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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第六章:遠江乱入【天文二十年(1551年)~天文二十一年(1552年)】
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武田家評定

三人称視点です。


天文二十年十月。

遂に武田晴信が仇敵村上義清を打ち破り、北信濃に覇を唱えた。


真田幸綱の調略戦術により、村上家の支城の一つ、砥石城が落ちると同時に、晴信は軍を義清の居城である葛尾城へと進ませた。

しかし義清はこれと当たることなく城を脱出。


結果、村上家の所領は武田の支配するところとなり、北信濃有数の肥沃な大地が広がる長野盆地を射程内に収めた。


過去に何度も煮え湯を飲まされた憎き相手に勝利した事で、甲斐は祝福に湧いていた。

その中にあって、一人不機嫌な者がいた。


武田信廉。

晴信の弟である。


戦に勝ったのは良いが、農繁期に兵を連れ出してまでする価値があったのか、信廉には甚だ疑問だった。

これで信濃が獲れたというならともかく、信濃制圧の一番の目的である、長野盆地が北信濃の豪族達に支配されたままだ。

嘘か誠か、越後全土より米の収穫高が高いと言われるこの地は是非とも欲しかった信廉にしてみれば、この勝利はいかにも中途半端だった。


しかも晴信は、義清が葛尾城を脱出し、越後へと逃走すると、悠々と甲斐へと引き返してきたのだ。

こんな時季に戦をするなら、せめて北信濃をしっかり獲ってこいと思ったものだ。


「兵糧の数が心許なくなったのでな」


帰国した信廉の兄であり、晴信の弟である信繁からそのように言われて、信廉は目の前が真っ暗になった。


自分のせいだった。

信廉は確かに以前、兵糧や物資の補充に来た信繁に、今度物資が尽きたら帰って来いと言ってしまっていた。

まさかあの晴信が従うとは思っていなかったのだが……。


そして信廉の懸念材料は他にもある。


義清の越後への逃亡が、史実より一年早い。


ただスケジュールが前倒しになったという訳ではない。

史実では砥石城が落ちた後も葛尾城に籠って抵抗を続けていた筈だ。


勿論、安祥長広などというイレギュラーが存在している以上、全てが史実の通りにいくと思っていなかったが、自分も彼も介入していない事柄であるので、信廉にとっては予想外だったのだ。


村上家か長尾家にも転生者がいるのではないだろうか?

信廉がそれを疑うのは当然の話だった。


長尾家の信濃介入が早まるのだろうか。

それは武田家にとってどのような影響を及ぼすのだろうか。


「孫六」


自室で、三つ者に集めさせた甲斐周辺の情報を整理していると、そう声をかけられた。


「次郎兄上、いかがなされた?」


「これより評定を行う。其方も参加せよ」


「え? しかし……」


これまで信廉は評定や軍議に呼ばれた事は無かった。

彼が提案するのは専ら兄晴信の私室であり、そのためここ数年の武田の発展が彼のお陰である事を、家臣の多くは知らない。


「兄上からのお達しだ。何か考えがあるのだろう」


「はぁ……」


仕方なく、信廉は立ち上がる。

納得も理解もしていないが、当主の命令となれば従わないわけにはいかない。


そして信廉はすぐに後悔する事になる。

居並ぶ諸将たちの中にあって、信廉が座らされたのは信繁の左隣。


信繁の対面には晴信の姉を妻に持つ穴山信友が座っている。

つまり信廉の位置は、この中で当主晴信を除けば序列三位である事を示していた。


信廉の対面に座る馬場信春が楽しそうな顔をしているのが腹立たしかった。


「みな集まっているようだな」


声がして、信繁近くのふすまが開くと、信廉によく似た顔立ちの青年が姿を現す。

武田大膳大夫晴信。

のちに武田信玄と呼ばれ、戦国最強の一角に数えられる事になる大大名だ。


信廉は、昔からこの兄が苦手だった。

父信虎を追放し、相手が先に同盟を破ったとは言え、嫁がせた妹ごと滅ぼしてしまう苛烈さを持ち合わせている。

この時代に来るまでに抱いていた武田信玄そのものの人物であった。

しかし一方で、家臣の進言をよく聞き入れ、信友、信春ら年上には敬意をもって接する側面もある。


一言で言ってしまえば、よくわからないのだ。


恐怖は間違いなく感じているが、苛烈な性格の中に間違いなく慈悲の心も持ち合わせている。

名門武家の頭領らしく、所作には気品が溢れ作法にも明るい。


敵からは蛇蝎の如く嫌われる傾向にあるが、味方からは神仏の如く信望を集めている。


正直この兄に、どう接するべきなのか、信廉はわからないでいた。


「まずは村上との戦、ご苦労であった。其方らの働きにより、長年の恨みを晴らす事ができた。礼を言う」


上座に座った晴信は、前置きもなしにそう言うと、そのまま頭を下げた。

家臣達が慌てて制止する。


これを打算無くやっているのだから恐ろしい、と信廉は思った。


「そしてこの勝利には其方らの働きが重要だったのは勿論だが、その働きを支えた者もまた不可欠であった」


続く言葉に、信廉は晴信の方へ顔を向ける。


「我が弟、刑部少輔信廉とこの者が率いる奉行衆の働きなくば、我らは甲斐と信濃を何度も往復するはめになり、勝利はまだ遥か先にあったであろう」


家臣たちの目が信廉に集まる。

中には既に感嘆の声を漏らしている者もいた。


「これまで表に出せずにすまなんだな、孫六」


それまでの低く、重い、威厳に溢れる声色から一転、優し気な声でそう呼びかけられ、信廉は思わず目頭が熱くなるのを感じた。


「この合議の場で其方が意見を通すのは難しい。しかし、其方の提案する策はどれも素晴らしいものばかりであった。そのためこれまでは儂の言葉として伝えてきた。其方の手柄を奪ってしまっていたのだ。許せよ」


