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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第六章:遠江乱入【天文二十年(1551年)~天文二十一年(1552年)】
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夏の訪れ

やや駆け足気味です。


奥山家が今川家に臣従していながら、独立性を保っていられたのは、山間の領地であり、遠江の中心部から遠いからだという話だった。

奥山家次男、奥山定茂の横領が成功したのも、そうした背景によるものが大きい。


そもそもが集まる兵が少ない土地。

しかも、定茂の襲撃に対し、小川城と若子城は碌に兵を集められなかったという。


奇襲に近い形だったのもあるが、一番の問題は民の気質だ。

領主の徴兵に逆らうとなると、多くの場合は逃散という事になるだろう。


平野部の領地であったなら、村を捨てて山や森へ逃げても、そこで生きられるという保証は無い。

戦で死ぬか、山で獣に襲われたり、飢えて死ぬかの違いだ。

そのため、余程ひどい領主でないなら、戦う道を選ぶ領民が殆どだろう。


けれど、山間の住民は事情が違ってくる。

元々山の中に暮らしているようなものなので、逃げたとしても生存率は平野部の領民に比べれば高い。


戦に出たくないし、領主からも逃げて生き残れる確率が高いとなれば、やはり多くの領民は逃散を選択するだろう。


事前に根回しをして準備していた定茂軍に比べて、数も少なく、士気も低かった定友、定吉の軍勢は、あっさりと敗北したのだ。


まぁ何が言いたいのかと言うと。

奥山家内部のお家騒動なら勢いと今川家の後ろ盾を得ていた定茂が強かったが、他の家に攻められた時、これに対抗するのは難しいって事だ。


まずは井伊直盛率いる井伊家勢二百に、鈴木重秀率いる鉄砲隊五十をつけて小川城を攻撃させる。

自分達で落城させたのち、ある程度は修復されていたようだけど、一度落城した城はやはり脆い。


殆ど損害を受ける事無く、小川城を陥落させる事ができたそうだ。


定茂の本拠地である水巻城と、小川城、若子城の位置関係を考えると、これで定茂は、水巻城と若子城に分断された形になる。

逆に言えば、小川城が二つの城から挟撃される形になるんだけど、そちらも手を打っておいた。


小川城を直盛達が攻撃したタイミングで、三河から五百を超える部隊が水巻城への攻撃を開始した。

率いているのは田峯菅沼家当主、菅沼定継。そして、俺の義理の兄になる佐久間秀孝だ。


基本的に奥三河はこの二つの家の支配領域だ。その国境の近くにある城を攻めるのに、彼らの力を借りない手はない。


小川城、若子城、高根城とその領地以外は切り取り次第と伝えてあるからな。きっと頑張ってくれるだろう。

彼らも農繁期に戦が左右されるけれど、平野部に比べればまだ自由が利く。


まぁ、それは相手も同じ条件なわけだけど。


定茂自身は兄との戦のために若子城にいたので、水巻城の落城を伝えても信じなかったそうだ。

なので重秀は、水巻城の守将の首を佐久間、菅沼連合から受け取り、それを若子城に送りつけて再度降伏を促した。


当然の話で、本拠地を失ったうえ、小川城と高根城に挟まれている状態では、定茂も自分の野望の限界を悟らざるを得なかったようだ。


「美濃守定茂は今川に扇動されていたようであるし、領地没収でこちらで預からせて貰うという事で、手打ちとならんだろうか?」


「奥山の名を捨てるというならそれで許しましょう」


定茂の降伏を受け、高根城に入ったままだった俺は、すぐに貞益と交渉を行う。

服部保長の配下からの情報で、そんなに時間がかからない事はわかっていたから、刑部城と往復するよりは、と残っていたんだ。


「では、何か適当に名乗らせるとしよう」


という事で奥山定茂とその家臣は安祥家預かりとなった。

すぐに三河に送って、研修を受けさせるとしよう。


一応、武士として雇う形になるので俸禄が出る事も伝えておけば、多少はおとなしくなるかもしれないな。


水巻城を落とした佐久間、菅沼連合にもひとまず定茂が降伏した事を伝えないとな。

愛宕山を越えて奥山家の他の領地に兵を進められたら面倒なことになる。


一応、愛宕山から亀ノ甲山を南北のラインとして、それより東が奥山家の領地、それより西は佐久間家と田峯菅沼家の領地とする事が決まった。

これを受けて犬居城から奥山定友が小川城へ、二俣城から奥山定吉が若子城へと戻った。


更に今後のために、俺の仲介で奥山家と、南信濃の遠山景広との同盟を成立させる。

そこには安祥家うちに降った、というかうちと同盟を結んだ天野景貫も同席させ、江儀遠山家と遠江天野家の同盟をより強固なものとしておく。


奥山、遠山、天野で相互に同盟を結ばせた訳だ。三国同盟の地方版みたいなものだけど、この手の複数勢力による相互同盟は、あちこちで行われてたみたいだからな。別段珍しくもない。

特に、その地方に突出した力を持つ勢力がいると、それに対抗するように相互同盟、というか連合が作られるのは自然だった。


あれ? その地方で突出した力を持つ勢力ってうちじゃね?


