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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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弾正忠家の行く末

三人称視点です。


「親父殿から呼び出し?」


三河北西部と尾張東部の国境付近にある岩崎城を居城とする、丹羽氏識を打ち破り、那古野城へと凱旋した信長は、帰蝶からそのような報告を受けた。


丹羽氏識は従兄弟の丹羽氏秀と対立しており、その氏秀が、清洲を落とした信秀に援軍を求めたため、信長が兵を率いてこれに当たった。

尾張統一事業の一環であり、信長に武功を積ませようという信秀の配慮だった。


信長は愛知郡横山に差し掛かったところで待ち構えていた氏識軍に急襲されるも、これを撃退し、その勢いのままに岩崎城を落としてしまった。


「まぁ、どのみち戦勝報告に行くのだからかまわぬが、しかしそれは親父殿もわかっているはず」


わざわざ言伝を寄越すとは、何か大事な話でもあるのだろうか、と信長は怪訝に思った。


「行けばわかるか。ではお濃、おれはもうしばらくでてくる」


「はい、婿様、いってらっしゃいませ」


いつ頃からか、信長は帰蝶の事を『お濃』と呼ぶようになった。

美濃から来たから、との事で、家臣達も納得している。

妻を出身地や住んでいる城に因んで呼ぶ事はこの時代、普通にあった事だからだ。


しかし帰蝶だけは理解していた。

面と向かって帰蝶と呼ぶのを、信長が恥ずかしがっている事を。




古渡城へと登った信長は、評定の間で家臣達の前で戦勝を報告したのち、信秀から幾つかの褒め言葉と、褒美の約束を貰った。

その後は今後の織田弾正忠家の方向性を少し話し合った。

それが終わると、信秀は信長のみを私室へと呼ぶ。


「先程、北条氏康から手紙が届いた」


「確か先月大地震があったのだったな」


「うむ。被害が大きく、復興も上手くいっておらぬという事だ。それ以上は書かれていないが、儂は北条へある程度物資を供給する事を決めた」


「なるほど、北条家に恩を売っておくわけだな」


信秀の言葉の意味を、信長は即座に理解する。


「うむ。丁度長広が北条家と交易を行っておるのでな、これに弾正忠家からの救援物資を乗せる事にする」


「兄上は今川と戦の最中では?」


「それも終わったとの報告があった。無事に勝ったそうだ」


「ほう」


確か万を超える兵が攻め寄せて来る大戦だったと信長は思い出す。

援軍を何故出さないのか? と憤った記憶も蘇り、信長の頬が赤く染まる。


「戦後処理で忙しいそうなので、詳しい報告は後日という事だそうだが、なんとあの太原雪斎を討ち取ったという話だ」


「ほう、あの名軍師を!?」


信長も聞いた事のある大物の名に、思わず声が弾んだ。


「その雪斎の首をだしに今川に色々と交渉しておるそうだ。少なくとも、一年はその行動を止めて見せると書状で息巻いておったわ」


「兄上らしくないな」


それだけ雪斎を討ち取った事が嬉しかったのだろう、と信長は判断した。


「長広もすぐに北条に恩を売っておくことの有用性を理解した。一つずつなら千歯扱きや千石どおしを送っても構わないかと聞いてきおった」


「あれは構造は単純だ。簡単に真似されてしまうぞ」


「武田や今川ではまずいが、北条なら構わないと言うておったな。それは儂も同意見だ。関東を平らげたのちは、それ以上の領土拡大を行わないだろうと見ておる」


氏康が当主であれば、と信秀は最後に付け加えた。


「あれは目の前の松平や今川だけでなく、その先を見ておるようだ」


「いずれ北条もくらうつもりだと?」


「さて、北条と結んで武田へ向かうかもしれんな。ともかく、自分の目は東を向いています、と書状で主張しておった」


その内容を思い出したのか、信秀は低い声で笑った。


「兄上はまだ親父を信用しておらんのか……」


言う信長は寂しそうだった。


「いや、あれは儂や其の方は信用しているだろう」


そのまま誤解を解かないのも面白いかと思ったが、信秀は自分が想像した長広の心情を説明する事にした。


「あれが信用しておらぬのは、儂の家臣であり、弾正忠家という組織よ」


「家臣どもか……」


信秀の言葉に、信長は顔を顰める。


「安祥家の力が強くなれば、其の方ではなく、長広を持ち上げようとする家臣が出て来るであろう。あるいは、安祥家を危険視する者も出て来るであろう」


「親父が抑えこめばよいではないか」


「抑えるだけならできるが、限度がある。まぁ、そのような時は安心せよ。反安祥派にせよ、長広派にせよ、儂が連れて出て安祥砲や安祥筒の的になってくるゆえ」


「…………」


「其の方は尾張にて大人しくしていよ。終わったあとは頭を下げれば弾正忠家はそのまま存続するであろう。まぁ、安祥家の下につく事になるであろうが」


「ふん、それならこちらは西へ領土を広げて、再び兄上の上に立てばよいだけだ」


「ふふ、そうだな、それが健全な競争というものだ。だがな三郎、人は誰しも其の方のように潔癖ではない。自らの能力や限界を認められぬ者が殆どだ。今より上に上がれぬと悟った時、諦められる者は多くない。そしてそのような時、多くの者は上に上がるのではなく、上の者を引き摺り下ろそうとする」


