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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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第三次安城合戦 弐


今川軍が吉田城を素通りした時点で、相手の目標が安祥城である事は知れた。

一年前は相手が三河国境に近付くまで情報を上手く隠していた事もあって、慌てさせられたけれど、前もって情報を得ていたなら、幾つものパターンを想定して準備できた。


安祥城が目標であるとわかれば、敵の目的も予想できる。

決戦だ。

ただ一度の戦でもって全てを決めるつもりだ。


何をそんなに慌てているのかしらないが、こちらにとっては好都合。

なにせ、今川と安祥では国力が違う。

相手が本腰を入れて侵攻してきたら、守り切れずにじり貧になるだろう。


渥美半島、三河南部、と順番に攻められたら、こちらはどうしようもなくなるんだ。

まぁ、そうなっていたら、そうならないように北条に働きかけたりしていただろうな。

最悪、武田を何とか動かす事も考えないといけなかっただろう。


何をもって国力とするかは定義が難しいけれど、例えば作物の生産量だけをとっても、安祥家と今川家では雲泥の差がある。

周辺に比べれば生産力が高いと言っても、流石に遠江、駿河の二ヶ国を領有する今川には敵わない。


弾正忠家の分を足してやっと互角。水野家の助力でようやっと上回れる感じか。

銭の収入による、物資や人員の確保、という点に関して言えば、もう少しマシになるだろうな。


知多半島は渥美半島ほどじゃないとは言え、作物の育ちにくい土地だ。

流石に今の段階で綿花は提供できないので、漁業関係の技術や知識を提供しておく。


とは言え、俺もそれほど詳しく知っている訳じゃない。

基本的には養殖を中心にした、経済の安定化の話をした。

ついでに、真珠も養殖が可能である事も伝えた。これもそう詳しい事はわからないので、アコヤガイの生殖巣に球体にした核を挿入すると真珠ができる事がある、程度の話だ。


水野家だけでなく佐治家にもこの情報は伝えられた。

真珠の養殖技術が確立されているなら、技術はうちとあとはせいぜい弾正忠家で独占したいところだけど、まだ研究段階だからな。

相手に虫食いの知識だけ与えて、完成させて貰った方が良い。


もしも養殖技術が確立されたなら、それは莫大な富を産みだす事になるだろうけど、佐治家にしろ、水野家にしろ、近いうちに弾正忠家に臣従する事になるだろうし、同盟を結んだままでも、立地的に味方で居続けなければならないからな。

弾正忠家の利益にもなる話だから、別に教えてしまって構わなかったんだ。


ちなみに弾正忠家は、織田伊勢守家を圧迫しつつ、北伊勢への侵攻準備を始めている。

長島と交渉中だそうだ。

あるいは、伊勢湾の水軍衆と結んで、志摩からの伊勢侵攻も考えられるな。


話を戻して今川家。


国力差を十全に使えばまさに安祥家など恐るるに足らない相手だ。

まさに大軍に用兵なし。ゆっくりと押し潰していけばいい。


なのに相手は安祥城を目指して攻めて来る。

一体何を焦っているんだろう。

北条や武田との関係に、こちらではわからない変化でもあったか?


まぁ、安祥城を目指すって言うならお望み通り、安祥城で迎え撃ってやろう。

そのために準備に準備を重ねていたのが安祥城だ。


俺が入った当時の安祥城は、台地の端に建てられ、深田と森林に囲まれた平城だった。

ただ、田畑の整理、城下町の区画整理の過程で、深田は埋め立て、森林は伐採してしまったけれどな。


これからの開発で木材は必要になるから、と思っての伐採だった。

まだ前世の感覚が強く残っていたからな、根拠も無く、戦国時代だから自然が豊富だろう、なんて適当に考えていたんだよな。

後で調べ直して、実はこの時期から森林資源の減少が起こっていたと知って慌てて植林なんかを始めた訳だけど。


本丸を中心に、円周状に二の丸と三の丸が造られた縄張り。水堀もあった、中々堅牢な城だった。

一旦この水堀を埋め立て、曲輪の周囲を石垣を造成して囲い、城壁を強固なものとした。

そして石垣の周囲に、改めて水堀を造ったんだ。


城の周囲には空堀を巡らし、敵の進軍速度を鈍らせるために、これを隠す。

一見するとただの平原なので、領民が入ってしまわないよう、注意書きをした立札を立てておいた。

字が読めない人間でもわかるようにピクトさんに登板してもらう。


櫓の増設なんかを始め、基本的には城内に敵を侵入させない事に重点を置いた。

守るだけなら相当守れるはずだ。


今川軍の動向に合わせて領民を逃がしていたのでは間に合わない可能性があるので、敵が吉田城を素通りした時点で、予想される進軍経路上の村や町の領民は全て避難させた。

安祥城を中心に、姫城にも入れる。

上和田城で迎撃して、万が一にも成功してしまうとまずい。

間違いなく今川軍には大して打撃を与えられないだろうし、状況に大きな変化は見られないだろう。


この失敗を受けて、三河の支配が容易になったり、今川家が暫く内政に集中するようになったとしても、その先に待つのは、三国同盟からの全力侵攻だ。

それを回避するには、ここで今川軍に立て直しが難しい程の損害を与えるか、太原雪斎を殺す必要がある。


これまでを考えると、雪斎がいなくても三国同盟結ばれそうな気もするけれど、仮にそうだったとしても、第二次小豆坂の戦いに親爺が不参加だったように、史実とは何かしらの変化があるだろう。

