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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第七章:尾張統一【天文二十一年(1552年)~】
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面会


信長が北伊勢に向けて進軍してから一ヶ月が経過した。


その間に一度、信時と交代して遠江の曳馬城に戻ったが、状況を確認して指示を出したらすぐに那古野城にとんぼ返りしている。


一応その過程で、安祥城で於大や於広とイチャイチャしたり子供たちと遊んだり、野田城で東三河の状況を確認したりもしたけれど、合わせて十日も滞在してないんじゃないかな。


なんなら那古野の人間は、速度を重視して西尾湊から船で吉田城へ行って欲しかったみたいだからな。


親爺が将軍に呼ばれて上洛していると言っても、尾張統一は果たせていないままだ。

北部の織田伊勢守家は健在だし、そこから独立した犬山織田家も弾正忠家に反抗的だ。


前の当主は親爺の弟の信康叔父上だけど、伊勢守家当主の信安の後見人を務めるくらいには岩倉織田家との距離が近い。

その上で、信康叔父上は親爺の謀略で斎藤家に殺されたようなもんだからな。


そりゃあ代替わりして家の方針も変わるってなった時に、弾正忠家と伊勢守家のどっちにつくかを考えたら、親爺は信用できないわな。

戦功を挙げているとは言え、嫡男はうつけと評判だし。


南部もほぼ服属しているようなものとはいえ、知多半島の勢力は弾正忠家の傘下にない。


つまるところ、尾張の状勢は不安定で、それを親爺の威光で押さえつけてた訳だ。

信長の武力も多少は影響を与えてただろうけれど、それが今両方ない。


そりゃ、要石としての俺にできる限り尾張にいて欲しいと思うよな。


弾正忠家内部でも、次期当主を巡って派閥争いが起こっているんだから尚更な。


さて、一ヶ月の間、那古野でもできる仕事は持ち込んでいた訳だけど、昼間は殆どそれに着手する事ができなかった。


何故かって言うと、留守居の弾正忠家家臣や尾張の土豪が俺に挨拶に来るのよ。


勿論言葉通りに『挨拶に来る』訳じゃない。

その目論見は様々だ。


俺を自分の陣営に引き込みたいとか、俺に取り入って発展を続ける安祥のおこぼれに預かりたいとか、色々な。


そして今俺の目の前にいるのは、鳴海城城主の山口教継。

今年で五十を超えるはずだけど、まだまだ目に力があって若々しさを感じる。


同じくらいで亡くなった忠政さんは、まさに老獪な謀将って感じだったのと比べると、随分と違いがあるなぁ。


親爺が安祥城を獲るまでは、対三河の最前線を任せられていたくらい、親爺からの信頼は厚い。

俺?

