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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第六章:遠江乱入【天文二十年(1551年)~天文二十一年(1552年)】
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天竜川の戦い 肆

2019/12/04にて「天竜川の戦い 肆」を「天竜川の戦い 参」として誤って投稿してしまいました。


「うぅむ。どうにもいかんな……」


天竜川で今川家との戦いが始まってそろそろ一月が経とうとしている。

初日に天竜川を越えられてしまった事以外は、概ね想定通りに戦況は動いていた。


元々今川軍を天竜川西岸に引き込むのは作戦の通りだった。

俺の目的は今川軍の撃退ではなく、その先にある、今川家との和睦だ。


かと言って、今川家に首を垂れる形での講和は望んでいない。

お互い平等な条件での講和。可能なら、こちらが有利な状況での講和が望ましい。


そのためには、今川義元を討つ必要があった。

あるいは、本陣を攻撃し、彼の『海道一の弓取り』を矢面に立たせる必要があった。


今回だけの話じゃない。

今後、うちと二度と戦を行いたくないと思わせるために、それは必要な事だった。


だから俺は防衛陣地の死守じゃなくて、ある程度の余裕をもって撤退するよう指示していた。

そしてそれは上手くいっていた。


縦深陣地とでも言うのか、こちらの防衛陣地は何重にも拵えられていて、段階的な撤退が可能だ。

敵がそれを追って来たところで、天竜川周囲の城や砦に配備された部隊で包囲し殲滅。


それが最高の結果だが、そこまでうまくははまらないだろうな。

実際、義元は天竜川渡河後、真っすぐ曳馬城に向かう部隊と、こちらの城や砦を抑える部隊とに分けている。

そもそもこの防衛戦略は、義元のいる本隊を前線に引き摺り出す事を目的に立てられているんだ。


川を渡った部隊を殲滅しても、本隊が天竜川を渡っていなければ、駿河への撤退を許す事になるだろう。

それではいけない。遠江の覇権を賭けた戦いは終わるかもしれないが、今川家との戦は続く事になる。


ここの所忘れがちだったけど、俺がこうして今川家と戦っているのは、この戦国時代で安全に生きるためだ。

そのために安祥城周辺を開発し、城を改修した。


安祥城の安全を確保するには、松平家を降す必要があった。

同盟を結ぶにしても今川家との繋がりを断たない限り、相手から攻められる危険性はいつまでも残るからな。


そして今川家と三河の勢力を切り離すには、三河での覇権を確立する必要があった。

しかしそうなれば、今川家も黙ってはいられない。

今川家による東海支配の体制を維持するためにも、そして大国としての面子を守るためにも、三河への全面攻勢を仕掛けてくるのは火を見るより明らかだった。


一時停戦できたとしても、それは非常に脆い平和だ。

今川家が抱く伝統に対する矜持を上回る力を見せつけないと、俺はいつまでも枕を高くして眠れない。


そのためには今川家の戦意を完全に挫く必要があり、最も効果的なのが義元の討ち死にだった。


けれど、義元がいるだろう本陣は、未だに天竜川の東に存在している。

本陣だけが残っているなら、海岸沿いに船で東に進み、上陸部隊に強襲させるという手もある。

しかしそこは流石に『海道一の弓取り』。

幾つもの部隊を天竜川の東に残していて、どこが義元の本陣かわからないようになっていた。


「無人斎、どう思う?」


戦況図に目を落としながら、俺は広虎に尋ねた。


「あの婿殿が二つ引両を他の家に掲げさせるとは思えぬ。おそらく守っているのは関口や瀬名だろう。戦の準備をするのは上手いが、戦そのものは得意とは言えぬ、という印象だな」


