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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
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褒美と覚悟

三人称視点です


信秀が京に滞在して一ヶ月が経過した頃、将軍義藤が細川晴元を伴って旧斯波邸を訪れた。


信秀自身は三好長慶をはじめ、茶道や歌に覚えのある武将や公家と茶会を開いたり連歌会を行ったりと、京の生活を満喫しているところだった。

とは言え、兵達の滞在費も馬鹿にならない。

そろそろ誰か、何か行動を起こしてくれないだろうか、と考えていた折での訪問だった。


夜に提灯も掲げずに来訪した事で、何か内密の相談だろうと推測した。


吉良義安や今川氏真は勿論、長尾景虎さえ同室を許されず、室内には三人だけとなった。


「このような時間にいかがなされた?」


茶を運んできた小姓が部屋を出て行った後、信秀がそのように尋ねた。


「うむ、まずはこれを見よ」


そう言って義藤が懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出す。


(自分で持ち運ぶとは、それほど重要な書状だろうか)


怪訝に思いながら、信秀は義藤から直接受け取る。


それは日ノ本が描かれた一枚の絵だった。

凡そではあるが、国割がなされている。


そして、国名の下には人名らしきものが記されていた。


「これは?」


「余が望む日ノ本の姿だ」


つまりは幕府がかつての権勢を取り戻した際の守護の構想だろうと信秀は理解し、改めてその地図に目を落とす。


尾張には織田弾正忠信秀。三河は吉良上総介義安、駿河は今川治部大輔義元。

この三ヶ国は今回の上洛による報償だろうと考える。

そして遠江には斯波岩竜丸の名が記されていた。


「其方の忠義に応え、尾張を任せる。本来の尾張守護である斯波家は、其方の庶長子の養子とし元服後三十までに遠江を任せるように」


「なるほど……」


信秀の目が止まったのを察して義藤が補足説明を行う。

三河が同盟関係にあるとは言え、織田家の手を離れるだけでも許容し難いというのに、遠江も斯波に任せよと言われても、しかし信秀は表情を変えなかった。


他の国に目をやれば、かつての室町幕府を支えた名門の名が見える。

しかし現在で二ヶ国以上を領有している大名家や、そこに記されている家よりも、その地方で力を持っている家は、この国割りに納得しないだろう。


弾正忠家をはじめとした将軍派の武力を用いて他の武家を従わせていく事になるだろうが、果たしてそれにはどのくらいの時間がかかるだろう。

そのような状況で、わざわざ味方になってくれる相手を怒らせる意味はない。

ある程度天下静謐の目途が立つまで、三河と遠江は長広に任せる事になるはずだ。


だから今すぐに国の経営を他家に任せろというのでなければ、信秀は気にしなかった。

信秀にとって重要な要素は別にあった。


美濃

土岐美濃守頼芸


これは良い大義名分になる。

帰蝶と信長の間に子供ができない事を理由に無理難題を押し付け、相手の暴発を待つような真似をする必要もない。


今すぐにこの絵図を持って尾張に帰りたい気分だ。

しかしこの構想を大義名分としてふりかざすためには、幾つかの障害がある。

現在の将軍家の旗振りでは、誰もついてこないだろう。


下手をすると三好を筆頭に反幕府連合が結成され、義藤晴元もろとも滅ぼされてしまう可能性が高い。

いや、確実にそうなる。


「まずは京の実権を取り戻さねばならぬ。そのためには、我が物顔で都を跋扈する逆賊を除かねばならぬ」


義藤の言葉に、思わず信秀の喉が鳴る。

信秀は三好長慶に関する情報を何も持たない。


連日の交流で人となりは理解したつもりだったが、武将としての長慶の事は何も知らない。


阿波から山城にかけてを支配する、実質的な天下人、三好長慶。

そんな傑物を相手に戦をするという事実に、今更ながら信秀は恐怖を感じていた。


本当にやるのか、という思いと、やらねばならないという思いがせめぎ合う。

先程までの浮かれた気分は消し飛んでしまっていた。


これまでも強大な敵を相手に戦い、そして敗れた経験を持つ。

しかし、そんな信秀でも、負けたら文字通り全てを失う戦をした経験は無かった。


戦には常に討死の心配がある。

それでも、総大将である信秀は比較的安全な位置で戦に参加してこれた。

負けても次があった。

多少立場が悪くなっても、挽回する事は可能だった。


しかし今回の戦は違う。


負ければ全てを失う。


京の実権を握った三好によって弾正忠家は朝敵認定され、周辺諸侯に討伐命令が下される。


負けたら全てを失う覚悟で戦に挑んだ経験はあった。

松平清康が尾張国内まで侵攻して来た時だ。

信秀の謀略により、家臣に清康を討たせる事に成功し、なんとか撃退する事ができた戦。


あの時、弾正忠家は間違いなく滅亡の危機に瀕していた。


だがあれは防衛戦だった。

攻め寄せて来る松平軍を迎え撃つ戦だった。


負けたら全てを失う戦を、自ら起こす経験は、信秀にはなかった。


「まさか怖気づいたわけではあるまいな?」


「まさか……」


晴元の言葉に現実に引き戻される。

頬を伝う汗が冷たい。


「ただし主上は京での争乱を望んでおられぬ」


「ならばいかがなされるので?」


「三好の軍勢を京より引き離し、その地にて討伐する」


「そのような事が可能なのでしょうか?」


晴元の管領としての実力はともかく、戦に関しては信秀は二人の才覚を信頼していなかった。

少なくとも、長慶に敵うものではないだろうと思っている。

もしもそうでないと言うなら、彼らが京から追放されるような事は無かった筈だからだ。


「可能だ」


しかしそんな信秀の心中を見抜いたかのように、晴元が自信満々に答える。


「それこそが管領たる我の本領よ」


実は国割りの話を聞いた時点で一蓮托生です

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― 新着の感想 ―
[一言] 血を流して切り取った領土を名誉をやるから手放せとは。 これじゃ幕府の再興は無理だなぁ。 そして、出番のない主人公(笑)
[一言] >それこそが管領たる我の本領よ そういうのは得意ですからねぇ晴元様は……
[良い点] 面白い!! [気になる点] なんだか人物の心情がより鮮明に感じるようになった気がする [一言] 楽しみ!!
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