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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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第三次安城合戦 漆

前半が三人称視点、後半が長広の一人称視点です。


自らの体に槍が刺さった事を理解した武士は、苦痛に顔を顰めながらも、内心で安堵していた。

自分に槍が刺さったという事は、背後は無事のはずだからだ。


激痛と体が吹き飛ぶほどの衝撃を受けたせいで、意識が朦朧としている。

自分が倒れずに立っている事はわかったが、金属の槍だ。自分の体を貫いた後、地面に突き刺さり、体を支えているのだろう。


微かに残った感覚が、自分に近付いてくる蹄の音を拾った。

自分の前で馬から降りる音が聞こえる。

最早目もよく見えないが、巨大な影が自分の前に立った。


顔はわからないが、安祥長広だと直感で理解した。

首を獲るべく刀を抜く。

抜こうとしたが、手が動いていないのがわかった。

動かそうとするが、まるで反応が無い。


武士は、自らが死に行く途中である事を理解する。


「主のためにその身を犠牲にする忠誠、見事である」


その言葉に、武士は最後に役目を果たせたのだと安堵する。

首の辺りに一瞬熱が走ったのを最後に、武士は意識を失い、そして二度と戻る事は無かった。




「主のためにその身を犠牲にする忠誠、見事である」


俺は抜いた獅子丸を構えてそう言うと、一刀のもとに目の前の武士の首を切り落とした。

これまでも何度か首を切り落としてきたけれど、流石は名刀。名も無い大量生産品とは切れ味が違う。

殆ど手ごたえなく振り抜けるって凄いな。


刀身にも殆ど血がついていないけれど、一応拭ってから鞘に納める。

鯉口が鳴った音に合わせて首が落ちるかと思ったけれど、変わらず満足そうな表情を浮かべてそこにあった。


死んでないんじゃないか、と思えるくらいそのままだけど、手に取ってみると簡単に外れた。


「誰か!」


首を掲げて叫ぶ。

俺が声をかけたのは、俺の、俺達の目の前で動けずにいる今川軍の兵士だ。


俺の隣には副将の榊原長政がいるし、鈴木重秀ら鉄砲隊が彼らを狙っているので不用意に動く事はできない。


「この忠義の士の名を聞いておる!」


「と、遠江国堀江城城主、大沢治部少輔基相殿……です」


もう一度尋ねると、一人の若武者がおずおずと答えた。

ほう、そこそこの大物。前世でも今世でも知らない名前だけどな。


「この者の忠誠に敬意を表する。首を持って帰られよ」


「よ、良いのか、でしょうか……?」


城主ともなれば相当な手柄首だからな。


「畏まる必要はない。うむ、できるだけ早く弔ってやって貰いたい」


「で、では……」


鉄砲の銃口と、長政の向ける槍の穂先に怯えながらも、若武者は近付き、首を受け取る。


「其方の名も聞いておこう」


「松下加兵衛之綱と申す……」


近くで見ると若いというより幼いな。12~3歳くらいか。声変りもまだしていないようだし。


「その若さでこの勇敢さは良い武士となるであろう」


「あ、ありがたく……」


「其方らには大沢殿の首を持って無事に帰っていただきたいが、逃げるか安祥城攻略の部隊に加わるか、あるいは我らに降ったのち、戦が終わり次第帰るかの選択肢がある」


俺がそう言うと、之綱は背後を振り返った。他の今川軍は困惑したような表情を浮かべている。


「安祥城攻略の軍に加わると言うなら、今は追わぬ。帰るというならこちらから警護の者を出そう。ただ、今この場で我らに抗うのは勿論、姫城の攻略部隊に合流すると言うのであれば、すまぬがここで死んでもらう事になるがな」


「わ、わかった。治部少輔様の首を確実に持って帰るため、我らはこれから戦線を離脱する」


答えたのは之綱の背後にいた別の武士だった。


「よろしい。ならば東へ進んで矢作川を渡られよ。ああ、勿論、こちらの首は持って帰らせる訳にはいかんから、それは諦めて貰いたい」


俺は、大沢某と折り重なるように倒れている、太原雪斎を指して言った。


ああ、上手く討てて良かった。

総大将である雪斎は、例えこちらが戦で圧勝したとしても、討つのは相当難しいからな。

わざわざ専用の策を立てたんだが、上手くいって良かった。


本当は狂喜乱舞したいところだけど、まだ戦は終わってないから気を緩める事はできない。

まだ安祥攻略のための今川軍と姫城攻略中の今川軍、あわせて一万五千が残っているからな。

まぁ、攻城でそれなりに減っているとは思うけど、総大将が討たれたからと言って、即座に敵軍が崩壊する訳じゃない。


桶狭間は奇襲で混乱している状態で義元が討たれたせいでまとまりが無くなったそうだけど、そもそも義元が討たれたって事は、本陣にいただろう上級武士の多くも討たれたはずだからな。

