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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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上ノ郷城攻略


天文19年十月。

秋の収穫も終わり、食料を始め物資の準備ができたので、これから東三河へ進出しようと思う。


鵜殿家、牧野家は勿論、他の東三河の勢力にも降伏や協力を求める書状を出したけれど、明確な立場の表明をした勢力は無かった。

まぁ、今川家の影響力はまだ東三河には存在しているし、今川家の支配地である遠江国がすぐそばにあるからな。

安祥家がいつ進出して来るかわからないから、手を挙げる事ができないのは理解できる。

東三河の勢力は、そうやって勝馬に乗る事で、今まで独立性を保って来たんだから、尚更だ。


という訳で実際に安祥家から兵を出し、相手に力を見せつけなければならない。


四千の兵を動員し、まずはこれらを東条城に集め、鵜殿家を始め、改めて東三河の諸勢力に書状を出す。

いの一番に返って来たのは牧野家からだった。


内容は、牛久保城と領地の一部の安堵を条件とした降伏だった。

更に、鵜殿家からは安祥家に対抗するために協力を要請されている事も記されていた。


領地の全てじゃなくて、一部なのが、牧野家の譲歩できるところなんだろう。

東海道に近い位置にあるから、できれば牛久保城は接収するか廃城にするかしたかったんだが……。


「ならば瀬木城の安堵を提案してはいかがでしょう?」


そう提案したのは研修を終えたので、今回の戦に帯同する事になった吉良義安だ。


「牛久保城の近くにある城だな。しかし、牧野家の別の一族が入っているのでは?」


「どのみち、牛久保城と領地の一部の安堵、となれば瀬木城は安祥家の管理下に置かれます。瀬木城の牧野一族は牛久保城に入るか、他の武家に仕官する事になります」


「なるほどな。位置はどのあたりであったか?」


「この辺りです」


机の上に広げられた、三河の地図の一部を義安が指差す。

現代ほど詳しい地図ではなく、海岸線の形とか随分と怪しい地図なので、大体の位置しか掴めないものだ。


測量に関しては、黒祥くろさち衆にある程度知識を与えてある。

ただ、俺が詳しく知らなかったので、測量器などの開発は、研究を待たないといけない。


さておき、瀬木城は牛久保城から東北東の位置に2キロくらいだ。

今度は豊川に近いけど、まぁ牛久保城よりはマシか。


「よし、安堵する領地は改めて相談するとし、牛久保城ではなく、瀬木城を安堵する旨を記した書状を送れ」


「はは。断られた場合はいかがいたしましょう?」


「牛久保城が譲れないなら、力で守ってみせよ、と伝えろ」


「!? はは!」


義安は一瞬驚いたようだけど、すぐに頭を下げて了承した。

まぁ、これまでの俺の行動を考えれば、苛烈というか厳しいと感じたかもしれない。


弾正忠家に近く、何かあっても対処がしやすい西三河と、今川家に近く、何かあった時に大事になりやすい東三河を同じように扱う訳にはいかないからな。

岡崎城は街道を別に整備すれば済むけれど、牛久保城の位置だとそれも難しいってのもある。


牧野家の返事は待たずに、東条城を出立。鵜殿家の上ノ郷(かみのごう)城へと向かう。


今回の侵攻軍の総大将は俺。

