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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第二章:安城発展記【天文九年(1540年)~天文十三年(1544年)】
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プレゼンの結果

三人称視点です。


信広が安祥城へ帰ったその日の夜、信秀は古渡城に織田弾正忠家の重臣を呼び寄せていた。


「さて、信広が伝えたこの知識だが、どの程度信用できると思う?」


信秀の手には、先日信広が持って来た資料が握られている。

彼が伝えた道具類や新農法はともかく、中途半端な知識しか伝えられていないものには半信半疑であった。


「いくつか拙僧も聞いた事があるものがございます。恐らく、信用できるかと」


答えたのは僧服の老人。

彼の名は沢彦宗恩。信長の教育係の一人である。


「灰吹き法なる方法、どう思う?」


「明で行われている金銀を採る方法でしたな。それならば、堺や博多に人を遣わせれば知る事ができるのではないでしょうか?」


この時代、日の本の銅塊には銀や金も含まれていた。しかし日の本にはこの塊から金銀を取り出す方法が存在しなかった。

逆に、南蛮や明には存在しており、彼らは日の本から銅塊を買い上げ、金銀を取り出し、莫大な利益を上げていた。


信広はその事も説明したが、本人は灰吹き法に関して、名前くらいしか知らなかった。


「しかしそのような重要な技術であれば秘匿されておるのでは?」


その場に居るもう一人が疑問を口にする。

林秀貞。2歳で那古野城城主となった信長の第一家老としてつけられた織田弾正忠家の重臣である。

普段は古渡城で養育されている信長に代わり、那古野城とその周辺の統治を任されている。


「公開はされていないでしょうが、隠されてもいないと思われます。日の本の民は銅塊に金銀が含まれている事を知りませんから、灰吹き法だけ聞いても競争相手にはならないでしょうから」


「成る程。むしろ、自分達はこのように優れている、と自慢する者も居るやもしれんな」


「ならば沢彦、すぐに人を堺や博多に送れ」


「はい」


「新五郎は銅塊を買い集めよ。それと尾張国内でも独自に灰吹き法の研究を進めよ」


「はは、倭寇や明との仲介人を押さえますか?」


「それではこちらが埋蔵された金銀に気付いたとばれる。大きく動くのは灰吹き法が確立されてからだ」


「はは」


「ところで……」


信秀は資料をめくり、あるページを二人に示す。


「これを見る限り、火薬の製造に妙に拘っているようだが、何か知っておるか?」


信広のさりげない要求はすっかり見抜かれているようだった。

この時代、まだ鉄砲は伝来していない。

信広が「鉄砲欲しいから金もっとくれ」と言っていても、通じていなかっただろう。


「明に、火薬の爆発力を利用して物を飛ばして攻撃する兵器があると聞きましたが、それでしょうか?」


沢彦は中国式銃について言及してみせた。けれど、彼にわかるのもそこまでだった。その兵器がどの程度の威力、性能を持っているのかまではわからない。


「火薬の製法はかつて朝鮮から伝わっております。拙僧の所有する書物の中にもありました。それをわざわざ記している事からも、余程必要としているのでは?」


「硝石は日の本では採れませんでしたな。便所や土間の土を利用して作れるならば試してみる価値はあるかと」


「元寇の際、元軍が火薬を使った兵器を用いたと記述があったな」


黒色火薬が発明された中華圏では、火薬を利用した兵器は昔から存在している。

元寇の元軍が使用したとされるのは震天雷てつはうと呼ばれる兵器であり、これは今でいう手榴弾のような兵器であったとされる。

戦国時代にも、陶器に鉄片と火薬をつめ、火を点けて投げる焙烙玉という兵器が存在していた。


輸入に頼らなければならない硝石を自前で用意できるとなれば、軍事力の増強に役立つ。

周辺国は流石にまずいが、坂東や西国辺りに輸出する事で銭を稼ぐ事もできる。


「ここに記されているものは片っ端から試す。だが、まずは灰吹き法と硝石の製造方法の確立を優先させよ」


本来、そのような海のものとも山のものともつかない怪しい研究に金を出す事などあり得ないが、弾正忠家にはそれができるだけの経済力があった。

資料に記載されているものが実現したなら、国力の大幅な増加は間違いない。

であるならば、そこに投資をしてみるのも悪くはない。

そう思わせる程度には、弾正忠家は裕福なのだった。


「ところで、信広本人はどう思う?」


「このような知識を惜しげも無く提供するという事は、叛意は無いように思われます」


「しかしこれで全てとは限りませんぞ、重要な知識は隠しておるやもしれません」


信秀の問いに、沢彦と秀貞がそれぞれ反対の意見を述べる。


「仮にそうであったとしても、安祥城だけでは大きな事はできないでしょう。結局織田家の資金を当てにしなければならない以上、忠誠心があるかはともかく、その活動基盤は弾正忠殿に依存するものと思われます」


「成る程。まぁ、仮に今討ったとしても、代わりに誰を安祥城に入れるのか、という話になるでな」


兄弟なら織田信実が妥当だろうか。しかし実力的に不安が残る。安祥城は三河進出のための最前線の重要拠点なのだ。

息子なら信時がまもなく元服させて良い年齢だが、領地内ならともかく、敵国との最前線に入れるにはやはり不安だ。

賢しい者を入れれば謀反の恐れがあるが、愚物を入れれば今川を抑えられない。


「確かに、五郎三郎様は、全身で「拙者に叛意などありません」と主張しておられましたな」


「本心からなのか、隠している事を悟られないようにするためなのか」


前者なら随分と朴訥であるし、後者なら随分と不器用である。

自分が疑われている、という事を理解しているだけの頭はあるようだが。


「だがそれ故に判断が難しい。うむむ、せめて吉法師があと四年早く生まれていれば……」


「しかし吉法師様はうつけとの評判。家督を相続された直後に五郎三郎様に謀反を起こされかねませんよ」


「儂もそう聞いておったがな、よく話してみればそのような事はない。あれは相当な傑物よ」


「成る程、虎から鷹が生まれましたか。翼を持った虎、とでも申しましょうか」


韓非子に出て来る故事成語と信秀の渾名「尾張の虎」をかけて沢彦が笑う。


「親の贔屓目もあろうが、あれはわかってあのような行動を取っておる。どれほどの才能を持っていてもまだ年端もいかぬ幼子でや。敵から身を守る術はそうそうない」


それ故にうつけを演じていると信秀は言う。


「まことにうつけならば儂や政秀の前で傑物の片鱗を見せる事などできぬでや」


「つまり敵対する者に、「取るに足らぬ」と思わせるためだと?」


「味方になる者には子供らしい無邪気さと映るでしょうね」


そしてあの容姿。

野生動物の子供が可愛いのは、天敵から身を守るためだと言われている。

信長の行いはそれと同じだと、沢彦は言葉を継いだ。


「ともあれ今は信広は気にせんで良い。国内外に敵も多いでな。三河にまで複雑な政治を持ち込んでは手が足りんようなるで」


猜疑の念を強く持ちすぎて、本当に謀反されては目も当てられない。

藪をつついて蛇を出す必要を信秀は感じていなかった。


一先ず命の危機は去ったようです。

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