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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
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天文壬子の変・壱

大変お待たせいたしました


三人称視点です


およそ七千の兵を率いて、松永久秀が京都を離れた。

目的は先年当主順昭が亡くなった筒井家の後継者問題に介入するため。


しかし、それが欺瞞である事は誰の目にも明らかであった。

間違いなく弾正忠家と細川晴元を釣り出すための罠。


しかし信秀は敢えてこれに乗る。


欺瞞行動であっても、三好の軍勢が京都を離れたのは確かなのだ。

これを追いかけ壊滅させる事ができれば、三好の京都での影響力を衰退させる事ができる。

そうなれば、弾正忠が尾張に戻り、再び力を蓄えるまでの期間、将軍家が三好を抑える事が可能になるだろう。


長尾景虎が信濃で武田家と決着をつけて、軍勢を率いて上洛する事もできる。


何より、京都で戦をしなくて良い。

既に細川と三好の争いに頭を痛めている朝廷に、これ以上悪印象を抱かれれば、まとめて朝敵認定されかねない。

勿論、そうなったら畿内で十分な力を得ている三好がどのように出るかは想像に難くない。


晴元ごと足利幕府を滅ぼし、朝廷に刀を突き付けながら新たな征夷代将軍任命を迫る可能性が一番高いだろうか。

その後、周辺勢力に攻められた三好が早晩滅ぶのも容易に想像できるが、その時、細川は三好に滅ぼされているだろうし、弾正忠家は周辺勢力に飲み込まれているだろう。

三好を道連れにできても、そのような未来は許容できない。


「恐らくは三好は宇治川を渡るまい。それではこちらが軍勢の一部を宇治川に残して京に引き返した時、槍が修理大夫殿に届く前に戻れぬからな」


旧斯波邸の一室にて、信秀は大和近辺の地図を指さしそのように言った。


「それではこちらは野戦で数で勝る相手と戦うのか?」


尋ねたのは景虎だった。


「その通りだが、まともには戦わぬ。できる限り決着を引き延ばすつもりだ」


「そのこころは?」


「三好の軍勢を討つために我が軍が京都を離れる事を許容しながらも、恐怖しているのが管領殿だ。素早く決着をつけて京都に戻るため、という名目でかの方の軍勢の一部を借り受ける事ができた」