俺が率いる第一大隊には堀内ほりうち公円こうえん桜井さくらい親田ちかだ、鈴木重秀を中隊長として配置。

第二大隊は大隊長に榊原長政の弟の榊原一徳斎。中隊長に形原松平当主の松平家広、元寺部城城主の鈴木重教、西尾にしお住吉すみよし

第三大隊は大隊長に富永忠元。中隊長に青野松平当主、忠吉の弟にして養子の松平忠茂、元青野松平家臣の左右田正綱、石川清兼の嫡男の石川康正。

第四大隊は大隊長に西尾吉明。中隊長に大給松平当主の松平親乗、元大草松平家臣の夏目吉信、柳生宗厳。


大隊長には能力と実績から信頼できる人材を配置し、中隊長に最近降ったばかりで研修を終えた者達、そして、彼らの監視役、という感じで配置した。

鈴木重秀は鉄砲隊を率いるので、流石に他の大隊に配置できなかった。

他の元雑賀、根来の武士を小隊長として重秀の下に配置している。

鉄砲は訓練用のものも含めて百丁ほどなので、多くが射手のサポートに回る事になる。

物資の管理は志願兵を多く組み込んだ輜重隊を率いる吉良義安に任せた。飯の準備や衛生兵の指揮など、後方支援全般を担当して貰う。


「上ノ郷城は城門を固く閉ざし、徹底抗戦の構え。城内には千名程が立て籠もっております」


竹谷城に到着した頃、敵地を探らせていた安楽あらくから報告があった。

想定より多いのは、先に書状を出しているせいで準備ができたからだろうな。

言ってしまえば、これから攻めるから首を洗って待ってろ、って言ったようなもんだ。そりゃ急いで兵を集めるだろう。


上ノ郷城の周辺には鵜殿家の砦や館があったが、それらは放棄され、上ノ郷城で籠城しているそうだ。

俺達は上ノ郷城の南西すぐの所にある丘に陣を張った。

丘の北端には、長照の叔父、鵜殿長祐が守っていた砦があったけれど、もぬけの殻になっていた。


「いかがなさいますか?」


「丁度良い。上ノ郷城は廃城の予定だったからな。良い実験になるだろう」


義安の問いに、俺はそう答えた。


「降伏を促す使者を出せ。受け入れられなければすぐにでも、戻らなければ翌朝、上ノ郷城に攻撃を仕掛ける。孫一」


「は!」


「安祥砲の準備をしておけ」


「……よろしいんで?」


「東三河の勢力も、この戦を注目している事だろう。既存の城では籠城もままならぬと教えてやれ」


多分、重秀はいよいよ実戦に投入される木製大砲を晒す事に難色を示したんだろう。

けれど、あえてそれとはずれた答えを返してやる。


「一罰百戒。鵜殿家を犠牲にする事で、東三河の民をいたずらに殺さずに済む、という事ですな」


吉明も俺の言葉にノってくれた。


「かしこまりました」


そう言って重秀が頭を下げ、準備のために陣幕を後にした。


今回持ち込んだ木製大砲は四つ。

安祥城に配置されているものと比べて、小型化、軽量化されているので、射程、威力共に低い。

ついでに言えば耐久性能も落ちているので、射程二百メートルで撃てば三発程度しか保たないそうだ。


まぁ、そもそも砲弾をそんなに沢山用意できないから、複数回の砲撃に耐えられてもあまり意味は無いんだけどな。

壊さずに持ち帰っても、メンテナンスで結局ばらす事になるらしいし。



一刻後、使者が戻って来た。

降伏はしないという話だ。牧野家の降伏も伝えさせたんだが、どうやら偽計と思われ、信じて貰えなかったそうだ。


まぁ、そうなるな。


「よろしい。ならば鵜殿家に安祥家の力をたっぷりと思い知らせてやれ。安祥砲を一斉斉射。砲撃後、部隊を進める。敵の反撃を見て、砲台の角度を調整。反撃が激しいところへ第二射放て」


