


まさしくこの時俺と職人が試行錯誤していたのが弩、つまりクロスボウだった。


「知っているのか? 古居」


思わず某男塾のような口調で訪ねてしまう。


「明で考案された弓ですよね? 日ノ本にもかつて使用された事があったそうですが」


「それがどうして今は存在しない?」


大雑把な言い方をすれば、弩は火薬を使わない鉄砲だ。

弓より訓練が早く、射手の腕力に飛距離や威力が左右されない。

かつてから農民兵が戦の主力であった日本で普及していないのはおかしい。


何か致命的に日本の合戦に向かない事があるのなら、今のうちに知っておきたい。

いざ実戦で役に立たなかった、なんて事になったら目も当てられない。


「私もあまり詳しくは存じませんが、日ノ本の合戦形態に徐々に合わなくなってしまったのが原因ではないかと?」


「というと?」


「武士の誕生が大きな理由として挙げられると思います」


そこで口を挟んだのは、的栄だった。どうやら、古居についてきていたらしい。

彼の役職は俺の相談役だからな。基本的に暇なんだよな。


「武士が?」


「今より六百年程前に武士は誕生したとされています。これにより、それまでの領民全てを巻き込んだ大きな戦から、この武士と、その一族郎党を中心とした、小集団での戦闘が多くなりました」


ほほう、初耳。


「故に、弩の利点であった、訓練が早く、射手の体格に飛距離、威力が左右されない、という点が無視されるようになりました。むしろ、鍛錬次第で船をも割る長弓の鍛錬に武士が偏重していくのは仕方のない事でしょう」


ええと、鎮西八郎だっけ? それ。

まぁ確かに、弩のメリットは、素人を大人数で運用する場合に大きな効果をもたらすもので、専門に訓練された武士であるなら、威力、射程の上限が大きい和弓の方がメリットが大きいか。


「また、弩は武器というよりは兵器ですからね。製造は勿論ですが、性能の維持、つまり手入れが通常の弓と比べて非常に難しかったのです。この時出現した武士は、地方の領主が殆どでしたので、国司らによる中央統制的兵器管理が必要な弩は次第に使われなくなったのでしょう。また、この頃の戦で重要なのは、どれだけの敵の首を獲ったかではなく、誰の首を獲ったか、でしたので、それも原因の一つと思われます」


成る程、整備の困難さは確かにその兵器が廃れる理由にはなり得るな。首級の価値が量から質になったからといって、何故弩が使われなくなるのかはいまいちわからないけど。


「この頃の武士の戦術の主体は、騎馬騎射でしたから、これに適さない弩が廃れていくのは当然ですね。弩は大量の歩兵による迎撃戦でこそその威力を発揮しますから」


「なら何故今再び弩を使おうと考える者がいない? 今の合戦はかなりの大規模だろう」


「数年前の矢作川付近での大殿と治部大輔殿との戦いくらいの規模ならそうでしょうが、あのような大戦はあまりありませんよね? 今日ノ本で起こっている多くの戦は、それこそ同じく矢作川で殿が経験した松平勢との戦くらいの規模がせいぜいでしょう」


ああ、そうか。あの手の大合戦はやはり派手で目立つから、人の口に上りやすいけど、合戦の母数から言えばごく少数だ。

多くは少人数同士による小競り合いだもんな。


「勿論、農民兵が兵力の主体である現在の戦場では、小規模の戦闘でもある程度の役には立つでしょう。しかし、一度廃れた兵器、戦術を再採用する者は殆どおりません。特に彼らを指揮する立場の武士は、誕生以来その精神性を長く磨いてきましたからね」


ああ、『武芸』に無い兵器は中々受け入れられないか。


「逆に農民達は、弩の知識がありませんし、それこそかつて廃れた理由と同じで、弩の保管、手入れが不可能です」


そして的栄はそれまで口元を隠していた扇を、パチリ、と閉じた。


「故に、現在弩は戦場で使われないどころか、保有している者さえ稀な兵器となっているのです」


「「「おおー」」」


俺と古居と職人が、感心したように声を挙げて手を叩く。


「じゃあ、今作って使えると思うか?」


「農民兵に配る分には問題無いかと。武士の方々は先にも言ったように、心情的に拒否されるのではないですかな?」


「成る程。じゃあ的栄……」


「先に言っておきますが、拙僧は構造も作り方も知りませんからね」


クロスボウ製作の責任者に任命しようとしたら、先回りで釘を刺された。


ちなみに、クロスボウ製作の責任者になったからと言って、それに専任できる訳じゃない。

これまで的栄が任されていた仕事もこなしつつ、クロスボウ製作も監督する事になる。


人手不足なんだよ。

ブラック? 文句があるなら労働基準監督署へどうぞ。労働者組合でもいいよー。


「じゃあ古居、任せた」


「え?」


突然話を振られた古居が驚いたような表情を浮かべる。いや、実際驚いたんだろう。


「コレを見ただけで弩だと理解したなら、ある程度は構造を把握しているだろう?」


「ええ……まぁ……」


ここで嘘が吐けないのが古居の良い所であり、俺(嫡男でない男子)の教育係を任された原因でもあると思う。


「別に期限は設けぬ。ただ、早ければ早いほど良い、という事も伝えておく」


「はは!」


そこで素直に応じてしまうのが、古居が純粋な武士たる所以だろうな。

明らかに無謀な作戦、戦略なら意見も言うんだろうけどさ。


さて、来年、新年の宴の後には信長の元服が控えている。

その後は信長が鉄砲を大量購入し始めるはずだ。


そうなると、俺も鉄砲の購入、製作に遠慮しなくて良くなる。

鉄砲の数が揃う前に、クロスボウの量産が間に合うと良いな。


折角刀が出て来たので、この時期に所持者不明、あるいは無理矢理理屈をつければなんとか入手可能な刀を調べていると、『しし丸』とかいう、もうこれにするしかない! という刀が出てきました。名前だけなら、『獅子王』としては知っていましたが。来歴を見て、これなら問題無いと思い、史実で所有していたとされる、備後の斎村正広ではなく、同じく頼政の末裔とされる土岐家に渡し、それを今川に没収して貰いました。

ちなみに他の候補は『覗き竜景光』と『妙純傳持ソハヤノツルギウツスナリ』。前者はこの時期所有者不明なので今川にある事にできるし、後者は美濃の斎藤家(道三の家とは別)にあるそうなので、そこから土岐→一色→今川と渡らせる事もできるかなー、と。特に後者は、晩年の徳川家康の愛刀ですからね。

まぁ、『しし丸』の運命力には勝てず、今回のようになりました。

ご了承ください。

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