「そのようなことをしても、そいつの立ち位置は変わらぬ」


「それがわかる者ばかりではない。それが百年続いておるのが、戦国乱世だ」


「…………」


「ふん、やはり其の方ははかりごとには向かぬな」


「親父もその評価か……」


面白くなさそうに、信長は膨らませた頬を掌に乗せ、顔を背ける。


「ほう、他にも言われたか? 長広か?」


実に楽しそうに聞いて来る信秀にうんざりしつつ、信長は答えた。

答えないと、答えるまで聞かれる事を知っているからだ。


「お濃だ」


その名前は聞いた事が無かったが、誰を指すのかを信秀は理解した。

信長に面と向かってそのように言える相手は決して多くないし、そのうえで、そのように呼ばれそうな人物は一人しか思い当たらなかったからだ。


「くくく、流石よの。そうでなくては、其の方の妻にすんなりと収まらぬか」


「人を騙すことは自分に任せよと言われたわ」


「ははは! 尻に敷かれるだけでなく、頭までも抑えられておるか! 本当に良い女子おなごだ。あと儂が十年若ければ娶っていただろうに」


「二十年だろう、すけべ親父め」


「いやいや、儂はまだ現役よ。昨年も其の方の弟が生まれたばかりではないか」


「……すけべ親父め」


大口を開けて笑う信秀を、冷めた目で信長は見ながらそう呟いた。


「それにこれ以上子を増やしてどうするつもりだ」


「なに、一門はどれだけいても困らぬ。娘なら政治に使える」


「やはりおれではものたりんか?」


自虐風に笑った信長の口から、思わずそんな言葉が突いて出た。


「いや、儂の後継者は其の方で変わらぬ。これは其の方が生まれた時から決まっている事で、一度も考え直した事はない」


「ならなぜ信行を産ませた。いや、産ませたこと自体はよい。なぜ孕ませた」


信長がまともな嫡男であったとしても、嫡流の男子はお家騒動の元になりかねない。

ましてや、信長はまともではない。信長を後継者から変えるつもりがないなら、そもそも正室に子を産ませない事が一番だ。


「あれはなぁ、まぁ、あれだ。土田御前との約束だったのだ。其の方の事を黙っている代わりに男子を必ず産ませよと」


「それはどう考えても弟に継がせる気があっただろう」


「儂もまさか翌年にできるとは思わなんだのでな。もう二、三年離れていれば、それほど気にする事もなかったのだが」


信長の二つ下の同母弟の坊丸は、昨年元服して信行と名乗るようになった。今は、古渡城に居るが、現在建築途中の城が完成したらそちらへ移すつもりだった。

母親の土田御前をはじめ、信行を支持する家臣は多い。

今は信秀の威光と信長の武功で抑えている状況だ。


「まぁ、今はその話は良い。評定では尾張を統一したのちは西へ拡大する事を伝えたが、其の方には具体的な話をしておこうと思ってな」


「ふん、それを知っていれば、おれの動きもおのずと決まるからな」


「儂は近いうちに美濃を攻めるつもりだ」


「……そうか」


「反対せぬのか?」


「弾正忠家の当主は親父だ。親父の決定には逆らわぬ。それに、伊勢を攻めるには大義名分がたらぬ。美濃なら、守護殿がこちらにおる」


「だが、今美濃を支配しておるのは其の方の舅だぞ?」


「あまり上手く治めておらぬとも聞く。とくに、長男と不仲であるとな。親父が何かしているのではないか?」


「義龍には直接何もしておらぬ。美濃に少々噂を撒いているだけだ」


噂の内容は聞かなくてもわかった。具体的な内容までは想像できなくても、道三を貶め、義龍を煽る噂だろうと想像できる。


「ならばおれも先に言っておこう。おれは今年中に蝮殿に会いにいくつもりだ」


「何をしに行く?」


「会って話をするだけだ。親父のものではなく、おれが使える軍を見せびらかしにいく」