俺が命じると、陣太鼓が打ち鳴らされる。

そして暫くのち、落雷のような轟音が響き、地面と空気が揺れた。


軍の更に前方から着弾音が響き、部隊から感嘆の声が聞こえて来た。

暫く後、陣太鼓の音が響くと、部隊が丘を降って上ノ郷城へと攻め寄せる。


陣幕を出て、戦場を見下ろせる位置へと移動する。

上ノ郷城から反撃が行われているが、明らかに数が少ない。


「二射目の準備、整いました」


「よし、放て」


俺が命じると、丘の中腹に設置されていた安祥砲が火を噴き、上ノ郷城へ四発の砲弾が直撃した。

最初の一撃で破壊されただろう城壁や櫓などとは別の場所に着弾、被害を拡大する。


うーん、やっぱりこの位置から見ると迫力が無いな。

城壁や防御施設が一撃で破壊されるのは、凄いっちゃ凄いんだけどな。

派手に爆発とかしないし、着弾箇所の周辺が薙ぎ倒される訳じゃないからなぁ。


とは言え、この時代では十分衝撃的なんだろう。着弾すると敵側だけじゃなく、味方の動きも止まり、そして歓声が上がる。


「よし。前進を停止させろ。降伏を促す使者を出せ。逆襲には気を付けろよ」


陣太鼓が鳴らされると、安祥軍の動きが止まる。

その後、手際良く陣形を整え、城を囲み始めた。


射程内のはずだが、城からの攻撃が無いのは、向こうの心が折れたからなのか、反撃のための準備をしているのか。


そして使者が城に入って半刻ほどしたのち、再び使者が城から出て来た。


「城主、鵜殿長照の切腹を条件に、将兵全員の助命。降った者達は全員駿河へ逃れる事を条件に、降伏すると申されております」


意地でも安祥家には従わないという訳か。人質を取っても無駄だろうな。


「その条件で構わぬ。ただし、長照より年上の一族男子は全員腹を切らせよ。駿河への移送も安祥家が行い、勝手に逃れるようなら討つ」


結局この条件を鵜殿家側が受け入れた事で上ノ郷城は落城した。

城門は最初の一撃で破壊されていたし、城壁も無残に崩れている。


上ノ郷城は15メートルほどの低丘陵に築かれた城で、その山頂部に東西に長い主郭が築かれているんだが、砲弾の一つはそこにまで届いていた。

本来ならそこより下の二郭で敵を食い止めるようになっていて、丘陵下の外郭、堀、溜池などもあり攻略が難しい城だったはずだ。


平安末期に築かれたとも言われている程歴史ある城という事を考えれば、その難攻不落振りが窺える。


それが、実質一刻もかからず落城するんだから、大砲の威力を改めて思い知らされた感じだ。


「殿、安祥砲の事は……」


「できる限り隠すべきだな。対策も模造も難しいとは思うが、念を入れて入れ過ぎるという事はない」


吉明の懸念を理解し、俺はそう答えた。

いっそ、黒祥衆に偽の情報を流させるか。


この情報を得るのは非常に難しいはず。

だからこそ、苦労して手に入れた情報を疑う者は少ないだろう。


「上ノ郷城で今夜は休息を取る。翌日昼過ぎ、岩略寺城へ向けて出陣する。吉田城の無人斎に、時機を合わせて出陣するよう伝えよ」


鵜殿長照以下、一族の男子の切腹を見届け、一族の女子供や鵜殿家家臣を捕縛する。

地下牢のような場所は無かったけれど、窓が小さく、施錠ができる部屋があったので、男女で分けてそこに入れた。


翌日、松平親乗と鈴木重教の部隊を上ノ郷城の守りに残し、岩略寺城へ向けて出立する。

途中、五井松平家の居城、五井城へ入り、五井松平家の軍勢と合流する予定だ。

長沢城でも戦支度をさせているが、これは東三河の諸勢力に対する牽制が目的で、岩略寺城攻略には参加させるつもりはない。


吉田城を出た部隊は牛久保城を経由して岩略寺城へと向かう手筈になっている。


そう言えば、牧野家からの返答が無いな。

まぁ、吉田城からも三千の兵が向かう事になっているから、例え牧野家が対抗して来ても、十分相手にできるだろう。


「殿、牧野家から書状が届いております」


そんな事を考えていると、黒祥衆の一人が俺に書状を差し出した。


内容は、さきに伝えた降伏条件を飲むというもの。

独立領主としての牧野家が残されるなら、牛久保城を手放しても構わない、という内容だった。

しかし、問題が無いわけではないらしい。


瀬木城に入っていた、現牛久保城城主、貞成さだなりの従兄弟にあたる、牧野成定(しげさだ)が瀬木城の譲渡を拒み、立て籠もってしまったという。


詳しい経緯はわからないけれど、これがただの牧野家の内乱ならいいんだが、今川家が関わっていたりすると面倒だな。

鵜殿家を倒した事で東三河支配は第一歩前進したわけだが、やっぱりそう簡単にはいかないようだ。


今更ながら、上ノ郷城のルビを振りました。

一応ここでも通知しておきます。かみのごう、と読みます。

一筋縄ではいかない東三河の占領政策。安祥家の力を見せつけても、自分達の利益と天秤にかけて、抗う家も出るかもしれませんね。

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