指揮系統が崩壊しても仕方ない。

軍隊が尾張の国境周辺に散っていた状態で、その統制を執るべき司令部が壊滅したんだから、ある意味当然の結果だ。


今回は敵軍がほぼ一ヶ所にまとまっているから、雪斎や副将の朝比奈泰能が討たれたとしても、別の人間が指揮を執って戦を継続するだろう。


「首を返す事だけは、約束しよう」


戦果の確認はしないといけないからな。

流石に首を前に酒を飲むような真似はしないけどさ。


けど、この時代には祝勝会で討ち取った大物の首を見せて、戦意を高揚させる事はよくあった話だ。

止めさせたいけど、この時代の武士にとっては大事な儀式だ。

一種の褒美でもあるから、中々難しいよな。




「さて、これからいかがいたす?」


雪斎本陣の兵を殲滅して、俺達に合流を果たした広虎が尋ねてきた。


「楽しそうだな」


「うむ、久しく戦らしい戦をしておらんだからな。正直、充実しておる」


兵法書の話をしたり、地図の上で戦術シミュレーションをしたりしてると、広虎は楽しそうだった。

それだけなら、武士としてはそこまでおかしな話でもないんだが、やっぱりこうしてみると、戦狂いだよあぁ。

元々その素質があったのか、戦続きの人生でそうなってしまったのかはわからないけれど。


「安祥城攻囲中の部隊を背後から襲撃する」


「姫城包囲部隊は放っておいて良いのか?」


「優先順位の問題だな。姫城よりも安祥城の方が落とされたらまずい」


「姫城攻略の部隊が追って来て、我らこそ挟撃されるかもしれんぞ」


「そのような時は姫城城兵が背後から襲い掛かるから大丈夫だろう」


暫く広虎と問答を続けていると、安楽あらくの部下から、五百ほどの敵兵がこちらへ向かっていると報告を受ける。


「本陣と安祥城攻略部隊を繋げさせるための部隊だな。結果的に各個撃破の形になったか」


「相手はまだこちらに気付ていない様子」


「ならば、散開して待ち、騎馬隊を背後に回り込ませて……」


「いや、殿、このまま前進しよう」


「無人斎、何故だ?」


「この数で適当に矢を放てば敵は逃げるであろう。混乱した敵兵が、主力にまともな報告ができるとは思えぬ」


「攻城中の主力を混乱させる目的だと言うなら、彼らを殲滅してから背後から奇襲を仕掛けても同じでは?」


「それでは、恐らく敵は撤退を選択するはず。最初こそ混乱しても、さほど被害を受けずに撤退をするだろう」


「成る程。先に情報を与える事で、敵に多くの選択肢を用意するという事か」


「その通りよ。雪斎が生きていれば大して混乱はおきないだろうが、総大将と副将が討たれたのだ。恐らくは格の近い武将で合議制のような形で指揮を執っているはずだ」


雪斎はとりあえず本陣が危険に晒されたから主力から離れただけだもんな。

実際に討たれたために指揮権が移ったのとは訳が違う。

しかも彼らは安祥城を攻略するための指揮権しか与えられていないはず。


軍全体の事を考えて、すぐに撤退を決断する武将もいれば、雪斎からの命令に拘って、戦を続けようとする者もいるだろうな。


それこそ、広虎の言う通り、俺達がいきなり現れたら、その勢いから逃走に流れる可能性は高いけれど、事前に情報を得ていたら、迷いが生まれるって事だな。


「さっさと逃げてくれた方が被害は少ないぞ?」


「今被害を受けるか、将来被害を受けるかの違いだ」


敵を逃がしてしまえば、こちらの損害は少なくて済むが、それは今川軍も同じだ。

そして、恐らく再び侵攻してくるだろうな。その間隔も短いに違いない。


ここで大きな損害を与えられれば、今川軍に再侵攻の余裕を与えずに済む可能性が高い。

今回も今川軍の多くは遠江から出ているそうだから、上手く扇動すれば遠江で反乱を起こさせる事だって可能だろう。


その間に三河を統一できれば、今川との同盟も可能かもしれない。

いずれ破られる可能性があるとは言え、その間に織田家が大きくなればこちらも安泰だ。

ただ、そうなると東へはそれ以上勢力を広げられないんだよな。

山越えして武田領へ攻め込むのもあれだし。

昨年、武田が村上義清に敗退したって情報が入って来たから、もう南信濃は武田の支配下にはいっているはずだ。


いっそ武田を焚き付けて今川を攻めて貰うか?

