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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
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蝮と蝮の子

三人称視点です

信秀が宇治川で敗退したすぐの頃、美濃国を実質的に支配する斎藤道三は、居城の稲葉山城にてその情報を受け取っていた。


「父上!」


そんな道三のもとに、大きな足音を響かせて身の丈六尺を超える大男が訪れる。

道三の長男である斎藤義龍である。


「どうした? 頼芸が出陣の準備でも始めたか?」


「織田信秀が京で敗れました!」


道三は軽く冗談を口にするが、義龍は取り合わなかった。

その反応に道三の眉根が寄る。


「信秀はじめ、主だった武将は無事なようですがこれは好機です。美濃を通る際に討ち取りましょう」


「弾正忠家とは帰蝶と三郎殿の婚姻で盟が結ばれておる。そのようなことをすれば周囲が敵だらけになってしまうぞ」


「父上が今更それを言うのですか?」


「今更だから言うのだ」


当時はそれが最善だと思っていたとは言え、現状を見れば道三の国盗りが決して成功ではない事は確かだ。

国は奪って終わりではないのだと、今更ながら道三は実感している。


「それに弾正忠は公方様や管領殿と同道しておる。諸共討つつもりか?」


「全て討ち取ればどうとでもなります。信秀のせいにする事もできますし、守り切れなかった弾正忠家を批判する事も容易い」


「其方が思うほど、世間は愚かではない」


「ではこのまま信秀が通過するのを指を咥えて見ているのですか!?」


「戦を始める事はそれほど簡単な事ではない。侵攻してきた軍勢を迎撃するのとは意味が違うのだぞ。標的が公方様だと知られたらどれほどの離反者が出るやら……」


「知らせずに攻めればよろしい。弾正忠家との婚姻同盟もよく思っていない家臣は多い。信秀が敗走の途にあるとだけ伝えれば、家臣も国人も従うでしょう」


「それほど簡単なものではないと言ったぞ?」


「だからと言って今のままでは斎藤家は身動きできないままではありませんか。父上の国盗りがよく思われていないとしても、父上の指揮のもとで戦っていれば、国人たちも従うようになるはずです。それが美濃を守る戦でないなら猶更です。そうした事実を積み重ねていかねば、状況は好転しませんよ!」


「其方は何を焦っておるのだ? 美濃が動けない事に何の問題がある? 美濃一国を治めるだけでは不十分か? 天下人でも狙っておるのか?」


言いながら、道三は義龍の言葉に驚かされていた。

槍働きは得意だが、政治はあまりという印象だっただけに、成功体験を積み重ねて今は斎藤家に反発している国人衆の意識を変えようなどという話が出て来るとは思わなかったのだ。


「支配する地域が増えれば家が大きくなります。家が大きくなれば周囲から攻められる事もなくなり、家臣も民も安心できる。焦っているのでも天下に野心がある訳でもありません。ただ、目の前に好機があるのに動かないのはいかがなものかと申し上げているのです」


「其方には好機に見えているかもしれんが儂はそうは思わぬ。ここで信秀を討っても公方様や管領殿を逃せばたちばち幕府の敵ぞ。公方様や管領殿を討ってしまえば最早斎藤家に未来はない」


