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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
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天文壬子の変・前夜

三人称視点です


京に与えられた三好長慶の屋敷、その評定の間にて、三好長慶とその家臣達が集まっていた。


「先日の茶会は実に有意義なものであった」


上座で長慶が恍惚とした様子で呟く。

そこに一切の偽りはなく、本心から過日の享楽を反芻してるようであった。


「与一郎殿の隙の無い所作に大通居士の差配などは言うまでもないことであるが、弾正忠殿があれほど精通しているとは思わなんだ。彦五郎殿はやはり将軍家に遠縁とは言え連なる身。あの若さであれだけの知識を蓄えているのは見事という他ない。上総介殿の拙さも愛嬌よな。むしろ、改めて基本から教える事で、己の未熟さも顧みる事ができる良い機会であった」


語る長慶に、家臣達が笑顔を浮かべて頷く。

一部の家臣は苦い表情のまま、視線を逸らしていた。


「与一郎殿に遜色ないできの歌を詠む弾正忠殿に、京にまで名足としてその名が知られる彦五郎殿の蹴鞠の技術」


一つ一つ思い出しながら、かみしめるように事例を挙げていく。


「この二月あまりのできごとは、本当に素晴らしい事ばかりであった。これが泰平の世か。これが天下人が目指す景色か」


目を閉じ、うっとりとした表情で信秀上洛からこれまでの日々に思いを馳せる長慶。


暫くの後、彼は目を開き、そして頭を下げたままの家臣を見る。

それまでの楽しそうな表情から一変、薄っすらと浮かんだ笑みからは感情が読み取れなかった。


「して霜台……」


声をかけられ、松永久秀の肩が震える。


「そのような夢のような世界を破壊してまで、槍を取らねばならぬのか?」


久秀はわかっている。

長慶の言葉に、自分を責める意図などなことは、彼にもわかっている。


それでも、口を開くのが恐ろしかった。

背中がじっとりと汗ばむのを感じる。


「は! 今後ますます時が経てば、管領細川晴元に同調する者は増えるでしょう。将軍と管領が繋がっている以上、晴元の権力増大は三好の危機となります!」


しかしそれでも言わなければならない。

気付いてしまった不都合な真実。

辿り着いてしまった不合理な結論。


それを主君に伝える事が自分の役目だ。


「管領殿と和睦すればよかろう。元々我が三好家は細川家の家臣……」


「ここまで大きくなった我々を、あの晴元が放っておくはずありませぬ!」


ゆっくりとした口調で話す長慶とは対照的に、久秀の言葉は早く大きくなっていく。

恐怖と焦りがそこには見えた。


「阿波の安堵で済めば良いほう。和睦などすれば、周辺の国人大名をまとめあげ、三好を朝敵と見做すでしょう!」


「ふむ……」


久秀が言い切るが、長慶の反応は鈍い。

手にした扇を弄び、部下の言葉を咀嚼しているようだった。


時間にしてそれほど経っていないが、久秀にはその沈黙の時間が非常に長く感じられた。


「それが、三好が生き残る道なのだな?」


「はっ!」


長慶の確認に、即答する久秀。


「ならば霜台、いかにする? 儂の耳には都に戦火が広がる事を憂慮なされる主上の嘆きがはいってきておるぞ」


「今代の主上は慈悲深いお方ですからな」


「これ以上、京の住人を苦しめるような真似は許されないでしょう」


「先年の流行り病の際には、御堂に籠って般若心経を写経なされていたとか」


長慶の言葉に阿波からの譜代家臣が口々に言う。


「はい。弾正忠および、晴元の軍勢を京から引き離します。晴元も弾正忠の資金が底をつき、尾張に帰ってしまう前に決着をつけたいはず。ならばこの誘いに乗って来る可能性は高いでしょう」


「あからさまでは食いつくまい。それこそ、釣り出すつもりが追い出されてしまうのではないか?」


「ですのであくまで兵を率いるのは不肖、この霜台にお任せください。修理大夫様はこのまま京にお残りいただきます」


「それで釣れるのか?」


「釣れます!」


久秀は断言した。


「先年当主順昭が病没し、わずか二歳の藤千代が後を継いだ筒井家の後継問題に介入するという名目で軍を出します。殿が京に残ることで信憑性を持たせられるでしょう」


「幕府の実力者が他家の後継問題に口を出すのは、ある意味で足利幕府の伝統ですからな」


「それで幕府の支配が乱れるのもな」


久秀の策を聞き、野間康久が茶化すように言うと、小笠原成助そのようにオチをつけた。

かすかに、評定の間が笑いに包まれる。


「主上が京での戦を望んでおられないのは、晴元も理解しているでしょう。三好の軍勢が分断されたとなれば、京に残った殿よりも、大和に向かう我々を狙うはずです」


「大和は守護がその力を発揮できておらぬ群雄割拠の地。そこへ介入するとなればそれなりの武力を携えていくのは当然……」


長慶が久秀の策を自分なりに理解しようと呟くのを見ながら、久秀は無言で頷く。


「万の兵を率いていっても、不審に思われぬであろうな」


それは長慶から出陣の許可が出たも同然の言葉だった。

それを理解した久秀が素早く頭を下げる。


「将軍義藤、管領晴元ともに畿内の統治を為す力を失って久しい。ならば、正しき秩序を取り戻すためにも大和への遠征は正道。三好修理大夫長慶が松永霜台久秀に命ずる!」


「はは!」


「天下に秩序と安寧をもたらすのだ」


ついに三好家対細川晴元織田信秀連合軍の開戦です

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白い作品に限って更新止まるんだよな・・・
[一言] 遅れながら読了しました 歴史に興味なく尾張の場所も知らない無知識な者ですが楽しく読むことが出来ました。 昔の人の名前って何種類も呼ばれ方をするのだとか、本来の歴史をググりながら読んだりでだん…
[良い点] 「乱」ではなく「変」ということは、権力側つまり義輝が負けるということか。 信秀パパの退場フラグが立っててこわいなあ。
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