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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第三章:安城包囲網【天文十三年(1544年)~天文十四年(1545年)】
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【画像掲載】矢作河原の戦い 壱

反撃編、一話目です。


2017/10/29追記

ぼたもち様より安城包囲網の地図をいただきましたので掲載させていただきます。

挿絵(By みてみん)


あーもう。

あーもう、なんだあれ。


いや、確かに領内の統治に気を使ってたのはさ、こういう時に兵が集まるようにって考えもあったよ。

あったけどさぁ……。


いや、あれは反則だろう。


なんで1万を超える人数が集まってるんだよ。

確かに戸籍もどきのお陰で、領内の人数はわかってたし、徴兵可能な人間が1万を超えて存在している事もわかってたよ。

以前にも、志願制で3000を集めようとしたらもっと集まって、超えた人数はお帰り願った事があったしな。

けど、それでも俺は、集まっても精々5000。しかも不満たらたらの士気最低、ってのを覚悟してたんだよ。


なのになんだあれ?


1万を超える人数に、誰も彼もが意欲旺盛で、しかも俺を助けるために来たときた。

嘘でも褒美がいつもより豪華だから、とか言えよ。

松平や今川の支配下じゃ、俺の時みたいな平穏な生活は望めないだろうからって本音で語れよ。


いや、あれも本音なんだろう。


あーもう。

最期の手段として、チョビ髭の独裁者の無茶振りの中でも屈指のセリフをパクもとい引用してみたのに、逆に士気が上がる始末だもんな。


くそう。

慣れねぇんだよ。

死ねと命じるのはいいよ。

慣れたっていうか、割り切れるようになったよ。

敵を殺すのもそうだよ。

けど。

けど、まだ慣れないんだよ。


俺の為に命を投げ出してもいいって奴を受け入れるのはさ。


「浮かない顔でございますね」


俺に甲冑を着せながら、於大が伺うような目を向けて来た。

上目使いが、非常に艶めかしい。本当に18歳(数え歳)かお前。


「まぁ、少々敵が多いからな。それよりすまない、於大。其方の生家へ俺が援軍に向かう事ができなくて」


元々は、緒川城救援の優先度が一番高かった事もあって、俺が赴く事になっていたんだけど。

まぁ、あれだ。

あの状況で「じゃあ俺は嫁の実家助けに行ってきますね」なんて言える訳がない。

という訳で俺は安祥城の防衛、というか松平軍の迎撃に向かう事になった。

代わりに公円こうえんが緒川城の救援に向かう。


「いいえ。ここが殿の領地である以上、ここを殿が守るのは当然ですから。私ももう水野の娘ではなく、織田五郎三郎信広の妻。どちらを優先すべきかは心得ているつもりです」


そう言う於大こそ、浮かない顔をしている。

俺はそっと於大の頬に手を添えた。


「藤四郎殿なら大丈夫だ。援軍が到着するまで必ず持ちこたえられるさ」


何の根拠もない言葉だけど、それでも於大の表情は和らいだ。


「儂の後でもいいから、義兄上の武運も祈ってやってくれるか?」


「殿の後でよろしいんですか?」


くすり、と笑って於大が尋ねた。


「其方の夫は儂だからな。そのくらいの贔屓は要求してもよかろう」


「はい、わかりました」


そして於大は、俺の出陣の準備が整うと、俺の肩に手を添えて、つま先立ちになった。

俺もその意図を察して顔を近付け、唇を重ねた。


ちなみにこの時代、出陣前に女性に触れるのは縁起が悪いとされていた。

当然、俺が於大と出陣前にイチャイチャするのはあまり良い顔をされない。

けど、それを何度も繰り返して、その上で松平家に対して連戦連勝だからな。

そんなものは迷信に過ぎない、と俺が証明した訳だ。


それでも古居ふるいのような昔ながらの武士は納得しきれていない。

だったらこの戦に勝つ事で、その迷信が、験担ぎの域を出ない事を証明してやろう。




想定以上の人数が集まったので、西尾吉次と古居は物資の再計算と分配でてんやわんやになっていた。

武具も幾つか足りなかったので、慌てて買いに走らせている。

それを待っている間に各戦場が手遅れになってはまずいから、準備のできた部隊から先に出陣するようにしたんだ。


戦力の逐次投入は愚策という話もあるが、元々1万ならすぐに出陣できるように準備していたからな。

1万を先発させて、その後に数千を出すんなら、そこまで駄目な作戦という程でもないだろう。


松平軍の迎撃には、松原まつばら福池ふくちに500を率いさせて先行させている。

