第65話
さすがに、目の前で見捨てるというほど薄情な人間なつもりはない。
俺が女性を見ると、驚いたようにこちらを見ていた。
「怪我はないか?」
「わ、私は大丈夫ですっ……! ああ、でもアイスクリームのコーンが砕け散っちゃいました!」
「またもう一つ買えばいいだろ」
俺は軽く体の調子を確かめながら、顔を真っ赤にした大男と向き合う。
彼はサングラスをかけているので表情のすべては見えなかったが、大層苛立っている様子だった。
「おい、ガキ……邪魔すんじゃねぇぞ」
「そのまま帰れば何もしねぇよ」
「……はっ、いきってんじゃねぇぞ! このナイフがみえねぇか!」
「で、どうした?」
「舐めんな!」
ナイフを持って大男が飛びかかってきた。さすがにストーカーよりは動きは良い。
だが、それでも……雑魚には変わりないな。
隙だらけだった男の胸に蹴りを放つ。男はよろめきながら、俺を睨んでくる。
「うっ……ぐう! てめぇ!」
ナイフが振りぬかれたが、そこにすでに俺はしゃがんでかわした。
その勢いのまま足払いをかけ、転んだ大男の頭を踏みつけた。
大男はそれで意識を失ったようで、くたっと首が傾いた。
……やりすぎたか? まあ、気絶させるだけの一撃だったから、大丈夫だろう。相手はナイフを持っているのだが、このくらいは正当防衛で許されるだろう。
「あ、兄貴!」
その時パトカーの音が響き、小柄な男はびくっと跳ねた。
「……くぅぅ! 兄貴の死は無駄にはしねぇっす!」
兄貴をあきらめ、男は逃げようと車の運転席へと向かう。
だが、逃がすつもりはない。男が扉を開けようとしたが、それを蹴って閉める。
「……逃げられると思うなよ?」
「ひぃぃ!?」
その首根っこを捕まえ、引っ張った。
倒れた小柄な男がナイフを構え、俺を睨んできた。そして、地面を踏みつけると同時、接近してくる。
「ひ、ひひひっ! このナイフでぐっさぐさですわっ!」
「当たればの話だろ?」
「当たるんですわぁ!」
小柄な男が狂気の笑みととともにとびかかってきた。
……ジャンプすれば、その軌道で攻撃の位置がバレバレだ。
彼の大ぶりをかわし、その背中に肘鉄をあてる。
「かは!?」
「そこで大人しくしてな」
「くぅ!」
男がナイフを振りぬいてきたが、俺の眼前で空を切る。
そのまま、足を振り回し、男を蹴り飛ばした。
男は近くの木に頭を打ち付け、それからくたりと倒れた。
その体を引きずるようにして大男の隣に並べたところで、パトカーが到着した。
「……まっ、どこぞのストーカー男よりは手応えあるが、軽い運動程度にしかならないな」
……パトカーに捕まるのも面倒なので、さっさと逃げようとした俺の体がいきなり押し倒された。
ふにゅん、と柔らかな感触。何とか受け身をとった俺は、押し倒してきた人物をじっと見た。
「……なにするんだ」
「助けてくれて、ありがとうございました!」
「助けた相手にするような動きとは思えないんだが……」
もうちょっとで、俺が頭を打ち付けて気絶していたんだが。
「でも、その……なんだかそのまま立ち去りそうな雰囲気でしたので」
「……よく分かったな」
「ふふん、アタシ、そういうの、敏感なんです」
……パトカーが到着してしまい、スタッフたちの方に話を聞きに行っていた。
まもなく、俺たちの方にも来るだろう。
今から逃げたら、変な疑いをもたれそうなので、俺はもう立ち去るのは諦めた。
「……重い、どいてくれ」
「お、重いですかアタシ!?」
「……そりゃあ、成人した大人に乗られたら女性だろうとそうなるだろ?」
たぶん、普通の成人女性と比較すればかなり軽い方だとは思う。
彼女が上からどいたところで、俺も体を起こす。服についた汚れを払っていると、すっと彼女が頭を下げてきた。
「誘拐されそうなところを助けていただき、本当に助かりました。ありがとう、ございます」
「いや、別にいいんだ。……それより、本当に誘拐だったんだな。てっきり、撮影しているところなんだと思っていたぜ」
「違いますよ。アタシはモデルです。やるとしても、写真による撮影だけですから」
「へぇ、モデルなんだな。確かに、スタイルいいもんな」
俺が言うと、すっと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「アタシ、小園アンナ、というんです。そこそこ、モデルの中では有名だと思いますよ?」
「……」
美しいブロンドの髪を揺らしながらそういった女性は……やっぱり、友梨佳と美月と一緒にラジオをしていたモデルさんだったか。




