第四十三話
「俺は…好きだと伝えた。シビルは…結婚を嫌がったから、この結婚は拒否出来ないと言った。
とにかく、結婚してしまえば、後は…どうにかなると思って…」
戸棚の中にいるからか、段々と小さくなっていくクリス様の言葉がはっきりとは聞こえない。
「『どうにかなる』って…無理矢理結婚させられても、それこそ嫌われてしまうだけよ?
どうしてもっと自分の気持ちを真摯に伝えなかったの?」
「………焦っていたんだ。他にもシビルを狙ってる奴がいるし、彼女は人間だ。この国では、好意的にみる者は少ない。
シビルを守る為にも、俺の婚約者として早く披露した方が、彼女を傷つける者を排除出来ると思った」
「貴方だって、元々人間が嫌いだったじゃない。
私が貴方の家庭教師として紹介された時の貴方の嫌そうな顔、忘れた事はないわよ?」
「そ、それは…今は悪いと思ってるし、人間にも嫌な奴ばかりでないとわかってる」
「まぁ…昔話をしていても仕方ないわね。それに殿下の気持ちもわかったわ。
でも、シビルの気持ちは?この国に来たのは、ミシェル殿下の為よ?
そのミシェル殿下とは引き離されて、この国で王太子妃になれと言われた彼女の気持ちは?
焦っていたのはわかるけれど、物事には順序があるのよ。
だから、こうして逃げられたのよ?わかってる?」
「に、逃げられた……彼女は、そんなに俺の事が嫌だったのか?」
「そうね。殿下を嫌いだったかどうかは、シビルにしかわからないけど、結婚が嫌なのは確かでしょうね。
で、どうするの?彼女を見つけたとして、彼女を解放してアルティアに賠償金を請求する?
それをすれば、彼女は責任を感じて、死んでしまうかもしれないわね。
少なくとも彼女の家族にも迷惑がかかるでしょうし。それを苦にする事は間違いないわ。
それとも、無理矢理自分のモノにする?そうすれば、彼女の気持ちは一生手に入らないでしょうけど。
それとも、このまま見逃してあげる?」
イヴァンカ様はクリス様の答えを待っているようだ。
「シビルを失いたくない」
絞り出す様にクリス様は答えた。
「では、無理矢理自分のモノにしたら?
貴方はベルガ王国の王太子。次期国王陛下よ。
誰も貴方に逆らわないわ。命令をすれば、貴方の望み通りよ。
シビルには一生嫌われたままでしょうけど、貴族は政略結婚が殆んどだし、愛のない結婚の方も多いぐらいでしょうから、それでも良いのではない?
好きな人から一生嫌われながら、彼女を自分に縛り付ければ?」
…イヴァンカ様の言葉は辛辣だった。
「それは…嫌だ。彼女に嫌われるのは…凄く嫌だ。
では、俺はどうしたら良いのだ?
シビルをランバンに行かせる事も、アルティアに帰す事も耐えられない。この国で、俺の側に居て欲しいんだ。
こんな気持ちは初めてで…どうして良いのかわからない。
シビルを一目見た時から、彼女を欲しいと思った。
どうにかして、彼女の事を知りたいと思って二人の時間を作りたかったが、侍女がシビル一人で、全く時間を作って貰えない。だから、人間の侍女を探して連れてきた。
彼女と結婚するにはどうしたら良いのかとずっと思案した。
そんな中、アーベルがミシェル王女との結婚を嫌がっていたから、これは使えると思ったんだ。
向こうがベルガ王国の王族と繋がりを持ちたいなら、代わりにシビルを俺の嫁に寄越せと言えば良いと。
アルティアとの軍事同盟は、どちらにしろ結んでいるのだから、誰を欲したって良いと思った。
ミシェル王女だって、この国を嫌っているのだから、彼女にとっても良い事だと」
「王族の結婚はそんな簡単なものではないわ。
婚約を解消した王女が、どんな顔をして自国に帰れると思うの?
解消理由がアーベル殿下に相応しくないとされたなら余計に。
ベルガ王国は大国よ?その王族に拒否をされたとわかれば、他の国に嫁ぐのは難しくなるし、アルティアの貴族に嫁ぐにもその家の力関係があるでしょうし。
私だってアーベル殿下が嫌がっている婚姻を無理に結ばせるのはどうかと思ったけれど、決定してしまった事をひっくり返すには、それなりの理由が必要なのよ?」
「婚約式が迫っていたが、アーベルの気持ちは変わらなかった。
なんなら、どんどんミシェル王女を嫌っていったからな。
俺はアルティアに交渉に行く事にした。その準備中に、あの茶会があったんだ。これなら、婚約解消の理由になると思った」
「……でも、向こうがなかなかウンと言わなかったから、破棄にしたのね?」
「あぁ。もちろんミシェル王女の振る舞いでアーベルが体調を崩した事は本当だったからな。
害する気持ちはなくても使えると思ったんだ。しかし、穏便に済ませるつもりだったが……俺がシビルを欲している事が分かると、足元を見てきた。
だから、あちらの有責で破棄にして賠償金の代わりにシビルを貰い受ける事にしたんだ。こんな風にするつもりはなかった」
「はぁーっ。貴方は…。剣の腕は天下一品なのに…色々と考えが足りないのよね」
「とにかく!俺はシビルを諦められない。
俺は…どうすればいいんだ…。やっぱりじっとしていられない。俺も探しに行く!」
とクリス様は部屋を出ようとした。
「待ちなさい。殿下。貴方の気持ちはわかったわ。でも、シビルの気持ちを考えると、私は無理矢理、王太子妃にする事は反対です。
…でもね、人の気持ちは変わるの。私がそうだったように。誠心誠意伝えた気持ちは、ちゃんと相手に伝わるわ。
まずは、殿下の気持ちをちゃんと伝える事から始めましょう。
確かに、シビルを守る為に立場を与えた方が良いから、婚約者としてこの国に居て貰う事は賛成よ。
シビルが見つかったら、王都のフェルト公爵のタウンハウスでシビルには暮らしてもらいましょう」
「王城ではダメなのか?側に居たい」
「…それは、シビルが決める事ね。
殿下の気持ちがシビルに伝わらなければ…シビルの事は諦めて。
一応、婚約者なので、私が王太子妃教育を受け持つわ。でも…まずは彼女を見つける事が先決ね」
と言ってイヴァンカ様は立ち上がった。
それを見たクリス様は、
「では、俺も探して来る!」
と言って部屋を出ていった。




