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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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第三次安城合戦 陸

前半が三人称視点。

後半が長広の一人称となっております。


「中々面白い事を考える男だ」


西尾湊からゆっくりと移動する途中、武田広虎は独りごちた。


吉田城にて、長沢城に入った今川軍とにらみ合いを続けているのにも些か飽きていた。

向こうから攻めさせようと、焼き働きなどの挑発を繰り返してみたが、相手は無視し続けた。


その点は、流石今川軍、よく言いつけられていると感心したものだ。


そんな時に再び今川軍が本格的な侵攻を開始するという情報が齎された。

それと同時に吉田城にも大幅の増員があり、今度こそこの地が主戦場になるかと広虎の胸が躍った。


しかし、昨年と同じように今川軍は一部部隊を残して吉田城を素通り。

情報によると、どうやら安祥城を狙っているらしい事がわかった。


結局自分はここでまた今川軍とにらめっこかと落胆していた時、安祥家の忍び衆、黒祥くろさち衆の次席頭、服部保長が姿を現した。


筆頭である安楽あらくよりも実力は上だと広虎は思っているが、彼は指導係も任されており、主な任務地が国外であるため、次席頭に甘んじていた。


「今川軍に悟られぬよう、半分を安祥へ向かわせます」


「ほう」


保長のその言葉だけで、広虎は長広の策を察した。

吉田城を攻めると思い込み、援軍を送ってしまった安祥城。

その隙を今川軍に突かれたと見せかけて、挟撃する筋書きだろう。


しかし、そう上手くいくものだろうか。

相手はかの名軍師、太原雪斎である。


「殿には、敵を安祥城に引き込み、そのうえで、雪斎のいる本陣を主力から切り離す策がある模様」


「ほほう」


流石にその内容は見当がつかない。

一体どのような手で?


安祥城に引き込むだけなら、広虎にも幾つか方法は思い浮かぶ。

本陣を切り離すだけなら、やりようもあるだろう。


だが、それを同時に?


確かに雪斎ならば、攻城に際し、前衛の勢いに乗って本陣を前に出すという事もないだろうから、そこを突くのだろうか。


年甲斐もなくわくわくしながら、広虎は三千の兵を連れて船に乗り、西尾湊へと向かった。

そこで暫く待機した後、安祥城へ向かう。


すると、安祥城南部の城や町に小分けにして配置されていた軍事衆が合流し、最終的に四千以上の兵数となり、安祥城と姫城の間に布陣する事となった。


暫く待機していると、遠くから銃声が聞こえた。

鉄砲を使ったのはわかった。訓練を見ていたから、威力も知っている。

だが、数が無かったはずだ。流石にあれで追い立てるのは難しいのではないだろうか。

射程の有利があっても、数名の兵を犠牲にすれば距離を詰められるだろうからな。


「無人斎殿、まもなく今川軍五百ほどがこちらへ逃れて来ます」


「ほう」


「その中には此度の遠征の総大将である太原雪斎、副将の朝比奈泰能、山中城城主の大村綱次などがおるそうです」


「それはまた豪華な顔触れだ」


本当に、本陣を主力から切り離したのか、と広虎は感心しつつ答えた。

主力を既に壊滅させ、撤退の途中という事もないだろう。

それなら、そうと言うはずだ。


「一兵たりとも逃さず、殲滅していただきたい」


「任せよ。人生の半分以上を戦に費やした者の指揮を見せてやろう」


そう言って唇を歪める広虎の瞳には、歓喜の色が渦巻いていた。


「甲斐におった頃も雪斎の噂は届いておった。一度は槍を合わせてみたいと思うておったのよ。惜しむらくは、少々兵力に差があり過ぎるところだな。まぁ、この状況でも雪斎なら、きっと儂を楽しませてくれるであろうよ」


