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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第二章:安城発展記【天文九年(1540年)~天文十三年(1544年)】
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仁木殲滅戦

「にっき」と読みます。

拙作にしては若干長めです。


岡崎城から東広瀬城までは直線距離で30キロ程。

しかしその途中には三河高地が悠然と横たわっているため、山道を突っ切ろうと、矢作川沿いに迂回しようと、倍以上の時間がかかる。

岡崎城を出立した松平勢の先鋒が東広瀬城に到着するのは二日後だ。

輜重を多く連れている広忠の本隊ならもっとかかるだろう。


対して俺達は、安祥城から北東に4キロ程の上野城までは整備された街道が続いているし、そこから北へ15キロ程は平地が続くので進軍はスムーズだ。

流石に先鋒の大久保隊に追いつくのは無理だけど、広忠隊の後背をつく分には問題が無い。


ていうか広瀬城遠いな。

西広瀬城は東広瀬城と矢作川を挟んで500メートルも無い位置にある。

確かにこの位置なら、松平より織田の影響を受けるか。

相当近くにある東広瀬城が松平に臣従している事を考えると、川がこの時代、いかに様々なものを分断していたかがわかるな。


ちなみに西広瀬、東広瀬、と言っているけれど、位置関係的には北と南なんだよな。


矢作川だって真っ直ぐに北から南に流れている訳じゃない。あちこちでグネグネと曲がっているんだ。

で、この両広瀬城は丁度この矢作川が鉤型に曲がった所に築かれているから、東西に流れる矢作川を挟んでいる。


ちなみに位置的に南北にあるのに何故東西なのかと言うと、それぞれの城の名前の由来が違うからだ。

東広瀬城は大体200年前に築かれた由緒ある城。名前の由来は、城から西側の矢作川が広い浅瀬であったらしい。

で、その東にあるから東広瀬。

西広瀬城はこれに対抗するために親爺が築いた城なので、東広瀬城に対して西広瀬城と名付けたそうだ。


うーん、猿投城とか金谷城が寝返ってくれてたら良かったんだけど。

打診は来てるんだよ? でも条件交渉とかで難航しているのさ。


広忠が何度も出陣しては敗北していると見られているのと同様に、俺も、広忠を何度も討ち漏らしていると思われてるからな。

そういう意味でも今回の戦いは重要だ。


広忠は逃がすつもりだけど、有名な重臣を討ち取る事ができれば、彼らの煮え切らない態度も変わるだろう。

そうすれば、安祥城から上野城、金谷城、猿投城、西広瀬城、と街道を繋げる事ができる。


そういう意味では上野城を少し越えた辺りで矢作川を渡るのがいいかな?


金谷城辺りまで進んで威圧するって手もあるけど、逆に態度を硬化させる可能性もあるからな。

状況はちょっと違うけど、対織田家戦線に石山本願寺が参戦した理由の、数ある説の一つがこれだったからな。

近くで合戦してたら自分達を攻めて来たと勘違いされて敵対されたって説があるんだ。


それまで矢銭要求なんかで鬱憤溜まってたってのもあるんだろうけどな。


「上野城すぐの矢作川対岸に、哨戒が置かれた模様です」


街道を北上する俺の下へ、矢作川東側に侵入させている間者から報告が入った。


「数は?」


「三十程」


「その数では何もできんな。上野城に渡河の準備をさせておけ。気にせず渡るぞ」


「松平本隊に気付かれてしまうのでは?」


四椋よんりょうが異議を唱える。


「それならそれで良い。あまり深く入られても追いかけるのが面倒になるからな」


結局今回の戦の目的は、広忠の本隊を強襲し、広忠を逃がすために殿軍となった武将を殺す事にある。

こちらの動向が知られる事自体は問題じゃない。


「先鋒の大久保隊が引き返して来たとしても、一日はかかる。半日を広忠隊との戦いに費やしても、まだ半日残る計算だ」


丼勘定だけどな。


「大久保隊が引き返してくれば西広瀬城の救援は成功する。引き返して来なかったとしても、広忠隊の後詰が無ければ西広瀬城も援軍要請を出し、それを待つ程度のには粘れるだろう」


西広瀬城が川の近くの小高い丘の上、というのも良い。渡河中の部隊は良い的だし、渡河後すぐに攻勢に出る事も難しいだろうからな。



「我々は手伝わなくてもよろしいので?」


上野城に入ると、城主の酒井忠尚が尋ねて来た。

俺に言われた通り志願兵ではあるけど、兵を集めて準備万端整っていた。


「広忠本体には我々のみであたります。将監殿にはウチの玄蕃と共に西広瀬城への援軍か、引き返して来る大久保隊の足止めをお願いします」


そして新田しんでんと五百の部隊を残して、俺は残り三千を率いて矢作川を渡る。

ちなみに、志願兵だけで三千五百が集まった。実際はもっと集まったんだけど、兵糧の計算と準備が終わっていたので、今回はお帰りいただいた。


参加するだけで報奨が出るし、怪我をしたり死んだりしたら遺族にある程度まとまった金が入るようになっているとは言え、ちょっと領民の皆さん積極的過ぎやしませんか?