家臣に国境を任せるのと、一門に他国に食い込んだ城を任せるのとでは事情が違うんだよ。


さておき、若い頃は親爺に従軍して武功を挙げていただけに、その息子の教吉も、信長の戦に度々従軍しては戦功を挙げているそうだ。


ちなみに教吉は信長に従軍して北伊勢に向かった。

扱いとしては親爺の家臣なのに、信長に連れていかれたって事は、随分と信頼されてるみたいだな。


史実では親爺の死後に今川と組んで謀反を起こしてるだけに油断できないけれど、そういう色眼鏡なしで見れば、親子共々信頼されている弾正忠家の重臣であると言えるだろう。


「左馬助殿、儂も忙しいので単刀直入に申してくださらんか」


俺との面会が叶った教継は暫く当たり障りのない会話を続けていた。

ただ、俺から何かを引き出そうとしているように感じられたので、俺はそのように切り込む。


まだまだ俺に、老練な相手と会話で駆け引きをするような実力はない。

忙しいのも本当だけど。


「…………三河様は……」


何やら考え込んだ後、教継は口を開く。


「三郎様をどのように見ておいでか?」


まだ回りくどいな。

単純に俺の信長評を聞きたいって訳じゃないだろう。


次期後継者の話だろうか。

そう言えば、山口親子は今川と組んで謀反を起こしたけれど、信行や他の信長の兄弟を担ぎ上げるような事はしなかったんだよな。


当時の今川がそれだけ強大だったって事かもしれないけれど、ひょっとしたら信長だけじゃなくて、親爺の子供たち全員に失望していたのかもしれない。

それだけ親爺が教継にとって偉大だったって事でもあるんだろう。


「儂は長く尾張を離れていたので、人伝にしかあれの評判を聞いておりません」


手放しに誉めてもいいのだけど、尾張の人間、特に弾正忠家には大分兄バカがバレてきてるからな。

それに、俺の場合は前世の信長の功績を知ってるからってのが大きいし。


「その評価だけで言えば、後継者としては申し分ないでしょう。戦は言うに及ばず、政治に関しても無難にこなしておるようですし」


「……三河様自らがお立ちになられるおつもりはあるのでしょうか?」


「ない」


俺はきっぱりと否定する。


そうか、聞きたいのはそこか。

鳴海城なら三河の、特に安祥の状況はよく耳に入って来るだろう。

親爺の後の尾張を、教継は俺に任せたいんだ。


前世では親爺の死後、子供の誰も選ばず、今川に乗り換えた男だ。

『尾張の虎、織田信秀の後継者』への要求が、こいつはかなり高いんだろう。


「三河は儂が。遠江はいずれ岩竜丸様がお治めになられるだろう。そして尾張を三郎が統一して治めれば、弾正忠家は問題無く安定すると儂は考えます」


実際には三河は松平に返すかもしれないし、遠江は俺がそのまま治めるかもしれないけれど。

岩竜丸はかつての尾張守護、斯波義統の息子だ。

親爺が清須を奪取した後、保護の名目で弾正忠家に囲われている。


その斯波は元々遠江の守護でもあったから、適当な理由をつけて尾張から追い出すには便利な方便だろう。

俺が後見人になって傀儡にしてしまってもいいわけだし。


「仮に、殿が亡くなられた後、三郎様のご兄弟が立ち上がったらどうされるのです?」


「三郎から要請があれば援軍を出しますが、それ以外では介入するつもりはありません」


そしておそらく、信長も援軍を要請しない。

弾正忠家の当主を決定する戦で、兄の力を借りて勝った、なんてケチをつけられたくないだろうからな。

それで負けたら自分はそれまでだった、みたいに妙に潔いところあるしな、あいつ。


「三郎様のご兄弟が三郎様を討つために援軍を求められた場合は?」


「断ります」


「それは何故……?」


「他の者が立つという事は、父上は後継者を三郎から変更しなかったという事。分家として独立しているとはいえ、儂も弾正忠家の一門。殿の最期の命令を違える訳にはまいりません」


信長の当主就任を認めないという事は、親爺の意向に逆らうって事だ。

それはできないと、俺は教継に伝える。


「兄弟相克を止めるつもりもないのですか?」


「そこまで至ってしまったら、最早話し合いで解決などできよう筈も無い。一発殴られて兄の偉大さを知れば良いのだ。戦での討ち死にはともかく、処断や切腹となれば儂が引き取る」


そして本陣への奇襲を受けたり、味方が裏切ったりでもしない限り、そうそう総大将が討ち死にする事はない。


「…………」


俺の言葉に教継はなにやら難しい顔をして黙り込んでしまった。


「しかし、話には聞いていましたが、左馬助殿の父上への忠誠は素晴らしいものですな」


「拙者の、忠誠……?」


「儂を後継者として推すのは、それなら三郎も勘十郎も文句を言わず謀反も起こさず従うと思ったからでしょう? そしてそれを進めたいのは、父上の子供が殺し合う所を見たくないからでしょう。これを忠臣と言わずしてなんと言うのか」


ひょっとしたら後継者争いで尾張の国力が低下したところを、他家に狙われるのを避けたいだけなのかもしれない。

けれど、ここは敢えてそのような解釈を貫く。


義に厚い忠臣であると褒められて、それを否定する者はほぼいないからな。


「う、む、まぁ、弾正忠家の力が後継者争いで低下している隙を突かれたくないだけですよ」


照れ隠しなのか、そんな露悪的な言葉を口にする。


「それも弾正忠家を残したいという心の顕われ。まさに忠誠心からくる想いではありませんか」


「そのように言っていただけるとは、この左馬助、感激でございます」


そして教継は居住まいを正すと、俺に対して頭を下げた。


「三河様のお心、よぅく理解いたしました。今後も弾正忠家に変わらぬ忠誠を誓いまする」


信長の味方一人ゲット。

そんな教継の言葉を聞きながら、俺は口元が緩むのを押さえるのに必死だった。


恐らく最も史実と未来が変わっただろう武将、山口教継

勘十郎は信行の輩行名です

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