史実の今川領分割統治と同じだな。

正面の相手が今川から武田に代わる訳だけど、果たしてどっちの方が大変なんだろうな。


仮に史実通りに信長包囲網が起きた場合、今川は武田と違って呼応しない可能性があるんだよな。

史実でどうだったかは、それ以前に討死したからあれだけど、少なくとも今世の義元は、将軍に成り代わろうとしてるんだよな。


まぁ、将来的な事は当然考えないといけないけれど、どう転ぶかわからない事に必要以上に頭を悩ませるのも馬鹿らしいよな。


情勢的な余裕を得るという意味では、ここで今川軍を大きく叩いていおいて、時間を稼ぐというのは大事な事だ。


という訳で、広虎案を採用する。


敵もこちらを発見したようで、三百メートルくらい先でその動きを止めていた。

こちらは堂々と近付く。

敵はすぐさま反転して逃げ始める。弓の射程内に入ったら、その瞬間に殲滅されてしまうくらいの戦力差があるからな。


「殿、雪斎の首を旗に掲げる事をお勧めする」


「いたずらに敵愾心を煽らないだろうか?」


「武士はそうでも兵は違う。総大将が討たれたとなれば怯える者が必ず出る。当然、弔い合戦に意欲を燃やす武士の指揮下でも、そのような者は出る」


つまり混乱を助長させる訳か。

あんまり遺体を無下に扱うような真似はしたくないんだけどな。


ただでさえ、首から下は硝石丘用に使ってしまっている訳だし。


「兵の損害を憂うなら、できる事は全てやるべきだぞ。冷酷非道、悪鬼羅刹と罵られようともな」


言う広虎の顔はにやついている。

俺が普段兵の損耗を気にしている事は知っているだろう。

だからこそ、それが口先だけの薄っぺらい優しさではないという覚悟を示せという事だろうな。


「そうだな、晒すのが少し早いだけの話だ。雪斎の首を掲げる! 準備をいたせ!」


俺は決断し、そう命じた。

旗の先に雪斎の首が括りつけられ、高く掲げられた。

見せるなら前衛に持たせるべきだけど、奪われたらまずいので本陣に配置。


首の下で行進するというのはちょっと気分がよろしくない。

まぁ、家臣にこの気分を味あわせるくらいなら、俺が我慢するべきだな。


「今川軍は城壁を越えておらぬ様子。また、先程逃がした敵兵が合流してから、あからさまに攻撃の手が緩んだそうです」


安祥城に近付くと、そのような情報が齎された。

今川軍は城壁から一町半ほど離れた位置に布陣し、こちらを待ち構えているようだ。


「一見万全なようだが、数の差に浮かれておるだけだ。こちらが攻めかけた後に、城からも攻撃させれば簡単に崩れるだろう」


広虎の言葉に、俺も頷く。


古居ふるいに伝えよ、安祥砲の使用を許可する、と。城からは無理に出なくて良い。全門一発ずつ発射した後は、石を降らせるだけで良い」


「は」


俺が伝えると、安楽の部下が本陣から離れて行った。


「なんぞ悪だくみかな?」


「そう言えば、広虎は吉田城にいたから見ていなかったな。戦を変える新兵器だ」


「鉄砲も十分脅威だが、あれより上があるのか?」


「城攻めと籠城に関してはそうだな。野戦だと使い方次第だが」


そして今川軍と安祥軍が正面からぶつかる。

ぶつかろうとした時、城の方から雷が落ちたような轟音が響いた。


直後に今川軍に砲弾が直撃。後方の部隊を吹き飛ばす。

試作型の木製大砲、試製安祥砲だ。

用意できているのは今のところ四門。しかも射程や威力を増すために火薬を増やすと、一発で壊れてしまう程度の脆さ。

それでも、それを知らない相手には十分な効果を発揮するだろう。


被害はそれほど大きくなかったはずだけど、目に見えて今川軍の統制が崩れる。

既に、兵の一部が逃げ始めている。


それでもまだ敵の数は多い。

それもあって、大多数の兵は崩れずに持ち堪えている。

しかし、そこへ今度は石が降り注いだ。


投石などのように散発的なものじゃない。

収束幅二メートルくらいの塊となって、石が降り注いだんだ。


「あれか?」


「ああ。投石機だ。応仁の乱で使用されたと言われる、発石木を大型にしたものだ」


勿論、大きくなっただけじゃなくて複雑化し、かつ性能も上昇している。

木製大砲と違って、こちらは連続使用も可能だし、安全性も高い。


木製大砲に比べれば持ち運びも便利だし、野戦でも使いやすいだろう。

元々攻城用の兵器だしな。


更に坑道を使って城内へと戻った重秀ら鉄砲隊の射撃も始まる。

数が少ないのでそこまでの被害は齎さないけれど、音がした直後に誰かが死ぬ、というのは恐怖を大いに助長させているようだ。

その証拠に、銃声がするたびに逃げる兵が増えていく。


敵の混乱に合わせて本陣を更に近付けると、にわかに敵が浮足立ち始めた。

ようやっと、旗に吊るされている雪斎の首に気付いたんだろう。

一応、保長を敵陣に潜入させて、それなりの距離に近付いたら、雪斎の首について騒ぎ立てろ、と命令してあったしな。


敵の数はまだ多いが、完全に士気が崩壊してる。

時間はかかりそうだが、最早この戦の勝敗は決した。


フラグは後書きで立てたので本編ではセーフ()。

柔軟な部隊運用ができない軍隊に対して、大砲、投石機、晒し首、と士気を下げる要素てんこもりでは、まともな数が残っていても、やはり抵抗は難しいでしょうね。


今年もよろしくお願いいたします。


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