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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第二章:安城発展記【天文九年(1540年)~天文十三年(1544年)】
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出陣前夜


俺の裁量で好きに戦を仕掛けて良い、領土を勝手に切り取って良い、と親爺から言われているけど、何も言わずはまずいと思い、書状を送る事にした。


信孝らが寝返り、姫城へ攻撃を仕掛けるって感じの内容な。


返事が来るまでの間に戦支度を整える。

兵を率いて来るのは酒井忠尚と松平清定だけ。松平忠倫は居城が矢作川の東岸という事もあって、姫城を獲るまでは派手に動かない方が良いだろうと判断した。

なので今回はお留守番。


元々の城主である大久保氏からの情報でばれてるんじゃないのか? とも思ったけど、今松平家宗家はかなり混乱していて、矢作川西岸の城にまで情報が行き届いていないらしい。

それは忠倫自体が安祥城に来る前に、幾つかの城に寄って確認したそうだ。

まめ、というか強かというか。

ついでにこの人、親爺が安祥城を落とした段階で弾正忠家と接触していたらしいんだ。

腹黒いなぁ。むしろ時勢を読むのに長けていると評するべきか。


ならば、と姫城の城兵が逃げられるように、上和田城には松平方のふりをして貰う事にした。


城を枕に死ぬ覚悟なんて決められたら面倒でしょうがないからな。


田植えの時期に戦何て正気じゃないから、陣触れは出すけど今回も徴兵じゃなくて志願制。忠尚と清定にもその辺言い含めておいた。

折角降ってくれたのに強引な徴兵で領民から反乱起こされたら目も当てられないからね。


三日後、親爺からの書状を持って来たのは意外な人物だった。


「お久しぶりでございます、兄上」


そこに居たのは先日元服したばかりの俺の弟、織田喜六郎信時14歳。

母親を同じとする、正真正銘の弟だ。

いや、別に信長をないがしろにしてる訳じゃない。ホントダヨ。


甲冑を身に着け勇ましい恰好をしているけど、その顔にはまだあどけなさが残っている。

美形揃いの織田家にあっては、俺と一緒で薄くて地味な顔立ち。

父は一緒なんだから、信長との違いは母親かなー?

確かに美人って感じじゃなかったな。優しい良い人ではあったけど。


ちなみに母は存命だ。古渡城城下の屋敷に今も住んでいる。

なんで安祥城に居ないのかって?