「いえ、いいえ……」


思わず顔を伏せる。しかし、声の震えは誤魔化せない。

晴信からかけられた感謝と労いの言葉に、まさしく信廉は感激していた。


そして、どこか彼の冷静な部分が考える。


これが武田晴信の強さか、と。


家臣に頭を下げ、弟に謝罪と感謝の意を示す。

ただ言葉にするだけでなく、言葉と動きで場の空気を作り上げる。

ノせるのが非常に上手い。わかっていても、心が喜んでしまう。


例えばヒトラーは演説にオペラの手法を取り入れていたという。

言葉選びだけでなく、韻を踏み抑揚をつけ、身振り手振りで聴衆を熱狂の渦に叩き込んだ演説の天才。


そのような怪物を例に出さずとも、信廉は彼が生きていた時代に同じような政治家を見た記憶がある。

当時まだ若かった信廉には、彼がなぜこれほど人気があるのか理解できなかった。

大人になって政策を改めて確認しても、やはりその凄さと人望の理由は理解できなかった。

だが、間違いなくその政治家は戦後でも一、二を争う支持を国民から得ていた。

それまでの政治家では考えられなかった過激な言葉を用い、大げさな例えを使い、国民を自らのファンとしていたのだ。


それを、武田晴信は行っている。

ある程度は打算もあるだろうが、ほぼ無意識であり無自覚だ。


だからこそ、恐ろしい。


「さて、刑部少輔。其方を呼んだのは家臣らへの面通しと感謝を伝える事だけが目的ではない」


「はっ」


暫く感動の余韻に家臣達は浸っていたが、晴信の言葉にそれぞれ居住まいを正した。


「今川と安祥の現状を伝えよ」


「はい。葉月の半ばに停戦した両家は現在同盟関係にあります。船を利用した交易や両家の間で家臣の交友がある事からもそれは明らか。しかし、これはあくまで表面的なものだと推測されます」


「何故だ?」


「今月より安祥家は天竜大橋の着工に取り掛かりました。安祥家は三河時代に、松平と敵対していながら矢作川に橋を架けております。そして松平家と戦となった折には、彼らを橋の上に釣り出し、橋ごと爆破しております」


信廉の言葉に、家臣たちがどよめく。


「つまり安祥家にとって、架橋は友好の証ではなく、今後の戦のための布石であると考えられます。また、交易が行われているにも関わらず、両家ともに天竜川の岸辺にそれぞれ二千ほどの兵を置いております。これは両家ともにお互いを信用していない事の現れでしょう」


「では今川と安祥は今が食い時か?」


その声はとてつもなく冷たかった。思わず信廉は背筋を震わせる。


「いえ。それでも表向きは友好国であるかのように振舞っておりますので、流石にこの状況で今川が攻められたなら、安祥は援軍に出るでしょう」


「見捨てるだけならどこからも文句は出ないであろう?」


「安祥は武田に海を与えたくないでしょうから」


言い切り、信廉は晴信を見上げる。晴信も信廉から目線を外さず見つめ合うこと暫し。


「くくく。流石の見識だ孫六。どうだ? 我が弟はこの位置に座るに相応しい才覚を有しているであろう」


家臣たちに向き直り、晴信はそう声を上げた。


「まさに。情報から状況を推測する力もさることながら、その情報を集める力も素晴らしいものがございます」


いの一番に頭を下げたのは工藤祐長だった。

三十にも満たない若手ながら、これまで晴信が参加した戦すべてに参加しており、数々の武功を挙げていた。

席順こそ低いが、その武功は誰もが認めるところであり、晴信の信頼も篤い。


すると次々に信廉を褒める言葉が家臣から飛び出す。

そのように晴信が誘導したのは間違いないが、この光景に信廉は再び感極まってしまった。


「い、今は内政に努め、戦の傷を回復しいずれ来る越後の軍神に備えるべきかと……」


それでも言うべきことは言わねばならない。顔を俯かせ、肩と声を震わせながら、信廉はそう進言した。


「やはり来るか?」


「はい、必ず」


「みな聞いたな!? 次の我らの敵は越後の軍神! 初陣で数倍の敵を打ち破り、その後も越後の反長尾勢相手に連戦連勝を重ねた戦の天才! だが、そのような相手であっても其方らの武勇と我が弟の知略が合わされば恐れる事もない!」


立ち上がり、晴信が家臣達に呼びかける。

その呼びかけに応える者はいなかったが、みな一様に熱の籠った目を晴信に向け、拳を握りしめていた。


ああ、これこそが武田家の強さなのだな。

評定の間に渦巻く熱気に自らも身をゆだねそうになりながら、信廉はそんな事を考えていた。



戦国時代に興味を持って調べていくと、おそらく多くの人が驚くのが「武田って信玄の独裁政治じゃないの!?」という事ではないでしょうか。

某野望ゲームでも最近だと、穴山やら小山田は最初武田家家臣じゃなかったりしますからね。

圧倒的カリスマリーダー信玄に飲み込まれそうになっている信廉の未来はどっちだ!?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この際だから各勢力に1人づつ転生者がいる設定にするとか(笑)。
[一言] 武田信玄と現代知識。2つが組合わさった時、無類の強さを誇るだろう。だかな、覚えておけ…どんなに仁君だろうと軍神だろうと病には勝てぬのだ。
[一言] 長野盆地より善光寺平の方が時代てきには良いかも
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