それが俺に有利にはたらくか、不利にはたらくかは知らないけどな。


まぁ、そんな仮定の話をするなら、やっぱり結ばれない可能性だってある訳だから、俺としてはその可能性に賭けたい。


さて、略奪を防ぐ意味もあっての領民の避難だが、これはこちらの損害を減らすというのと同時に、相手に利益を与えないという意味もある。

戦に参加している多くの兵にとって、略奪というのは貴重な収入の一つだ。

それが無くなるんだから、末端の兵の不満は溜まるばかりだろうな。


総大将である雪斎がこちらの意図に気付いて遠征を中止しようと思っても、兵士がそれに従わないかもしれないし、従わない事を察して、強行せざるを得なくなるかもしれない。

しかもただ進軍するだけでなく、何度か軽い遭遇戦のようなものもあれば、その都度進撃が止まり、物資を消費する。

そうなれば、末端の兵だけでなく、指揮官階級の武士も、元を取ろうと遠征の続行を望むようになるかもしれないからな。


安祥城まで引っ張ってこれたとしても、相手が冷静さを保っていたり、慎重なままだったりすると、本隊をこちらの射程内に呼び込めないからな。

雪斎を討つためには、こちらの攻撃が本隊に届く位置にいて貰わないと困る。


水野家や弾正忠家に対しては、援軍の要請ではなく、あくまで後方の守りを依頼。

勿論、落城が避けられないところまで追い詰められてしまったら、今川軍の撤退を促すために、後詰の援軍を要請する必要がある。


吉良家とその周辺勢力には、鵜殿家と五井松平家を警戒して援軍を出せない、という体でいてもらう。

勿論、その情報は今川軍にも流す。


今川軍には、後方を警戒せずに、前だけを向いていて貰いたいからな。


防御施設を強化した姫城でもある程度敵戦力を拘束させる。

逆に言えば、姫城の包囲が破られない限り、今川軍は退路を確保するのが容易であるから、雪斎も安心して前に出て来てくれるだろう。


送られて来る情報から、上手くいっている事を感じ取りながら、待つ事半月。

ついに、今川軍が安祥城の前に布陣した。


包囲、じゃないな。

横に広く展開しつつも、基本は縦列でこちらに攻め寄せて来る形だ。

こうして見ると、やっぱり万を超える大軍って壮観だな。


一瞬、ぶるりと震える。

それが恐怖からくるものなのか、武者震いなのかは俺にもわからなかった。


「配置は?」


「完了しております」


尋ねると、俺の傍らに控えた、本多俊正が答えた。

俺は一つ頷き、身の丈を超える程巨大な弓を手に取る。


蛮声が聞こえ、松平勢を中心にした先鋒が空堀地帯へと突入して来るのが見えた。


火矢を番えて弓を引く。


「これが始まりの一矢。これから始まるのは、三河の歴史に類を見ない大戦となるだろう」


そして俺は矢を放った。

タイミングバッチリ。先鋒が空堀の手前に来た丁度その時に、火矢は草と砂で隠された空堀へと吸い込まれる。

何度も練習しただけあり、狙いもバッチリだな。


直後に、空堀から炎が上がるのが見えた。

遅れて、轟音が俺のいる櫓まで届く。衝撃波も弱いながらも伝わって来た。


「おお……」


思わず、声が漏れる。

俊正は口をポカンと開けたまま固まっていた。


空堀の底には火薬が敷き詰めてある。

勿論、空堀を造った時からずっと入れてあるわけじゃない。草や砂で蓋してあるとは言え、雨が降ったら全部台無しになるからな。


その火薬に火矢で引火させて爆発。空堀に落ちた兵士は勿論、近くに居た兵も吹き飛ばす。

爆発後も暫く燃えているので、通行不可能になる。

これぞ名付けて『火炎堀の計』!

弾正忠家の財力と、硝石の製造技術が確立されているからこそ可能な策だ。

いかな今川と言えど、真似できるものじゃない!


勿論、全ての空堀が繋がっている訳じゃないし、全ての空堀に火薬が敷かれている訳じゃない。

それでも、それは相手にはわからないからな。

多少は進軍を躊躇するようになるんじゃないかな。


俺が立てたのは、今川軍を撃退するのは勿論だけど、太原雪斎を確実に討つための策だ。

正直、これでダメならそれは太原雪斎の実力か運が俺よりかなり上だったという話なので、もう諦めるしかない。


そしてその策の成就には、敵が安祥城に寄せて来てから、ある程度時間を稼ぐ必要があるんだ。

ここからが勝負だ。

俺がこの戦国時代で、俺として生きるための試金石だと言えるだろう。


史実の織田信広の運命を覆し、安祥長広として生きられるかは、この一戦にかかっている。


前回部分の長広視点での話ですね。

火炎堀はハッタリ:実用=7:3くらいのビックリ防御です。

石垣に関する反応がありました。先にネタバレしてしまうと(小心者)、前回の中に入れ込むと、詰め込み過ぎになってしまうような気がしたので、次の三人称視点の回で改めて反応させるつもりでした。ご了承ください。

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