弾正忠家の軍が使える間に三好と戦をするべき。

それは晴元が誰よりわかっていた。

壊滅させられればそれが一番。最低限、暫く三好が大人しくしていなければならない程度の打撃は与えて貰わないと困る。


だからと言って、あまり長く京都から離れられると、それはそれで困る。


松永は約七千を率いて大和へと向かう。

彼は長慶から万の兵を率いても不振に思わないだろう、と言葉を貰っているが、流石に短時間でそれだけの軍勢を動かす事は難しかった。


逆に言えば、まだ京都には三好の軍勢がそれだけ残っているという事でもある。


弾正忠家が京都を離れている隙に、その軍勢に挙兵されたなら……。


「三好には挙兵して貰う。それを大義として京で戦をする。都の荒廃をこれ以上見過ごせない主上は必ず三好を批難するであろう」


朝敵認定は難しくとも、その声明を出して貰うだけでも十分だ。

それだけで、日和身を決め込んでいる畿内、近畿の勢力が対三好に駆け付けるだろう。


「だが、それまでに大樹が断たれれば三好の天下だ」


「それを抑えるために管領殿の戦力は京都に残さねばならないのでは?」


氏真と義安の意見はもっともだった。


「だが、管領殿の兵が残っていては三好は立たぬ。三好が立たねば、仮に大和に向かった軍勢に打ち勝ったとしても同じことの繰り返しだ」


思えば、足利幕府とはそうして衰退していったと言っても過言ではない。

幕府自体が強大な力を持っているのではなく、強大な力を持っている武家を後ろ盾にして天下を治めてきた。

長尾と弾正忠家が入れ替わりに上洛すれば、畿内は足利の天下で治まるだろう。

だが、それが何度も繰り返されれば、両家はそれぞれの国力を維持するのが難しくなる。


結果、それぞれの地方で別に力を伸ばした勢力に領地を脅かされる事になり、上洛が不可能になってしまう。

そうなった時に幕府は後ろ盾だった勢力を助けない。

新たに力をつけた勢力に鞍替えし、後ろ盾になって貰う事で生きながらえてきたのが足利幕府だ。

本来なら幕府の後ろ盾になっていた勢力に弓を引けば、賊軍となってしまう。

だが、その弓引いた勢力を幕府が公認してやれば、立場はたちまち逆転する。


足利幕府に良いように利用された挙句、新たに後ろ盾になる勢力の餌として与えられるのは御免だった。


「それではいつまでも乱世は終わらぬ。できれば畿内全域、せめて京都だけでも、幕府の戦力で守れるようになって貰わねば」


しかし正直にそれを口にする信秀ではなかった。

この二ヶ月ほどで、景虎が心底から幕府に恭順している稀有な大名であると理解したからだ。


信秀の思い描く戦略を成功に導くには、彼の協力は必要不可欠だった。

協力が得られないばかりか、敵対されてはたまらない。


「しかし、それでは三好の本軍をどのように防ぐ?」


「防ぐ手立てはそこにある。将軍と管領が京都を追い出されながらも一切抵抗せずに、幕府の要職についたまま、戦力を保持しておる家が、そこにはある」


「政所執事を頼るのですか?」


義安の問いに、信秀は然り、と頷いた。


康暦元年に伊勢貞継が就任して以降、幕府の要職である政所執事を世襲してきた伊勢氏。

時に将軍の教育係や後見人まで務めてきた彼らだが、しかしそれまで仕えてきた将軍が京を追い出された時、それに従わずに京に残り、そのまま政務を続けてきた。


六角家が足利幕府という統治機構を外から守る存在であるなら、彼らは内から支える存在だ。

そこに乗っかっている神輿が何で、誰に担がれているかは重要ではないのだ。


「追放や逃亡に従わないばかりか、外で戦をする時にもついていかない。だが、京で戦が起こったならば、その力、借りねばならぬだろう」


幕府の要職にありながら、自分達だけ幕府の戦から逃れるなどと、そんな都合の良い事は許されない。

信秀はそう言っていた。


「なるほどなるほど」


信秀のある種の覚悟を伴った迫力に、思わず義安が喉を鳴らす横で、氏真が楽しそうに頷いていた。


「弾正忠殿は算術はお得意かな?」


「算術……? 得意とか不得意で考えた事はないが……?」


突然の質問に理解できず、信秀は面食らった。


「恐らく弾正忠殿ならば、解法を知れば、数や文言が違ったところで誤りなく解いてしまうのだろう。それ故に、上役から睨まれながら、美濃や三河と戦をし、そのうえで支配地域を広げるなどという事ができていたのだろう」


改めて考えてみればかなりの離れ業であるが、信秀は褒められているとは感じなかった。

これから落とされる予感をひしひしと感じていたからだ。


「では弾正忠殿は、解法を知らぬ算術は解けるだろうか?」


「できるはずがなかろう」


「そう。弾正忠殿はできぬ。それ故に、尾張国内で地盤固めをする事はできても、尾張を支配する事はできなかった。それは解法なく、ただ正答のみを導く神業にて」


「…………」


氏真の言葉に含まれている意味を、信秀は理解していた。

だから彼は、無言でただ睨むだけしかできない。


「伊勢は動かぬよ?」


予想でも推測でもなく、確信をもって、氏真はそう断言したのだった。


主人公の活躍は、もう暫くお待ちください

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― 新着の感想 ―
氏真まだ若いのにむしろ信秀より老練な武将みたい…
>「伊勢は動かぬよ?」 確かに、伊勢は特殊だから動かないですよね。 凄く納得してしまいました。
やった!更新ありがとうございます!
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