細かい事は気にしないでおこう。

天野家からは、友誼の証として、一族の天野景連(かげつら)が人質としてうちに差し出された。

うちで雇って好きに使え、という事なんだけど、景連って元三河御番役で、田原城攻略失敗によって罷免された武将なんだよな。

安祥家に対してあまり良い印象を抱いてないんじゃないかな~?


かと言って、それを理由に人質を無下に扱うと、天野家をはじめとして北遠の勢力が雪崩を打ってまた今川方についちゃう可能性があるからな。


細かい事は気にしないでおこう。


そして北遠の悉くがうちに降ったり、うちと同盟を結んだりしたことで、二俣盆地で完全に孤立した二俣城が降伏を申し出て来た。

これは先に若子城へと戻った定吉の取り成しがあったお陰でもある。


こちらは同盟ではなく完全な降伏だ。

ただ、遠江の他の勢力と同じく、遠江の支配が落ち着くまでは城と領地はそのまま。

西遠の開発と復興を行っていた作事衆の一部を松井家の領地へ回し、入れ替わるように兵二百名を率いた松井宗恒が刑部城へ入った。

人質兼戦力の底上げだ。


それから数日が過ぎると、浜名湖を横断して、武田広虎率いる吉田城勢が中遠に入る。

西遠の統治と、附城の破却なんかは、西尾吉明と彼の率いる部隊に任せる事になった。


また、宇津山城跡の港を簡易的にではあるけど整備し、吉良義安が三百名を率いてこれの守備にあたる。



吉田城勢の動きに合わせて、俺は主力を率い、井伊家、大沢家、庵原家、松井家を含めた軍団で曳馬城へ向けて進軍を開始した。


曳馬城は特に迎撃に出て来る事も無く、そのまま囲めてしまった。

そして、さて包囲を続けて降伏を促そう、としていた俺の本陣へ、曳馬城から使者がやって来た。


使者は曳馬城城主、飯尾連龍その人だった。

俺の前で膝を降り、頭を下げる。


「降りましょう」


「良いのか?」


「この状況では致し方なし。今川家が遠江から安祥家を追い出したのち、曳馬城が瓦礫となっていては遠江は地獄と化すであろうからな」


「正直な奴だな。安祥家と今川家を未だ天秤にかけている事を隠しもせぬか」


覚悟を決めているのかもしれないけれど、この胆力は素直に凄い。

俺より年下なのに俺より戦国武将っぽいぞ。


「他の勢力も似たようなものでしょう。とは言え、一族郎党根切りにするような苛烈さは無いが、一度裏切った相手を簡単に許すほど今川家も甘くない」


むしろ、陰湿にジワジワと追い詰められる印象があるな。


「ならば降ると決めたなら、安祥家には勝って貰わねば困る。であればお互いの兵を徒に消費する事は好ましくないし、曳馬城が損害を受ける事も避けたい」


ひどく打算的だけど、まぁ、ありがたい。

後顧の憂いを断つなら攻め滅ぼすべきなんだろうけど、それで手こずって今川の反撃準備が整ったら本末転倒だ。

天竜川の西には、まだこちらに従ってない勢力があるから、彼らの態度も硬化してしまう。


「それで殿、これからどうなさるのですかな?」


一旦曳馬城に入っていた領民兵を解散させ、安祥軍の一部を曳馬城に入れたのち、広虎がそんなことを聞いて来た。


「東にある頭陀寺(ずだじ)城へ降伏を促す使者を送っている。その後は匂坂(さぎさか)城だな」


頭陀寺城は天竜川の西側だけど、匂坂城は天竜川の東にある。

天竜川の渡河点を抑える要衝だ。位置としては平野部と山間部の境目にあり、山で隔絶されているとは言え、二俣城と陸路で繋がっているからな。


他の天竜川東の勢力よりは戦うにしろ取り込むにしろ、アプローチが容易な筈だ。


「つまり、いよいよ本格的に今川家と争われるわけだ」


言って、喉の奥で笑う広虎は本当に楽しそうだった。

正直、凄ぇ怖い。

広虎も、今川家も。


「安祥家の安全を考えるなら、遠江を今川家に渡したままにはできぬし、和睦をするにしてもどこかで大きな戦を行い、勝てずとも痛みを分ける必要があるだろう」


できれば、義元本人が率いてくれているとありがたいんだけどな。

もうすぐ農繁期が終わる。

農閑期という程じゃないけど、春や秋に比べれば徴兵のしやすい季節だ。


そして今川家なら、農繁期が終わってから兵を集めるんじゃなくて、農繁期が終わってすぐに兵を動かしてくるだろう。


天竜川の西に附城を築いて防衛線とし、天竜川の東に橋頭保を確保しておきたい。

果たして間に合うか。

いや、間に合わせないといけない。


そこまで準備を整えて、ようやくまともに戦える相手が今川家という巨獣だ。

いい意味で期待を裏切ってくれると嬉しいけれど、希望的観測というか、妄想は慎むべきだな。


勝って兜の緒を締めよ、という言葉があるけれど、遠江乱入という戦はまだ終わっていないんだ。

勝ってもいないのに、兜の緒を緩めるような真似はできない。


一先ず今川との決戦に備え、背後の心配はなくなりました。

なくなったと、少なくとも長広は思っています。

あとはよっぽど今川家に手痛い敗北を喫しない限り、西遠中遠で反抗される事は無いでしょう。

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