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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第六章:遠江乱入【天文二十年(1551年)~天文二十一年(1552年)】
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安祥新年祭 四年目

あけましておめでとうございます。

若干時期はずれましたが、新年一発目に新年の話となります。


四回目の安祥新年祭も盛況となった。

むしろ、今川家との戦いが終わったお祝いムードで、例年を上回る盛り上がりぶりだ。

今年は遠江やそれこそ駿河の商人なんかも来てるから余計だな。


そして何を思ったか、氏真だけじゃなく義元まで新年祭に参加すると言い出す始末。

流石に何かあったらまずいから厳重警備を敷く必要ができて準備が色々と面倒だった。

武者修行の旅から一時帰国した宗厳が修行途中に出会った剣客を連れてきていたのでまとめて護衛任務を申し渡した。

他の家臣は激動の一年を生き抜いたから、ご褒美あげないといけないからね。


その義元はひとしきり祭を楽しんだ後、急遽作られた『貴賓席』にて親爺と歓談する事になった。

二人は色々と積年の恨みつらみがあるだろうけれど、山科言継やら近衛前久やらの大物ゲストも一緒の席にしておいたので、お互い大人しくしていてくれるだろう。


そして新年祭の目玉と言えば天下一武術会だ。


二年目こそ流浪の武芸者に敗れたものの、現在三回中二回優勝している大本命の中条常隆。

毎年いいところまでいきながら優勝を逃す柳生宗厳。

そしてその宗厳が連れてきた修行仲間の若武者、疋田豊五郎。

他にも三河や尾張に限らず、遠江や駿河からも腕に覚えのある者が参加し、これも史上最大の規模となった。


さて今年こそはとリベンジに燃える宗厳だったが、彼は今回、トーナメント運が無かった。

運も実力のうちと言うなら、まさしく優勝するだけの実力が足りていなかったのだろう。


序盤の相手は柴田勝家、安祥家一の武勇を誇る碧海へきかい準行のりゆきといった武将と辺り危なげなく勝利。

強いとは言ってもやはり武将と武芸者だと練度に差があるよな。


次に当たったのが自ら連れてきた疋田豊五郎。

実力伯仲の二人の試合は大いに盛り上がり、僅差で宗厳の勝利。

しかしその熱戦の代償は大きく、気力体力ともに宗厳は限界を迎えつつあった。

これが序盤で当たっていたなら長く休めたのかもしれないけれど、試合数の少なくなった終盤だったのが不運だったな。


そして次の準決勝の相手は小島弥太郎。

越後にその人ありと謳われる『鬼小島』本人である。

せめて偽名を使え、とは思わない。

だって鬼小島を連れてきただろう主君は貴賓席で親爺や義元と一緒に武術会を観覧中だからな。


弥太郎は俺にこそ及ばないものの、身長六尺は超える大男。

動きは俺が見ても素人のそれだとわかるが、身体能力がずば抜けていた。

所謂フィジカルモンスターって奴だな。


そんな奴が舞台狭しと飛んだり跳ねたりしてトリッキーに宗厳を襲う。

宗厳はなんとか勝利するものの、予想ができない小島の動きに翻弄され実際に戦った以上の体力を消耗しているように見えた。


その状態で常隆に勝てるのか? と誰もが思うところだが、もう一つの準決勝では意外な番狂わせが起きていた。


宗厳の決勝の相手はその準決勝で優勝候補筆頭の常隆を破った新鋭。

登録名、駿河彦五郎。


そう、今川氏真だ。


本人から『剣聖』塚原卜伝から師事を受けた事は聞いていた。

けれどそれは、名門の嫡男として箔をつけるため程度のものだと思っていた。

数日か数ヶ月かは知らないが、駿河に逗留していた卜伝を城に呼んで、ちょっと手ほどきを受けた程度のものだろうと勝手に思い込んでいた。


しかしそれは俺の完全な勘違いだった。

一回戦で三年ぶりに姿を現した謎の剣豪(虎頭巾)を打ち破り観客の度肝を抜いた。

その後も無駄のない動きと華麗な剣技で強敵を次々と撃破。

なんとなく、おととし優勝した土佐入道を彷彿とさせる動きだった。


そして準決勝では激戦の末常隆を破り、堂々決勝に進んで来たまさに天才剣士。


優勝候補が次々とこの若武者に敗れたお陰で、賭けの胴元である安祥家が大いに潤ったのは嬉しい誤算だった。


考えてみれば氏真は前世でも蹴鞠の名足(蹴鞠が上手い人の事)だって評価があったから、身体能力で言えば十分高いんだよな。

武家の嗜みの一つとして数えられる蹴鞠は、俺も幼少期に経験がある。

所謂サッカーのリフティングみたいな競技なんだけど、サッカーボールに比べて蹴りにくいんだよね。

基本鞠は革製なんだけど、中空だから上手く蹴らないと弾まない。

蹴鞠のルールとして他人から渡された鞠を受けて一回、自分の前で一回、そして他の相手に渡す際に一回の計三回蹴らないといけないんだけど、これも中々難しいんだ。

そして蹴鞠は3メートル以上蹴り上げないといけないからな。

中々体力を使うし筋力が必要とされる競技なんだ。

元を辿れば古代中国の軍事訓練が発祥らしいからさもありなん。


まともに戦えばどうなっていたかわからない戦いではあるけれど、ここまでの激戦で精魂尽き果てていた宗厳は、決勝の相手が常隆でないと知って完全に緊張の糸が切れてしまった。

