松平家
三人称視点です。
天文19年二月。
岡崎城評定の間に、松平家宗家家臣と、今川家から来ている三河奉公人が集まっていた。
「上和田城に安祥家が兵を入れているそうですな。岡崎松平としては、これにどう対処されるおつもりか?」
岡崎城城代に義元から命じられた山田景隆が、松平家家臣たちに向けて尋ねた。
どう対処するか? などと言っているが、徹底抗戦以外は許されない事は明白だった。
「能見松平との連携を強化して防衛ですかな。安祥家は吉良家と結んでおりますので、岡崎城が硬いとなれば、三河湾沿いに東へ進むかもしれません」
「そのような弱気なことでいかがする!? 三河武士の矜持は無いのか!?」
大久保忠俊の言葉に、粕谷善兵衛が声を荒らげる。
「とは申されても、この二年間の戦で、矢作・緒川の戦い以降に蓄えたものは全て吐き出してしまいましたからな。攻勢は勿論、籠城する事すらできませぬ」
落ち着いた様子で鳥居忠吉が反論した。
その言葉自体は嘘ではないので、三河奉公人たちも押し黙った。
「兵を多少集めて、戦に備えるふりをして、安祥家がこちらを攻める気を無くす事を期待するしかありませんな」
「仮に籠城したとして、どれだけ籠れば良いのか? 長沢城からは今川軍が引き揚げ、岩略寺城に入っていた兵も減らされたと聞きますぞ」
「どこでそんな話を……」
「鵜殿家も上ノ郷を捨てるという噂も聞こえてきておりますな」
否定しようとした三浦義保を、別の家臣の言葉が遮る。
義元の妹婿である長持が討死した事を受けて、長持の妻が駿河へと帰るという噂が立っていた。
その子である長照、長忠兄弟と二人の妹も一緒にだ。
鵜殿氏は熊野三山を統括していた熊野別当に連なり、紀伊国新宮鵜殿村の出身であるという。
その後、熊野別当の荘園だった三河国宝飯郡に移り住み、平安の時代から存在しているという歴史ある城、上ノ郷城を居城にし、長持の父、長将の代に今川氏に仕えた。
つまり、元々駿河には縁もゆかりもない家だ。
例え母が義元の妹だからと、駿河へ移る事は本来なら有り得ない。
松平家も、あくまで噂に過ぎない事はわかっている。
だが、その義元の妹は現在身重であるとの話もあり、三河が落ち着くまで駿河へ避難する、というのはある程度納得できる話だった。
そしてそれは、今川が三河から手を引くという証となり得る。
勿論、諦めるという事ではなく、本格的に介入するために一旦引き揚げるというだけに過ぎないが、三河に残される者達にとっては単なる噂で済まされる話ではない。
仮に今川家に与して、安祥家や吉良家に抵抗しても助けが無いという事である。
援軍の望めない籠城に、果たしてどれだけの人間が参加するだろうか。
「我ら松平家は、嫡男を人質に差し出し、その嫡男を攫われ臣従を迫られても今川家への忠義を曲げなかった。今川家はそれに報いてはくれぬのですかな?」
「それとも、今川家のために尽くした者を見捨てる事がそちらの流儀なのですかな?」
「そ、其方ら……まさか……」
口々に吐かれる松平家家臣の言葉は、ある意味で正論だ。
しかしその言葉の中には、確かな恨みと怒りが込められている。
景隆たちもそれは感じ取ったのか、気圧され、言葉を失う。
「人質として差し出した、我ら家臣の息子らを悉く討死させたそうだな」
「まだ今川家におる子らも、いずれ戦で使い潰すつもりであろう」
「松平家家臣の子であるなら、自らの存在が主家の足を引っ張るというなら、その命を捨てる覚悟こそあろう」
「ま、待て……!」
「い、今川家に、本家に伝える。三河に対しもっと力を入れるようにと……」
「其方らに一体どれほどの力があると言うのか」
「三河から一時的に兵を引き揚げるという時に、鵜殿家とは違って駿河に戻してもらえぬ其方らの嘆願が、義元公に届くのか?」
「そ、そもそも鵜殿家が駿河へ向かうなどというのは根も葉もない噂で……」
「だが長沢城や岩略寺城の兵を減らしているのは事実であろうが!」
「東三河から手を引かれて、どうやってこの西三河にまで援軍を寄越すというのだ!?」
「我らに死ねと言うのか!? 安祥家と戦って、死ねと言うのか!?」
十年を超える長きに渡って、その頭を抑えられていた三河武士は、事ここに至ってその怒りが爆発していた。
安祥家によってばら撒かれた虚偽の噂を聞き、大久保忠俊、鳥居忠吉らによって扇動された結果ではある。
しかし、その根底にある怒りは本物だ。
「その死に今川家は報いるのか!? 報いる事ができるのか!?」
「ならば今すぐ竹千代様を救ってみせよ!」
「お、落ち着け、其方らは今混乱しておる……」
「追い詰められて焦っているだけだ」
「冷静になって今一度……ぐふ……!?」