どうも狙いは上野城らしいから、上野城の兵と合流させて、矢作川の渡河点に野戦陣地を構築するよう命じた。


勿論、戦に勝つだけなら上野城の周囲に陣地を構築しての籠城が一番なんだが、その場合は上野城の領内の村を犠牲にする事になる。

避難させるにしても、徴兵して一緒に戦うにしても、領民の事を考えてますよアピールは重要だ。


俺は福池が出陣した翌日に、およそ2500の兵を率いて上野城へと向かう。

上野城が無理なく集められる兵力は500程度。今回の俺のように無理をしても、1000に届くかどうかだろう。

勿論、領内にはそれを超える徴兵可能な人員が存在している。


けど、上野城で徴兵を行おうとしても、応じられるより逃散されてしまう可能性が高い。

自惚れるつもりはないけど、ウチと上野城では統治環境が違うからな。

勿論、上野城の開発もある程度は手伝っているから、領民がそこをどう思うかだな。



俺が上野城に着くと、既に戦端が開かれているという話を聞いた。


「惣兵衛殿(福池のこと)の部隊と、我が家臣の七郎右衛門長政と五郎左衛門康高が六百を率いて矢作川河原にて交戦中との事です」


上野城主の酒井忠尚が俺に告げる。


長政は榊原七郎右衛門長政の事。多分、あの(・・)榊原の血縁なんだろうけど、彼には子供は無いとの事だし、その(・・)榊原の幼名を俺は知らないから、居てもわからないんだけどな。

康高は大須賀五郎左衛門康高。残念ながら前世でこの人を俺は知らなかった。忠尚の家臣で、俺より二つ下、くらいの認識しかない。

この状況で前線に出すんだから、それなりに優秀だとは思うけど。


「戦況はどうなっているかご存知で?」


「松平勢を率いているのは当主広忠。大久保忠俊、本多忠豊、酒井忠次、高力重正を始め、中々優秀な家臣が揃っております。矢作川を渡っている最中ですが、惣兵衛殿の奮戦に中々こちら岸に辿り着けておらんようですな」


「そうですか。ならば、将監殿はこのまま上野城をお守りください。私が援軍として向かいましょう」


「ご武運をお祈りしております」


そうして恭しく頭を下げる忠尚を残し、俺は兵を率いて、矢作川近くに陣地を構築している筈の、福池らの援軍に向かった。


福池はまだ若い事もあって、俺が提唱した新しい戦に問題なく順応した。

俺の乳母の弟なので、若いと言ってももう27歳。この時代ではもう立派な中年だけどな。


塹壕を掘り、土嚢を積み、弓と擲弾で松平勢の上陸を阻止している。

相手も筏や船で渡河を試みるが、数に限りがあるせいで、人数の利を活かせていないようだ。

なんとか岸に辿り着いた部隊も、春とは言えまだ水温の冷たい矢作川を渡ってすぐに攻勢に移れる筈もない。

陣地から飛び出した上野城側の兵がこれを攻撃し、川へと叩き返していた。


それでも損害が無い訳じゃないみたいだな。

上陸部隊とは別に矢作川中に船を止めて、そこから矢を放って上陸を支援している敵が居る。


土嚢と立て掛けた矢盾でほぼ防いでいるとは言え、相手から攻撃されている分、こちらの攻撃も消極的なものにならざるを得ない。

徐々にではあるけど、敵の上陸部隊が川岸に近付く数が増えている。


「あれだな」


俺は、上陸を果たし、その場にて橋頭保を築こうとしている一つの部隊を見つけた。

上野城勢の攻撃を度々退けつつ、こちらの防御陣地にも攻撃を加えている。

防御陣地からの攻撃は上陸阻止に集中しているため、そちらへ手を回す余力はないようだった。


あのままあの場所に居座られると面倒だ。


「第五~七中隊は陣地へ向かい、惣兵衛の指揮下に入れ。第二大隊は陣地後方に展開。残りは儂について来い」


中隊は俺が部隊編成を容易にするために採用した部隊単位だ。

この時代の部隊を表す言葉は、備、衆、組など色々あったが、明確に人数によって単位が決められているのは備くらいしかない。

それでも300~800、と大雑把な単位だった。


まぁ、主戦力が領民兵で、まとまった軍事行動が取れる訳がないからな。

ちなみに部隊を指揮する人間を武将と呼び、総大将ー侍大将ー物頭ー組頭と続く。組頭が指揮する部隊が基本的には部隊としての最小単位になる。

組頭なのに「組」を指揮する訳じゃないとか、結構わかりにくかったので、組頭が指揮する部隊を小隊。物頭が指揮する部隊を中隊。侍大将が指揮する部隊を大隊として整理した。

小隊は30人前後。中隊が100人前後。大隊が1000人前後と一応定義付けている。

とは言え、これはウチみたいに常備兵が多いからできる事であって、他の軍勢だと難しいだろうな。


ウチにはそもそも侍大将に任じられる身分の人間が少ないから、その人間を各地に分散して派遣している今回の戦みたいな場合、2500を率いる俺の下に、侍大将が居ないって事にもなる。


