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織田家の長男に生まれました  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第五章:三河統一【天文十六年(1547年)~天文二十年(1551年)】
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田原城再奪還戦


和名城に攻め寄せていた今川軍が田原城へ向けて引き返して来たという報告が届いた。


てっきりそのまま和名城を攻めるかと思っていただけに、これは予想外だ。

吉田城や田原城の陥落の情報をわざと流していたのは、今川軍を不安にさせて、士気を下げる目的だったんだが。


田原城は戸田家が半月も籠って防戦を続けていただけあって損傷が激しい。

今川軍も多少は修復していたが、大した効果はなく、お陰でこちらも簡単に攻略できた。


当然、こちらもそんな城に籠って防戦なんて碌な戦果は望めない。


まぁ、防衛だけで言うなら、周囲は三河湾の水を曳き込んだ巴型の堀に囲まれているし、小高い丘の上に築かれているから、防御施設の殆どが使い物にならなくても、攻め寄せるのは容易ではないんだけどさ。

吉田城の強襲に使った船のうち、三隻を用いて、海上と陸地からの同時攻撃でこっちは落としたからな。


今川軍の補給は断ったし、和名城攻めの部隊に随伴している荷駄隊の数はそれほど多くない。

おまけに、この田原城にはそれなりの量の物資が残されていた。


まぁ、もう半月も籠っていれば、相手から和睦を提案してくる事は目に見えている。

損害を少なくするなら、城から出ずに籠城戦が最善の策だろう。


ただ、少しでも今後の今川軍の動きを鈍らせるなら、ここで彼らを徹底的に叩いておくべきか?

それとも、東三河の戦力がまともに残っているなら、今川家の本格介入は防げるだろうか。


いや、それで失敗した結果が安城包囲網じゃないか。

東三河の戦力も健在で、今川家も本格介入、という最悪の未来は回避しないといけない。


幸いにも籠城じゃなくて、進軍の用意をしていたから、野戦陣地構築ならそれほど時間はかからない。


「これより、田原城奪還を狙い、引き返して来る今川軍を城外にて迎え撃つ。陣地構築急げ!」


田原城の周辺は、掘ればすぐに水が湧くような湿地帯だ。

塹壕を掘る事はできないが、簡易的な水堀を造る事は容易い。


更に、陣地の前の平地を適当に一堀りして置いておけば、通常の湿地帯との違いを見破る事が困難な、落とし穴を造る事ができる。

相手を落として行動不能にするためのものじゃなくて、足を取られて行軍速度が落ちる程度のものだけど、陣地の前に造る事で、敵の突撃を不可能にできるし、行軍が止まれば遠距離攻撃で大きな損害を与える事が可能になる。


田原城の破損した資材を優先的に使いつつ、持ち込んだ板と杭と縄で簡易的な陣地を構築していく。



「今川軍が接近して来ております! 南西、半里先!」


陣地の構築があらかた終わり、可能ならば改修しようかと考えていた頃、物見から報告が入る。


ふむ、早さ的には想定内だな。


「総員配置につけ!」


数の上ではほぼ同等だが、あちらは半月以上も戦を続けている、疲弊した部隊。

こちらは休養もたっぷりで気力体力ともに充実している。


連戦連勝はどちらも同じだが、相手は突然後方を扼され混乱から立ち直ったばかり。

士気の差は明らかだ。


そのうえで、進軍が困難な湿地帯で、準備万端待ち構えている防衛陣地に挑まないといけない。


これで負けたら、俺の将器を疑わなければならなくなるな。



敵はこちらの前方三百メートルくらいの位置で停止、陣形を整えたのち、蛮声を上げながら向かって来た。


湿地帯を進んでいるせいか、明らかにその速度は遅い。

前方にはこちらの目印となる杭が打ち込んである。敵の前衛がその杭を越えたところで、こちらの前衛が矢を放った。


相手も矢盾を掲げて、矢を放ちながら前進する。

数はそれなりに居るので、こちらの攻撃では止めきれず、着実に接近して来る。

しかし、相手の中段辺りが杭の目印を越えた辺りで、敵の前衛が突然崩れた。


湿地に見せかけた穴ぼこに引っかかったのだ。

前衛が一斉に崩れれば、相手もそれに合わせて行動できたんだろうが、最前列にいた足軽が穴に足を取られてこけたところへ、後方の兵が躓いた場所もあれば、前衛は歩幅の関係で穴を越えたのに、その後方の兵がこけて、隊列が分断された場所もあった。

