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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第三章:安城包囲網【天文十三年(1544年)~天文十四年(1545年)】
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安城包囲網 弐

三人称視点です。


「上和田城は安祥織田家の支援を受けて難攻不落の堅城となっているが、南側の防備は薄いと聞く」


上ノ郷城を出て、竹谷城を出た松平清善の軍と合流した鵜殿長持は、馬上から清善に話しかけた。


「北の岡崎城と、東の三河を想定しての造りなのでしょうな」


「ふん、所詮尾張の田舎者の長男など、その程度よ。勿論、それに馬鹿正直に北から攻め続けた広忠もな」


「…………」


宗家当主を堂々と馬鹿にされたと言うのに、清善は何も言い返さなかった。


「既に今川家にとって松平家の利用価値は低い。それこそ、広忠の姉にでも今川の一門の誰かを入れ、広忠を押し込めてしまった方が面倒が無い程にな」


「わかっております。今回の戦で、松平一門の有用性を示せと言うのでしょう?」


「その通りよ。松平家宗家がこの話を持って来たのは治部大輔様も評価しておられる。後は宗家は勿論、分家の槍働きが認められれば、今川家にとっての松平家の価値もあがるというもの。もしくは、特に良い働きをした分家の一族を、宗家に養子として入れる事も考えられるであろうよ」