山田景隆の言葉が途中で途切れる。彼の胸元には、刃が深々と突き刺さっていた。
そこに立っているのは本多広孝だった。
「うぬらのせいだ! うぬらのせいだ! うぬらのせいだ! 安祥が三河に入り込んだのもうぬらのせいだ! 松平家が敗北を続けるのもうぬらのせいだ! 殿が亡くなられたのもうぬらのせいだ!」
刀を胸から引き抜くと、広孝は呪詛を吐きながら、刀を振り下ろす。
何度も、何度も、言葉と共に刀を三河奉公人たちに叩きつけた。
「そこまでにしておけ、彦三郎」
いつしか、評定の間には、広孝が吐く恨みと怒りの言葉と、刃が肉を切り刻む音しかしなくなっていた。
誰もがその凄惨な光景を、じっと見つめる中、忠俊が広孝を止めた。
「それ以上やっては誰の首かわからなくなる」
既に景隆ら三河奉公人は息絶えていた。かろうじて、首から上が無事だが、肉体は原形をとどめていない部位の方が多い。
「ふ、ふふふ、五郎右衛門様……。こんなにも、こんなにも簡単なのですね。この程度のものに、我ら松平家は縛られていたのですね……」
紛れもなく、安祥家によって、松平家を縛る多くの縄が千切られていた結果なのだが、忠俊もそれは口にしない。
広忠に子を生贄にさせたのは今川家に責任がある。だが同時に、広忠に死を与えた安祥家も許す事はできない。
少なくとも、広孝の中ではそうなっている。
「監物、あとの手筈は整っておるな」
「言われた通りに。だが良いのか? 隠居した儂の方が適任ではないか?」
「駄目だ。其方では今川家に対して楔になり得ぬ。未だ嫡男が駿河で人質となっている儂だからこそ意味がある」
「そうか、すまぬ」
「なに、この老いぼれの首一つで、次代を担う松平家の若者が救われるなら、安いものだ」
「五郎右衛門……」
「五郎右衛門様……」
周囲の家臣から、嗚咽が聞こえる。震える声で、名が呟かれる。
「思えば、安祥城攻略戦にて、儂が生き残ったのにはやはり意味があったのだ。平八郎には、これはできぬ事よ」
そして忠俊は、広孝から刀を受け取ると、自らの刀を広孝に鞘ごと渡した。
「儂がするつもりだったというに、愚か者が。へたをすれば、其方の首も届けねばならぬぞ」
「すみませぬ」
「それで、多少は気が晴れたか?」
「……すみませぬ」
「良い。今後の松平家は、其方ら若者によって作られていくのだ。悪いと思っておるなら、今後はこのような事がないようにせよ」
忠吉の前に座り、忠俊は広孝を見た。
「今後が無いよう、松平家を盛り立ててくれるのが一番だがな」
そして頭を垂れるようにして差し出された首元に、忠吉の刃が振り下ろされた。
山田景隆、粕谷善兵衛、三浦義保の首が安祥城に届けられた事で、安祥家と松平家宗家との間で、一時的な和睦が成立。
期限こそ定められなかったが、停戦条約が結ばれる事になった。
この事実が伝わるより早く、駿河には、三河奉公人を討った下手人として、大久保忠俊の首が届けられた。
これからも今川家には変わらぬ忠誠を誓う、という文とともに、この混乱によって松平家宗家は暫く動けない事も伝えられた。
この隙を突いて安祥家が岡崎城を奪わぬように、政治工作を行って停戦する事に成功した、と使者は義元の前で堂々と言い放った。
雪斎の首を取り戻すために安祥家と、義元が停戦しようとしていた事は伝わっており、それを棚上げして文句を言う訳にはいかなかった。
このため義元は、忠俊の首と松平家宗家の謝罪を受け入れざるを得ず、人質は変わらず駿河に留め置く事となった。
また、松平家宗家と安祥家の和睦を受け、能見松平が安祥家に降伏。滝脇松平、五井松平、長沢松平も降伏こそしなかったが、安祥家と停戦の約束を結ぶに至った。
これは事実上、安祥家と松平家の戦が終わった事を意味する。
となれば次は誰の番か、と三河の国人領主たちは、生き残りをかけて独自に安祥家や、安祥家と結ぶ吉良家と接触を開始する。
三河の情勢は、一気に安祥家に傾いた事からも、どれほど追い詰められていようと、松平家は、三河支配のための鍵となる勢力だったのだと、多くの者が改めて実感する事となった。
松平家分家の位置を見ていると、なんだかんだ松平家は、三河全土に影響力を持っている事がわかります。
三河を支配するなら、これを対立を煽って分断したりして切り崩さないといけないので大変ですよね。分家による権力の分散は、一見すると団結力を欠いて脆そうですが、相手からするとどの分家は味方にできて、どの分家は戦わないといけないかを見極めねばならず、非常に厄介です。しかも分家同士の繋がりや、分家独自の別の家との繋がりなどもあり、情勢は更に複雑化しますからね。圧倒的国力で全てを飲み込むのでもない限り、統一に時間がかかるのも納得の状態だと思います。