そして前方に今川軍が姿を現す。

情報の通りに五百程度。それも、はた目にも疲労困憊だ。


「殿の率いる鉄砲騎馬隊に追われて這う這うの体でここまで逃げて来た様子」


「鉄砲騎馬? 馬上で鉄砲が扱えるものなのか?」


「馬を操る者と鉄砲を撃つ者が別のようですな」


「成る程、碌に戦術研究もされていない新兵器で、よくも思いつくものだ」


今川軍と広虎隊の距離は三町程。

数の差を考えれば負ける事は有り得ない。しかし、長広の命令は殲滅だ。

ただ壊滅的な損害を与えれば良い訳ではない事は理解できる。


わざわざ本陣を主力から切り離しての殲滅命令。


「それはつまり、雪斎の首をなんとしても獲れという事であろうな」


ならば、数にあかせて突撃などはさせられない。

敵が混乱し、散り散りに逃げてしまえば、雪斎を討ち漏らす可能性が出て来る。


「部隊を左右に展開。包囲せよ」


広虎に命じられ、部隊が動く。

異形の虎に追い立てられた、哀れな獲物を、老練な虎が止めを刺すべく、ゆっくりと追い込んでいく。




「雪斎殿……」


「伝令を出せ。攻城中の主力を呼び戻す」


自分達を包むようにゆっくりと展開し始めた伏兵を見て、泰能が絶望に沈んだ表情で雪斎の名を呼んだ。

雪斎も、敵軍から目を離さないまま、命じる。


「最早安祥城の攻略に拘っている場合ではない。せめても、この包囲を突破せねば、我らに未来は無い」


姫城への道は、目の前の部隊によって塞がれている。ならば、救援の要請を出すのは、安祥城を攻略中の主力しかいない。


「間に合いますか?」


「保たせねばならぬ。早う行かせよ、我らが包囲されてしまえば、伝令も出せなくなる」


「はは!」


そして数名の兵が部隊から離れ、安祥城へ向かって駆け出し始めた。


だが、遠くから銃声が聞こえたかと思うと、駆け出した兵が倒れる。


「まさか……!」


その様子を見ていた泰能が叫ぶ。

残った兵も、再び銃声が響くと全て倒される。


「…………」


「…………次の伝令を出しても、同じであろうな」


「……はい」


「矢盾を構えさせよ。密集隊形。松井貞宗の隊が到着次第、その方向の敵部隊を挟撃し、解囲を試みる」


「は! 密集隊形急げ! 矢盾を外、その背後に槍隊! 弓隊は敵の迎撃に備えよ!」


泰能が命令を下すと、今川軍は即座に動いた。

同時に、安祥軍が急激に距離を詰め始めた。


「読まれていた!? 弓隊、迎撃……!」


防御を固めようと密集隊形を取れば、当然、即座に撤退する事は難しくなる。

そこを狙っての急襲。


今川軍から伝令が安祥城方向へ出た時点で、広虎は、雪斎が攻城を一旦中止して、自分達に対処しようとしているつもりだと気付いた。

伝令が素早く排除されたのは偶然だが、それが無くとも、この状況で時間を稼ごうと思えば、防御に徹する以外に無い。

各部隊長には、今川軍が密集隊形をとったら、即座に距離を詰めるよう伝えてあった。


「流石にこの状況では、いかな雪斎と言えど、当たり前の行動しかとれなかったか」


すぐに今川軍も迫って来る安祥軍に向けて矢を放つ。

多少の損害が出たものの、距離を詰めた安祥軍は矢盾部隊に突撃し、陣形を崩す事に成功した。

槍が繰り出され、外縁の兵が次々に討たれる。


「ぬううぅぅああああぁぁぁぁあ!!」


雄叫びと共に槍が振るわれると、数名の安祥軍兵の首が飛んだ。

その迫力に、安祥軍の足が止まる。


「藤原北家の堤中納言兼輔に連なる五郎国俊が子孫、遠江朝比奈が惣領、掛川城城主朝比奈泰能である! 命の要らぬ者からかかって参れ!」


叫びながら今川軍の中から飛び出し、槍を振るって安祥軍を薙ぎ払う泰能。

槍の穂先を向けたまま、安祥軍が思わず彼から距離を取った。


その隙に、数名の兵に守られて、雪斎が部隊から離れていく。


「矢を放て」


「し、しかしお味方が近過ぎます……!」


「放っておけば弥次郎泰能に討たれる者達だ。運がよければ生き残るであろう」


「は、は……!」