約四年間の、俺の頑張りの結果だと思うと、誇らしいと同時に複雑だ。


俺の下に集まった人間に、「死んで来い」と命じるのは、もうある程度慣れた、というか割り切れるようになった。

けれど、「貴方のために死なせて下さい」と言って来る奴を受けいれるのは、未だに慣れない。


川を渡っている途中で、対岸に残っていた松平家の哨戒部隊が矢を射かけて来たので、こちらも射返した。


こちらは矢盾で防いだし、相手はすぐに逃げて行ったのでどちらも損害無し。


渡河を完了すると、俺は数人の兵士に命じた。


「広忠隊の様子を確認して来い。逃げ始めているようならここで待ち構える」


「は」


数人の兵士を物見として北を進軍しているだろう広忠隊を探らせる。

情報がもたらされる間に、物資や装備の点検を行わせておく。


一時間程して物見が帰って来た。


「松平家本体と思しき部隊が、これより北に半里先にて陣を整えております」


「しかし数が情報より少ない模様、二百程度です」


その少ない部隊は殿軍で、本体は既に逃げ始めている?

それとも、そいつらに足止めさせている間に西広瀬城を落とすつもりか?


後者はいくらなんでもないよな。

俺達が矢作川を渡った時点でそれは不可能になった。

いや、西広瀬城を落とす事はできるだろう。けれど、その後は俺達と、間違いなく来るだろう、弾正忠家からの援軍とで挟撃されてしまう。

それこそ、松平家が一網打尽になる。


更に別の物見が戻って来た。


「松平家の部隊が幾つか、東の山へと入りました」


「逃げたな」


確定だ。流石に二千近い部隊が纏まって山中を逃げる事は難しい。

だから少人数の部隊に分けて逃げたんだろう。俺達に広忠の居場所を察知させないように、という思惑もあるかもしれない。


「よし、逃げた敵は気にしなくていい。行方だけ追っておけ」


岡崎城に帰ってくれればいいけど、伏兵として待ち構えられたら面倒だからな。

或いは、街道に残した部隊を殲滅して俺達が帰った後、再集結して西広瀬城を襲う可能性だってある。


もしそんな手を広忠が取るっていうなら、随分と与し易いんだけどな。


非道はここぞという場面で一度だけ、それも、自分の権力を固める時に使うべきだって確かマキャベリさんが言ってた。

敵方の城を一つ落とすためだけに、二百名を見殺しにするなら、広忠はそこまでの男だ。

それ以上、彼に付き従う者は居なくなる。


「では、これより広忠本体を逃がすため、健気にも囮になっただろう敵遅延防御部隊の殲滅を開始する。恐らく相手は決死の覚悟の死兵だ。気を抜くなよ」


「「「は!」」」


各部隊長を集めて俺は指示を出す。


先鋒は四椋率いる騎馬隊。

その後ろに住吉すみよし率いる擲弾隊。

その後ろに新田の息子である、親田ちかだが率いる弓隊。

その後ろに公円こうえん率いる槍隊が続く。


俺はその後方、本陣にて弓を撃つつもりだ。



「見えて来たな……」


北上を続ける事、三十分程。確かに二百名程度の部隊が街道上で陣を張っていた。

というか、ただ隊列を組んで待っていただけだ。

壕も土塁も無い。


「旗はわかるか?」


「松平家宗家の旗はありません。広忠は逃げましたね」


義次に尋ねるとすぐに答えが返って来た。


「青山、植村、石川の旗が見えます」


「安城譜代七家の半分か。あてこんだな」


「絶対に主君を逃がすという決意が見えますね」


「ならばそれに全力で応えてやるのが武士というもの。擲弾と弓による攻撃の後、騎馬隊を突撃させろ。槍隊は左右に分かれて敵を包み込め。包囲で構わん。一兵も逃がすな」


だが、俺の命令が各隊に届く前に、相手が突撃して来た。


う、そりゃそうか。遠距離での削り合いじゃ、十倍以上の差がある相手が勝てる訳が無い。

少しでもこちらに損害を与えるなら、遮二無二突撃するしかないんだ。


時間を稼ぐだけなら、敗北覚悟で遠距離での撃ち合いが一番だけど、少しでも勝つ可能性があるからこその突撃だろうな。

つまり、俺の首を獲りに来る訳だ。


ただでは死なないという訳か。

