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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
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天文壬子の変・参

三人称視点です

「霜台の軍が宇治川を渡っただと?」


物見からそう報告を信秀が受け取ったのは、巨椋池を越え、六地蔵の辺りで休息を取っていた時だった。


信秀の予想では、松永久秀は宇治川を渡らずにその手前に布陣しているはずだった。

でなければ、宇治川の対岸に信秀が軍勢をわずかに残して引き返してしまった時に対処が遅れる。


「いや、そうか……」


しかし、久秀の思惑を図ろうとして信秀はその事実に思い当たる。


「軍議じゃ。諸将を呼べ」


「はは」


伝令にそう申し付けると、信秀は床几に腰を下ろし、小姓の入れた桑の葉茶を一口飲む。


本当に筒井の跡目争いに介入するために久秀が出陣したなどとは考えていない。

しかし、このまま何事もなければ、彼らは大和をおおいに蹂躙して凱旋するだろう。


「管領殿……いや、儂と両天秤とは、やってくれるな」


何度か茶会や連歌会で顔を合わせた老将は、その落ち着いた物腰の奥に間違いなく狂気の光を隠していた。

同類だ。

信秀は久秀を見てそう思った。


川を背にするのは、信秀も今川家との戦で採った作戦だ。

あえて追い詰められる事で味方に覚悟をさせ士気を上げる。また、あの時は伏兵の存在を隠す意図もあった。


しかし、本来なら不利な方が有利な相手に勝つために採る苦肉の策だ。

数的優位を保持している三好軍が採用する作戦ではない。


だから宇治川を渡った。

ここまでは良い。


だが、対岸に布陣するのではなく、久秀はそのまま大和を進軍中だと言う。


「こちらにも川を渡らせる腹積もりか」


そして、誘いに乗って京都を出た時点で、信秀には選択肢がない。


三好の軍が川を渡っていた場合の当初の想定通りに、少数の軍勢を宇治川川岸に配置し、自分達は京都へ戻る、という手もこれでは使えない。


何故なら、それでは長慶が蜂起しないからだ。

間違いなく久秀はこちらの動向を監視させている。


弾正忠家がすぐに引き返すにしても、川を挟んで一度ぶつかって見せる事で、長慶の挙兵を促す事が可能だ。

そうして京都を戦場にした謀反人三好長慶を、晴元の軍勢が抑えている間に戻って来た弾正忠家軍が討つ、というのが最良の展開であった。


しかし長慶が立たないまま信秀が京都に引き返しても、ただ兵を往復させただけで終わる。

そうなれば久秀はそのまま筒井の後継問題に介入してくるだろう。


軍勢の優位はあるので無理矢理三好邸に攻め入る事も可能だが、それでは京都を戦場にした罪を弾正忠家が背負う事になってしまう。


果たして長慶を討ち取れたとしても、晴元や義藤は信秀を擁護するだろうか。


「儂が腹を切るだけで済むならそれでもいいのだが……」


家臣には決して聞かせられない言葉を呟いた後、信秀は再び茶を口にした。


長慶の身を案じるならこのような作戦は採用できない。

だが、久秀もわかっているのだ。

信秀がそこまで思いいたる事ができるという事が。


そしてわが身や、下手をすれば弾正忠家そのものを犠牲にする事になっても将軍のために尽くすなどと考えていない事も、久秀には伝わっているのだろう。


「していかがなされる?」


諸将が集まり、緊急の軍議が開始されると、柴田勝家がそう口を開いた。


「川は渡らねばなるまい。とは言え、軍勢全てを渡らせる訳にはいかぬ」


「兵を分けられるおつもりか?」


「当初の作戦通りに進めるならば、それが一番であるな。川を渡った者たちが三好の軍とぶつかっている間に、東に残った軍勢で京都へ引き返す。だが、それにも問題がある」


「少数を残せば容易く霜台によって蹴散らされるでしょう」


沈痛な面持ちで言う勝家の言葉を、信秀は肯定する。

少数で久秀の軍を抑えられるのは、それは川を挟んで相対した場合の話だ。

川を渡り、野戦となれば多勢に抵抗はできない。


「かと言って、多くを残せば京都に戻った後、修理大夫に勝てるかわからなくなる」


「管領殿がどれほどお味方を京都に呼び寄せられるか次第という事になりましょう」


「流石にそれでは不安定過ぎる。京都に戻った我々が目にするのは、既に焼け落ちた御所という事もあり得るでな」


「かと言って、全軍で川を渡れば戻れなくなりまする」


本当に嫌な手だ。

つくづく信秀はそう思った。

それだけに、良い手でもある。


「権六を総大将に二千が川を渡れ。其の方らが接敵した後、残りは修理大夫の首を獲りに戻る」


「はっ!」


「佐久間大学、山口五郎左衛門、戸部新左衛門が副将」


「承ります」


「そして武藤掃部助」


「はっ!」


最後に、信秀が那古野城を奪取した後、勝幡城を任されている古参家臣が呼ばれる。


「手筈は心得ておるな?」


「委細承知しております」


信秀にそう尋ねられると、武藤掃部助雄政が迷いなく頷く。

その様子を見て、信秀も無言で頷いた。


「ならば進軍を再開する!」


相手も一筋縄ではいかない様子


山口五郎左衛門は山口重俊の事です。作者の資料に輩行名がなかったので、息子の半左衛門から一部拝借しています。ご了承ください

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― 新着の感想 ―
うーむ、畿内に派兵してから、弾正忠家が損しかしてないぞ・・・ ここで信秀が謀殺されるぐらい痛い目をみて、 「畿内の紛争には巻き込まれないようにしよう」 と距離を置く方針を固めつつ、 「いつの日か畿内…
やっぱり面白いです。 長男と嫡男も早く見たいのですが、親父どのもいいですね! まさかの弾正対決とか、なんかアツい!
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