あの親爺が側室手放す訳ねーじゃん。今でも母から来る手紙には、先日殿に愛していただきました、とか砂吐きたくなるような惚気が書いてあるからね。

俺もやり返せって? 母親に妻との惚気語ったって喜ばれるだけに決まってんじゃん。

同じ喜ばすでも別の方法選ぶよ。


「久し振りじゃな、喜六郎。立派になりおって」


言いながら俺は信時の頭を撫でる。


「あの、兄上、拙者ももう子供ではないので……」


「なぁにが拙者じゃ。こないだまで自分も安祥城に行きたいと嘆いておったくせに!」


自分の家臣の前だからと、澄ました様子の信時の首をがっちりと抱え込み、髪をわしわししてやる。


「あ、兄上、み、皆が見ております故……!」


「おうおう、見せてやればいい。儂らが仲の良い兄弟である事を教えてやれい!」


ちなみに信時の家臣は、俺がこいつを可愛がってる事を知ってるから、止めずに生暖かい目で見守っている。

バレてんだから見栄を張るな、弟よ。


「それで? どうして其方がここに?」


「いえ、あの、お話しいたします故、まずはこの手を離してくださいませんか?」


「話すと離すをかけたのか? 其方は昔から頭が良かったが、ユーモアセンスも磨かれたか!?」


「ゆ……? お、お褒めいただき光栄でございます」


「固い固い。いつも通りにせんか」


「せ、拙者とて時と場合は弁えておりますので……!」


「まったく、誰に似たんだか」


「兄上でないのは確かでございます……」


「何を? 儂とてそれなりの場ではそれなりの対応をするわ!」


グリグリと、脳天を指で押してやる。反論すると反撃されるだけだといい加減学べ。


「ち、父上から、此度の戦に参陣し、初陣を済ませるように、と……」


「そうか、其方もついに初陣か! 時の経つのは早いな!」


まーた、城攻めで初陣か。

側室の子だからその辺いい加減なのか、俺という前例があるから験を担いだのか。


「ならばこれが済んだら古渡城へ戻るのか?」


「いえ、兄上の組下となり、安祥城に入れと……」


「ふぅん……」


俺はそこで信時を解放してやった。素早く距離を取り、髷を直す信時。


「ところで喜六郎、ここに来るまでに建築途中の城は見たか?」


「北西の丘のあれですか? 遠目ではありましたが」


「完成したらアレを其方にやろう」


「……え?」


「今回連れて来た家臣もそのまま入れよ。それまでは安祥城に住む事を許す」


「いえ、あの、兄上……?」


「一応仮に山崎城としておるが、好きに変えてかまわんぞ。5年は周辺地域の開発を無料で受け持つ。その間に領地経営を学べ」


「兄上?」


「どうした?」


「大変有難いお話しなのですが、よろしいのですか?」


尋ねてくる信時は自信なさげだった。流石に14歳じゃなー。


「こちらも人手不足でな。城を築くのは良いが良い人材がおらん。其方なら安祥城の後方を任せられる」


「過分な評価をいただき誠に有難うございます。未熟なこの身ですが、どうぞお使いください!」


そして膝を折り、頭を下げる信時。慌てて家臣達も跪いた。


「まだ城もできておらんのだからそう畏まらんでも良い」


ほんと真面目だなー。まぁ、そこがカワイクもあるんだけどな。

信長とは別の方向で生意気だよな。


「それにまずはこの戦に生き残ってからじゃ。姫城を守るは内藤弥次右衛門清長。百戦錬磨の猛将じゃぞ。気張れよ?」


そう言って俺は、信時とその家臣にウィンクしてみせた。

当然、通じなかった。



「姫城は方形の城です。堀こそありますが、そこまでしっかりした造りの城ではありません」


信時と家臣を迎えて軍議の間。信孝が書き起こした姫城の縄張り図を見ながら説明を受ける。


「むしろ、南西にある真宗の城郭寺院、誓願寺の方が堅牢かもしれません」


「そちらとは既に話がついている、問題無い」


城郭寺院であるとは、即ち武力を背景にした寺社勢力であるという事だ。

なんで寺が武力持つかって? 悪い奴から寺領を守るためだよ。

なんで寺が領地持ってるかって? 年貢と関税で稼ぐからだよ。

ようは生臭坊主の集まりだって事だ。だから金で解決できる。


恒久的に寺社勢力から既得権益を取り上げるためには、武力で脅すか、別の利益を提示してやるかしないと駄目だけど、隣の城攻めてる間大人しくしてて貰う程度なら、寄付金を多めに渡すだけで十分だ。


「常備兵は百にも満たないでしょう。領地の村も多く寝返っていますし、農繁期ですので兵もあまり集まらないかと。これはこちらも同じ条件ですが……」


「こちらは常備兵だけで八百居る。問題無い」


作事衆六百、警邏衆二百だ。田畑の整備、開発速度を上げるために作事衆を雇いまくった結果だった。


「城主の内藤清長は松平家の先代当主、清康から仕える譜代家臣ですが、元々祖父が松平宗家四代親忠に敗れて降った経緯がありますので、あまり重用されていません」


姫城の規模を見る限り、それは確かだろうな。

矢作川西岸。敵地との最前線と言えば重要視されてるように思えるが、本拠地岡崎城から遠ざけられているとも考えられる。


「調略も可能だとは思いますが……?」


「それだと其方の居城が手に入らないであろう」


確かに聞く限りは寝返りそうではあるよな。


「それに三河武士の頑固さは儂もわかっておる。其方らのように不遇な扱いを受けてでもいない限り、こちらになびく事はないであろう」


勿論、嘘だ。

内々の話だけど、矢作川西岸に居城を持つ松平方の国人、領主から寝返りを打診されてるからな。

いきなり動くと目立つから、開発が追いつくまで立場の表明を控えるように言ってあるけど。


有名どころの城だと、金谷城とか猿投城とか梅坪城とかからだな。


安祥城を中心とした、対東三河防衛線が現実味を帯びて来た感じだな。


「ご配慮いただきありがとうございます……?」


「なに、新たに城を築くより楽だし金もかからんだけの話だ」


俺の軽口に軍議の間が笑いに包まれる。


「酒井様の軍、到着した模様にございます」


「頃合いだな、出陣する」


小姓からの報告を受け、俺がそう言うと、その場の全員の顔つきが変わった。

信時だけは強張ってるだけだな。これは経験するしかないか。


「さて、西三河連合による初めての城獲りだ。精々励ませて貰おうではないか」


信時も謎が多い、というか資料が少ない武将です。

資料によっては信長の弟となっていますが、他の資料では信広の同母弟であり、信長の異母兄であるとされているものもあります。

信時に限らず、信秀の子供たちは、信長や市などの第何子、出生年がわかっている(それでも諸説あるから怖い)人物はそのままですが、他の人物は、判明していない第〇子の穴埋めに利用させていただいています。

この世界の歴史ではこうなのだ、とご了承ください。


2/28追記

松平忠倫と上和田城について、大久保氏との兼ね合いで矛盾が少ないように修正しました。


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