疲労度で言えば氏真も相当なものだった筈で、そのモチベーションの差が勝敗を分けたと言ってもいいだろう。


こうして四回目の天下一武術祭は駿河彦五郎こと、今川氏真の優勝で幕を閉じた。


宗厳はメンタル課題だな。

それを本人も自覚しているらしく、再び武芸の旅に出るそうだ。


さて、安祥新年祭もお開き、とは言え安祥家主催のイベントが終了しただけで、まだ町には人が多く賑わっている。

多くの店や屋台が店じまいをしたが、夜まで騒ぐ人を相手に商売を続ける者もいた。


後処理の指示を出し終えた俺は、貴賓席へと向かう。

流石にあの面子を放置はまずいだろうという考えだ。


「お初お目にかかる三河守殿。長尾平三景虎でございます」


親爺や義元、山科言継や近衛前久に順番に挨拶をしていると、一人の美丈夫が小島弥太郎を伴って俺に近付き、そう言って頭を下げた。

年は20前後。手足の長い細身の体型。面長だが顎は細く丸い。

なるほど、これは女性と間違われるかもしれないな。

しかし信長と違って、喉元のでっぱりが性別をしっかりと主張している。


なんだ男か。


キレやすい十代に殴られそうな事を心の中で考えながら、俺も彼の軍神、上杉謙信に対して頭を下げた。


「お初お目にかかる、平三景虎殿。安祥三河守五郎太夫長広と申す」


正直、どういう態度で接したらいいかわからんから、一応朝廷から正式に官位を付与されている立場から、若干上から目線で応じる。

年は俺の方が上だし、景虎は越後国主だけど、俺は三河+αだから大丈夫だろう。


親爺と景虎を同格と見做すなら、弾正忠家の分家である安祥家は立場が下になるけどな。


「楽しんでいただけたようで何よりだが、越後からわざわざどうして?」


安祥新年祭の盛況ぶりは商人によって各地に伝わっているとは思うけれど、国主本人が来るのはいくらなんでもおかしい。


「気を悪くしないで貰いたいが、実はついで(・・・)なのだ。このたび吾は越後国主上杉定実の急逝に伴い、幕府から正式に越後守護を任ぜられたのでな、その礼をしに公方様に拝謁叶った帰りなのだ」


「なるほど、そうであったか」


お悔みも祝いの言葉も送りづらいな。

というかこの時代にまだわざわざ山城に赴く武将もいるんだな。大抵は書状一つで済ますもんだろ。

親爺なんかは将軍家の権勢を利用するためにそれに加えて献金くらいはするだろうか。

そりゃ義に厚い武将として名が残るよな。


あと微妙にルートから外れてないか? 近くに寄ったから足を向けてみたって距離でもないしさ。


「弾正忠殿も幕府や朝廷に多く献金をし、その忠心を示していると聞く。山科卿や関白様もおいでになるという事であったので、ならば挨拶しない訳にはいくまい?」


打算だろうと素だろうと、これを実際にやってのけるんだから、誰も彼もが謙信を讃えるよなぁ。


「その甲斐あってか、朝廷からは隣国治罰の命を受ける事ができた。これにて、昨年より吾の城にて恥辱に耐える左衛門尉殿の念願を果たす事が叶う」


「左衛門尉……村上左衛門尉義清か」


俺の呟きに、謙信は薄く笑い、親爺と義元の顔に緊張が走る。

義清の旧領奪還だけでも大義名分には十分だが、隣国治罰の権利を朝廷から与えられたとなれば、長尾家のみならず、越後勢が信濃へ侵攻するのを誰も阻むことができない。

かと言って、武田も折角手に入れた領地をあっさりと返すような事はしないだろう。


ああ、そうか。

これが川中島の始まりか。


信秀、義元、謙信の夢の競演。この時点では信長は話に入りにくいでしょうね。

本年もよろしくお願いいたします。

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[良い点] 面白い 夢中で読み中 [気になる点] >謎の剣豪|()虎頭巾 謎の剣豪(虎頭巾) とするならそのまま、 「謎の剣豪」の上(ルビ)に「虎頭巾」なら |謎の剣豪《虎頭巾》 でしょうか
[一言] 辺り ⇒当たり
[一言] >信秀、義元、謙信の夢の競演。この時点では >信長は話に入りにくいでしょうね。 さすがにこの時点では実績不足のただの若造ですからねぇ。 正面切って義元に並んでみせたお兄ちゃんならまだしも。…
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