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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第三章:安城包囲網【天文十三年(1544年)~天文十四年(1545年)】
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【画像掲載】緒川城の戦い 弐

三人称視点です。


2017/10/31追記

ぼたもち様より合戦図を頂きましたので掲載させていただきます。

挿絵(By みてみん)

翌朝。夜明けと共に連合軍が西と南から攻め寄せて来た。


緒川城は土塁の上に二つの主郭とそれを囲むように造られた曲輪によって構成されている。

南側には出丸があり、元々知多半島の南下を見据えて造られていた。


築城年が15世紀後半(1469年から1487年頃)という事もあり、水堀は無く、3メートル程の土塁と2メートル程の板塀が主要な防御施設である。


寄せて来る相手には弓や投石による迎撃が行われる。

勿論、寄せ手側からも反撃があるが、土塁や更に櫓の上から放たれる攻撃とでは、射程距離に大きな差があった。


言ってしまえば無駄弾なのだが、ここにも連合軍としての連携の悪さが顔を出していた。

誰も、先頭に立つ事で的にはされたくなかったのだ。

弓を射かけ、投石を行っていれば、とりあえず合戦に参加しているようには見える。

だが、前進して敵の集中砲火に晒される事は避けたいと思っていた。


後が無い防衛側と、寄せ手側の士気の差が如実に現れた結果だとも言えた。


それでも徐々にではあるが、連合軍は緒川城との距離を詰めていた。

遂には、その矢が城壁に届くようになる。


連合軍の中で最も士気が高いのは、南知多勢のうち、長尾城の兵士だ。

もしも緒川城を落とせなかった場合、南知多で真っ先に矢面に立たされるのが彼らだからだ。


しかし緒川城の出丸に配置された兵から激しい抵抗を受け、彼らはその足を止める事になる。

その後も、これ幸いと南知多勢は長尾勢を前面に押し出し、自分達の兵力を温存する策に出た。

兵力が圧倒的であるからこその消極策。

死に物狂いで攻めなくても、いずれ落ちるだろう、という慢心が、彼らの動きを鈍くしていた。


日が落ちて、連合軍の兵が退いていく。


この日、一日では緒川城は落ちなかった。

それでも、日の出から日の入りまで都合12時間近く猛攻に晒され、城壁はボロボロ。櫓も幾つか壊されてしまった。


信元は十日と保たないと言ったが、果たして翌日を超える事さえ難しいように思えた。


夜に損害の確認と、防御施設の修復が行われる。

まだ防御施設が十分に機能していた事と、敵が積極的に攻勢に出なかった事が幸いして、死者はわずかに三十人程度に納まった。

しかし、負傷者は三百にも上り、戦闘不能者は百人近く出た。


誰も彼もが疲れ果てて満身創痍。

本来ならしっかりと休ませたいところだが、夜間の監視や城の修復は必要だった。


「どのみち長くは保たん。兵らにたっぷり食わせてやれ。逃げて来た領民にもだ」


士気が下がれば籠城戦は途端に脆くなる。

信元はすぐにできる策として、飯を惜しまない事とした。


「援軍もすぐに来る! それまで耐えれば良いだけだ!」


とは言え、多くても千名に届かない程度だろう。

その程度では緒川城を救援する事は叶わないだろう。


援軍を出した、という事実を得るための見せかけだけの援軍の可能性が高い。

彼らに手助けされて、緒川城を脱出できれば御の字だろうか。


暫くは眠れない夜が続く。

不幸中の幸いにして、その夜は長くは続かない事だけだった。



翌朝もやはり、日の出と共に敵が攻め寄せて来た。

修復したとは言え、半日程度の突貫工事。防御能力は前日に比べて著しく落ちている。


昼を過ぎた頃、ついに城壁の一部が破られた。

突入して来たのは西側の部隊。つまり、佐治、久松連合軍だ。


しかしやはり連携がなっていない。

それとも、中々落ちない緒川城に業を煮やして焦っているのか。


僅かに空いたその城壁の穴へと、連合軍が殺到したのだ。


その穴を広げる。あるいは、他の城壁も崩すなどして、大軍が城内へ攻め寄せる事ができるようにするべきなのだが、連合軍はその穴から城内へ突入する事に執着してしまった。


信元はその穴の付近に城兵を集め、これに当たらせる。