清善は今川義元の叔母を母に持つが、だからと言って心底から今川家に臣従している訳ではない。

むしろ、松平宗家の独立性を守るために、竹谷松平家は今川家に取り込まれたと言える。


だからこそ、今回の戦に今川家から参陣の要請があった時、清善は一も二も無く頷いた。


これまで竹谷松平家が、松平家宗家の戦に協力して来なかったのは、上ノ郷城をはじめとした、今川方の城を警戒していたからだ。

遂に大手を振って松平家宗家を助ける事ができる。


しかし実際には、自分達は今川家の露払いに過ぎないだろうと理解した。

鵜殿長持は、今川方の武将というより、竹谷松平家につけられた戦目付の意味合いが強い。

矢の届かない安全なところから、自分達を督戦するつもりだろう事は容易に想像できた。


だがそれでも良い。

先鋒を任せられるという事は、危険であると同時に手柄を立てやすいという事でもあるからだ。


三根山を越えた辺りで鵜殿勢と竹谷松平勢は合流。そのまま西へ進み、矢作川の傍まで来たら、北上。

城を出てから三日程で、上和田城が見えて来た。


「ほお、あれが矢作大橋か。立派なものだ」


しかし長持の興味は、矢作川にかかっている巨大な橋に向いていた。


「あの傍には宿場町が栄えているそうだな。上和田城を落とした後、兵らの慰安には困らなそうだ」


平気で略奪を仄めかす長持に、不快感を覚えながらも清善は文句を言わなかった。

矢作川東岸は松平家の土地であるので、流石に往路で略奪をするような真似はなかったが、実際に戦が始まり、兵達が興奮してしまえば、これを鎮めるのは難しい。

矢作大橋のたもとの町ならば、古くからの土地ではなく、新しく安祥織田家によって造られた町だ。

住んでいる者の多くは三河の領民かもしれないが、それでも、他の村を襲われるよりは許容できる。


「さて、上和田城は果たして噂通りの堅城なのかな? 南からの攻撃に対しても、その堅牢さを見せて欲しいものだな」


長持はそう言って、清善に竹谷松平勢による攻撃を命じさせた。




「殿、大変でございます!」


上和田城評定の間にて、城主松平忠倫は家臣達に指示を出し終え、状況の推移を待っていた。

それなりの広さの部屋に、ぽつんと残された忠倫だが、別に寂しさを覚えたりはしない。

合戦前のこのわずかな静寂が、この二年程の中で、彼の心が癒される貴重な時間だった。


薄々、上和田城が安祥織田に囮にされている事には気付いていた。

そして、信広が敢えて広忠を討ち漏らしている事も。

それでも、損害以上の支援を貰っているので文句は言わなかった。


何か自分では考えつかないような、壮大な計画の途中かもしれないからだ。

例え上和田城が落ちるような事はないだろうと思っていても、戦場では何が起きるかわからない。

一本の矢が、一枚の刃が、優勢な軍の大将の人生を終わらせる事などよくある話だからだ。


だから、どれほど楽な戦であっても、戦の間は常に気を張っている。

その戦の前の僅かな癒しの時間。

しかしその時間は、無情な闖入者によって台無しにされてしまった。


「なんだ? 南からの寄せ以上に大変な事でも起きたか?」


不機嫌さを顕にして忠倫は入って来た人間を睨みつける。

そこに居たのは二人の武士。


忠倫が上和田城城主として活動中に岡崎城から下って来た筧重忠、正重兄弟である。


「はい、岡崎城の兵がこちらにも向かっているようで……」


言いながら、兄の重忠が近付いて来るのに、不穏な空気を感じ取り、忠倫は思わず大刀に手をかけた。

しかし重忠の方が早かった。素早く忠倫に近付き、刀を抜いて、斬り付ける。


「ぐっ……!」


思わず挙げた左腕で偶然にも防ぐ事ができた。

しかし、突然の凶行と痛みで、忠倫の動きが止まる。


「不忠者三左衛門、誅すべし!」


その隙を突いて、重忠の刃が忠倫の甲冑を貫き、臓腑を穿った。


「がはっ……!?」


忠倫が吐血する。刀を引き抜くと、そのまま前のめりに倒れた。


「騒ぎで人が集まって参ります、兄上、お早く!」


「うむ。半三様に急いで報告せねばな。城主が死ねば城内は混乱する筈。岡崎より攻撃を仕掛ける好機だ」


筧兄弟が素早くその場を後にして暫くの後、城内防衛の指示を出していた、重臣、矢田助吉が様子を見に来て、変わり果てた姿の忠倫を発見する。



「まずい事になった」


評定の間に佐崎松平家の家臣団が集められ、緊急の軍議が開かれていた。

もう櫓から見れば、南に鵜殿、竹谷松平の連合軍が確認できる。

それほど切迫した状況で、城主、忠倫が死んだ。


「今後の事は佐崎城におられる、殿の弟君、三蔵様をお呼びして決めるとして、この戦をどう乗り切るか……」


「桜井城、姫城から援軍が出ているそうですし、安祥城からもすぐに援軍が来るでしょう。それまで持ちこたえる事ができれば……」


「城内の士気を落とさぬためにも、殿の死は隠す必要がある」


「しかし防衛の指示はどうする?」


「この作十郎が行う」


「元々軍大将に任じられていたのですから、適任でしょう」


助吉の宣言に、他の家臣も賛同した。


「しかし殿の不在はなんと説明する? ずっと城の中という訳にもいくまい」


「今日の所は城の中だ。夜に兵らに激励をする時は、体調を崩されたとして拙者が代理で行う。明日になれば姫城からの援軍が到着するだろうから、その後は彼らに任せれば良い。恐らくは安城次郎殿が出て来られるだろうからな」


松平家宗家代八代当主、広忠の叔父である信孝ならば、忠倫の代行としては十分過ぎる格を有するだろう。


「ふむ、ならばなんとかなりそうですな」


「この上和田城は岡崎城からの攻撃を何度も防いできた堅城。例え防備の薄い南側からの攻撃とは言え、一日程度ならば耐えられるでしょう」


大きな混乱は起きなそうだ。むしろ彼らは、この戦を乗り切った後の、上和田、佐崎の統治問題に頭を悩ませていた。


岡崎城を出立した広忠の軍が二手に分かれ、その一軍が上和田城を目指して南下している事を、彼らはまだ知らなかった。


という訳で松平忠倫、史実より二年早く退場です。

半三は半蔵の誤字ではありません。初代と二代目の違いなので、半蔵でも良かったのですが、息子との差別化として保長を半三、正成(所謂服部半蔵として知られている方)を半蔵とさせていただきます。ご了承ください。


これから暫く三人称視点が続くと思います。

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― 新着の感想 ―
大変な事になってきた! 忠倫は好きだったので残念。
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