福池は一応侍大将の身分なので元々連れて行った500に加えて、三個中隊を指揮する事が可能なんだ。

まぁ、あくまでこれはそういう規則ってだけだし、前世の軍隊みたいに、厳密な運用をしている訳じゃないから、侍大将が3000とか率いても、それを統率できる能力があるなら、問題無いんだけどな。


ちなみに第二大隊は荷駄隊を始めとした補給部隊だ。

荷駄隊とその護衛。炊飯部隊、衛生兵、兵の慰安を担当する者達も居る。

いざとなれば彼らも武器を持って戦うけど、基本的には後方支援が主な役割だ。

ちなみに、弥八郎が配属されているのもこの第二大隊だ。前に出す訳にはいかないからな。


という訳で、俺は残りの1200を率いて、こちら岸で奮戦している、50人くらいの部隊目がけて突撃する。


「我は平岩左京進親重、その具足、織田信広だな! その首獲って……」


「無理だ!」


俺達の動きに気付いて、指揮していた武将が槍を構えてこちらへ向ける。

しかしこちらに背中を向けていた状態だったので、兵らは碌に反応できず、24倍もの戦力差に飲み込まれてしまう。

安祥城に集まった頃から変わらず士気の高いこちらの兵相手に、寡兵ではどうしようもなかったようだ。


俺は敵将から繰り出された槍を、金剛抜頭こんごうばっとで弾き、すれ違いざまに脳天目がけて振り下ろす。


「ぐはぁ……!」


兜だけじゃない、何か硬いものが砕ける感触が手に伝わって来た。

石川清兼の時と違い、明確に殺意を込めて振り下ろしたからな。

まず間違いなく生きてはいないだろう。


敵兵はものの数分で全滅した。文字通りの、皆殺しだ。

逃げる領民兵を殺すのは忍びなかったけど、ある種の熱狂の中に居る、こちらの兵を押し止めるのは難しかった。

こんなところで奮戦していたんだから、岡崎城の常備兵か、土着の野武士、傭兵の類だろう、と無理矢理納得しておく。


「おおおおぉぉぉぉおだ、のおおぉぉぶひろおおおおぉぉぉぉぉお!!」


とりあえず陣地へ入ろうと、兵らに後退を指示していると、矢作川の対岸からそんな声が聞こえて来た。


その声には聞き覚えがある程度だったが、それでもその声の主はわかった。

こんなそれだけで人を殺せそうな程、憎悪を込めて俺を呼ぶ相手なんて一人しか心当たりが無いからな。


俺の予想通り、対岸から俺に向かって叫んでいたのは、あちらの総大将である広忠だった。


「殺す! 必ずうぬを殺す! そこで首を洗って待っておれ!!」


「儂の首を獲りたくば、陣地の中まで入って見せよ! ただし、その時其方の首こそ落とされる事になるがな!」


最早事ここに至って、広忠を見逃す選択肢は存在しない。

松平消耗戦略は上和田城が健在であるという前提の上で成り立つものだ。

上和田城が落城の危機にある以上、その健在が確認できない以上、ここで広忠を討って松平を行動不能にしないと色々まずい。


何がまずいって、上和田城が落とされて、広忠が健在で、その上で今川が介入して来たら、流石に支えきれない可能性が高い。

何年か間を置いてくれれば、今回程とは言わなくても、それなりの数がこちらも揃うだろうけどさ。

連戦は厳しいって。

そんな事になったら、今ウチに寝返ってる、旧松平家臣が返り忠(再寝返り)を行うかもしれないし。


「言ったな!? 言ったな!!」


「まずは川を渡って参れ! 卯月の川は冷たいがな!」


先行した福池の500と、上野城勢600だけなら、できる限り時間をかけて戦って、相手の兵糧切れでの撤退を狙うべきなんだろうけど、俺の援軍が到着した事で、3600対4000と戦力が拮抗したからな。

野戦陣地という有利な地形を得ているこっちの方がそれなら優勢だ。

広忠をここで討つつもりなら、深入りして貰わないといけない。


逆上した敵なら、それも容易いだろう。


案の定、松平勢の攻勢は苛烈さを増した。

こちらにも損害が出始めるが、それに伴い、相手の被害も大きくなる。

さて広忠、お前の死因は病死でも暗殺でもなく、討死になりそうだな。

武士としては誉だろうさ。


上野城には凄い大物(の父親)が居ました。

信広が部隊のうち千名前後は後方支援用の人員と言っているのと同じように、広忠側の四千の中にも、当然非戦闘員が含まれています。

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