少数が次々に城内へと入って来るだけであるので、各個撃破が可能であった。

しかも、この動きにより、西側の寄せ手の攻勢が一時的に緩やかになった。


「所詮は烏合の衆か」


部隊毎に見れば、ただの素人集団よりは余程強力だ。

しかし、その部隊同士の連携ができていない。


互いに功を焦り、互いに損害を出さないように動いている。


「やはり十日は保つな……」


自分の見識が大きく間違っていなかった事実に、信元がほくそ笑む。

それを見ていた武将が、信元を劣勢にあって余裕を失わない頼りになる主君だと勘違いした。

しかし、それで士気が上がったのだから、良い結果だったと言える。


佐治、久松連合が城壁を崩した、という情報のみが伝わったため、南知多勢も城壁を壊す事に拘り始めた。

出丸に攻撃が集中し始める。

しかし、そこは元々そういう役目の場所だ。

五千の兵が居るからと言って、その全てが一度に攻めかかれる訳ではない。

その数を活かそうと思えば、城を広範囲に取り囲むようにして攻撃するべきなのだが、彼らは出丸の攻略に拘っていた。


佐治、久松連合に後れを取る訳にはいかない、という一心での行動であるのは明らかだった。


結局この日も決着つかず。

しかし、猛攻に晒された出丸は修復不可能と判断され、放棄が決定する。


「ただではくれてやらんがな」


夜陰に乗じて信元は、出丸のあちこちに火薬を仕掛けさせた。

翌朝、敵が近付いて来たら派手に爆破するつもりだった。


どうせ敵に奪われるのなら最後にある程度を巻き込んでしまおうと考えた。

ただ放棄しただけでは、敵に利用されてしまうが、爆破してしまえば、瓦礫が突入口を塞いでくれる。



城攻め三日目。

信元の予想通り、南知多勢は出丸へと殺到して来た。

ある程度兵士が入ったところで火矢を放ち、火薬に引火させ、出丸を爆破する。


轟音が響き、空気が震えた。地面が揺れ、櫓に乗っていた兵士が落ちる。

爆発から生き延びた敵兵も、炎に巻かれて逃げ惑った。

水堀が無いせいで、彼らは自らに纏わりつく炎から逃れる事はできない。


素早く混乱から立ち直った部隊が、転がるよう叫んで、ようやっと事態は収束した。


「火薬をこのように使うなど、義弟の真似のようで気が進まなかったが、成る程、これは胸が空くな」


癖になっては困る、などと軽口を言う余裕まであった。


「おのれ、なんという事を……!」


自分の配下の大半を吹き飛ばされて、長尾城城主、岩田安広は憤った。


「南は瓦礫が邪魔だ。東へ向かう! 城を包囲しろ!」


ここに来て、ようやっと南知多勢がその作戦に辿り着く。


「昨日そのように動かれていたならば、今日中に落ちていたかもしれんな」


信元は自ら突撃部隊を率いて城から出陣。緒川城の南側から、東へと向かい、包囲を試みる南知多勢の側面を突いた。


本来なら無謀な突撃。

しかし、佐治、久松連合の動きが鈍い今ならば可能だった。


佐治、久松連合も、南知多勢と同じように、日の出と共に城へと攻め寄せようとした。

しかし、昨日空けた城壁の穴が、意外な形で塞がれた事で、その動きが止まってしまった。

そこには、山と積まれた連合軍の死体があった。


ある意味で、板塀や土壁より強固な壁だ。

例え死んでしまったとしても、そこに積まれているのは自分の知り合いだ。

城壁を壊すように、その『壁』を崩す事は躊躇われた。


更に、敵の死体を積み上げて壁にする、という行為が、狂気の産物に映り、佐治、久松連合に攻勢を躊躇させる事になった。


勿論、単なるこけおどしだ。彼らはすぐに城壁の他の場所へ攻撃を開始するだろう。

しかし、今は一刻でも時間が惜しい。

彼らが攻撃を躊躇するその時間は、どれだけの大金を積んでも買えないものだ。


昨夜から攻撃目標として定められていた場所を変更するというのは、大軍ならば時間がかかるのは道理だった。

しかも、それが碌に連携も取れていない連合となれば尚更だ。


更にその情報が南知多勢に伝わっていないため、東へと迂回しようとする彼らを信元の兵が強襲した事で、南知多勢は、緒川城の兵を、実態以上に多いものと勘違いしてしまう。

これにより、包囲網勢全体の動きが鈍くなった。

しかし、そのせいで、信元は南知多勢の反撃をまともに浴びてしまう事となる。


三百を率いて出撃した信元だったが、一当てしただけで半数が飲まれ、更に半分が、信元を城内へ逃がすための犠牲になった。