今川軍前衛の、様々な場所で停滞が起こった事で、指揮する武士も、咄嗟に命令を下せなかったんだ。


「動きの止まった敵へ射撃を集中させろ!」


俺の号令と共に陣太鼓が叩かれ、矢が飛ぶ方向が変わる。

矢盾を持っていた兵が倒れた事で、その後方が矢雨に晒される。矢盾の後方の部隊が分断された事で、盾の有効範囲から外れてしまう。

今川軍に次々と被害が出るが、それでも彼らは止まらなかった。


損害を出しながらも前進を続け、ついにこちらの前衛に辿り着く。


しかし、そこには、狭く、浅いとは言え水堀が形成されているし、城壁とは比べるべくもないとは言え、板やロープで壁が造られている。


辿り着いた彼らは矢の集中砲火を浴びたり、矢盾の後方から突き出された槍で貫かれ、倒されていく。


矢盾の持ち手を前面に配置し、その背後に槍足軽。その後方に弓隊を配置した、なんちゃってファランクスだ。

陣地と併せるとかなりの防御力を発揮するな。


それから二度ほど、こちらの前衛が敵の攻撃を受けたが、大した損害が出ないまま、敵は矢の射程範囲から退いていった。


一応、和名城へ、挟撃を示唆する書状を送っておいたんだけど、来なかったな。

時間がかかっているだけか、籠ったままなのかはわからないけど。


「殿、今川軍総大将、飯尾乗連殿より使者が参っております」


日が暮れて来たので、奇襲部隊を編成して夜襲でも、と考えていると、四椋よんりょうがそう報告して来た。


「通せ」


和睦の使者かな?

多少損害を与えたとは言え、今日だけだと百か二百といったところだろう。

できればもう少し与えておきたいところだけど。


「という訳で、我らは一年間の不戦を条件に、停戦をお願いしたいと考えております」


使者の出して来た和睦の条件は、決して悪いものではなかった。

一年間の停戦など、守られる訳がないのだからそれは無視して良い。

吉田城、大崎城、老津城、田原城とそれぞれの周辺領地の処遇は安祥家に一任される事になった。

守られるかどうかはわからないが、百貫の賠償金も約束された。


そして、停戦するとなると、双方から人質を出すのが普通だが、今回は今川軍からだけ出すという事だ。


随分と弱気な。これは、交戦派がさっきの戦いで死んだか?

まだ遺体の収容と確認が終わってないからな、双方の被害の数はともかく、誰が死んだかはわかってないんだよな。


「その停戦の範囲はどこまで及ぶのだろうか?」


「と申されますと?」


「知っての通り、我らは松平家宗家とも敵対している。そして、松平家宗家は今川の服属領主だ。我らが松平家宗家を攻めた時、今川家はどうされるのか?」


「そ、それは……」


勿論、ここで援軍を出さない、なんて言質を取ったところで、相手は普通に援軍を出して来るだろう。

けれど、今回の和睦の内容を松平家に流したらどうなるだろうか。


広忠は、まぁ俺を激しく恨んでいるから、ウチに降る事はないだろうな。

しかし他の松平家は?