広虎は顎を撫でつつ、目を細めて答えた。

かつて駿河で暮らしていた頃を思い出してるんだろう。


「それ故に、外から見てそれとわかるようにはしておらんはずだ」


「つまり本陣をぴんぽ……本陣だけを強襲するのは運に頼る事になるか」


可能性はなくもない。けれど失敗する可能性の方が高い。

そして、一発で引き当てられなければ、義元の本陣はそのまま駿河へ逃げ帰るだろう。


「勿論、その時に婿殿のいる本陣だけが撤退する、などという間抜けは晒さぬはずだ」


本陣とそのカモフラージュの部隊だけを駿河に逃がし、強襲した部隊で天竜川東を抑え、侵攻軍を挟撃する。

なんて事も不可能だ。

それをするには強襲軍にそれなりの数が必要になるし、そんな大規模な動きを見せれば相手に悟られる。


間違いなく、天竜川を渡った侵攻軍が引き返すだろうな。


それでも今川軍にそれなりの打撃を与える事ができるけれど、結局暫くしたら彼らはまたこちらに攻め寄せてくるだろう。

それまでに遠江全域を支配下に置いていたとしても、駿河を残したままでは安心できない。

遠江の武士達は、今川家に対する憎悪は勿論だけど、恐怖も同じように抱いているんだ。


一時は俺に従っても、今川家の強大さを思い出せば簡単に寝返る可能性もある。

今は安祥軍の本隊が遠江に駐留しているから、彼らを味方として戦わせている事ができるけれど、いつまでも遠江に残ってはいられないからな。


前世の歴史の徳川家康よろしく、曳馬城を居城とする手もあるけれど、今の情勢で三河を完全に留守にするのは少々不安だ。


「このまま時間が過ぎれば、今川家は農繁期を迎えて撤退する。そうでなくとも、我らに構い過ぎると北条や武田が国境を脅かす可能性が出てくる。この戦に勝つだけならば、このまま防衛を続けていればよい」


「しかし、殿はそれを望まぬのであろう?」


「その通りだ。今川家が二度と安祥家に手を出そうと思わぬように、ここで完膚なきまでに叩きのめす」


「いっそ今川家が撤退するのに合わせてこちらも進軍し、駿河まで攻め寄せてしまってはいかがですか?」


「遠江と違って駿河は昔からの今川家のお膝元だ。遠江の者たちのように簡単にこちらに靡かん。その間に武田や南信濃の勢力に三河を騒がしくされても問題だ」


安祥家うちの筆頭家老である碧海へきかい古居ふるいの長男、大久ひろひさの言葉に、俺はそう反論した。

冗談めいた口調での提案だったなら、こっちも冗談めかして返すけれど、明らかにマジトーンだったからなぁ。


「それに俺は、今川家を滅ぼすつもりはない」


「真意を尋ねても?」


口を開いたのは吉明だった。吉良家は将軍家に連なる名門だからな、思うところがあったんだろう。


「武田や北条と領地を接するのを避けたいからだ」


俺が今川家と戦っているのは、戦国時代で安全に生きるためだ。

そのために折角今川家を打倒しても、同等か更に厄介な相手と戦う事になっては適わない。

北条家は織田弾正忠家と書状を交わしたりしているし、この間の地震の時も復興のためにうちから物資を送ったりして、それなりに親密にあるから同盟が可能かもしれないけれど。


それはそれで北条家による関東支配に巻き込まれそうな気がする。

そうすると上杉家と関わる事にもなるんだよな。

あの軍神を敵に回す事になるんだよな。


実際にその戦いぶりを見た事はないけれど、伝え聞くだけでもその軍才はかなりヤバイ。

運も実力のうちとは言うけれど、運を実力に取り込んでいると言えば、そのヤバさが多少は伝わるだろうか。


情報伝達の遅いこの時代で、三河の地までその噂が届いてくるんだもんなぁ。


「今川家には生きていてもらわねばならぬ」


「我らの代わりに関東の壁となって貰うために?」


敢えて悪辣な言い回しをする広虎。その唇が怪しく歪んでいる。


「そうだ。我らの代わりに武田家を抑えて貰うためにな」


俺も唇の端を釣り上げて、そのように返したのだった。


延々と続く戦いの連鎖を断ち切るにはここしかない安祥家。

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― 新着の感想 ―
海使って商船に紛れさせた軍船で北条と合同で本拠地攻めるのがベストだと思うがね。
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