連携が取れていなくても、やはり数の差はいかんともしがたい。

信元は、その事実を改めて思い知らされた。


「大手門に取りつかれました!」


「破壊槌は!?」


「それは見ておりません! 木槌を持った敵部隊により、門が攻撃を受けております!」


命からがら城内へと逃げて来た信元を待っていたのは、状況の悪化を告げる凶報だった。


「門に取りついた敵兵はどのくらいだ!?」


「五十程かと……」


「後続は?」


「それのみですね」


それは不幸中の幸いだった。

どうやら連合軍の一部が独断専行で吶喊して来ただけらしかった。

功を焦った部隊か。それとも目敏い部隊が少数で突出して来たのか。


門を開けて素早く殲滅したいところだが、相手が囮で、門を開けた瞬間に隠れていた本隊が城内になだれ込んで来ないとは限らない。


「矢狭間の内側に入られていて迎撃が困難な状態にあります」


「沸かした湯を浴びせかけてやれ!」


この日も緒川城は落ちなかった。



城攻め四日目。

城の西側から東にかけて包囲され、いよいよ防衛の手が回らなくなって来た。


猛攻に晒され、遂に城壁が幾つも壊されてしまう。

城兵は粘り強く戦いながら後退。西の曲輪を二つと、東の曲輪を一つ制圧されてしまった。


「南側の攻勢が緩いな」


出丸の瓦礫はとっくに取り除かれていた。

そもそも現代のようにコンクリートなどで構成されている訳ではない。

主な材料は土。その上に木製の塀が乗り、一部、石が使われている程度だった。

爆発で瓦礫の殆どは吹き飛んでしまっていたのだ。

簡易的なバリケードにしかなっていなかった。


東へ迂回した事で、南側が手薄になるなどと、そんな馬鹿な話は無いと信元は思ったが、戦場では、そうした平時では考えられないような失態を犯すものだ。


だが、南知多勢が愚かである訳ではなかった。

しかし、信元に齎された事実は、南知多勢が無能であるのと同等か、それ以上の吉報だった。


「城から南に約二町の位置に、織田勢の旗が見えます!」


「援軍です! 織田の援軍が現れました!」


その報告に場内が沸いた。

いよいよ士気が落ち始めていた事もあって、この情報はありがたかった。


しかし、冷静に信元は考える。

果たして援軍は千か、五百か。

安祥城を捨てて救援に来るとは考えにくい。

普通に考えれば、山崎城の兵に幾らか足した程度だろう。


「旗は織田木瓜紋、馬印は米津よねづ家のもの!」


しかも信広が率いてさえいないときた。


城の南側に来たという事は、海路でやって来たのだと推測できる。

確かに、陸路よりは早く着く。その点は褒めてやるべきだった。


「数は二千程! 現在南側の敵兵と戦闘中のようです!」


「なにっ!?」


その報告に、信元は我が耳を疑った。


「二千だと……!? 間違いではないのか?」


「いえ、正確な数はわかりませんが、そのくらいは居るかと……」


一体どのような手法を用いれば可能なのか。

まさか本当に、安祥城を捨てて来た? だが、それならば信広が率いていないのはおかしい。


安祥城の防衛戦力を確保したうえで、緒川城の救援に二千を出したのだ。


「翼を持った虎……」


信秀が周囲を威圧するために大げさに流した噂だろうと思っていた。

信元は、対抗心からそう信じていた。

だが、最早認めなければならない。


自分の居城を攻められている状態で尚、二千の兵を援軍に送れる者が果たしてどれだけ居るだろうか。


「父上の慧眼に感謝するべきかもな……」


一刻ごとに状況が悪化していくこの防衛戦の中で、初めて見えた確かな光明。

そしてそれは、決して幻ではなかった。


石垣などの防御施設が整っていない城が多いのがこの時代。なので落ちる時は簡単に落ちますが、同様に攻城兵器が充実していない軍が多い時代でもあるので、非常に粘り強く戦える事もあります。


そして感想によって、あるネタバレが解禁されました。

詳しくは、活動報告「織田五郎三郎のネタバレが解禁されました」をどうぞ。

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― 新着の感想 ―
漫画更新。ここのラストまでだけど、援軍に来て南知多勢を攻める米津四椋側のセリフを大幅に追加してくれたのが嬉しい。
作品を書いてくれてありがとう
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