東三河に近い五井や長沢は今川方のままだろうが、能見や青野はこちらに寝返るかもしれないな。

滝脇辺りに波及してくれると、山地を攻略しに行かなくて良くなって、楽なんだが。


「流石に今川に忠誠を誓う松平家宗家を見捨てる事はできませぬ。あくまで、我らから安祥家に戦を仕掛けない、という内容でございます」


「松平家宗家が我らを攻めると言い出したらどうするのだ?」


「それは、援軍を拒絶いたしましょう」


それは即答できるか。

まぁ、今川家とそれに従う勢力を集めての大規模作戦でもなければ、うちに戦を仕掛けようなんて事はないだろうからな。

松平家宗家がどんなにうちと戦をしたがっても、今川が許可しないだろう。

それでも勝手に戦をするようなら、見捨てるだけだろうし。


「ではこちらからも条件をつけさせて貰おうか」


「私は勿論、此度の総大将である飯尾乗連にも権限に限りがありますよ」


「飯尾殿に確認して貰うだけでも良いさ」


「わかりました」


「今川家の人質となっておる、竹谷松平の当主、松平清宗の姉を、こちらに寄越して貰いたい」


「それは……」


俺の要求の意味するところを、使者も理解しただろう。

清宗の母は、形原松平の前当主、松平親忠の娘だ。そして形原松平の現当主の妻は於大の姉であり、その繋がりでウチに降った。

言ってしまえば、ウチに相当近い位置にある竹谷松平家を、今川方に繋ぎとめているのが、人質として差し出された姉の存在だ。

それを安祥家に渡すという事は、竹谷松平家の離反を意味する。


使者の一存では到底決められないだろうし、飯尾乗連がどのくらいの権限を持っているか知らないけれど、多分無理だろうな。


「飯尾殿が駿河へ確認に行く事は許そう。その間、兵は解散させるが、足軽組頭以上の立場にある武士は全員拘束させて貰う」


「…………受け入れられるとは思いませんが……」


「ならば戦を続けるだけだな。ところで使者殿、我が安祥家は戸田家との連携を密にしている。当然、現在の状況も伝えてある」


「……飯野乗連にしかと伝えさせていただきます」


「猶予は三日、もしくは戸田家がしびれを切らすまでだ。まぁ、我らが敢えて手を下さずとも、二十日もすれば頭を下げざるを得なくなるだろうがな」


「……失礼いたします」


顔を強張らせてそう言うと、使者は退室していった。


使者が敵の陣に戻って暫くしても、相手が動く気配が無かったので、この隙に敵味方の遺体を回収する。

こちらの損害は二十三人。

全員一般兵で、小隊長以上や志願して来た領民には被害は無し。

それでもうちの兵士はしっかりと訓練で育てた兵だから。損害が出るとそれだけでも痛い。


戦に出始めた頃は、損害を数で考え、人を数値で見る事に、人間味が無いと思っていたけれど、今は逆に、そうと考えなければやってられないのだと気付いた。

兵の死を悼むのは良いが、思い込み過ぎると心が壊れてしまう。


今川軍は弓矢での損害はほぼ領民兵で回収できた遺体は二百十二人。

陣地の白兵戦では三十二人が犠牲になり、こちらには武士が何人か混じっていた。


その中での大物は東三河の豪族、久保城城主、奥平貞勝だ。

もうすぐ四十になるベテラン武士で、榊原長政が言うには、小豆坂の戦いで広忠の与力に居たんだそうだ。


って事は、俺に一度負けてる筈だな。

更に聞くと、最初のお嫁さんは忠政さんの妹で、小豆坂の戦いで、弾正忠家と松平家が手切れとなった際に離縁したんだそうだ。

それに関しては俺じゃなくて、松平家のせいじゃないかとも思うが、とにかく俺の事を恨んでいたらしい。


ひょっとしてこいつの討死が相手の動きに影響を与えてるのかな?



翌日、使者が一人の武士を伴ってこちらにやって来た。

物見からの情報では、和名城の戸田家はまるで動いていないらしい。

まぁ、挟撃できると言っても、野戦で自分達より多い数の相手に攻撃を仕掛けるのは勇気がいるよな。

一度負けてるから尚更だろうし。


「今川家家臣、飯尾乗連と申します」


陣幕にて、俺の前で頭を下げるのは、今回の討伐軍の総大将だった。

思った以上に年取ってるな。40~50くらいか?


「安祥長広と申す。さて、和睦の話だと思うが?」


「はい。安祥殿が申された条件、流石に某の一存では了承できませんので、一度駿河に確認をさせていただきたく」


「ならば、その結果を待つ間の処遇に関して、使者から聞いておるだろう?」


「ええ。我が軍に帯同しております、足軽組頭以上の武士を、人質として差し出しまする。某は、我が殿への確認に駿河へ向かわせていただきたいのですが」


「許可しよう。拘束期間は二月だ。一日過ぎるごとに一人ずつ処刑してゆく」


「かしこまりました」


こうして和睦は成り、およそ百名を超す武士を捕虜として預かる事になった。

足軽組頭以上は言い過ぎだったかな。足軽大将以上くらいにしておけば良かったか。


今川軍はその場で解散させられ、足軽以下の武士と、領民兵は、一日分の食料を渡して帰らせた。

勿論、食料は今川軍が持っていたものから優先的に回した。


飯尾乗連は護衛として三名の足軽階級の武士を連れ、駿河へと旅立つ。


こうして田原戸田家の救援は成功したのだが、重要なのはむしろこれからだ。


今川軍に占拠されていたとしても、田原城、老津城、大崎城の三つは戸田家の城だ。

俺達が勝手にやって来て、今川を攻撃してこれらの城を奪ったというなら、戸田家に返却する必要もないんだが、今回俺達は戸田家の援軍に来たからな。

流石に城を返さない訳にはいかない。


勿論、現状の力関係から言えば、城の返却を拒否する事もできるが、明らかに戸田家から反感を抱かれるし、弾正忠家にも悪い印象を与える事になる。

三河の全域をうちが支配しているような状況ならともかく、現状で戸田家と弾正忠家との関係を悪化させるのは得策ではない。


というか正直、渥美半島の支配はまったくの想定外だから、人手も資材も何もかもが足りてない。

今川軍に対抗するなら吉田城を中心に防衛力を高めないといけないんだけど、それを渥美半島全域となると、こちらのキャパシティを間違いなくオーバーしてしまう。


元々は戸田家の土地なのだから、統治も彼らに任せた方が苦労も少なくて済むだろうし。


ひとまずは吉田城を拠点に周辺の取り込みと開発だな。

田原城もある程度の目途がつくまでは、こっちに預けて貰った方がいいだろうし、その辺の交渉を任せる意味でも、一度弾正忠家に相談するか。


一先ず渥美半島を巡る攻防は今回で終わりです。

次回はリザルト回ですかね。

今後の事を考えると、東三河の勢力は壊滅させたいところですが、完全に滅ぼせるわけでもない以上、無用な恨みは買わない方が良い、というのが今回の長広の選択ですね。安祥家の規模的に、渥美半島と東三河、両方を統治するのは流石にリソースが足りませんので。どちらかを選ぶなら、海路で繋がる渥美半島でしょう。

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