非道とも言える広虎の命令に、部下が一度抗議の声を上げるが、しかし広虎は構わず命じた。

泰能目がけて矢が放たれる。


百を超える矢の雨に、流石の泰能も逃れられず、体中に矢を受け、死亡する。

部下の警告通りに、流れ矢が泰能の周囲にいた兵にも当たり、損害を出していた。


「殿が優し過ぎるゆえか、兵共がすっかり腑抜けてしまっておるな。仁君というのも考え物だ」


そして広虎が采配を振るうと、兵が今川軍に殺到した。




「殿! 雪斎隊から伝令が出た!」


「伏兵の数を見て、突破は不可能と判断したんだろう。安祥城攻略中の部隊を呼び戻すつもりだな」


雪斎の部隊を追いかけている途中、重秀が報告して来た。

見ると、確かに数名の兵が雪斎の部隊を離れて、安祥城へ向かって駆け出すのが見えた。


結局は戦う事になるだろうけれど、本陣の壊滅を知らずにいる部隊を挟撃するのと、こちらに向かって来た部隊と正面からぶつかり合うのでは、前者の方が損害が少なくて済む。


なら、あの伝令はなんとしてでも排除しないといけない。


「孫一、狙えるか!?」


「任せろ!」


「一発で仕留めなくていい。他の者も狙えるなら狙え!」


そして射撃が開始される。

照星もついていない鉄砲で、長距離狙撃が果たして可能なのか……。


視線の先で二人の兵が倒れた。

銃声は四つだったな。鉄砲持ち全員が撃ったのか。

まぁ、狙える者は、なんて言ったら全員が、やってやるぜ的な反応をしてもおかしくない奴らだけどさ。


「畜生、外した!」


「くそ!」


どうやら外したのは的場昌長と土橋守重みたいだな。

すぐに鉄砲を取り換えて、再び射撃。残りの兵が全員倒れた。


「よし、戦が終わったら特別に報酬を与える」


「殿、俺は二発とも当てたぞ!」


「俺もだ」


二発撃って二発とも命中させた重秀と岡吉正が特別報酬が出ると聞いてそうアピールしてくる。

多分、昌長と守重より役に立ったから、その分弾め、という事だろうな。


「考えておこう。雪斎が逃げる! 鉄砲を撃ちかけよ!」


密集隊形をとり始めた今川軍に向かって、伏兵が一気に距離を詰めた。

これで殲滅されて終わりかと思ったが、一人の武士が雑兵相手に無双している間に、数名の兵士に守られた雪斎が部隊から離れて行くのが見えた。


ここまでやって逃がす訳にはいかない。

俺は鉄砲隊に射撃を命じる。


銃声と共に、雪斎の護衛が倒れた。しかし、雪斎は無事だ。


「次で最後だぞ!」


「撃ったら射手は降りよ! 騎馬のみで突撃。雪斎の首を獲る!」


轟く銃声。再び雪斎の護衛が倒れる。しかし、雪斎は無事だ。

それを見て、俺は即座に馬を駆けさせた。


「と、殿!」


慌てた様子で後方から長政の声が聞こえる。


「太原、雪斎いいいぃぃぃぃぃぃぃいい!!」


叫んで、俺は金剛武槍を振りかぶる。

古居ふるいに取り上げられた武器だけど、今回だけは、と我儘を言って持ち出した。

雪斎を討つなら、この武器だと考えたんだ。


結局使う機会は無かったみたいだけど、俺が四椋よんりょうに下賜した武器だからな。

雪斎を討つなら、この武器以外に有り得ないだろ。


雪斎と俺の間に、兵士が一人、体を割り込ませた。構わず、槍を投げる。

真っ直ぐに飛んだ槍はその兵士を貫き、そして。


その背後にいた雪斎の体に、深く突き刺さった。


広虎はわかりやすい、冷酷非道な狂気の将のイメージですね。敵だと間違いなく、悪逆非道の武将として主人公に討たれるか、味方に裏切られるかするでしょうね。実際息子と家臣に裏切られてしまった訳ですし。

長広はまだまだ現代人としての甘さが残っているので、良い意味で影響を与えられたら、と思っています。


朝比奈泰能の史実より早い退場。そして雪斎が遂に……。

長広「やったか!?」


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[一言] それフラグゥ⁉️
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