「拙者はそうは思いません。畿内ですら、公方様に反抗しても滅亡していない家はあります。それこそ管領殿がそうではありませんか」


「平行線だ。これ以上は議論にはならぬ」


「…………」


「…………」


暫し二人は無言で睨み合う。

ややあって、義龍が道三に背を向けた。


「父上の考えはよくわかりました」


「新九郎!」


その背中に道三が呼びかけるが、義龍は振り返る事無く道三の私室から立ち去ってしまった。


義龍を見送り、道三は一つ溜息を吐く。


「あやつの反発が憎らしいと感じるよりも、その成長を嬉しく思うのは……儂も年を取ったという事であろうか……」


呟く道三の表情はどこか嬉しそうで、その頭には隠居の二文字がちらついていた。



稲葉山城を後にした義龍は、その城下町にある自分の屋敷へとそのまま戻って来た。

私室に入ると、一人の武士が頭を下げて出迎える。


「徳太郎、共をいたせ」


一瞥したのち、義龍はその武士にそう声をかけると、飾られていた甲冑に手を伸ばす。


「では殿、こちらを」


武士が差し出した兜は、従来の直線的なものと違い、丸みを帯びた形が特徴的だった。

従来のものは鉢が浅いが、それは深く被るようになっており、外からの打撃に強い造りになっている。


「いかがでしょう?」


「良いようだ」


自らが考案、作成した兜を身に着けた主君の姿に武士は感極まってしまった。

義龍の表情も、どこか明るい。


そして義龍は腰から大太刀を抜き、そのまま屋敷を出る。

兜を渡した武士をはじめ、屋敷の外で待機していた武装集団がその背後に続く。


向かう先は義龍の弟、龍重の暮らす屋敷だ。


物々しい雰囲気に門番が驚愕の表情を浮かべるも、主君の兄をそうそう止められる者はおらず、義龍とその一党は屋敷の中へと無遠慮に踏み込んでいく。


「兄上、そのような恰好でいかがいたした?」


私室で義龍を出迎えた龍重は、一見すると冷静に対応しているように見えたが、内心では恐怖に慄いていた。


なにせ義龍はじめ、完全武装した武士の一団が乗り込んできたのだ。

しかも先頭の義龍は抜身の太刀をぶら下げている。


自分を討ちにきたのか、と思われても仕方がない。


「孫四郎、選べ。儂の下で美濃を治めるか、父と共に儂と敵対するか」


切っ先をつきつけ、義龍が龍重に問う。


「…………兄上のお考えをお聞きしたく……」


すぐに結論は出さず、龍重は逆に尋ねた。

その肝の据わりように、義龍の家臣らは感心したような表情を浮かべる。


「父を頂いていたのでは、すわその時に斎藤家は動けぬ」


「どこかを攻めるということですか? その方針で父上と対立なさったと……?」


「否。その時に備えるために父から家を奪う必要があるのだ」


「ただ継ぐだけでは駄目だと……?」


領内では道三が義龍ではなく龍重に家督を継がせようとしているという噂が流れていた。

龍重自身、全くそんな気がないので迷惑な話だったが、それを義龍が真に受けてしまったのだとしたら……。


「父、道三は美濃守護、土岐頼芸を追い出して美濃の国主の座を奪った。しかしそれ故に、国人らに認められておらず、父が美濃より動けば間違いなく反乱を起こすだろう。また、父が外征に連れていける家臣、国人はかなり少ない。領地の外という危険地帯で、裏切らぬ保証がないからだ」


信秀ら外敵の攻撃には自身の領地を守るために協力して立ち向かうが、義龍の言う通り、外征には連れていけない。


ましてや将軍と管領を連れて領内を通過する軍勢を襲うなどもっての他だ。

間違いなく、裏切りによって道三自身が義輝への土産にされてしまう。


「しかし守護殿は一時尾張に逃れていたとは言え、現在は美濃におられる。なのに誰も彼の方を担いで父の討伐に立ち上がらぬ」


簒奪者である道三は認めないが、道三に国を奪われる弱い守護もいらない。

それが美濃の国人の総意であった。


「ならば、美濃を支配するには、簒奪者斎藤利政(・・・・)を討つ必要がある!」


ただ斎藤家の家督を継いだだけでは、簒奪者の家系から逃れられない。

だが、簒奪者を討つ事で自身の強さと正当性を周囲に知らしめることができる。


「……いまひとつ、お伺いいたしたい」


「なにか」


「斎藤新九郎義龍殿は、斎藤山城守利政殿に勝てるのでしょうか?」


「勝てる」


龍重の問いに、義龍は即答した。


「道三の支配を認めている国人は非常に少ない。これは父の家臣でさえそうだ。これまでは外敵に対抗するために道三に頼っていたに過ぎない。その道三の後を継ぐ道理があり、道三に打ち勝つ者が現れたならば、彼らは間違いなくこちらに靡く」


「かしこまりました。不肖、斎藤左京亮龍重、兄新九郎様に降り家臣としてお仕えいたします」


「うむ、励めよ」


そう言い残し、義龍は屋敷を出ていく。

彼は他の弟達の元へと向かうつもりだった。


という訳で拙作版『長良川の戦い』の幕開けです。

なお、信秀は近江から伊賀を抜けて伊勢から尾張へと帰る模様


なんか最近、義龍って斎藤義龍じゃなくなったらしいですね。道三から家督を奪って美濃を支配した後、家格を上げるために一色の家督も継いだそうで、義龍はその時に初めて名乗るそうです

まぁ拙作ではわかりやすく、現時点でも義龍のままです。ご了承ください

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― 新着の感想 ―
後書き、勉強になりました。ありがとうございました。
一色の名前については義龍だけでなく土岐頼芸の息子・頼栄 (別作品でのいわゆる「猪法師丸」「二郎サマ」w)も名乗ったとされているだけに、 下手に使うとややこしくなるでしょうね(苦笑)
これはエピソード130の信秀と長広の会話、そしてエピソード148の長広と義龍の会話から導き出される流れですな。 道三も義龍の成長をそれなりに認めつつあるようですし、 すんなり追放されて長広の元に来て広…
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