その覚悟には背筋が凍る。

けど、こっちもそうそう本懐遂げさせてやる訳にはいかないな。


弓隊と擲弾兵は結局それぞれ一斉射、一度の投擲しかできなかった。

それも、敵の突撃に一瞬驚かされての射撃だったので、あまり効果は発揮できていない。


騎馬隊が敵の突撃をまともに受ける羽目になる。

しかしすぐに公円が槍隊を前進させてフォローに入る。


これは乱戦になるな。


本日の俺の武器は鉄の棒に鉄球のついたもの、所謂メイスだ。日本語で言えば戦棍。

棘をつけたり、星型にしたりしたモーニングスターはちょっと技術的に難しかったので、単純な殴打武器になった。

まぁ、鉄球で叩かれたら普通人は死ぬから、わざわざ殺傷力を上げる必要は無い。

むしろ、ひっかかって取り回しに苦労する可能性もあるからな。


銘は『金剛抜頭こんごうばっと』。頭を打ち抜く鋼って意味だな。

ちなみに『金剛武槍こんごうぶそう』は古居ふるいに取り上げられてしまった。

総大将が先頭で突撃するような武器を持つなって事らしい。

折角作ったので金剛武槍は家臣の中で最も体格の良い四椋に下賜した。

今回は長距離行軍になる事が予想されていたので持ってきてないみたいだな。


日本の馬は背こそ低いけど、足首は太くてがっしりとしている。

ガラスの足首と言われるサラブレッドのようにスマートじゃないけど丈夫そうだ。

だから鎧兜を纏った武士が乗って悪路を駆けても故障する事が少ないんだ。

確かに時速は20キロも無いかもしれない。

けどどうだ? 鎧武者の乗った原付が突っ込んで来るのに合わせて、槍を構えていられるか?


だもんで、ランスを量産して突撃騎馬隊みたいなのを編成しようとしたんだけど、


「自分以外だと持って突撃なんて無理ですよ」


と四椋に言われてしまった。

自分が発育が良いもんで、この時代の体格の悪さを忘れていた。


さておき、このメイス。乱戦用にと作ってみたけど、具合がいいな。

刀や槍だと結構上手く当てないと、馬上から敵を倒す事は難しい。

けれど、メイスなら適当に当てるだけでも相当な効果を上げる事ができる。

むしろ、上手く当てない(・・・・)方が頸椎にダメージを与える事ができて、殺傷能力としては上かもしれん。


刀や槍だとどうしても振り下ろす事になるから、振り上げ、振り下ろしと敵を攻撃するのに時間がかかるけど、メイスは足の辺りでブラブラさせておけばいいから楽だ。

しっかりと握ってさえいれば、騎馬で近くをすり抜けるだけで敵兵を昏倒させ得るからな。


これは騎馬隊の標準装備にしようか(後日断られました)?


訓練が楽で良いかと思ったんだけど、そもそも馬に乗るのも訓練が必要だからな。

歩兵に持たせるには短いし。

槍の何倍も鉄を使うから、やっぱり量産は難しいか? 今後は鉄砲にも使う事になるだろうしな。


「織田信広! 我は三河……」


「知らんと言ってる!」


部下を犠牲にしながらも、果敢に俺の下へとやって来た武将の名乗りが終わる前に頭を打ち据え倒す。


「東広瀬城へ先行していた松平勢が引き返して来たようです。およそ三里先」


戦闘開始から一時間程で敵兵は全滅した。丁度そのタイミングで物見が報告してくる。

まだ大分遠いな。


「吉次、こちらの損害は?」


「百程です。騎馬隊が壊滅状態です」


「四椋は?」


「三郎兵衛殿はご無事です」


やっぱり乱戦になると被害が増えるな。それでもこっちはまだ三千近く残っている。相手は情報通りなら千名。

それも、長距離行軍で疲弊している状態だ。

戦って負けるとは思えない。


さて……。


長くなったので二話に分けます。

感想にていただきました城の位置関係については、地図を近いうちに準備いたしますので少々お待ちください。


3/8追記

活動報告にて「戦国時代の文化に文化についてあれこれ「城」」を追加しました。

感想にていただきました、城の位置関係と簡単な説明を記載しております。

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