道三と義龍の不仲を知り、それを利用して美濃へ攻め込もうとする信秀に対し、信長は義龍を抑え込もうとしていた。

道三が同盟を結んだ織田家が強大であれば、義龍も不用意な行動に出ないだろう、というのが信長の考えだ。

しかし、帰蝶からは甘い、と一刀両断された事は黙っておく。


「それで反道三派が大人しくなれば良いがな……」


しかし、信秀からの評価もあまり変わらなかった。


「まぁ、義龍が動くのがあまりに遅いようならこちらも別の手を考えねばならぬ。桑名や長島との交渉はあまり上手くいっておらんでな。伊勢湾の交易の安全を確保するという名目で、志摩水軍に戦を仕掛け、そのまま志摩を獲るという方法もある」


「志摩か。とったあと、保持できるのか?」


「保持する必要は無い。志摩で北畠が釣れるなら安いものだ」


それは、織田弾正忠家が伊勢へ進軍する良い口実になる。

そのためには、北伊勢の勢力を手懐けておく必要があるがな、と信秀は続けた。


「最終的には京を目指す。故に、美濃から南近江を繋げられれば一番なのだ」


「天下人でも目指すか?」


「どうかな。一先ず考えておるのは弾正忠家の力をいかに効率良く大きくできるかという事だけよ。そのために一番良いのは銭を稼ぐ事だ。戦続きで荒廃しているとは言え、やはり日ノ本の中心は京よ。尾張とここを繋げば、堺を通して九州とも繋がる。長広と協力すれば九州から坂東まで交易路が繋がる事になる。その中心にあるのが尾張だ。どれだけの発展が望めるか、想像すらできんな」


それは、津島、熱田を抑え、銭によって力を得た弾正忠家らしい戦略だと信長には思えた。


「越前の繁栄も馬鹿にはできぬ。そこと繋がるためにも淡海の航路も欲しいでな。安土あたりに城を築けると便利であろうな」


「なるほど、それならば確かに美濃が獲れたほうが楽だな。伊勢からでは伊賀を通ることになる。あの地は内情が複雑なうえ、支配しても旨味が少ない」


「伊勢から直接大和へ向かうのも、道が少々悪いでな。美濃、南近江、山城と繋がったうえで、伊勢と大和、伊勢と伊賀から南近江へ繋がるなら良いがな」


「ふん、だがまぁ安心した」


「というと?」


「親父が美濃殿を理由に強引に美濃に攻め込むつもりがないことがわかったからだ。『織田信秀の子』としては、美濃攻めの利を理解してても、『お濃の夫』としては納得できぬ」


「ならば反対しても構わんのだぞ?」


「対案がない。ただ感情の赴くままに我儘を通すだけのがきではいたくないのでな」


「こういう時は、我儘を言った方が可愛げがあると言うものよ。其の方が男子おのこであれば殴り倒すところだが、やはり娘は可愛いでな」


「そう言えば、市の所有する着物がまた増えたそうだな?」


二年前に生まれた妹の名を出すと、信秀の目がわかりやすく泳ぎ始めた。


「……子供は成長が早いでや、すぐに新しいのが必要になるて」


「弾正忠家に銭があるとはいえ、それは弾正忠家を運営するうえで必要なものだ。市に着物を買い与えるなら身銭を切れ」


言われては、信秀には反論できない。

銭を稼いで国力とする弾正忠家だからこそ、無駄遣いは許されなかった。


「おれのようにな」


身内に甘いのは、やはり血筋であるようだった。


信長「安祥砲と安祥筒ってなんだ?」

この時点の信長は知らないけれど、話の流れと言うか、雰囲気的に質問させられなかった部分。

種子島を基に根来で作られたのが紀州一号。それを改良したのが安祥筒。

このあと、信長が改めて質問して、信秀が説明したと想像して補完しておいてください。

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